山場のないSF
八戒王の居る道場に、
数日、お世話になったシュナイヴは、
導師ジョンフラムが、
帰還する準備が出来たというので、
それに付いて元の世界に帰ることになった。
道場の前、
夕暮れに、
八戒王。
「気を付けて帰れよ! お前、
蹴りホント下手だから練習した方が良いよ!」
シュウ、
「そうかな……。今度そうします。
それでは、さようなら。お元気で」
「おい、これ。帰って開けな」
四角く薄い。
「DVDや。じゃあな」
「はい。ありがとう」
2日後、
味気ない部屋。
無機質な狭いベッドが一つ。
窓から見える外は遠くまでずっと荒野だ。
シュウには八戒王と別れてからの記憶がない。
どうやって来たのか、と考えている。
「ここで休んでてね」
「はい」
ジョンフラムが言うには、
ベルゼの宿まで帰るのを阻害する、
問題が発生したようだった。
ドアが2つある。
外へのドアと、別の部屋のドアらしい。
ジョンフラムは別の部屋のドアに入って行ったが、
しばらくすると箱をもって戻ってきた。
シュウはベッドの上に座って、
「ここは導師様の隠れ家でしょうか?」
ジョンフラムは、杖を置いて、
ぴったりした上下、薄着だ。
まさかと思うような透き通る肌を露わにしている。
機械の箱を開けて見ながら、
「うん……」
安易な状況ではないような目だ。
この隠れ家は、
思い描く英雄の隠れ家よりもずっと質素だと、
シュウは言わずに大人しくすることにした。
「勇者様はここを知っているんですか?」
「知らないと思う。見せられないよ」
おかしな答えだ。
そして、
「もらったもの、開けてみたら」
と言われて、
「そうでしたね」
包みを開けてみると、
「これは何かな」
ジョンフラムが近寄って、
シュウとは30センチ以上身長の差がある。
ケースを開いて、
「『ああ! 一軒家プロレス』……。
別のも入ってる。『巌流島の決闘』、
きっと間違って入れたんだね」
「間違って?」
「こっちは、
この箱と、中身が違うの」
さざ波が打ち寄せる。
二人の剣士が、
長い刀と固い固い木の棒とをもって向かい合う。
片方が、
長い刀の鞘を捨てる。
すると木の棒を持った方が、
「小次郎、敗れたり」
と言う。
「何? どうしてか」
「勝つのであれば鞘は放るまい」
「馬鹿め、それが何だ」
向かい合う。
木の棒をもって飛び上がる、
即座に長い刀が追う、
太い木の棒が振り下ろされる。
長い刀は木の棒に逸らされ、
捉えられない。木の棒で、
眉間を激しく殴打され、
長い刀を持つ手が震える。
もう一度、頭を殴られ、
刀を持っていた男は意識が混濁する。
刀を落とし、朦朧(もうろう)としつつも、
「武蔵殿……この時が来ると思っていた……。
だが、拙者が勝つと思っていた……」
そう呟いて倒れた。
「小次郎殿」
倒れた額からは、おびただしい血が流れていく。
打ち寄せる波が触れるが赤い色は広がっていった。
木の棒を持った男はだんだんと苦悶の顔をし、
「小次郎~……っ」
望んでいた戦いが終わった。これが勝利だ。
シュウは映像の見方を教えてもらい、
それを2人で見終わり、
少し泣いて、
「悲しい」
「……」
「どうです、これはきっと、
彼らの思った戦いは、
思ったような中身ではなかったのだ」
「映画だからね。意味が分かれば、
涙が出るように作ってる……」
と口をつぐんだ。
よく意味が分かるのか、
青い瞳からぽろんと涙が落ちる。
シュウは俯いて、
「なんというか。こういう、
一種の感動も、たまには良い。
そうだ、……。
宿に戻るために必要な事とは?」
「教えられない」
涙目で言われてシュウには手伝える事もなかった。
白い手袋を外して、さっとジョンフラムの涙をぬぐう。
窓から見える荒野は夜になっている。
シュウはコンコンと叩きながら、
「この窓ガラスは、とても厚いようだ」
「それもモニター。
こっちの部屋には入らないで。
外にも、出ちゃだめだよ」
何となく変なことになっている気がするが、
「分かりました」
「じゃ、もう一つの方も、
見てみようよ」
「構いませんか?」
「うん」
ジョンフラムはケースの中から、
DVDをとって、壁に触れさせると、
そこに吸い込まれるDVD。
ピアノを弾く女性、別の場所で、
暴れまわる男たちに破壊される一軒家、
家具はぶち壊され、
池の鯉は人の口に突っ込まれたり、
メチャクチャなことが起こっている。
かなり太った男が、
「お、おい、おい、おい、
おれの錦(にしき、ニシキゴイ)に何するんじゃ、
お前オーイ! 何をするんじゃ、コラーッ。
うりゃあ!」
暴れまわる男の一人に、
太った男が袈裟斬りチョップ。
何故か爆破される、太った男の家。
「あはは」
映画を見ながらホッとして笑っているジョンフラム。
シュウは映画を凝視している。
食事は質素に、
実質しか考えていないものだ。
「これは、料理ですか」
細長い四角の棒、グネグネした感触。
「野菜と栄養剤のパテ料理。
おいしくなさそうでしょ」
シュウは首を傾けて、
「見た目では分かりませんよ。
もし足りないときはオレには出さないでください」
「ストックはあるから」
ベッドの上に腰かけて、
シュウが手でつまんで食べてみると、
野菜と何かの、本来らしい味がするだけ。まずいものだ。
「おいしい……かもしれない」
ジョンフラムは微笑んで、
「近いうちに帰れるからね。
思ったより簡単な故障だったから」
「何のです」
「……」
近いうちに帰れるという言葉通り、
2人は数日後にはベルゼに戻った。
シュウはその時の記憶を失っていたが、
大きなことでもなく、
知るべきでないことは忘れる、
それもまたいい。
ベルゼの宿の外で、時折、
下手なキックの練習をする若い男の姿があった。
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