八戒王・橋山心也

 三日三晩、

 自分の知らない場所を歩く、

 黒ずくめの背の高い青年。

「ここは、どこなんだ……」


プロレス道場での風景。

 天漸(てんざん)選手は、

 すっ裸にされていた。

 股間をテープでぐるぐる巻きにされ、

 テープに着けた糸で空き缶をぶら下げている。

 それをエアガンで狙っているのが、

 プロレス・スピリット三銃士の一人、

 太っていて、とても強い、

 八戒王(はっかいおう)・橋山心也選手。

「よぉ~し、後ろ向け。

 動くなよ~。動いたら撃つからな~」

「動かなくても撃つんじゃないですか~……っっ?」

 他の仲間たちは何となくその様子を見たり、

 自分は集中してます、という感じで練習に励んだりしている。

 橋山はエアガンを向けて撃つ、

「そらっ」

 チュンッ!

 BB弾が天漸の足元に当たる。

「あれ?」

 狙いが外れて首をかしげる。

 バチッ、次の弾は尻に当たってしまった。

「いっ……!」

「動くなっつったろぉ」

 次は空き缶に当たる、

 ガーン、

 大きく揺れる缶。

「ひええ……」

 しかし、

 バチッ、

 バチッ、

 エアガンの銃口は、

 わざと尻も狙っている。

 BB弾はプラスチック製の他に、

 鉛製もあるが、これは鉛製である。

 天漸選手の地獄の時間が続くかと思われたが、

「橋山さん、外に変な黒い男が倒れてます」

「なに~?

 助けてやればいいだろ。

 天漸、服着てイイよ」

「え?」

「服を着ろっつってんだ!」

「……(チクショーッ!)」

 運び込まれてきたのは黒い服を着た若い男。

「へぇ。いい体してそうだな。

 ニイちゃん。起きろ」

 橋山は屈んで男の頬を強く張る。

「う……」

「起きろ! 大丈夫かぁ」

 バシィッ、また頬を張る。

「う~ん……」

 介抱された男は、

「ありがとう。

 オレはシュナイヴといいます。

 シュウと呼んでください」

 橋山はキョトンとしながら、

「へー、ウチに用? どうしたの」

 シュウは首を振り、 

「それが、迷ってしまったんです」

「そう。この後はどうすんだい」

「……さあ? どうしよう」

「丁度いいよ、食って行けよ」

 そう言って、

 橋山が出してやったのは暖かいラーメン。

「いただきます……」

「ここで出汁から取ったんだぜ。

 俺が作ったんだ」

 それを殆ど食べてからシュウは、

「おいしいです」

「そうだろ。

 ちょっと自信あるんだ」

 橋山がラーメン屋の主人から作り方を聞いて作ったのだ。

「これは高価な食べ物では……」

「そらそうや!」

「あの絵の2人は誰です?」

「あぁ、2人もいっぺんに覚えられないと思うけど、

 アントニオ猪崎と藤凪辰美のポスターだよ。

 飾ってるの、いつか全部、俺のにしてやるから」

 夢に満ちた表情で力強く頷く橋山選手。

 リングの上では男たちが練習をやっている。

「ではあれは、何を?」

「見て分かるだろ、スパーリングだよ。

 何か経験あるの」

「少しは」

「だったらお前もやってみる?」

「なら、お願いします」

「そっか……。

 よーし、ちょっとリング、

 空けてくれ!」


 橋山とシュウはリングに上がった。

「じゃあ打って来いよ。何かさ」

 ヒュッと拳が出るのを腹で受けて、

「あぁ、まぁまぁイイじゃん。

 イイよ、中々……」

 橋山のチョップ、

 受け止めるシュウの左腕、

 右の拳が突き出されるが、

 相殺するように橋山のハイキック!

 受け止めるように下がる、

 そこへもう一回、同じ攻撃。

 爆撃ハイキックと呼ばれるそれは、

 1トンの衝撃がある。

 蹴りを見て、

「ゆっくりだ」

 そう呟きながら喉に受けるシュウ、

 1トンの衝撃が伝わって、

「うっ……」

 そのまま気絶してしまった。


「あー、やっちゃった。

 誰か……。天漸、介抱してやってくれ!」


 プロレス・スピリット三銃士。

 武王啓二、超野正弘、橋山心也。

 中でも橋山の攻撃力は一番で、当たれば強い、

 そんな選手そのもの。体重140キロの練習された蹴り。

 素人は触れるべからず、一瞬の油断が命取り。


「ごほっ、ごほっ……」

「おっ?」

 橋山と他の仲間たちが見守る。

「起きたか。大丈夫か~?」

「き、気絶していたのか。

 鉄球が、

 喉に当たったような感触を受けた……」

「悪かった。チカラ入れ過ぎた」

「大丈夫です……」

「よし。じゃ、大丈夫だ」

 大丈夫ということで、

 ほっとした選手たちはリングから離れていった。

 橋山は笑って、

「シュウ、

 コンビニ行くけど来る?

 天漸、来い」

「ハイ」

「散歩ですか」

 外はもう夜である。

 歩いていく。

「背も高いし、

 モテるんじゃないの~?」

「あまり、良い事とは思いませんね」

「えっ? 案外、冷たいんだな。

 俺なら24時間、セクハラや!」

「ハハハ。怒られませんか?」

「そんなん、知るか!」

「それはマズいっすよ!」

 一番近い店、

 モーソン・ほっとステーション。

「いらっしゃいませーっ」

 女性店員がやる気なさそうに言う。

 コンビニは給与が少なく、

 人力で管理する所が多いので、

 元気な店員は、

 店の持ち主か新入り、

 後は変人だけである。

 ダルそうな店員は普通の感性なのだ。

「今日はウインナー、食いたいな」

 橋山が店員に言うと、

「スイマセン、油が切れちゃってて」

「え~? 無いの?」

「あっ、橋山選手」

 気が付いた店員は喜んだ。

「おう?

 じゃあ、食えりゃいいか……。

 お前ら、何でも買って良い」

「と、言われても……? これは目移りする」

「弁当とジュースにしたらいいよ」

「あ。どうも、すみません」

 いつもそうすることになっているから、

 と教えてやる天漸。

 橋山は次々とカゴ一杯に、

 弁当やらシチューなどを入れていく。

 そこへ近所の学生が、

「あっ、橋山選手!」

「ん?」

 手を止めて、

 声の方へ振り向く橋山。

 学生は勇気を出して、

「俺、ファンなんです。

 橋山選手、

 握手して下さいっ!」

「……」

 買い物カゴを置いて、

 相手の手を両手で握り、

「いーよ。

 応援ありがとう。

 夜だから帰り道、

 気を付けてね」

「わー、ありがとうございます」

 と感激してちょっと震えている。

「人気者だ」

「……あの」

「え?」

 すり抜けてくる金髪の頭に、

「あ、導師様」

「偶然だね」

 橋山が巨体を揺らし歩いてくる。

「なんだ、そこの小さいの!

 何か欲しいもんあるか? あはは!」

 八戒王・橋山心也はこの後も、

 トップレスラーとして活躍し、

 自分の団体、Z1(ゼットワン)をぶっ立てる。

 プロレス団体が多すぎる問題があるが、

 理屈ではなく魂を見せてくれる団体だ。

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