猪木問答・文字起こし小説

猪木問答・文字起こし小説


 アントニオ猪木の経営は、

 飛龍革命の後も端的に言って良くなかった。

 猪木の魅力が繋ぎ止めた仲間は多かったが、

 そうでない者は去って行った。

 師・力道山からのプロレスは戦えるプロレスだった。

 猪木の本気の技を紹介すれば、一本の指を掴んでの指折り、

 相手の一生が変わるような執拗な蹴り・アリキック、

 気絶させる技・魔性のスリーパー、

「この技が一瞬で相手を気絶させる秘密は……言えない」

 連続でパンチするナックルパートも拳の角度次第では相手は血を流す。

「プロレスは本当に強くなきゃ」

 本当に効果を持っている技を使えるからプロレスだと猪木は思った。

 しかしそれはプロレスの行くべき方向ではないと他の皆は思ったのだ。

 この頃もう猪木は引退していた。

 仲間が言っているので段々、変わって行った部分があるが、

 本人としてはプロレス=格闘技として実戦を意識していた。

 猪木の中ではプロレスラーが異種格闘技戦をやることは当然だった。しかし、

「我々は殺し合いをしているんじゃない!」

 ある試合の時にプロレスは殺し合いではない、

 ドラゴン藤波はそう言った。

 この頃、藤波は新日本プロレスの社長になっていた。

 ところが実際の方針を示したのは未だに猪木。

 新日本プロレスは格闘技路線を目指し、

 色々な低迷。人が離れていた。

 スターの一人、

 武藤敬司は仲間を引き連れ、

 新日本に大きな穴をあけて去った。

 猪木の過ちなのではないか。

 それを問うべく蝶野正洋、

「猪木さん、ひょっとしたら試合の後に、

 リングに上がってもらうかもしれません。

 よろしくお願いします」


 これより4年前、

 1998年4月、

 猪木55歳。

 前にはライバルのジャイアント馬場に向かい、

「老いた馬場がトップなせいでプロレスが弱く見える」

「肉体がリアルを失った馬場は去れ」と言ったこともあったが、

 とうとう他の選手に老人が居ると言われる年齢となっていた。

 引退試合に勝利し、引退セレモニーでは7万人の観客。

 藤波、坂口征二、大勢の愛弟子たちや前妻、

 さらにモハメド・アリも花束を渡しに駆け付けた。

 長く猪木を解説した古舘伊知郎(ふるたちいちろう)、

「闘う旅人、アントニオ猪木。

 今、相手のいないリングに、

 たった一人でたたずんでいます。

 思えば38年に及ぶプロレス人生。

 旅から旅への連続であり、

 そして猪木の精神も旅の連続であった。

 ――。

 あなたを見続けることが出来たことを光栄に思います。

 燃える闘魂に感謝。ありがとう、アントニオ猪木!」

 リングから猪木は、

「私は今……、感動と感激、

 そして素晴らしい空間の中に立っています。

 心の奥底から湧き上がる、

 皆様に対する、

 感謝と、熱い思いを、

 とめることが出来ません」


(猪木ーっ! と歓声)


 カウントダウンが始まってからかなりの時間が経ちました。

 いよいよ、今日が……このガウンの姿が、最後となります。


(猪木ぃ……わーっ)


 思えば、右も左も分からない……。一人の青年が、

 力道山の手によって、ブラジルから……連れ戻されました。

 それから38年の月日が流れてしまいました。

 最初にこのリングに立った時は、

 興奮と緊張で、胸が張り裂けんばかりでしたが、

 今日はこのような、大勢の皆さんの前で、

 最後のご挨拶が出来るという事は、

 本当に…………。


(わぁーっ。猪木ーっ)


 熱い思いで、言葉になりません。

 私は……色紙に、いつの日か、

 闘魂という文字を書くようになりました。

 それを称して、ある人が『燃える闘魂』と名付けてくれました。

 闘魂とは、己に打ち勝つこと。

 そして戦いを通じて、己の魂を磨いていく事だと思います。

 最後に、私から皆さんに、皆さんに、

 メッセージを送りたいと思います。

 人は歩みをとめたときに、

 そして挑戦を諦めたときに年老いていくのだと思います。

 ……。

 この道を行けば、どうなるものか!

 危ぶむなかれ。危ぶめば道はなし。

 踏み出せばその一足(ひとあし)が道となり、

 その一足が道となる。

 迷わず行けよ、行けば分かるさ。

 アリガトーッ!


(歓声、何度もゆっくりと流れるゴングの音。引退の10カウント・ゴング)


 ――。

 そして2002年2月。

 蝶野は試合後、

 リング上に猪木を上げて少し話し、

 正に強面そのもので熱くマイクを握って、

「オラ、エーッ?

 おい! お前ら誰か他にやる奴いねぇのか、オラ、エーッ?

 おい! 俺と天山か……!」

 天山は蝶野と関わりのあるレスラーで、

 今もリングに上がってきている。とにかく、

 猪木に、間違った路線に自分たちを連れて行かないでくれ、

 と言いたかった蝶野だが、話がこんがらがってきたので、

 仲間を呼ぶことにした。これを猪木問答という。

 ムキムキの男たちがリングに上がってくる。

 解説の声、

『おっと、中西だ、中西が入ってきた~!

 さぁ、すると永田も来ている、

 タナケン(棚橋弘至、鈴木健想の2人)も来ている~っ!

 ……早くもリングの中、男たちがにらみ合っていく~っ!

 中西学、永田裕志……』

 猪木がマイクを持って中西に問う、

「おめぇもイカってるか?」

「怒ってますよ!」

「誰にだ!」

 今の猪木さんにです、と言えない中西、

「……。全日に行った武藤です!」

「そうかぁ。おめぇはそれでいいや」

 何人か居るから言えないやつが居てもいい、

 という猪木の態度。おかしさもあるが、

 会場の客は猪木の声に盛り上がった。

「おめぇは!」

 と続けて永田に聞く。

「全てに対して怒ってます!」

「全てってどれだい!」

「……」全てというか、

 猪木さんって言っていいのか、

 という永田の躊躇がある。

「ゆってみろォ!

 俺か! 幹部か! 長州か!」

「上にいる全てです!」

「そうかぁ。

 やつらに気付かせろ」

 気付かせたい人が永田の目の前にいる。

 会場に笑い声が生まれた。

「おめえは?」

 鈴木は今の路線に対して、

「僕は自分の明るい未来、

 未来が見えませんッ!」

「見つけろ、てめぇで!」

 会場にはまた笑い。

 後にエースに育つ棚橋は、

「俺は! 新日本のリングで!

 プロレスを、やりますっ!」

 ファンもそうして欲しい。

 わぁーと歓声。

「まあ、それぞれの想いがあるから、

 それは、さておいて……」

 何故、ファンにとって最高を示そうとした言葉に対して、

 さておいてなんだろう、流したんだろうか、

 というおかしさがある。また会場が笑いに包まれる。

 続けて猪木、

「なあ。おめえ達がホントの怒りをぶつけて、

 ホントの力を叩きつけるッ、

 リングをお前たちが作るんだよ。

 俺に言うな」

 結局かよ、

 俺に言うなって、

 と蝶野は笑いそうになって口をぎゅっと紡ぐ。

「俺は3年……4年だ、引退して。

 てめえ達の時代、

 てめえらの飯の種はてめえで作れよ!

 いいか!

 今日はここんとこはてめぇらみんな握手しろ!」

 猪木の方針はどうあれ、

 引退後にも続くアントニオ猪木の人気、

 後進の活躍もあって、

 新日本プロレスはその後も存続している。


 猪木のある日の夢は、

 バッグ一つ持って、

 旅をする。

 必ず同じことを考える男達がいるだろう。

 彼らもまた同じように旅をしていて、

 会ったその場で戦う。

 自分の技、流派をもってして……。

 勝った方は旅を再開するのだ。

 猪木の夢はいろいろあった、ストロング・スタイル。

 地球環境や平和に興味を持つ以外にも、こういう夢があった。

 夢を持ってますか。

 それは人によって違っても、

 時によって変わっても構わないもの。

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