飛龍革命・文字起こし小説

 1988年4月。

 メインイベントの試合に負けて控室、

 テレビカメラが入り、カメラのフラッシュも点滅する。

 タッグを組んでいたアントニオ猪木に頭を下げる藤波辰巳(ふじなみ たつみ)。

 それに対して猪木。

「いや俺のほうもスマン」

 しかしこれは、

 試合の過程と結果を謝っているだけではなく、

 今からやることを、先に謝っているのだ。

 この時、猪木、44歳、藤波34歳。

 藤波は言う。

「ベイダーとやらせてください。シングルで」

「えっ?」

 聞き取りにくい藤波の声。

 ビッグバン・ベイダー選手と戦いたいという。

「ベイダーとシングルでやらせてください。

 僕、今日も何もやってないです。

 もういい加減に許してください」

 藤波も猪木に押さえつけられていた。アントニオ猪木は、

 前から自分のところの社員に工作をすることがよくあった。

 藤波は、

「もう一回、俺、繰り返しますよ、まっすぐ。

 自分の思うことをやります。お願いします。

 ……。はっきりしてください猪木さん!」

「んぉ?」

 そしてレスラーとしての猪木は全盛期を少し過ぎていた。

「猪木さん、東京と大阪から2連戦、無理ですハッキリ言って。

 俺、自分が今日、負けてね、言える立場じゃないけど……。

 俺らは何なんですか? 俺らは」

 猪木の新日本プロレス、

 あとは付属品のような現状に対して言う。

 猪木の沈黙。

 プロレス業界ではメディアの前で何か、時には会社の変化を賭け、

 それを組織の形態としても本当に実行するという事があった。

 藤波が今の猪木の方針に逆らおうとしていることを察し、

「本気かい。えぇ?」

「本気の、つもりです」

「……。命賭けたのか、命を。

 勝負だぜ、お前、この場は……」

「もう何年続くか! 何年これが!」

「だったらぶち破れよ! 何で俺にやらせるんだ、お前」

「じゃあやらせて下さい、大阪を。いいですか? やりますよ大阪で」

「ああ? 俺は前にも言った、遠慮なんかするこたぁねえって……。

 リングの上は戦いなんだからよ、先輩も後輩もない。

 遠慮されても困るよ、おめぇ。何で遠慮するんだお前」

「遠慮してんじゃないっすよ、これが流れじゃないですか!

 これが新日本プロレスの! ねぇ、そうじゃないっすか?」

「じゃあ、力でやれよ、力で」

 流れを変えてみろという意味だ。

「やりますよ」

「あぁ?」さらに怒気を含んで、「あぁ? やれんのか本当にお前!」

「やりますよ!」

「っ」

 藤波を軽く、パシッと、

 ビンタする猪木に、

 バンッ! 即座に怒りのビンタを返す藤波。

「ほっといて下さい俺の事を!」

 思い切り叩かれて猪木の表情は何ら変化なく、

「あぁ?」

「エエ?」

 争う構えの藤波に、

「いけるかい? ええ?」

 頬に触れる猪木。

 猪木は力道山に殴られて鍛えられたこともあり、

 逆らう選手に圧力をかけることもあった。単純にそれだけでなく、

 時には潰されても乗り越えるということを求める。

 猪木の手をはらい、歩いていき、

 救急箱からハサミを取り出して戻ってくる。

「やりますよぉ、これ。やりますよ……」

 何故か自分の前髪を切り始める。

 止めようとする猪木の手。

「まて、まて。……まて……!」

「いらないですよ、こんなもの」

 藤波がハサミを放るのを見て、

「よぉし」

「……。

 こんなんなってもお客さん呼びますからね! この……。

 お客さん、みっと……ちっとも喜ばないですよ、これ」

 みっと……、は、みっともないと言い終えずに止めたのか、

 言い間違えか不明である。自分で前髪を切って、

 こんな姿はお客さんが喜ばないと言った事は、

 実はこれほど猪木に抗議するような状況を指している。

 つまり、投資の失敗があり、経営、興行、闘いを担って、

 後進を抑えつつ限界になっていた猪木に言っている。

「俺負けても平気ですよ!」

「おぉ」

「負けても本望ですよ、

 これでやるんだったら」

「やれや、そんなら」

 猪木としては誰かが爆発し躍進することは出来れば認めたいものである。

「やります」

「ああ……」

「無視してくださいよ!」

「オッケー……! うん……。

 俺は何も言わんぞもう。やれよ、そのかわり」

「やります」

「よおし」

「大阪で俺の進退賭けます! だったらいいですか」

「何だっていいや。何だっていってこいや。遠慮するこたぁねえよ」

 猪木の態度は、

 己が新たな負荷を背負わないようにしながらも藤波を尊重している。

 しかし猪木のしたたかさを知る藤波にとっては、

 無情な仕打ちにしか見えなかった。

「もういいっす……」

「……よぉし」

「……」

 さらなる後進の活躍が、

 始まろうとしていた。


 そして猪木と藤波は勝負をする。


 時は過ぎ、

 2019年4月。

 76歳の猪木は握手を求める藤波をビンタした。

「元気ですか! 元気があれば何でもできる。バカヤローッ!」

 転んで起き上がる藤波、65歳。

 再び手を差し出し今度は握手できた。

 それから、

「思わず僕も嬉しさもあり、ひっくり返りましたけどね。

 懐かしいねぇ。まだまだビンタもね、

 これも続けてほしいですよね」

 地球というリングの上で今日も誰かが活躍している。


(『【全文掲載】アントニオ猪木が藤波辰爾とアフリカ置き去り事件や8・8決戦を振り返るトークバトルを実施!』等、飛龍革命関連からのコピペがあります)

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