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『――国会の中継映像。
「アントニオ猪崎君……」
体が大きく顎の尖った男が声を張り、
「皆さん、元気ですかっ!
前、注意されたんですが、
国会でこういうことをするなと。
普段は1、2、3、ダー、も言うんですが。
えーと、アジア周辺国に対しての日本国の、
無理解と言いますか……。様々な進歩があって、
それも軽減しつつありますが、そういうものがあり、
日本は土地は小さいですが割と大きな国で、
その一部の強硬なスタンスが、
周辺国と、それに同調する諸外国の頑なな態度を、
連鎖反応的に誘発することがあるという問題について、
私は、私も高齢者と言われる年齢になって何年か経ちましたが、
解決できることは早い目に解決に持って行った方がいいだろうと、
そう思いまして、誰かが平和の懸け橋にならないといけないと考え、
いくつかイベントを開催しまして――」
おっと。ここは国会ではなく郊外、
豊かな自然、綺麗な風景で有名なところ、
写真本になった頃の『ターシャの庭』に似ている。
森が近くにあって大きな庭のある家だ。
「テレビじゃなくて、
コンピューターモード」
『デスクトップに?』
「そう」
きんいろの長い髪と白い肌、青い瞳。
レース編みを使ったタイトな紫黒色のコスチュームの、
イドムドスと家の庭に出ている。
日光の下でも、
彼女の近くに空間表示されるディスプレイはハッキリとよく見える。
「今日は自環境ゲームのチェック」
自分のプレイしたいゲームを作り上げる。
もとの生地のような、素のゲームを、
自由に改造していいというメーカーがある。
構成要素を自由に追加して作っていいことになっている。
最近、自由なゲーム改造がほぼプレイ可能なまでに完成した。
ゲームの権利者は自由な改造を許しているが、
それで金銭を得ることは許可していない。
無償で行うことになる。ネット上にもアップしていない。
『あなたは社会に必要のないことをしているんですね』
「人間らしいこと」
『素晴らしい。人間らしいことは賛美されます』
ヒットした昔のコンピュータゲームを見てみれば、
ピンポンをしたり、ピコピコと音がして、
敵を倒しながら進んでいくことさえ新技術だった。
一つのゲームすべてで1メガバイトにすら届かない。
1メガバイトはデータ的に低容量の写真一枚、パシャ。
そんなゲーム内容であっても人気だった。
近頃は初期の数千倍の容量であったとしても、
昔ほどの評価は得られない。自分も含めて、
人々もゲームが飽和したようにも感じていそうだ。
それでも及第点を与えられるゲームをプレイしたい。
趣味でそんなことをやっていると目にする項目は膨大で、
すると自分の感性自体が次々と変わってしまう。
他人だけでなく自分さえ感性の異なる相手のようだ。
そこで良い事に気が付いた、
感性を想起させるアイテムの存在。
性能だけで済むところに感性を付与する。
アイテムに工夫すれば、
感性の異なる相手にも、
感想を与えることが出来る。
例えばオーソドックスな、
飽きられているアイテム、
薬草、体力が30回復する。
こういうアイテムは矛盾を抱えている。
基本形でありながら受け手が飽きている。
誰しも始めてゲームの中で薬草を見つけて何年もたっており、
他の作品に触れても何度でも現れる。そこで、
苺のショートケーキ、蜂蜜入りチョコレート、
効果はそこまで変わらないアイテムを数百種類存在させて、
使うのが惜しいほど美しく複雑なポリゴンモデルにした。
似たような効果の別の姿のアイテムは感性のためにあると言える。
並べたときの効果は同じでも、
他のアイテムを作る素材にしたときには効果が全く異なる事にもできる。
丁寧に作られた3D作品に価値を見出して種類を増やしていき、
今は実物を注文する機能をオン・オフできる。
3D芸術作品を鑑賞用のアイテムにしたり、
凄いアイテムをすぐ置いたり出来る以上、
もっと自由に振る舞える。
「このゲームのプレイヤーとしては、
最も効率の良い最強のものだけを狙う、
という考え方はしなくてもいいものになった」
『あなたのゲーム!
私もさっきバックグラウンドでクリアしました。
多数の高価なリソースが使用されています。
ボスのギガドゥーンは何が言いたかったんでしょう』
イドムドスには出来るだけ自由に処理能力を使って振る舞ってもらい、
彼女の出せるデータをより洗練されたものにしている。
「主張は、楽しんでるか? だ。
自分の決めた設定が、
自分がプレイヤーなら返ってくる。
これは楽しいことだ。
やってみて何か感じたかな」
何を楽しみの核にするのか、核はいくつあるのか、
設定と受け取り方は自由。
人間が楽に受け止められる限界を常に満たすようなものがよさそうだ。
ゲームの調整というものはそれを行うなものだろう。
『人間型AI・10人にもプレイさせました。
あまりにも開発と資本のバランスを欠いたゲームです』
「ほんと確かに、昔の方法だったら停止しているところ。
でも前のゲーム制作現場じゃない。君が居るからね」
非効率的なことの中では、
ゲームを馬鹿馬鹿しくするのが大好きだ。
バグも少なくなった。チェック止め。
「気温は?」
『30度です』
家屋の外だから気付くこともある。
「空の雲がさっきから、
ハッキリと写真か絵のように見える。
日の光りを受ける雲の明暗が強い。
あれは現実のあらゆる光源処理の組み合わせだ。
人の用意したリソースじゃない。
ある一瞬なら、ただ現実の空の方がずっと綺麗だ。
あの空を高画質に取り込んでほしい。
今より軽くて美しくなるぞ。
データ化を頼む」
離れて見れば少女が空を見ているような様子。
『カメラを起動』
「んん?」
近くでその瞳を覗き込むと、中のカメラが僅かに動いた。
『写り込んでいます』
「やっぱりしなくていい」
『どうしてですか』
「カメラはもう一台あるから」
動画撮影に使っていたカメラを軽く蹴って天に向けた。
『パターン集を作成』
「んん?」
レース編みを強く引っ張って、
その肌と薄い下着を見ていると、
『元気ですかっ?
元気ですか!
元気ですかぁッ!』
「ど、どしたんだ……」
『あなたの依頼した、
アントニオ猪崎をコンソール素材にする機能、
が生成されてオンになっています。
ファイルサイズ1ギガバイト』
「忘れてた、サプライズだ。作ってたのか」
『御本人の声に切り替えられます。メールを受信すれば、
ジャイアント場戸(ばと)氏に向けて言った、
悪口を言えるようになりました』
「自動生成とは思えないね。
今のままの、その声で全部聞かせてくれ」
イドムドスとそれを作った人は大切な存在だ。
すべてを美しいものや、良くないもの、
好ましいものに置き換えて、
彼女の力でそれを楽しむ人も居る。
それでも稼働するものは、もはや神である。――』
世界の海のどこかを航行する、
巨大潜水空母『ニューエンタープライズ』の格納エリア内。
格納される量産型オペレーションマシン『オスカー』は、
飛行形態の身長11メートル、
人型形態9メートル、重量2・5トン。
比較の対象として、ごく旧型の陸戦ロボットは、
身長100メートル、10万トンもあった。
いま世界を飛び回るロボットはそれと比べて非常に小さく軽いが、
装甲と兵器の発達によって基本的に過ぎた身長と重量は長所ではない。
『オスカー』は、
機関砲搭載スペースがある他、常に最新鋭の火器を携行でき、
機体の軽さと大きなエネルギータンクで長時間戦闘に臨機応変に対応できる。
今は亡き加藤戦隊長の先導した研究の成果を反映して、
機体は骨格、装甲、出力を強化した第3世代。
その宮辺機の近くに、少年少女たち、
戦隊をまとめるジョンフラム隊長、
構成中隊の中隊長たち、
檜中尉、宮辺少尉、クロエ中尉、
彼らは皆が撃墜数5を超えるエース・パイロット。
おのおの気の抜けた様子で座ったり立っている。
一つの中隊で戦闘に参加するロボットは、
その性質にもよるが、6~12機である。
整備、各種の融通に関する役割を担う人員が多数を占める。
現在『ニューエンタープライズ』が擁する1個戦隊は3つの中隊からなる。
宮辺機の内部には血気盛んな少年、
上口(かみぐち)伍長が居て、彼は宮辺中隊のパイロット。
ユニフォームは特筆することのない空中勤務者のものである。
座席に腰を下ろす。
「じゃあ、見ます」
前回初めて戦場に出て気が大きくなり、
無茶な戦闘でさっそく自機を破壊した。
脱出装置ごと敵機に遠くまで弾かれて、
もはや死亡したかと思われたが、
飛ばされた時に運よく本人とパラシュートは無傷であったため、
戦地から離れたスギ林の上にうまくパラシュートで降下した。
結果的には上口機を損失して敵機を海面に叩きつけたが、
敵機は戦闘後に捜索しても発見できなかった。
おそらく逃亡したと考えられる。相手は特別仕様の超高性能機だった。
上口伍長の行動は、パイロット資質が疑われると判断可能なことであったが、
それがなければもっと大きな被害が出る可能性があった。
量産機で、おそらく最新鋭の高級機と会敵し、
命令違反の相打ちは評価しにくい功績でもあり、
何らかのデリケートな事情も関係した結果、
組織内で処分が下される問題にはならなかった。
これからも頑張っていこうという激励と注意の後、
懇談のため、罰ゲームで、動画を見させられる。
プロレスラー議員・アントニオ猪崎(いざき)が少しと、
名も無き男に買われたイドムドスの出てくる動画。
見終わった後、
「終わりました」
上口は宮辺機から降りて、
仲間の所へ歩いてくる。ジョンフラムが言う、
「上口君、おつかれさま」
「あのビデオ、何ですか」
「罰ゲームのビデオは何種類もある。
好みが合えば……中には楽しいものもあるよ」
「檜さん、笑ってるの?」
「俺のチョイスだから」
「どうだった。上口は、ムスッとして」
「いや、
あの人、何を目指してるのかも、
イマイチ分からなかった。
何がなんだか。
隊長はどうだったんですか、
このビデオ」
「勉強になりました」
「面白かったんですか?」
私服姿の檜中尉が言う、
「イドムドス様といえば、意思決定機関だろ。
世間一般には機能を落としたり足したりして、
端末としても売り出されてる。
高いのはメチャ高いぞ。ラブドール100体買える」
ラブドールは独身会社員が買う精密な人形である。
「世の中には意味の分からないものが、
いっぱいあるという話だな」
と宮辺少尉。階級章以外は上口と同じ服。
フード付きパーカーとレオタードに似た姿のクロエ中尉は、
「何でもそうじゃない」
乗機が『ムスタング』という異なる機種のため、
コクピットに必要な戦闘服が違う。
イドムドスにも似た、ジョンフラムはいつもの青い瞳で、
「上口伍長は安全な戦闘法をしていません。
自分の安全も守れるように、さらなる奮起を!」
足を揃えて敬礼、
「はい」
「みんな解散」というがみんなすぐ解散しない。
「隊長、今後のことを考えましょう」
「紺色の?」
「あれはもう、限りなく頼もしい上口に任せますか」
「なりゆきです」
「偶然じゃなかったよね」
「死んだと思ったな……」
「殺さないでくださいよ。
しかし加藤戦隊長の背面打ちから、
さらに隙を排除すればあの形になり……」
はたしてどのような飛行だったのか。
「まぁまぁ。あれが、なんとか通じたという点では助かった。
紺色のは、モーターから何から採算度外視のような姿、
しかも我々の技術の正統発展という点が多数見受けられた。
あんなものはレジスタンスは作れないはずだ。
技術か、そのものが奪われたのかもしれない」
「赤いロボットは? 俺、興味あります」
「あれね。赤いロボットは我が組織の上層と、
つながってるような動きもするが、
敵対する行動も記録されている。メルヘンだ」
「怪獣を押したりしてた。あれが欲しいわ。
でも、誰かに何か吹きこまれてるんじゃないの。
一人であんなこと出来ない、思いつけないな、私だったら」
「鹵獲された旧式機の転用、改造機に過ぎないはずなんだ。
ただ、異常な敏捷性、バリアを張るのは驚いたな。
馬力も高出力で安定している」
ジョンフラムはため息を吐き、
「そうそう。指令からの伝達があります。
戦闘中に遭遇した『レッドディガン』からは、
確認なしで退避できるようになりました。こっちから攻撃しないで」
「それでも上口なら、いつか何とかしてくれるかもな」
「多分、同じ戦法は通じないですよ」
「そりゃそうだ。
考え甲斐……ありますよね、檜さん」
宮辺が聞くと、
「あぁ。いつ死ぬか分からないからなぁ。
不死身の上口以外は」
「俺はたったの一回、たまたま、生きられました」
「上口くん、あれは危なすぎるわ。飛んでるとき何考えてるの?」
「何考えてたか、分かったけどな。
まぁ初陣の戦果が欲しかったんだろ」
「そうです……」
「ちゃんと死んだ時のために何かしてる?」と檜。
「やーん。暗い。
私たちってどうなるのかな、今の仕事を辞めたら、
外にはオペレーションマシンもないし。ねえ檜さん、どうしよう?」
「まぁね、外で、エースでしたって言っても奇人変人やからね。
そもそも娑婆で誰かと話す価値を感じんけど。ヤバいかな」
「そういえば、あのビデオは――」
ジョンフラムは励ましに檜に笑いかけ、
「人には長所と短所があります」
「あ~、だから大丈夫的な……? フン」
巨大なロボットに乗って、
潜水空母から出撃し任務を遂行し帰還する、
仮に1体でも、
艦内で暴走したり味方に攻撃したりすれば、
艦や作戦自体が崩壊するような大事件である。
統御されているが、瞬間的にそこまでの攻撃力が人一人に与えられる。
勤務者はルールだけでなく気持ちで働いているという事に大きく支えられている。
近頃、発足以来無かった激しい戦いが発生する状況が増えている。
「どうせこれから、
馬鹿みたいにダルイ戦いがあるよ。
第二怪獣の駆除で少し心折れた。空飛んでたし。
栄光ある戦闘隊、戦い続けることに疑問を抱きつ。
最近ヤバいです。兵隊のまま一生を終えるのか。
何かが壊れていく……」
「檜サン!」
ジョンフラムが杖で檜の尻を叩いた。
「あっはい~~~っ!」
艦内に響き渡るエース檜の声、
「もう一回お願いします!」
「ど、どうして?」
「そうしてほしいのだ~っ!」
「やりたくない……」
また同じようにパシーンと杖で叩く。
「ハラスメント事案に発展したか」
「みんな何も見ていない、いいわね」
「はい。あの、ビデオ良かったって、どこがですか」
他に誰も動画の事など考えていなかった、
上口、聞いたタイミングが合わず。
「別にいっか。そろそろ失礼しますね」
解散と言った後でもあるし、
上口は場を離れて自室へ向かった。
「おい、飯食いに行くんだけどな」
「病んだ俺の目を見てください!
キモくないですかァ。ハァ~」
「ノット・イキ。キモくない」
「なら、こっちを見ろぉ!」
「ははっ」
「チェ、戻りたいなら戻しとくか」
宮辺の声は届かず。
上口は途中でパックの牛乳を買い、
その場で飲み終えてパックを捨て、
自室に戻って、
コンソールに向けて座る。
数分後、
「檜さんからメール」
【タイトル】おつかれ
【本文】
「職務が忙しくて何か吐きそうだ~」
「究極生命体カミグチならきっと何とかしてくれる!」
「俺はたったの一回、たまたま、究極生命体になれただけなんです」
究極生命体・上口の誕生だーッ! クソみたいなコラージュあとで送る。
「ふふ、くだらね……。
分かりました、待ってます。と返信」
後から届いた画像は、
背中から羽を広げたギリシャ彫刻風の男体の絵に、
上口の顔が丁寧な合成で張り付けられていた。
「うわっ……。檜さんの意図は何だろう。
返信は、ありがとうございます、と。
じゃ、トピックを出してくれ」
・風姿花伝に学ぶ (教養)
・ロボットは時代遅れ? (アニメ・漫画)
・君もビンタされよう! (イベント)
神奈川・横須賀市にアントニオ猪崎がやって来る。
元気ですかっ!
《ツイートッ!》《シェアッ!》
ファイトパワー注入ビンタ・
《チケット購入ッッ!》
抱負を抱いてビンタを受ければきっと夢は叶う!
「罰ゲームおそるべし。
さっきの動画でちょっと出ていた人だ」
興味がわいてきた。
「予定通りなら、
今度の休みと同じ日か。
なんか、行きたいな~」
ある時はレスラー、ある時は国会議員。
アントニオ猪崎がやって来る!
「誰か誘って行ってみたい。
俺の抱負……攻撃命中率の拡大っ……。
猪崎さん、俺を吹っ飛ばしてみろっ! ははは~」
その夜。
上口が小型タブレットで見ているのは、
機体を逆さまにしたままで、
敵の死角を攻撃するオスカー、
背面撃ちの映像、しかし機は被弾。
「動き自体は完璧……。
何故か、ほんのわずか意識が散逸し、
型どおりなせいで被弾している気がする。
しかし、航法も戦闘法もやっぱり、
ここまで示して下さっていたんだ。
加藤戦隊長、見守っていてください。
俺の最後の時はまだ訪れない」
可能性に満ち溢れた上口伍長が活躍するのはこれから。
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