VRソフト② 昭和の巌流島

 ある日の夜のこと。

 子供の足音。

「おい、おかえり。風呂上がりか。

 お前の部活って夜遅いんだな。

 前言ってたロボットのビデオ、買ってきたぞ」

「父さん、分かるの? ロボットって沢山あるし」

「ソフト入れてあるから見よう」

「いいけど」


登場人物


力道山……

 高い身体能力を持ち、日本帝国支配時の朝鮮で力士として発掘された。

 相撲の親方に言われて以来、朝鮮出身であることを隠して戦う。

 当時のエンターテイメントの王様、日本プロレスの父。


木村政彦……

 柔道史上最強の男。

 気絶した自分は魅力的と発言するなどナルシストな一面を持つ。

 だが彼を待っていたのは、強過ぎることへの罰のような運命だった。


『2人の憎み合う男達!


 大活躍する力道山と、お荷物役の木村政彦。

 昭和の時代、プロレスでタッグを組んで、

 表面上は相棒であった2人、

 互いの心の中に一つの共通の思いがあった。


 こいつをぶん殴ってしまいたい。


 力道山はこう考えた、

「柔道で過去の栄光のある木村政彦といえども、

 プロレスでは俺の方が偉い。

 だから俺の考えを超えちゃいけない」

 木村は思った。

「自分は力道の引き立て役はもう嫌だ。

 どう考えたって自分の方が強いのだから」

 木村政彦は過去、柔道界では、

 10年以上無敗の超越的な実力者だった。

 天覧試合では天皇陛下から短刀を賜った。

 そしてプロレスに転向したが、プロレスには台本があり、

 元の力を出してはいけないので加減がつかめず難儀していた。

 そういうストレスがあり、

「力道山の、あんなものはショーだよ。

 真剣勝負なら負けない。

 本当にやったら俺の勝ちで終わる」

 という木村の発言。

 これによって力道山と木村政彦は、

 ついに勝負することになった。

 だが、この試合はやっぱりというか、

 話し合いになって台本付きになり、

 引き分けのショーにするという取り決めになった。

 試合当日までには間がある。

 この時。

 力道山はトレーニングを強化した。

 木村はやっぱりショーだ、

 それに本気ならきっと自分が勝つ、

 と思い大した準備はしなかったという。

 柔道界最強を手に入れ、しかしレスラーとして努力を怠った木村と、

 木村を脅威として鍛え直した力道山の違いがあった。

 1954年、蔵前国技館。

 試合が始まるぞ、会場そして、

 あらゆるテレビの前に黒山の人だかり。

 そして大観衆の中で試合が始まった時。

ショーとしての格闘、

 しばらくして、

 木村の、当たっちゃえばいいな、

 という感覚で軽率に放った金的蹴り。

 急所には当たらなかった。

 それは力道山の逆鱗に触れた。

 その怒りは、ギリギリ守られていた台本のストーリーを破った。

 あっという間に力道山のストレートパンチが木村の顎、

 軽くダウンする木村、起き上がるが、

 続けて力道山の打撃、執拗な乱れ打ち、

 木村政彦は血を出しマットに沈んで敗北した。

 マットの血だまり。

「父さん、なんだよこれ……」

「木村は負けたんだ……」

当時の観客はとても勝負を好んだが、

 流血にはさすがに怖気づいた。

 元の木村の強さを知る仲間は泣いた。

「力道山、

 この大山 倍達(ますたつ)が相手だ!」

 後の極真空手の総帥、ゴッドハンド・マス大山。

 マンガ『空手バカ一代』の主人公にもなった、

 大山後輩が飛び入りを望んだが、

 力道山は一瞥すると去り、勝負は起こらなかった。

 誰かが言う、

「木村政彦は最強なんだ。立って歩いてもらえ!

 最強が……! 担架で行くなんて……おかしいじゃないか」

 師匠の牛島辰熊も嘆いて言う。

「そうだ。立って。それがいいだろう。

 無理なら肩を貸してでもそうしろ。

 おお、リキなんかにやられてしまうとは考えられない。

 こんな馬鹿な。こんなことがあるか?」

 確かな情報を広く伝える手段の少ない時代、

 この昭和の巌流島と呼ばれる一戦の結果により、

 木村の実力が公に認められることは、

 長い間なくなってしまった。

 木村が過去に全てを注いだ柔道は、

 プロレスの観客からは疑いの目で見られていた。

 栄光は、この一戦で完全に嘘にされたのだ。

 怪我の癒えた後も木村の心は乱れた。


(力道、畜生、……死んでしまえっ!

 騙し討ちのような真似をしやがって、

 お前のような奴は、……畜生!

 刺し殺してやる~っっっ!)


 怨みだ。しばらく力道山を狙って短刀を持つようになった。

 一方、力道山は勝利の結果もあって日本最大のヒーローに。

 空手チョップ! 語り継がれる力道山のわざ、

 思い切り叩けば、

 本当にも、演出面でも、

 相手は大ダメージを受けた。

 アントニオ猪木、ジャイアント馬場も彼の弟子。

 猪木を灰皿で殴り、馬場をしごいた。

 力道山は様々な人間に殺意を抱かれた。

(いい気なもんだな、力道山。みてろ)

 猪木は怨みを募らせ、

(何一つ人として良い所のない人間……)

 馬場は苦悩をため込んだ。

 力道山とは何だったのか、悪魔とも英雄とも。

 日本一強いと目され、

 子供達あこがれの力道山。

「うりゃ、空手チョップ!」

「そんなのじゃない、こうだ!」

 そして大人の遊び場クラブ・リキでは、

「ガラスコップ持ってきました、リキさん」

「よおし、みてろぉーっ」

 バリバリ~ッ。

 寿司、酒のほか何故かガラスコップを食することも。 

「おいしい」

 人一倍頑強だった肉体のせいか、考えられないことに、

 その危険な行為は彼の人生に何ら悪影響を及ぼさなかった。

 当時日本の、あこがれ、話題、楽しみ、展望、それは力道山。

 力道山の名を冠す多数の映画シリーズが撮影されていき、

 イニシャル、Rの字が見えるリキマンション入居者募集。

 そして現代に換算し総工費55億円、

 リキ・スポーツパレス、通称リキパレス完成。

 彼の大レジャー施設だった。

 時代を束縛した男。

 当時の総理など知らなくても、

 力道山は聞いたことがある。

 日本は彼の色になったのだ。

 その影響し支配する力。

 このころ彼の名を知らない人が居なくなった。

 ――。

 しかし、力道山は30代後半に、

 木村政彦ではなく、

 別の人間と酒場で喧嘩になり、

「ナイフしまえ! 仲直りしよう」

「今さら引き下がれるかっ」

「うぐっ」

 刺される事故に遭って、

 病院送りになり結局は死んでしまう。

 万物流転、

 諸行無常。


(……俺は力道に向けて、

 許さない、と思い続けてきた……)

 その後、木村は元の柔道を教えながら、

 老人になるまでひっそりと生きた。

 柔道に関してはずっと、とんでもない技量で、

 老いても強かったという。

 晩年に大学時代のクラスメイト、

 武術家・塩田剛三と受けた対談インタビューでは、

 大分痩せ、

「柔道で負けたら切腹するつもりだった。

 勝負の結果は一生ついて回る。が、

 柔道では……負けなかったね。

 やはり強くなるには練習しかない。練習しかない」

 互いに軽く首肯し、

「朝から晩まで練習、そういう時期が必要だな。

 秘訣として、やはり天地自然の力を身につける事だ。

 俗な言い方なら、自然に練習の方へ行く、自然に良い結果へ行く。

 木村はひとりでにその境地に達していたんだな」

「そうかなあ。俺は……、自然といえば、俺は、

 練習道具にした太い木を枯らしてしまった事があった」

「あぁ、打ち込み過ぎて、紅葉だかが枯れたんだろ。

 大したもんだ、柔道界の誇りだ。

 そういや、毎日どれくらいの練習をやったんだ?」

「1日10時間半は練習した。

 1日だいたい100人くらいの人間と組み合った。

 寝る時も仮眠で、それを思い出して……」

「その話を聞くと現代は自然とか修行が、不足してると言えるかもな」

「まあ、でも確かに、

 まだまだ若い人が先へ行けるだろうなと思うね」

「木村のは凄い技だった。もう十分の先へ行っていた」

「無意味な練習はしたくないだろう。

 練習には段階があるんだよ。

 強くなったときは自分が変わってるんだから、

 練習も意識の要点を変える。それは――」

 昔を思い出すというより、

 その当時をはっきりと記憶した話しぶりに、

 前からのファンは非常に喜んだ。

 人間と、その生とは何だろう。

 成長し、進む道へ行き、身の振り方を考える。

 何が正しいのか答えはみんな違う。

 次回 周富徳(しゅうとみとく) 中華料理への情熱

 コマーシャル・小説書くならストレートエッジをヨロシク!』


「いやー、泣いたなー?

 VRでバトルシーンが浮かび上がってくるし、

 勝つ方は決まってるけど、

 男の生き方を応援できるし」

「これじゃない……」

「なに?」

「最初、他のこと言っただろ」

「おっ。いつ言うのかと思った、

 男はやっぱり大事なことは言い出さないと。

 気持ちを言い出し、そして最後まで責任を取って」

「……」

「ガラスコップ食うのヤバいな。

 もう二度とそんなことしてくれる人現れんよな。

 良い意味でも、悪い意味でも……。

 いてっ」

 ガシッと足を蹴って離れていく。

「反抗期か?」

「うるさい」

「行っちゃった。

 ロボットはこの後で見るのに。

 まずは偉人のビデオめっちゃ買ってから、

 中に2、3個好きそうなの入れて探させてやるか。

 我が子よ、強くなれっ!」

 お父さんはそう思いながら、

 ネット通販で買い物を始めた。


参考・ネット記事『【古記事】 塩田剛三と木村政彦の対談(1987年) 拳の眼』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る