VR(バーチャルリアリティ)ソフト① 国井善弥と植芝盛平

 飛行形態、人型形態ともに、

 53メートル、重量128トン。

 銀色に輝く巨大なロボット。

『グローブマスター』は米ノーフォーク海軍基地で、

 コクピット部分の改修を受けていた。それがひとまず終わり、

 胸部にある新しくなったコクピットをチェックをするために、

「ステップ・バイ・ステップ……」

 パイロットのジョンフラムは杖を振りハッチを開けて乗り込む。

 移動式の足場に乗った青いツナギの整備兵も傍にいて一緒に入り、

「点けます」

 と端末を操作する。すると、

 コクピット内部に張り巡らされた画面が機体の外の風景を映す。

 外と言っても基地の格納庫内だが、

「上も下も、後ろも見えるね」

「ええ、前より視界が広がってるでしょう。

 テストに付き合ってもらいありがとうございます。

 チェックとレクチャーが一回で終わるので助かります」

 と言ってジョンフラムの頭をなでる。

「何で、なでたの?」パチパチと青い瞳が瞬き。

「あれっ?

 あ、まずは旧式機とリンクするための、

 エミュレーション機能をチェックします」

「はい……。

 何をするの」

「バーチャルリアリティの映像作品を見てもらいます」

 中の何もない所にメモリーを差し込むと、

 すっと吸い込まれる。実はそこに見えない差し込み口がある。

「ロボットでそんなことが出来るって不思議だね」

「そうです。ご存知でしょうけど、

 グローブマスターのオペレーションシステムは万能。

 前から、マイチューブとかブックも見れたでしょう。

 今回からは最新ゲーム位なら完全以上に再現できます。

 今入れたのはバーチャル体験場面が最後にある、

 フィクションのドラマです。

 再生機能はそれを新しいコクピットの機能で再現します」

 差し込まれたメモリーのドラマソフトは市販のものだが、

 新しいコクピットでCGを丁寧に描写することで、

 搭載された演算装置への負荷を高めることが出来る。

 これで機能を一度にチェックできる。

「僕はドラマを見るの?」

「そうです、

 若い兵士が訓練中に賭けを行って、賭けに負ければ、

 難しい映像ソフトを見るという罰ゲームで見るものですが、

 自分は楽しかったです。異文化な話なので」

「そう」

「生まれながらの知識階級であるあなたであれば、

 もっと楽しめると思います。もちろん必要のためです」

 端末の操作を置いて、手すりに掛けていたヘルメットを取り、

「この演算装置が上手く動けば、

 前のコクピットよりも百倍いい暇つぶしになりますよ」

 と言って、ジョンフラムにかぶせる整備兵。

「立派なコクピット。

 こんなことしてもいいなんて、何だか悪いね」

「ですが、これは機能を試すテストなので。行います」

 かぶせられたヘルメットはすぐにまったく透明になった。

 その手に持った杖を動くワイヤーが取って座席の横に固定する。

 このときジョンフラムの格好は、

 一瞬だけセパレートのパイロットスーツ姿になって祭服に戻った。

 表示を司る部分が杖からコクピットに変更され、

 実体ホログラムで着ている祭服が瞬間、表示オフ、またオンになったのだ。

「はい。じゃあ、お願いします」

 整備兵の姿も消えて、


 ベン、ベン、ベン、(三味線の音楽)

 

侍の国――日本と言えども時代は過ぎ、

 もう刀を差して自由に歩くことはできない。

 この根拠になる、日本の地で許可なく鉄砲や刀等の所持を禁ずる銃刀法は、

 ある男が60歳を過ぎたころに制定された。

 それまでは刀を差した男たちもまだ居たのだ。

 その内の一人、彼の名は国井善弥(くにいぜんや)。

 筋肉でデコボコした体、つぶらな瞳。自在の剣と柔術をもって戦う。

 その練習のために草の生えた空き地で、

 何もない空間に向かって本物の刀を振るう。

 国井の姿は武者修行に行く武士のようだ。

 これは彼がそんな若き頃から、日本武道の面目を保つまでの物語だ。

 2時間ほど素振りして彼が向かったのは、


 もう一人の登場人物、合気道の開祖・植芝盛平が演武をするという公演の場。


 大勢の人々が集まっている。

 植芝が弟子たちをポンポンと投げ飛ばしていく様子に見入っている。

 しかし、はた目には植芝は腰を入れていないように見えるし、

 中心線、今日でいう体幹もずれている。

 中心のずれたものは武とは呼べないともいう。

 それに弟子たちは自分から飛んでいるようでもある。

 だが、これは演武であるからだ。

 演武は仲間同士で行うもので怪我をさせてはいけない。

 実践と同じ動き方、投げ方はしていないのである。

 どちらかと言えば情熱的で、あまり器用ではない植芝が、

 ちゃんと体幹を使ったり腰を入れてしまうと弟子は骨折することもあった。

 もともと長らく植芝が考えていたのは、

「技は秘儀である。そして稽古でない場合には、

 一発で相手が斃れていなければ嘘である」

 ということであった。だから演武をすることを嫌がったが、

 人から頼まれて皇族に演武を見せてから考えが変わり、

 近頃はもともと考えていたようなことも言わなくなって、

 広く公開して、達人らしく手加減した技を見せるようになっていた。

 演武は実戦ではなくて仕掛けの技術の抽出。

 この動きが可能なら応用ができる、という理解力。

 それがないと八百長に見えるものだ。そして中には正に八百長もある。

 これはどちらか。そういう動きを見て会場が、

「本当かな」「本当だと思うが……」「いや、変だ」などと、どよめく。

 しかし国井は植芝に向かって大声を上げる。

「何が合気だっつうんだ、そんなもので人が投げられるかい」

「……」

 植芝は無視して弟子たちを投げる。

 弟子のひとりが国井に向く、

「っ、師匠が演武をしているんだぞ!」

「やめよう、植芝師匠は無視しているじゃないか」

 こうして国井の罵声をどこ吹く風として演武は終わり、

 一応はちゃんとした拍手が巻き起こった。

 全員は真偽が分からなくても、中には国井も含め実は分かる者もおり、

 30分間も達人が投げて弟子が投げられるのを見ていると感じる、

 たしなんだ者しか存在しない空間の美しさに対して起こった拍手であった。

 ジョンフラムもちょこんと座っていて、拍手。

 

 別の日にはこういう事があった。

 植芝道場でのこと、

 弟子のひとりが植芝に言う、

「鹿島神流の国井善弥が道場破りに来ております」


 道場破りは、勝てば看板を奪う。

 看板を奪われた道場は弱い道場、

 この頃の道場は強いことが至上の価値。

 つまり道場側が負ければ存在する価値を大きく失ってしまう。

 そして道場破りの方はそれで強い者として名を上げることが出来た。


 国井は植芝道場にドンと上がり込んできて言う、

「植芝、自分が勝てばここの道具と看板は頂いていく!」

 しかし植芝は、いかにも老人という風に気を抜いて、

「ああ薪にでもするのか。どうぞ。持ってってください」

 負けてよい、やってよいという態度。

 勝負を経たい国井は、

「なっ何ぃ? お、……お前が勝てばこの刀をやろう」

「いらない。もう自分のを持っておる。剣は欲しくない」

 驚愕する国井、

「は、話にならねえ。植芝先生よ、あんたは武道家じゃないのか……?」

「合気は愛、すでにそう思っておる。あなたはアウトロー根性が抜けんのじゃの。

 それに、ほれ。――御友達まで連れてきておる」

 外からたくさんの人の声、 

「国井、ここか! 自分たちと試合しろーっ!」

 大事な話なのだが腰を折られたという顔の国井、

「ちぇっ、あいつら、なぜ追ってくるんだ」

 ちなみに、この時代の日本家屋には吸音材が無い。

 外からの声はよく入ってくる。

 それでも車などというものは限りなく珍しく、

 ほとんど走っていないので普段は静かである。

 次第に大きくなる声に植芝は、

「追い返してくれんか。そんで今日はもう帰りなさい」

「うぬぬ、あっちを先に相手をしなきゃいかんか」

と立ち上がる。

 強くなろうと植芝につっかかる国井だが、

 それは他の名を成したい者もだいたいは同じこと。

 大家の植芝を狙うとまでは出来なくても、

 国井を倒して強くなろうとする格闘家たちが、

 いつも国井を追いかけていた。

「まいど逃げやがって! バカ野郎」

「そうだーっ! 出てこい!」

「この野郎、クソ野郎」

 その声に笑う国井、

「また来るわ。――うおい、逃げてなんかいねぇ!」

「まったく……。もう来んでよい」 


 国井が出て行って路上で試合が始まる。


 名もなき空手家が国井に思い切り突きを放つが、

 ゆっくりしたわずかな動きに何故かかわされ、

 その腕を持たれて木に強く叩き付けられた。

 次に剣道家、竹刀を上段に構えて振るう、

 それを掴まれ折られて腹を殴られて膝をつく。

 柔道家、組み合って大外刈りを、

 国井にかけられて頭を打ち気絶。

「大丈夫か? けれども次はどいつだ、えぇ!」

全盛期の国井善弥は百人の剣士でも勝てず、

 戦術家にも毒ガスで殺せば勝てるとまで言われた強さである。

 それを見る植芝、

「腕は確かじゃ。

 ワシに勝てば天狗になるじゃろうな。

 まともに怪我させなきゃ勝てんくらいだ。

 じゃが、なんかアイツは倒さん方がええな」

 植芝は未来を見ていたのかもしれない。

 運命が国井善弥を温存しているかのように、

 国井は長い間、無敗ではあったが大した名誉もなかった。


 そうしてしばらくして第二次大戦が起こり、日本の敗戦。

 戦意に繋がる武道はアメリカ側に禁止された。

 この時、誰であっても、植芝盛平であっても武道は禁止。

 密かに続けられはしたが、日本国中でその正式な復活を望む機運が高まったとき、

 武道解禁を望んだ日本政府とそれを鎮静しようとする米軍から双方が一人ずつ出し合い、

 一対一の試合が行われることになった。


 米軍側、銃剣術教官が本物の銃剣で戦う、相手を殺傷してもよい。

 日本側、木剣を使う、相手にダメージを与えること厳禁。ハンデマッチ。


 これは武道は争わないことを尊ぶという建前をルールに取り入れたため。

 このルールが嫌なら訴えを取り下げた方が良いと伝えられながら、

 それでもやる、日本側の選んだ剣士は国井であった。

 戦うための装束は宮本武蔵にも似ている。


 ジョンフラムは銃剣術教官になって国井と相対していた。

「ドゥ・マイ・ベスト……がんばります」

 銃剣術は刃のついた銃を使って行う、近接格闘の技。

 まずは銃剣の切っ先を相手に向けなければいけないが、

「それじゃ全部ダメだ。身を引き締めろ」

 国井に注意を受けるジョンフラム、困り顔。

 持つ銃剣の切っ先がゆっくり国井の喉に行く、国井が一歩引く、

 今度は反対側の固い銃床で頭を狙わなければいけない。

「やーっ」

「そうだ、でも、そんなもんこうやって」

 国井はスムーズに回り込んで、

 その木剣がジョンフラムの柔い首を後ろからギュッと捕らえ、

 そのまま木剣の先でうなじを押さえて地面に伏せさせる。

「こうすりゃいいんだ、いっぺんで動けない」

「うっ、う~……」

「もっと精神を培え」

 銃剣術教官と国井の試合は決着した。


 日本武道は解禁され、国井の名声が日本国内に広まった。


 人生には運命がある。彼の名誉はここで出来上がった。

 植芝と勝負していれば、こうはならなかったかもしれない。

 運命の視点では、あの若いころ国井が植芝に勝って増長することも、

 負けて自信を失うことも、あってはならなかったのだ。

 植芝が気づいたように、国井もこの勝負の後、

 人は属する場への善事を成すために生きている、悪事ではない、

 自分の中にもそういう精神性が存在することに気づいたのだった。

「ただの勝負だっつうなら、

 今はピストル撃った方が速いっつうんで、

 精神面に重きを置かないかん」

 刀を構えた姿から、収めて言った。


 ピンポン、と音。


「どうでした」

 ヘルメットを外されて、

「木の剣でギューってされました」

 視界が現実に戻る、

 えへへと笑うジョンフラム。

「リアルでしょう。テストは問題なかったです」

 高価な新型コクピットのテスト、その一つ目が完了した。

 実戦での演算装置は補助的に稼働するため、

 テストより低い負荷しか掛からない。

 戦闘隊・各機体の連係機能をつかさどる演算装置はこれでパーフェクト。

 この後の機体チェックも滞りなく行われていった――。

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