VRソフトX 生まれ直した話

 ここはシズゴコロ(静心)というシェルターの中だ。

 宇宙の中に瞬くようなライトが灯っている。

「越前ローラン、昇進&誕生日おめでとう~」

 すっかり生まれ変わったような表情で越前は言う。

「やってくれたな、ゾア。お前は俺の一生の友達だ!」

 この話の始まりはこうだった。

 殆どが悪党によって構成される下劣な世界でも有力な大会社で、

 銃器にとどまらない多くの兵器開発と製造、

 殺しや盗みの援助等、ありとあらゆる仕事を行う社員、

 越前ローランは、カカリチョー(係長)になった。

 片目は望遠鏡、骨のいくつかはサイバー攻撃が可能、

 そんなふうに肉体をサイボーグ化していきながらも、

 まだまだ人体の部分が相当残っている。

 あちこちに『花鳥画』が浮かび上がるシェルターの所有者、

 殆どサイボーグ化している全身紫の機械男ハンターゾアが言う。

「お祝い、バーチャルリアリティで、

 イフロムを好きにできるソフトを作らせたぜ?」

「な、なんだと……」

 イフロムは魔女の姿の美しい少女、

 越前ローランはイフロムに恋している。

 一方的な思い。以前に告白して強く断られている。

 その関係はそもそも希薄で、しかも破たんしている。

 この無法者たちの世界は恐ろし過ぎる。

 イフロムはほとんど寄り付かない。

 だが彼女と久しぶりに偶然会ったハンターゾアが続ける、

「今はアイツの身体データをリバイブマシン(復活機器)に保存してる。

 俺が脳みそまで殺されたときに時に使う大データを削除しちまって、

 イフロムのデータに変えてある。このために使っちゃう」

 あたりを見回す越前、

 周囲には様々なマシンがそびえ立っている。

 中にはビッグスロットといって生体データを保存するものがあり、

 グチャグチャの膨大な数のケーブルが絡まって地面にある。

「ゾア、お前の強さの一つ……殆どが機械であるがゆえに部品交換できるし、

 いざというときは膨大なデータと機材を使って再生もできる」

「普段は、だな。

 データを消してあるから俺を再生するものが何にもねー。

 今は復活できねぇ。でも、まぁ大丈夫だろ」

「どうしたんだ、今日は何故そんなにしてくれるんだ」

「俺にゃ関係ないけど、お前は昇進したし、今日はさ」

「あぁ! そうか俺の――」

 二人の声が一緒に、

『誕生日だもんなァ! あーっはっは!』

 ひとしきり笑い合い、

「忘れてたのか~? お前にとっては、とびきりの機会を用意してやったぜ。

 終わったら、リバイブマシンのビッグスロットには俺のデータをまた入れ直す。

 俺の場合は2日かかるが、その間は静かにしておくのさ」

「スマンな。感謝するよ」

「おう。イフロムの精神波もバッチリセーブされてる、

 体験する側のダイレクトに関係する感覚は――」

「本物以上か?」越前は息をのむ。

「さぁ、俺は試してねーんだ。

 でもデータと再生装置、それ自体は最高さ」

「そうだろうな……。

 古い銃の撃ち合いに自分だけ完璧な最新戦車を使うようなもんだろうな。

 妄想を現実に……。好きにできるのなら。俺は彼女の子宮から生まれ直す」

「そりゃヤバいだろォ~」

「いいや。この越前ローランはイフロムから生まれたい」

「子供みたいなことを……。じゃ、やるか!」

 ハンターゾアは端子のついたケーブルを持ってきて、

「えッとォ? つなげるべきケーブルが4000本。

 お前の規格にも合うだろ。けど、いっぱいあって形が全部同じだから、

 接続がまぁまぁ面倒、失敗してると起動できない。それだけだな」

 置いたケーブルをつかんで10本ほど振り回すゾア。

 越前はまずその端子を受け取って面倒な機器と己の体との接続を開始しながら、

「さあ。最高のデータを表現するソフトの品質はどの程度なのかな?」

「その前に完全接続だろ~。

 ソフトは開発業者に頼んだからスバラシーはずさ」

 越前の左手がバラリと分解され、

 中から小さなロボットアームが現れ、

 たくさんのケーブルを取り上げていく。

 体側の端子と機器の端子の接続を数分の間に終えて椅子に座った。

 早くしてほしそうに貧乏ゆすり。

「さぁハンターゾア、居ても立っても居られないんだ。

 すべてを試す時が来た。チェック信号を送信してくれ」

 頷いて、そびえ立つ機器のスイッチ一つを手の甲で押して応える。

『チェック・・・完了 オールグリーン 起動可能』

 接続はもう出来ている。

 ミスのないことに笑い声を出すゾア、

「はえぇ、メチャメチャ準備万端じゃんかァ~!」

「あぁ。来い! 夢の超特急だ」

「いいねぇ。ヒャハハハ」

 ゾアは手を叩いて、次に起動のスイッチを入れる。

 越前は意気込んで言う、

「よしっ……。生まれ直すぞっ……」


 一人の旅が始まる。


 越前ローランは何らかの意識の変容を感じ、

 己の小さい意思と受け取るエネルギーに、

 確かな拠り所があるものになって存在していた。


 そこは真っ暗闇だった。なのに輝いている。


【ローラン。私の中、胎内はどうですか?】

 受け取る暖かなエネルギーのもとになる声だ。

「おお。いいよ。イイ、何もかもがイイ。

 ここは暖かい。俺はここで生きていくんだな」

【そうです。貴方が産まれる時まで】

 彼女がどこに座っていることにしようか、あそこだな、

 越前がそう思うと、イフロムが座っている場所は越前の住処となった。

「イフロム。お前が、俺のために自分の腹を撫でているのが……。

 なんて安心するのだろう。いま大切な守り抜くべきものの中にいる」

【名前はもう決まっています。ローラン、元気な子ですね……】

「俺はいつまでここに居られるんだろう」

【今はいたいだけずっと、いなさいね】

「いつまでもずっと?

 オーマイガ、

 オーマイガ、

 オーマイガッ!

 こ、こんなに動揺し感動したのは、いつか子供の時と、

 大事な取引先を自分で爆撃したとき、それ以来だ」

【あぁもう。うふ、静かにしてくれませんか?

 すごくお腹を蹴ってる……】

「おぉ。ふふ。いかんなぁ、これじゃうるさい赤ちゃんだ。静かにするよ、ママ」

 これから生まれる時のために何ができるか考えたい。

 何らかの意識の変わりによる安心感の中で、

 越前は仕事のために受けた研修の事を思い出していた。


 トレーニングルーム、研修室だ。

 他のシャイン(輝き、社員)たちと座った。

 遠方から呼んだセンセイ・クロユリが服につけたマイクに声を出している。

「あ、あ……うん。それでは始めますね」

内容の方は軍事訓練に関してだった、

「訓練を受ける時も心構えが必要だと思います。

 ワタシ達は何で訓練するのかなということ、

 それは真剣な訓練をしないと実践できないからですよね。

 だけど、それを何回も行うと厳しくて死んでしまうので……、

 半年間とか、わずかな一回一回の訓練を大切に受け取っていきます。

 たぶん一期一会というか、バランスをとっていく――」

 一期一会、シャイン達はニッポンのワードを喜んだ。

『イチゴイチエ、オオーッ』

 一生に一度しかない茶の客との出会い、そのもてなし。

 しかしここではハイリスクハイリターンの意味として受け止められた。

 元の意味とは全然違うが他のシャインと同じように越前もうなづく。

 イチゴイチエ、連呼するざわめきがまだ残っている。

 続けるセンセイ、

「はい、そうですね。軍隊の訓練みたいに皆で出来る訓練も大切なんですけど、

 一生のうちで数回しか出来ない訓練も同じくらい大切です」

 越前のコウハイが問おうとする。

「ハイ! ハイ! ハイ!

 センセイは生身だ、イチゴイチエを実戦で使ったことがあるんですか!」

「ありますね、いっぱいあります」

 研修の内容には越前の感覚と違う所があった。

 訓練は厳しい。そもそも通常の肉体では軍事訓練は皆ができるものじゃない。

 それなのに、その軍事訓練は普通で、もっと真剣な訓練があるよ、と生身で言う。

 しかもその訓練は大切でありながら何度もするものではないらしい。

 不思議な話だ。今後の参考になる……。

 センセイはゴシックロリータのドレスを着ている。

「集中して事に入り込んでいきますから、

 頑丈だと尚いいですね。最新っていうよりベストで。

 武器も戦いも最新かどうかじゃなくて、

 ちゃんと今も使いやすければ、です。

 そこの方よかったら、ちょっと来てください」

 パラコード(靴紐)を出して越前のコウハイを呼ぶ。

「フリでいいから、撃ってみて、それで動き――」

 聞き終わる前に両腕をマシンガンに変形させて、

「オッケーイッ!」

 近距離で発砲するコウハイ、

 しかしそこには黒いスカートだけが残っていて、

 それを貫いてトレーニングルームの壁に弾痕が作られていく。

 センセイ・クロユリは後ろに回り込むように机の上に飛んでいて、

 ナイフ鞘のついた黒インナーや麗しいももがあらわ、

 パラコードでコウハイの人のままの首を締めあげ始め、

 足をやや広げてしゃがんだ姿勢から、うまく机を降りる。

 マシンガンは構わず弾を出し前の方は硝煙が舞って、

 壁が弾痕だらけになっていく。

 シャイン達の声、

「センセイ!」「グッド!」「コロセ~ッ!」

「だめだめ。……可愛そうなんで」

「カワイソウ、意味不明……?????」「ワカンネー」「ポカーン」

 触れた最初からずっとギュンギュンにコードで絞めている。

「あ。もうオッケーです」

 と力を抜いて。コウハイは気を失って銃も停止。

 硝煙の中でセンセイはナイフを取り出して見せ、

 サクサク、刺すフリ。ナイフをしまいコウハイの首からコードを取る。

 感心する越前。

 もしもイチゴイチエに適応できればものすごい力が出るだろう。

 しかし、できなかったとしたらコウハイのようにダメージを受ける。

 あのコードは手加減だ! あいつ研修でなければ死んでいた。

 この大事なエッセンスを危険でない範囲だけ取り出せないか。

 越前はふと言っていた、

「次は俺が挑んでいいだろうか?」

「あ、構いませんよ。強そうな人だ、緊張しちゃう~」

『イヨォ~、エリート、エチゼン! エイエイオーッ』

 と歓声の中、前に出る。


 どういう勝負だったかな。

 俺は拳銃を抜いておき、

 前に出る時から距離を広げて軽くお辞儀すると、

 拳銃を持った手と脇の下で支え引き金を一度引く、パパパン、それで3発出る。

 センセイは熱くなっていてやっぱり避けながら飛び込んできたから、

 同時に腰をひねってカウンターで左拳を叩きこもうとした、

 その前に俺の左手にピャッとナイフが入っていた。

 まぁこれくらいはあるな、と思って、

 高速で片膝を上げると僅かな回避をするセンセイの肋骨を二本だけ折った。

 センセイは興奮を使っているのか全く痛みの反応なしで、

 また生身のところをやられて、

 ハッキリいうとナイフがこの片目に入り抜かれるまでが一瞬、

 捕まえようとする俺の顔に、回り込んだセンセイの両手が這ってズタンと倒された。

 見た目は45キロくらいに見えたが実際は筋繊維で××キロあるだろうね、

 92キロの俺を倒すにはそれくらい必要なんじゃないか。

 全体のブレやすいところに乗るように倒すというのかな。

 で、この頭を足で捕まえられ抵抗をしたかったが、

 赤くなったナイフを残った目に見せられた。

 まだ俺の健康な右手に銃はあったが、

 先に右手を攻撃するのに必要な時間はあっただろう。

 足の絞め技とナイフを見せるのは一応っていう感じだったんだ。

 敵同士ならチェックメイトだ。

「いかんなぁ、マ・イ・リ・マ・シ・タ」

 シャイン達の歓声、歓声。

「ナイスファイト!」「二人の戦士の為に誰か死んでクレ~ッ!」

「……。肋骨のほう大丈夫ですか」

「折れた、でも刺さってないです……」

 と足をゆるめてもらった。

「もう一個いいか、全力を出していましたか」

「全力……いえ。ここじゃ無理なんで」

「残念だ……」

「あ、でも本気でしたね。

 出す出さないとかじゃなく、分かるでしょ。

 体、すみません。後で治せるんですよね?」

 センセイはボロボロのスカートを取って、

 裂けなくなるまで引っ張って、

 この左腕にきつく巻いた。

「ハレンチだなぁ。かたじけないなぁ」

 なんとなくイメージした勝利でなく、敗北だった。

 越前ローランは近接戦闘が得意だと思っていた。

 だが、もっと加味した自分の戦い方を見つけたんだ。

 このあと左手と片目を改造して戦法を変化させてセイセキが上がった。

「プライマリ(主要武器)、セカンダリ(補助武器)。

 これらを探して使いこなすのが俺の戦い方だ。全ては完全にならないが、

 芸術は残せる。それに気が付けたと考えるとイイ研修だったな」

 良い思い出があるって事は素晴らしい。そろそろ目覚めの時だ。

「いつか天使の子宮に行きたかった、その夢がかなった」

 

 清潔な分娩室で横になる仮想のイフロム、

 傍にゾア達。ゾアが何人もいる変な光景だ。

「フゥン、息はいて!」

【はぅ、うああ~】

「いいぞ、がんばって、赤ちゃんも頑張ってる!」

「ゾア。お前もログインしたのか」

「そうさ、医者の役が要るだろ」

 と医者役のゾア。看護師役のゾアもウロウロしている。

「本当にスマン、ハンターゾア。俺の誕生日を……、

 生命線と自分自身を一時的に切ってまで」

「そんなのいいさ。

 さぁ、生まれろ、ガンバレ~ッ」

「恥ずかしいな」

【あぁあぁ~っ!】

「出てきたぜ。とりあげるぞ!」

「ふぅ、本当になんと言っていいか……」

「おい、オギャーじゃないのかよ」

「そ、そうだったな。オ、オ、オ、恥ずかしくて言えない」

「今更過ぎるだろ、っていうのが予測応答の一番上に来てるぜ」

 そのうち場面が変わって、

 友人として拍手するゾア。

「越前、イフロム、おめでとサン」

 イフロムはいつもの姿で、

 生まれた越前を抱いて目をうるませている。

 バーチャル世界だから可能な、

 父親役も同時に行う越前が一言。

「おぉ……、こんなに良い体験はないな!」

 風景が滑り込んでくるように変わり、

『絵付き金屏風』を周囲に巻いたようなビーチで、

 カカリチョーになった今の越前と、

 紺色の帽子とマントで白いローライズの水着姿のイフロムは、

 お互いを見ながら一緒に立っている。

「美しい。なぁ、少し泳ぎたいな」

【ええ。それでよかったら】

 上の水着、トップがはらりと落ちる。

 なぜか鶴と亀が空中を飛んで泳いで祝福をしている。

 ゾアの選んだセンスだ。その声、

「そういえばさ、ビデオメッセージを撮ったんだけど、

 夢を壊しちゃうかもな。一応見るか?」

「後で見せてくれ」


 荒野を背景にして、ゾアの装甲車、

 ピンクユニコーン号が映っている。

『なっ、頼むよ~。越前の誕生日が近いんだ』

『だから何ですか? ハンターゾア、貴方とはもう会いたくないんです』

『まーまーま、挨拶するだけ……。物資をあげるからさ~っ!』

 とイフロムに近寄るゾアを杖で押し、

 金髪で青い瞳の子、ジョンフラムが割り込んできて、

『べー』

 小さく舌を出し、画面に覆いかかる。

 するとそこで映像が切れた。どうしたんだ。

 もう一度始まる。

『お願い、頼むよ』

『さよなら……』

 イフロムも画面に覆いかぶさってまた画が切れる。

 あぁ、わかった。これはカメラのスイッチを切っている映像なんだな。

 ゾア、会いたくないと言われているのに果敢に……。

 再三の映像、今度は装甲車の中で、

 装備を整えたハンターゾアが一人で正座して礼、

『越前ローラン殿。お誕生日おめでとう~。ございマ~ス!』

 フル装備のゾアが体を上げて、映像はそこで止まった。

 越前はペコォーと礼して何か笑ってしまう。

「仕事前だったのか。ハハハ……」

 その横からパッ、パッとクラッカーが割れて紙吹雪。

 金屏風のどこかでゾアの声。

「アイツら、一応スコ~シだけ映ってたろ」

「ゾア、どこだ?」というと現れる。

「ハロー。たまたま、用事で行った先でアイツらに会ったのさ。

 ここで会ったが何とかで、イフロムに俺の超絶大事マシンを貸して、

 奴のパワー『オールド・マイ・ステーション』ですぐにデータ入力できるから、

 用が済むまで一時的に身の安全を補強してやるって言ってさ、

 ほんと数分だったね、データを手に入れたんだよ」

「オニ、一人マフィア! さすがだぞ! 奇跡を起こしてくれた」

「ピッタリのタイミングだったから何とかなったぜ。

 もし会えなかったらプレゼントはただ最新ゲームになってたんだ」

「お前が装甲車の改修や特別な作戦をする時があれば……融通する……」

 シェルターの中に配線されたサイボーグが二体、

 静かに座っている。どことなく幸福そうである。

 目を覚ました越前が一言、

「――いやァ、バーチャルリアリティって、本っ当にいいもんですね」

 ケーブルを外しながら同じくゾアは応えて、

「それじゃまた、御一緒に楽しみましょう~」

 などと映画の通っぽい挨拶をし、

 祝福の言葉と礼を交わして別れの時。

「それではまた、次回をお楽しみに」

「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」

 越前はホクホクの気持ちで自分の小型飛行機に乗り込んで帰路へ。

 外はオレンジ色の強い夕方、

 鳥やヨットのようなマシンの影が行き来している。

 そして住処につく頃の空はミッドナイトブルー、

 思い描くマントのような色だ。

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