転生ハッピーホリデーズ

 悪行を行って死の直前、最後に叫んだ。

「世界を救うのは吾輩、キモオタン・ジョー様だァッ!」

 獣のようなショウグン、シャチョーともいう。

 キモオタンジョー。 

 延々と続く荒野と岩場、そしてわずかなオアシス。

 おかしくなった国でいつも起こっている苛烈なイクサで、

 戦いの末に巨大なオブジェに潰されて死んでしまった。

 ありきたりのことだ。

 他のニホンジンと同じく、そうなっただけだ。

 その最後を感じながら、キモオタンジョーは、

 気が付くと異空間に浮かんでいた。いま体の感覚がない。

 いいや、魂だけになってしまったというのが相応しい。

 淡い色の朝の太陽ような光りがずっと続くふしぎな空間。

 ぼんやりと巨大なカミダナ(神棚)が浮かびあがり、

 そこから炎の燃え上がるような赤い髪の女神が現れる。

「木田条兵くん……」

 燃え上がるソウル、イミトリセの大神。

 木田条兵、キモオタンジョーは生前この神を信仰していた。

「俺様は死んじまったようだ。おい酷いぜ、神よ!

 あんたのためにNIPPONを取り戻そうとしたのによ」

 イヤそうに首を振るイミトリセ神。

「ほほほ。あんな荒野のどこが日本なの。

 それに、そうは言うけど、メチャクチャな生き方だったじゃないの」

 木田条兵、キモオタンジョーは様々な悪行を積んでいる。 

 下劣な世界、血と暴力の世界を思い出すと、

 この空間とは別の世界だとすぐ分かってくる。

「確かに俺様は途中で、悪の道を走ると決めてしまった」

「そうね。一生をそんなふうに使って」

 女神は18ほどの娘の姿で瞳は紅色、ピカピカと髪や瞳を輝かせながら、

 白と金の神話のような装いは体のラインを落ち着いていながら表して、

「若いころには、正しき覇道を行く事を天地神明に誓う、と言っておきながら」

 女神がジョーに近づくと、ジョーはひざまずく。

「あぁ……間違えちまった。それを言われると弱いぜ。

 つっても、吾輩のハドォ(覇道)は荒々しい世界には必要だったはずだ! 

 ゾーヒョーを集めて、まとめようとしたのは良かったはずだがなぁ」

 覇道とは、武力、権力、謀略によって天下を支配することをいう。

 その大きな肩に手を添えるイミトリセの女神、

「お前も頑張ったね。せっかくだから、どこかに転生させようか」

「て、転生と言えば!

 何か新たな力をくれるんだろう? そういうもんなんだろ」

 立ち上がり期待するジョーに、

「だめ」

「なんでだ?」

「だめだから」

「なぜでござる。オタクの転生は、ウハウハの特殊能力と優しいヒロインが、

 流行りでござるのぉ。グハハ。そうってわけじゃねえのか~っ!」と俗な発言。

「それだもの。

 今のお前の欲しいものが、何もない所に転生させることにしましょう」

「……欲しいもん? 銃、車、漫画、ゲーム、アニメ、手下、……。

 うぐうっ、転生させるがいいぜ。さすがに神には逆らえん!」

 女神はうなづいて、

「そうだなぁ。男にこき使われる世界にしよう」

「なっ、何ぃ~っ!」

「それからファンタジーにしておいてあげます。

 もう過去の争いを忘れて静かに暮らさなければいけませんよ」

「おお! ファンタジー」

 その一言で希望に満ちた眼のジョー。

 ふしぎな空間。この場所の彼の記憶はここまでしかない。

 そして次に目が覚めたとき、


 冬の空。


「うぉわー~~~~~っ! ウゥフ!」

 ジョーは頭から雪の中に突っ込んで転生した。

 やわらかい雪中に体が埋まったが、這い出して来る。

「ウー、ブルブル。ここはどこだ?」

 ここは雪山であった。雪が降っていてあまり遠くは見えない。

 新生と書かれたシャツと焦茶色のズボン姿。

 腰に一振りの日本刀。ほかに何も持っていない。あたりを見回して、 

「おお、これはアニメで見た雪というもんだな。雪かぁ!」

 少し歩くだけでザク、ザク、と足元から音がする。

 冷たいが、ジョーは体力がみなぎっているので寒くはなかった。

 腰のカタナを抜いてZOW(ビューン)と振る。

 空から振ってくる雪のいくつもが2つに斬れて消えていく。

「ふんふん」

 確かめるためだ。なめるように見つめたあとカタナを収める。

 何の変哲もないものだ。でも異世界ではありがたいものになるだろう。

 歩いて歩いて、しばらく上って行くと細い丸太をたくさん組んで出来た家が現れた。

「マジか~? さっきから木が生えていやがる。

 そして家も木で作るとは、漫画だな!」

 元いた世界は季節がなく荒野だらけ。

 過去に世界中の核兵器が炸裂した影響で、

 ほとんどの土壌は汚染されており、

 サイボーグや万能工作機が画一的な建物を作ることが多く、

 素材と言えば石やコンクリートや金属が出しゃばり、

 こういう建物はなかった。――とジョーは記憶している。

 もしアニメ鑑賞やゲームをしたことが無かったら、

 雪や木を見た時点で何が起こっているか分からず混乱したことだろう。

 歩き、木の家に近寄ってみると、

 切り株があって近くに耳の長い少年がいる。

 金髪で緑の瞳。斧でマキを割っている。

「ワ~、エルフでござる!」

 叫ぶジョー。

 びくり、と身を震わす少年、

「誰だ!」

 エメラルドのような瞳は警戒している。

「俺様は、キモオタン・ジョー様だ」

「俺はルビアリーシャという。何の用だ」

「用? 少し茶など入れてくれい!」

 ナチュラルに命令を下すヘンテコな男に、

 麗しいエルフの少年はその体つきと腰の刀を見て、

「……。もしかして偉いのか? 茶を出そう」

「ありがたい」

 エルフの少年が住んでいる木の家の中には、剣、刀、マント、

 さらに色々な調度品のほかに、2つの椅子と頑丈そうな丸いテーブルがある。

 このテーブルの真ん中には穴が開いており、

 穴の下から延びた金属の5つの足と輪による土台に、

 部屋の中に熱を放つ魔法の赤いオーブが置かれている。

「この球はなんだ?」

「部屋が暖かいだろう」

「フームそうか。魔法でござるな」

「その刀、お前は日出国の者か? とてもそうは見えんが」

「俺の国は壊していいものばかりだぜ」

「どこの国なのだ」

「日出ずる国……」

「くく、嘘を言うな」

「NIPPONのフウリュウ(風流)系の名前だな。ミヤビナリケリー」

 呻くように言うジョー。それを笑って、

「お前が何を言ってるか本当に分からない。茶を持ってくるから待っていろ」


 先ほどの訳・「日出ずる国は日本の風流な別名だ。雅名だ」


 2つある椅子は大きさが違う。カタナを腰から外して置き、

 より大きな方に座るジョー、一息つく。

 しばらく待っていると、外から声、

「ルビアリーシャさん!」

 そしてドアをノックする音。

 ルビアは離れたところで茶の用意をしている、

「あっ、悪いが出てくれ」

「俺様がか? 誰だ?」 

 好奇心もあってジョーが立って開けると、

 包みを持った黒ずくめの青年、

「これは大男だ。失礼ですが、ルビアリーシャさんは」

「アァ~? 誰だてめぇ~っ!

 俺様の前に立つ男はすべての内臓をぶちまき……おっと、ここは違うんだった」

「……」

 いきなり怒声を発したので、怪訝な顔をされてしまった。

 やってきたルビアはジョーの手を引っ張って、

「もう。座ってろ」 

 椅子の所まで行かせて、またドアに行く。

 若い運び屋から包みを受け取って、

「シュナイヴ。寒くはなかったか? よく運んでこれたな」

「ルビアさん。今は下に着こんでいますよ。だが確かに、

 お客様が居なければ雪山にケーキをもって登ろうとは思わない。寒い」

「その帽子なんだ?」

「おかしいですか」

 白いモコモコのついた黒いエルフハット。

 運び屋は自分でも、おかしいと思っているのか笑っている。

「お菓子屋の人はこれを付けて運んでと言うんですよ」

「うん。ちょっと変だ。ケーキ運びなんかしてるのか。

 早く自分のしたい仕事、出来るといいな」

「はい、でもオレも分からなくなってきました。

 特に冬になると文を書くときも寒いでしょう」

「ハハ、イミトリセのオーブはあげないぞ。

 人間は決断が鈍るからな。しょうがないんじゃないか」

「あの男は?」

「ジョーと言う。偉いのかとも思ったが、わけのわからん奴。

 あんなのは、言いくるめて、下働きにして使ってやる」

「フフッ、事情があるようだ。ではルビアさん、今度は下で会いましょう」

「ああ。買い物に行くときにでも寄る。また何か聞かせてくれ」

 運び屋が帰ると、

 ルビアは包みをテーブルにおいて、またお茶の準備に戻った。

 ジョーは勝手に包みを開いてしまうと、中はケーキであった。 

「けっこう素朴なケーキだぜ。生クリームゥウウ!

 クリームの中に食用プラスチックが全然入ってねぇ。

 文明レベルが知れるわい」

 茶の準備を途中で置いて駆け寄って、ジョーの頭を叩くルビア。 

「勝手に開けるとは、指を入れるな作法を知れ!

 お前の顔つきから文化の香りがしない!」

 笑うジョー、

「ハハハ! この顔から文化の香り。

 するわけがねぇ。バカにうまいこと言う奴よ。

 しかし俺様の方が本当は文明レベルは上なのだ」

「お前なんか……、どうしようもないな。

 いろいろ教えこんでやらないと。切り分け方を教えてやるか」

「ナヌーッ! これからどうなるか楽しみだぜ」

 異世界に転生したジョーはもう、

 キモイってわけでもオタクってわけでもないようになるだろうか?

 オーブが輝く。こんな者でも誰かが見守っているのか、

 その答えは神のみぞ知る。


 Happy Holidays!

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