神と狐

 物売りや草刈りなどをして、

 侠客(きょうかく)などと付き合い、

 いつの間にか宗教一派を打ち立てていた男が居た。

 彼の名は喜山三郎(きやまさぶろう)である。

 もちろん本人は、事情を知っており苦労をしている。

 のちに合気道を開く植芝盛平たちと共に情勢不安のモンゴルに旅行し、

 中国人兵士に食事をふるまわれた。これは戦争が起こる前の話であり、

 その食事は侵略の機運を持っている外国人を嫌う、中国兵の策略であった。

 全員がぐっすり眠っている所を捕まり撃ち殺されそうになったが、

 日本領事館の助けでなんとか帰国。

 そうしてしばらくした時のことである。

 彼の苦労は尽きない。

「ハァー、今度は、

 警察に自分のところの神殿をダイナマイトで爆破されてしまった」

 言葉通り、昔の警察は相当な無茶をした。弾圧事件といって、

 国家に逆らう施設は極論すれば法的にも爆破してよかったのである。

 まるっきり冗談、ギャグ小説の雰囲気高まるが、当時の事実であった。

「植芝先生も手伝ってくれて、

 せっかく皆で建てたが……。

 爆破、爆破の憂き目だ。めげてはいられない」

 三郎は新たな神霊セシハカの助けを得ようと、

 遠くから見てこんもりとした形の高熊山、

 以前に修行した、そこにある洞窟に久しぶりに向かっていた。


 入ると草だらけ、けもの道。

 と言っても当地の人なら道と同じように、

 どこに出るか知っていた。

 三郎先生も黙々と歩いていく。

 しかし道の途中でうっすらと光る姿。

「おや、おかしな女の子がおる」

「エエト……、コンニチワ」

 真っ白い姿の少女をみて、

「こりゃ、人間とは違う。三郎は秘密で儀式に行くのだから、

 人間でないものは邪魔するでない。

 でない、でない、出てくるでない。ハッハッハ」

 三郎は明治生まれなので、

 これは相当のギャグ上手である。

「……。ツレテイッテ」

 と三郎の着物をつかむ手に、

「帰り道が分からぬのか。いや違う。

 いずれの神か化けて付いてこようというのだろう。

 ほれ、飴をやろう」

「ウン」

 と紙を解いて口に運ぶ。

 三郎は、たまたま飴を5つほど携帯していた。

 2人で歩いて、

「ココカ~」

「そうじゃ」

 途中でけもの道を通ったので、

 三郎は自分と、少女の身に付いた枯れ草を払ってやる。

 着いた高熊山の洞窟は、

 ここも弾圧を受けてボロボロとなったはずであるが、

「むーんっ」

 と三郎が印を結ぶと元通りの形に戻っていく。 

 中には宮本武蔵のこもった霊巌洞もかくやという、

 厳正な霊気が満ちていた。神々の召喚にはもってこいである。

 以前に来たときは肌着だけだったが、

 今度はちゃんと着物を着ているので、

 気温が変わっても少しは安心できる。

 三郎ほどになれば、この素晴らしい環境において、

 滞りなく召喚が終わるはずであった。

 しかし不測の原因があった。

 その原因、真っ白い少女の名はカラーアリス。

 三郎は言う、

「さあ、始めるぞ。これより召喚の儀式を執り行う。

 もうさすがに、外へ行って待っておれ」

「トリオコナウ! 良い。ハヤクシロ~ッ!」

 と言って離れない。

「ええい、仕方のないことだなあ」

 と座禅を組んで、カラーアリスを膝の上に座らせて集中する。

 洞窟の霊気が、

 儀式によって召喚される神霊を、

 実際の次元に影響力を持つ状態に固定する。

 その姿を現せさせる。

 しばらくそうしていると、

 岩肌が星の瞬きのように光りだす。

 チカチカと輝く、どぉーっと光りが広がり、

 何もないのに強く風が起こって召喚されたのは、

 麗しく柔らかげな獣の耳を持つ少女のすがた。

「やっほーっ! 梵梵(ボンボン)だボン」

 優し気な巫女然とした着物の姿で、

 しかし短い袴、綺麗な足など放り出している。

 三郎はアリスを乗せたまま、驚いて胴だけ後ろに倒れこむ、

「ワーッ、これはセシハカの神ではない、

 金毛キュウビの狐じゃ。良くない狐じゃ!」

「よく呼んでくれたボン。

 おや~、ペンギンみたいな顔の人間だボン」

 と身体的特徴を言いながら、三郎にまとわりつく。

「失礼な狐だなァ」

 三郎は起きあがって、

 懐から包み紙を出して狐霊に渡す。

「ほれ、飴をやろう」

「ありがとボン」と笑顔、口に運ぶ。

 狐耳と九つの尾のほかは14ほどの少女に見えた。

 露わになる太ももを組みかえる、

 初めて人の目にさらしたかのように若い。

「どうだボン」

 コロン、と口の中で飴の歯に当たる音。

「うう、とてもきれいであるが」

「ボンボン……? 儀式、ドウダッタノ?」

「はぁ。今日は失敗したわい、来たものは仕方ない」

 洞窟から出てくる時には2人にまとわりつかれる三郎。

 出てきてしばらくするとまた洞窟は元の破壊された状態に戻っていく。

「しかし何であれ、こう女の子に騒がれてもしょうがない。

 困るわい。こんなことで世界中を救うことが出来るか」

 なかなか硬派な所もあり、世界中を救いたいようである。

 少女たちにまとわりつかれながら、真面目らしい悩みである。

「帰るまで。一緒ニ、イテヤルカラ~」

「その家はどこにあるのだ。色々と近頃うまくいかぬ」

「ちゃんとセシハカの神を呼べるようになるには、

 ボンボンを追い払えるまで霊力を高めないとダメだボン」

 と浮き上がって三郎を抱きしめる。

「えへぇ、憑りつかれてしまったわ。おぬしは何かのぉ」

「九尾の狐」

「九尾の狐は元号が変わるまで人間に力を貸さぬ決まりだろう。

 ふつうは仲間にならぬ。まるで天眼通力で見た未来のことのようじゃ」

 と言って、ポイと飴玉を口に入れる喜山三郎。

 その目的の一つ、

 神霊セシハカの力を求め、その力を受ける。

 それは、あるとき成功した。


 美技にふけらず、正道を行かれよ。

 命のままに行くための知性である。

 生き抜くことに意味がある。


 召喚がなされて、そのような種々の言葉を残すに至るが、

 正確にいつどのようにであるかは秘されている。

 そして、いきさつの末といえば三郎は神殿を立て直したが、

 世界中を救うまでは行けず、

 あまり推敲していない文からなる80冊以上の本を出版して、

 国から発禁処分を受け、戦後になって発禁本ではなくなり、

 あとは少しの芸術品を残し、死ぬときには、

 疲れた、と正直な言葉を残したそうである。

 彼の持っていた、冷たい闇の中に眠る朝焼けのような輝き。

 それは生きる人一人一人の命であり、今も変わらず世の中にある。

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