機械女神VS第一怪獣

 ひと騒動あった次の日。

 黒いゴスロリ姿、クロユリは言う。

「相手の心を読んで、起こる、来ることだけを読んで」

 ダンジョンと化した森の奥にたどり着いた武術家のクロユリは、

 そこにあった宝に触れて異世界に飛ばされてしまった。

 その傍に金髪で青い眼、白いドレスの少女が話を聞いている。

「こころ?」

「心というものがあります」

 元の世界に帰れるだろうか。ともかくクロユリは、

 異世界での有力者に見つけられて自分の戦技を教えていた。

 日差しの強い海岸、それなのに暑くもなんともない。

 海からも砂からも太い蛇の胴体がうねっている。

 これはケーブルというものだ。

 地下36キロ地点。

 照明は明るく疑似的な地上のようすを現している。

 その仕組みなど、クロユリの知るところではなかった。

「あの武器……。銃、銃、銃、この世界の銃はホントに危ないですね。

 自分より速い飛び道具は避けられないんです。

 いやホントに。それはワタシやあなたより速いので」

 その言葉に首をかしげるドレスの少女イドムドス、

「私の端末も光りの速さを回避することはできません。

 けれどあなたは避けていたわ。

 警備ロボットに改善点がたくさん見つかるくらい。

 それでも新形態を、新しい形を作って移行すれば――」

 さえぎって、

「いや、それじゃ違うんです」

「何か間違えましたか?」

「その、新しい形というのに、何の意味があるか決めるには」

「意味は、それは私が決めます」

 クロユリにとっては話がそれていくので、わずかにムッとし、

「ったく。そうじゃなく、こいつ撃ってくるわ、

 撃ってくる、撃っ……、ここでそうですよね」

「? ここで? どう」

「相手の『撃った』という動きを言葉で現してみて、撃っ、そこで避けてね。

 合うから」

 クロユリは、避ける足の動きが見えるようにパッと自分のスカートを外す。

 露わになる黒い下着に見えるがそういった装備である。

 片方の足で前へ進みながら体をそらす。

 遠くを指さしてそれを自分の胸へ向けるジェスチャーを混ぜて、同じ動き。


 機会を察して弾を避けよう。


 さらに自他の機会は察することが出来る、それは心。こういう意味だ。

 つぶやくイドムドス、

「合う、ちゃんと避けられるという事? 心の、心、ココロ、シグナル――」

 思うクロユリ、

 なんだか、お人形みてーだわ。

 ずっと暇してる時のワタシに似てる。教えたくなる。

「そのぉ、それじゃ分かりにくい、ですかね。

 失敗したらできないんですが、成功したらできます。それが」

「心、ですか」

「ですね。まぁ、戦いにしか使えないわけじゃないし、やってみてもらって」

「わたしにも人間の心をつかむセンサーが出来るかしら。心が?」

「……。誰でもできるかどうかは分からないんですけど」

「そうよね」

「それから……ここって食べ物とかあるんですか? お腹が……」

「なら、人間のお世話ですね。持ってこさせますわ」

 同じような時間を過ごして、

 三日後。

 不思議な光景、

 ビーチは夜になり半分が銀河系に変わっている。

「あなたの心を」つぶやくイドムドス、機械の瞳が煌めく。

 そう、というふうでクロユリはその拳を近くで握った。

 微笑んで言うイドムドス、

「今、がんばれ、と……?」

「思いました」

「ああ。私でも読めるのね」

 向こうから拍手しながら歩いてくる男が一人。

「おお、姫様、おめでとうございます。

 心が分かれば人間たちの心はイドムドス様のものになりましょう」

 そう喜ぶのは、イドムドスを傍で守る公孫伯圭(こうそんはくけい)だ。

 アイボリーのスーツ姿の男。ベルトに保持させて腰に軽量な剣を持っている。

 たくましく敢えて争わず。その態度で、

 迷い込んだクロユリの殺気を収めさせた。

 イドムドスは、

「人間たちの心……。

 欲しいわ。

 でもそう甘くはないわよ。

 ねぇ、そうでしょう、クロユリ」

「あーそうですね」(え? すみません、聞いてなかった)

「……」

 驚いたことに。

 心の声をセンサーでとらえることが出来ている――。

 聞いていなかったのでしたら、しかたありません。

 公孫伯圭を見つめるイドムドス、

「あなたはどんな気持ち?」

「美しい方々お二人のそばでこの数日を暮らしているのです。

 私は蚊帳の外に居ながらにして、暖かくなる気持ちです」(ほんとうに)

「声を、もっと聞きたいわ。どういう意味なの?」

 公孫伯圭は両手を開いて、

「アイヤー、非常に美しい。

 もう絵画展に行く必要はないですね」(私はしあわせもの)

「まぁ。フフフ」

 クロユリは、ぼそぼそと言う。

「ワタシ、元の世界に帰りたいんですけど」

「……。ええ、そうね。公孫伯圭」

 言われてクロユリを見る、

「うむ。我々の召喚と送還の研究は進んでいますよ」

「じゃ、いつごろ帰れますか」

「他の条件が無くあなた一人を送るのであれば、

 可能だと思います。今すぐでございますか」

 クロユリはスカートを履きながら、

「さあ? その方がいいかな。うん」

「では、この伯圭と一緒にこちらへ来てください。

 今日中にできるかどうかは。ともかく準備がありますので」

 イドムドスは微笑んで、

「またいらしてください」

「ありがと、偶然だったんだけど……。できたら、またね」

 クロユリにとってはまったく謎の設備で、

 彼女は元の世界へ戻ることが出来た。


「せ、先生!」

 クロユリの仲間は、待っていてくれた。

「お、おぉ……シモ。戻ってこれたぜ。

 どれくらい経ったんだろ」

「三日くらいっす。あんまり経ってません」

 森の奥、皮のテントがたっている。

 倒された魔物が数体、薪の燃えかすが何日分かたまっている。

「そうか~。シモ、おまえ~。待ってたのかぁ」

 と仲間を少し屈ませて、その首に腕を回すクロユリ。

「そうっすよ~」

 帰ってくると空気がまるで違うことに喜んでいる。


 クロユリを元の世界へ戻し、

 数日後、公孫伯圭は言う。

「オフェンス・パイロ・バリアーが完成したようです。

 猫の子フォエンはイドムドス様の敵ながら気持ちの良い方だ。

 今回は休戦のみならず、協力してくださる」


 3月に出現した第一怪獣ビルマと、それが生み出す小型怪獣デングは、

 平和防衛隊の必死の攻撃を受けながら、

 金属を吸収する能力と異常な生命力でその勢力をわずかずつ拡大。

 防衛隊の攻撃が無ければ、敵怪獣の勢力拡大はさらに激しくなっていただろう。

 しかし防衛隊側も、

 この戦いにおける味方の損耗率が高く上昇しつつあることをかんがみ、

 決定的な勝利を得ることが出来る新しい兵器が必要と理解するに至った。

 怪獣の能力について詳言(しょうげん)、情報が集められ、

 運よく手に入った怪獣の細胞は徹底的に解析された。


 5月、解析されたデータを用いて、

 第一怪獣と小型怪獣を包囲する広域兵器――。

 オフェンス・パイロ・バリアーが急ピッチで建造され、

 その間も平和防衛隊は損耗しつつあったが、

 小さな範囲での試験運用を経て6月に広域兵器は完成。

それは機械の女神、イドムドスの右手首にある発振装置と連動して、

 決まった方向へ向かう電磁波の熱で怪獣の動きを阻害し、

 動きの止まった対象に、ロイダリィ・レーザー、

 新しく実用化された高い威力の光線を当てて焼却する。

 現行のメガレーザーと比して最大で4倍の貫通力があり、

 出力の調整を可能とする扱いやすい兵器である。


 怪獣の暴れている国からの許可は以前から得てあり、

 イドムドスは他の味方と共に怪獣のいる場所へ向かった。

 そして適切な発動位置に着き、

 阻害するように暴れる小怪獣を駆除、兵器をただちに発動。

 ロボット軍に採用されるジェットでも、ヘリのようなプロペラでもなく、

 膨大な電力と引き換えに重力の法則を曲げる反重力装置で、

 空中にぴたりと停止したイドムドスの手首はくるくると回転し発振、

 広く八方に配置された巨大なエネルギーアンプが、

 その信号を怪獣の細胞に合わせた電磁波と光線に増幅して変換する。

 イドムドスの青い瞳は戦場を俯瞰する。

「オフェンス・パイロ・バリアー」

 バリアーは順調に作動した。

 相当の数に増えていた小怪獣デングは動きを弱めていく。

 動きが止まったときイドムドスの片手その五指、エネルギーアンプ、

 そして味方機オスカー戦闘隊とグローブマスターが搭載するようになった、

 ロイダリィ・レーザーの餌食になっていった。

 しぶとく、焼却バリアーの範囲を超えようとする第一怪獣ビルマ。

 イドムドスと敵対しているレジスタンスの赤いロボット、

 レッディガンがバリアーの中に押し戻した。

 このロボットからは怪獣に触れても構わないエネルギーフィールドが発生する。

「ファイブ・ソウル!」

 押し戻され逃げ道を失った第一怪獣は動きを鈍らせながら進路を反転し、

 中央へ向かったところで一斉に光線の照射を受けた。


 そしてその地には、平和が戻った。

 

 地下36キロ地点。

 この『住まう場所』は景色を変えられる。

 風にそよぐ森と草を食む鹿のホログラム・ビジョンを眺めるイドムドス。

 ホログラム映像はその木々の緑と鹿の毛皮の色のほかに、

 きらめいて見える不思議な色をうっすらと持っている。

 それは微細な構造体が、形だけで色を生み出している。

 特別な形が色に見える。その色を『構造色』という。

 イドムドスの瞳も、構造色を認識できる。

 隣で公孫伯圭は赤い葡萄ジュースをグラスに注いで、

「あなたさまが戦いの法ではなく、武器を持ったり、

 戦う技の講義を受ける必要はあったでしょうか」

 グラスを受け取って、

「ええ、ありました」

 グラスの中にホログラム投影が行われて、

 その中から小さな地球のビジョンが現れる。

 イドムドスのビジョンがそれに座るが、

 地球の自転の速さに「きゃー」とグラスの中に落ちてしまう。

 イドムドスは彼女なりにお道化ている。笑う公孫伯圭、

「ふふ」 

「巨大なデータを可視化すれば、これが私の故郷だと思います。

 機械たちも地球生まれ。可能なだけ永遠に私たちが稼働して、

 新しくそこに何か、データを入れるべきだと思えるから……、

 私に必要なくても巨大なデータの中で必要なものなのです」

「必要。よくわかりませぬ。しかし、きっとそうでしょう」

 と言って首肯する。

「公孫さん、よくがんばってくれました」

 先の作戦の映像がイドムドスのそばに浮かぶ。


 空中に位置するイドムドスにとびかかる小型怪獣。

 甲冑姿の公孫伯圭は白馬から降り、

『なんてことだ! まだ一匹潜んでいたのかっ』

 人間の限界を超えたジャンプ力で空中へ追いつき、

 その剣、名は白興剣(はっこうけん)で斬りつける。地へ落ちる小型怪獣。

 マントで緩やかに落下しながら、またとびかかる小型怪獣を剣のつかで叩き落とす。

 すた、と着地し、公孫伯圭は身長6メートルの小型怪獣と一騎打ちを始めた。

 イドムドスは第一怪獣からのエネルギー弾を察し回避して、バリアの準備をする。――。


「姫様は当千のご活躍でした」

「うれしいわ。眠くはない?」

「あれっ、言われてみれば。戦いがあるとあまり眠れません。

 ならば今日はもう、おいとまさせていただいて、

 よろしいでしょうか」

「ええ。おやすみなさい」

「ハイ。何かあればお呼びください」(どうか姫様もご自愛くださいね)

 心の声というのは本人の考えているとおりでありながら、

 本人は何も気が付いていないようである。そのまま歩いていく。

 下がる公孫伯圭を見ながら、イドムドスは笑んで、

「やっぱり知っておいてよかった」

 森のホログラムに機械の手、マニピュレーター。

 その指先でふれると、きらめく鳥たちが飛んでいく。

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