夜桜
父は料理屋に勤めていた。
しかしあまり料理が得意ではない。
一時期はその店からもらってきたウナギの蒲焼を毎日食べさせてくれた。
毎日、と言ってもそれは正確に毎日ではなく、
本当のところは二年間、その一週間のうち4回はウナギ、
またはウナギ丼だった。しかし料理が下手なのだ。
勘所を外してマズいものを作る。
だからウナギが嫌いになってしまった。
油まみれのウナギは、思えばもったいない食材だった。
ウナギは縁起の良い御馳走の一種だと思うので、
人と食べることもある。出来れば好きな方が良かったが。
「おいしい~」
向かい合って、ため息を吐くのはハラエライト。15歳、美しい女の子。
着物に似せた上着とスカート、どちらも色は黒で星の絵柄。
「いつもの服だね。僕もそうだけど」
「世界を救ったのは、勇者と導師だけじゃなかったのよ」
「えっ?」
「古法真夜、知らないでしょ。その人の真似なの」
「そうかい。確かに有名な人たち以外にも、
仲間が居たというのは想像に難くないね。
そのとき生きた人たちがいて……」
「ウナギ嫌いなの?」
食べに来た狭い店は、種々の蒲焼だけで商売している。
味の評判がいい店。向かい合う席がいくつかある。
店頭で焼く蒲焼のにおいと目の前のにおい。
二人とも木製の椅子に座って食事。
暖かい、ご飯の湯気も顔を押してくる。
ウナギの定食を二つ、
とハラエちゃんに頼まれてしまって、
お店のものなら油まみれとは違うから、
食べてみようかと思ったけれど、
やはり箸が進まない。
とはいえ、
別に食べられないほどではなかった。
二人とも食べ終えて、店の外に出る、夜の商店街。
夜になっても様々な店は、
これから稼ごうという活気と日常の音に満ちている。
星空、天の川が良く見える。肌に寒さを感じる。
「嫌いだった?」ウナギのことだ。
「嫌い……。うん、実はそう。
においと味は好きだけど、思い出が好きじゃない」
「ふー。そういうのあるよね」
「悪かったね、せっかく二人できたのに」
「そうだよ、このやろ。喜べ」
ハラエちゃんは飛び上がって、
僕の頭に生えた2本のツノをつかんだ。
「うっ、離したまえ」
この国ではツノが生えているのは普通のこと。
がくっと首を傾けてしまった。手を離してくれて、
「はいはい。じゃあ、何か楽しかった話は?」
「最近、シュナイヴさんの本が出たんだ」
「あぁ……。あんなののファンなの」
歩き出す二人の声、
『太陽が洞窟に落ちて冒険する話』
天の川から流れ星がキラキラ落ちていく。
目に映ったけど、話す方が優先されるべきだ、
「僕は好きだな。迷宮になった洞窟の中を太陽の光りが探検する。思いつかない」
「あんなの、好きな人が居るなんておかしい。
日出国の神話の焼き直しじゃない? イミトリセ神」
「あ! ああ、そうか! 気が付かなかったよ。よくわかるね。でも、
その洞窟の中で太陽の光りが女神になって冒険していたという、
独自性は認められるべきで――」
「そんなのより、リキドウザンとキムラの試合を見に行こうよ」
「知らない」
「まだ先だけど」
「嫌だな、君は人同士が殴りあう所が好きなのかい」
「うーんと、けっこう好き……」
「あははは。好みは合わないね。でも」
「いいじゃない」とうなづいている。僕もうなづいた。
やはり肌寒い、中秋の名月は過ぎている。
秋祭りがあるというので、小さな白山神社に行こうかと誘う、
「近くで秋祭りやってるの知ってるかい。
秋に咲く桜が、縁起のいい木があってね」
「あそこはキツネが出るからイヤ!」
「そんなの初めて聞いた」
「ほんとよ」
「でも夜桜があるよ、夜桜が……」
手を取って、僕はまだ連れて行こうとする。
「ええい、この」
ハラエちゃんは背伸びして僕のほほに、そのほほを寄せる。僕はその背を撫でた。
あらためて考えてみるに、ウナギが美味しくなくても、好みが違っても、
何をするかじゃなくて、誰とするかの方がよっぽど楽しさの元なのだ。
いっしょに行けることになった、
清らかな境内の闇に浮かび上がらせた十月桜を遅くまで楽しんだ。
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