自堕落な蒼井セツナ

 おれはセツナ。


 先にエンディングをネタバレします。

 セツナが一瞬だけ自分は侍になったのかと感じておわり。


 しばらく暗い話を思い出すよ。

 母親が軽い事故にあったとき、五年前。

 交通事故にあったら、保険屋が来て、いろいろと助けてくれる。

 表向きは。

 けど実際、あいつらは金をソコソコに払って、

 これ以上はお支払することができないんですよー、

 約束だけ守りましたーって嘘をつく事を強いられている。

 笑顔で、会社の正義で、嘘をつくことを、強いられてるんだ。

 その、人間のせいじゃない。会社システムのせいだ。

 保険金の支払いは渋らないと、

 会社としては成り立たないからね。

 だから保険屋ってのは黙ってると適当にやって帰ってしまう。

 治療費、慰謝料だけじゃなく、休業損害をまず先にもらったほうがいい。

 基本的には入院、通院の日数が多いほど保険金の額も増える。

 そういうケースになったら、ちゃんとゆっくりしたほうがいいかもな。

 後遺症があるなら後遺障害等級の取り方も検索したほうがいいね。

 ともかく交通事故の被害者になったとき、支払いを受けられる金額は、

 保険屋の示す基準の額から、1・5倍くらいまでは、

 らくに引き上げることができる。が、これには話し方がいる。

 大事故の場合は裁判を起こせば、

 裁判所基準といって最も大きな額になる。

 事故なんか、ないほうがいい、万一のことさ。

 もしあなたや、近しい人がそうなったら、

 額を調べておくといい。印刷もするといい。裁判所基準を知るだけでいい。

 最初から言わないことだ、最後の示談のときに、

「こういう法的な額があるのでこれにしてくれ、それか増額してくれ」

 と粘って言うと、

「そこまではできないけど増額する」

 と必ず言う。

 これは毎回そうだった。

 必ずというのは、家族に4度も事故があったからだ。

 保険金暮らしだ。詐欺じゃない、事故が起こったんだ。偶然……。

 おれは、働かずに一人暮らしをしている。


 気楽さ。


 遊び場を買った。簡易事務所、プレハブ、ユニットハウス……。

 そういう呼び方のあれ、それが、おれの遊び場だ。

 そこにもいちおう光熱を通して、

 そこで酒を飲んで人間なんか無様なものだと笑ってるんだけど、

 ほんとに無様なのは、おれさ。


 近所というか、その小屋の近くに引っ越してきたらしい女の子は、

 魔女の格好をしてイフロムと名乗って、可愛い子だ、おれの小屋にも来る。

 女学生、短いスカートから細い脚が見える、なかなかいいね。

「お邪魔します。セツナ」

「おぉ? コスプレ少女キターー。

 午後7時か。……あぁ、ちらかさないでくれよ」

「最初から、ちらかすようなものが何もない。

 液晶とゲーム機と、お酒だけの小屋……。

 整然と、堕ちていますね」

「そうかな~。おれの座ってるのな~んだ。ソファも、あるじゃない」

「……」

「さっきさ、酒ビン捨てて、

 ゲーム機、買ったんだけど。

 堕ちてないって、ほら。

 掃除もして、買い物にだって行けるし」

 素早い子だ、飲んでるおれが遅いのか。

 隣に座って、その動きがあんまり、分からなかった。

「ねえ、セツナ。お酒臭いですね」

 と隣で笑っている。おれは、ぼーっとしていた。酔い過ぎのせい。

「酒しかないよ。ほんとに暇なんだ。何か飲むか」

「いりません。脳に良くないので」

「いるだろ」

「すすめないでください、大人に見えますか?」

「へーへー。脳に良くないの?

 だったら、……おれの脳はとっくにだめになってるね」

「そうですか? 元ホストさん」

「うん。めちゃ飲みしてるから。

 ピザ、ピザ、頼もうかな。いるだろ」

「いえ……。今日はあまりチーズは食べたくないんです」

「嘘だろぉ。ピザ嫌いな女の子なんかいるのかよ!

 地球で初めてやでぇ。ごめんウソウソ。

 まぁいいか。ピザ、ピザ、おれが食べるんだから。

 お前は別のを買ってきたらいいよ」

 二千円差し出すと、手で邪魔されて、

「自分で買ってきます」

 と小屋から出て行った。

 帰っちゃったかな、と不安になったが、10分くらいしたら戻ってきて、

「これが好きなんですか」

 と飲んでるビールを買ってきてくれた。気恥ずかしくなった。

「未成年だろ。なんで買えたの?」

「自販機をハック、ベアトリスで……。ふふ、お金は入れましたよ」

「すっげぇ~。おまえハッカーかよぉ」

「……」

「学生だろ? おれもハックしてほしいね。何もかも。

 ママンが事故にあう前まで戻してほしい」

「どうぞ」

 イフロムのビールは買ってきたばかりで、

 今飲んでるやつより、冷えているみたいだった。

「いただき……」

 今のを置いて、新しい方をもらった。

 やっぱりもらうんだな~、おれ。

「ここにも冷蔵庫、買おうかな。たくさん酒を入れる」

 イフロムは笑って、

「そう? よけい堕ちませんか」

「うーん。向上心って嫌いなんだ、ほんと。

 ここで孤独死してもいーんだ」

「貴方みたいな人いませんよ……セツナ。

 堕落しきった顔、見せてください」

「あー? 見せたくなくなったレベル上昇、100っすね」

 おれは顔を背けた、

 車ない、タバコ吸わない、

 スマートフォンも持ってないし、

 大流行のお世話ロボットも買ってない。

 おれは世界の流れから外れたんだ。

 イフロムは小さな本棚に気が付いて、

「なんですか? その棚の本。一冊だけ、ありますね」

「えっ。猫にもらったんだ」

「猫が……本をくれますか?」

「そうなんだよ、

 猫の女の子、本をくれたね」

「はぁ? 酔っ払いですね。興味ないです。

 侍の本じゃないですか? それ……」

「そうなんだー。おれも、そんなに興味ない」

 うっそー、ほんとはめっちゃある。猫が本くれたんやぞ!

 最初からボロかったけど、ボロボロになるまで読んで、

 同じ内容の本を見つけて、

 新しいの買ったのが本棚のやつ。

 ボロい方はちょっと大事だから、ちゃんと家に隠してある。

 ピンク髪の猫の女の子、ふらっと小屋に立ち寄って、

 雨宿りして、帰るときお礼にくれたんだ。

この世界の子じゃないんだ。もう逢えないだろうな~。

 2時間くらい飲んでいると、

 イフロムはソファの上で眠り始めた。


 こいつは昼間は高校に行って、

 夜、おれのところへ来ることがある。

 学校には、好きな子もいて、楽しいらしい。


 その好きな子は、何もかも、


 おれの千倍かっこいいんだという。

 背も高いし髭も生えてるそうだ。

 あ~そういう高校生いるいる。

 けど、千倍ってことがあろうか? あるだろうけどさ。

「……」

 毎日が楽しいんだろうな。それにしては、

 よく、こんなところへ来るなぁ。

 最近、買い物に行っても、町にきれいな人が増えた。

 こいつも同じ感じがするけど、知らない間に、

 世の中では何が起こってるんだ?

 なんでもいいか。

 時代の変化で、人がきれいになるのはいいことさ。

 新しいゲーム機を買ってたので、

 それをつないで、しはじめた。

「酒が回ってぜんぜん勝てないや」


 古いアニメ映画のディスク、

『異邦人』のディスクを、

 映画も見られるゲーム機に入れて、

 アニメ映画の鑑賞会と行こう。勝ち負けもない。

 あ、最新ゲーム機じゃなくていいな。

 もっと安上がりのプレイヤー買えばよかった。

 まいいや。ゲーム出来て映画も見られる、

 とプラスに考えよう。

 意識も混濁しながら見よう。

「イフロム、お前も見たら?」

 すん……、と寝息。

 マントにくるまって眠っている。

 おれは、魔女の帽子をずらして顔を見た。

 そのまぶたは瞳をしまって、

 良く寝てる、起こせないか。

 一人で観賞するわ。

『おい、客が多いからってあがるなよ』

『大丈夫、大丈夫』

『ねぇ。そのセリフ、へんじゃない?

 ゲームかアニメみたい。

 映画のセリフじゃないわ』

 アニメの中で敵が飛んでくる、

 味方ロボットは迎え撃つ。

『映画かゲームかアニメか、どこでだって、

 俺達は3人とも戦士……』

『ほかの人たちは?』

『いない』

『あたし達3人だけ?

 なに? この世界は。やっぱり映画じゃないわね』

 話している間にも、敵メカがロボットに突撃していく。

『おいおい。こりゃ堪らんぜ』

『そもそも、この映画では、誰もロボットに乗らないんだ。

 年老いた俺達の精神が、いったんは異世界から出られなくなって、

 最後には何故か昔の、あの頃に戻る話なんだから、ロボットは無し』

『じゃあ、ここはどこなの? 無しには見えないわね』

『だよなぁ。コックピット。

 そして、今戦ってるのは、俺達……』

『あらら、乗っているわけね。何よこれ』

『やれやれ。この映画のディスクを付けたやつ。

 俺は疲れた。何考えてる? 好きにやってくれ』

『ホントにお酒でもお召し?』

『かもな。ならしょうがない。

 ほら、また敵さん来なすった。――GOッ!』

セツナくん酒を飲んでる、アニメの指摘の通りだ。

「ああ~、これ見ながら寝るのがいいんじゃ~。

 寝落ちした時のため、先に連続再生に、しとこうか」

 寝落ちとは何かしている途中で寝てしまうことさ。

 しばらくして鑑賞中、スクーターの音。

 ピザの配達が来た。

 おれは気づいた、頼んだのは2時間以上前。

「蒼井さんのおたく、ですか? っていうか小屋……」

「おいおい! 時間たちすぎだろ。15分で来るってあるのにさ」

「うっぷ、酒くさっ。

 ……すみ、すみませんしたぁ。

 ごほっ、場所がわからなくて、お代は、結構です、それじゃ」

「えー? まじかよぉ。ピザ手に入れた。やったね」

 食べてみると冷めてて、いらなかった。

 こんな調子で毎日だ。

 朝になると目が覚めた。

 アニメはずっと流れている。

 イフロムはもう帰っていた。


 朝10時ごろ、

 飲みすぎで頭がそこそこ痛い。

 また来客……。

「よぉ。ジョンフラム君」

 出迎える、おれの背中からアニメの音声、

『俺には何もなかった……。親も友人も……』

「おはよー。俺には何もなかった~。

 アメリカ、ニューヨーク、ブロンクスの……」

「あ、わかるのーっ? あの人の自伝、ぜんぜん売れなかったんだ。

 世界を救った後は、ぜんぜんうまくいかねーの」

 アニメのキャラなのに……、

 ジョンフラムの顔にはそう書いていたが、

 あわせてくれた。

「あの人? あぁ、あの人だね。

 最初のサイン本は売れたの知ってる。

 あのですね~蒼井セツナさん。夜中じゅう、音しっぱなし。

 そういう苦情が来ました」

 微笑んでいる。金髪、青い瞳。この子は、

 なんか見守りネットワークとかいう会の子で、

 日本で働くアメリカ人。

 おれみたいな、その辺から生まれたのとちがって、

 スーパーコンピューターの遺伝子実験の成果で生まれた人。

 生まれる前からいろんな情報がインプットされている、新しい人類だ。

 13歳くらいだけど、そもそもが勉強済みの脳をもって生まれてくる。

 そういう子の方が、この世界では偉いんだ。

 そうなるように作られているからさ。

 なにがコンピューターだろうね。

 そんな反権力なおれも、可愛いのは好き。

 この子は、おれみたいに、コンピューターが嫌いで変な奴が、

 勝手に罪を犯したり死んだりしないように見に来てくれる。

 おれは大丈夫だ。だから、

 それだけ聞くと何様っていう話だが、来てもらうのは悪くない。

「苦情ぉ? 防音なんかないよ。プレハブなの見たらわかるだろぉ」

 おれは、指を鳴らして、音と動きのセンサーを反応させ、

 ゲーム機を操作してアニメを止めた。ジョンフラム、

「夜は、アニメの音を下げたらどうかな?

 いい音響装置を付けたら、小さな音でも楽しめます……」

「だから、その接続に必要な機械、

 イドムドスを買えっていうんだろ。

 いらないね、買わないのに挑戦してんだよ」

「あっ、僕おなかすいたな~」

「んっ? 唐突~、無視すんなよ」

「え~……」

「えーってね……。

 ったくー、じゃあ、

 なんにもないけどさ、冷めたピザがあるよ」

「どもども」

 ジョンフラムは、おれの横をするりとぬけて中に入った。

 今すごく可愛く感じた。

 こいつ、前から思ってたけど、彼? 彼女? 美人なのにわからん。

「ジョンフラムさん、どーぞ、ピザ、ピザ。

 どーぞ、冷めてるけど」

「外、草ぼーぼー」

「草刈りなんてしたくないよ」

「草むらは虫のおうち。

 そういうところで増えるんだからね」

「えっそう? いまビビった。虫嫌いなんだよな~」

「虫、むしむしむっし……」

「もう言うなよ~、言うなよ~」

 ソファに座るジョンフラムに、

 おれはピザの箱を出した。

 こいつが男か女か、まだ知らないんだけど、

 どっちでもいいか。男の美少女でも、女の美少女でも……。

 するとジョンフラムは、

 冷めたピザを何か手に持った杖、

 杖で温めて、そんなのあるのか、電磁波か~。

 あっ、よく見たら脳波とかもわかって、

 人の考えもわかるEOHワンドにそっくりだな。

 EOH(エーテルオブヒューマン)ワンド、

 人体用グローバル通信杖、人間解析ができるやつだろ。

 軍事用、医療用。民間では売ってない。前から持っていたっけ?

 もの温めるって……多機能か。

 おれに、何かするのかな? んなわけあるか、ないな。

 おいしそうに食べている。

 機械の杖。そういうのはヘンテコすぎて、

 これ以上はおれにはわからない。

「ピザ、温ったかいか?」

「うん、温っためたから」

 おれも座った。温かいなら、朝飯になる。

 朝からジャンクフード、堕落した生活。

 ジョンフラムは、

「聞いてるとね、今してること辞めたいって人多いんだ~」

「あーうん、見守りの仕事だったよね。そんな人多いの?」

「女の人に多いの。男の人は口に出して言わないけど」

「へーえ? 差とか、あんのかね~」

 仕事が大変って話か。

 やっぱ可愛いから、女の人から打ち明けられるんだろうかね?

 でも、男も変わんないだろ、みんな言わないだけだ。

 世界の動脈硬化には、おれは関係ないけど……、

 ジョンフラム、お前もなのか? 若いのにな。

「セツナ君どう思う? 僕も転職しようかなぁ」

 新しい人類は、生まれた時から天下りできる資格を得るし、

 対レジスタンス、平和防衛隊とかにもすぐ入れる。

 生まれながらにイッパイ資格がある。ふん。

 少し疲れたような顔しても、さ。

「さーな。元気出してよ。

 コーラあげちゃう!

 冷蔵庫ないから、常温のだけど」

 ペットボトルを開けて渡した。

 それを少し飲んで言うには、

「ん。げんき、げんき~。へへ」

 もしイフロム、あいつだったら、

 常温のは飲まないんじゃないの。


 こいつだって笑ってくれてるけど、ほんとに美味かったか?


 常温のコーラを渡してしまった……。

 わー、やっぱり、冷蔵庫いるやん! 今度買いますわ。

 その前にご機嫌取り、なんか褒めないと。

「うわー可愛い、カワウィーッ!

 子供の笑顔、いいね。1いいね付けちゃう」

「どんどん、ください。ふふ」

「1人、1つっす。

 あーしょうがない、もう1いいね!」

「んん~」

「ははっ」

 ふう。

 おれはただ、

 消費しているだけでいい。

 あるものを使って、なくしていくだけ。

 残り時間も使って、生きるだけさ。


「かわいそーだね」

「えっ!」

「これをみてよ」

 EOH(エーテルオブヒューマン)ワンド、

 ジョンフラムの杖が、輝いている。

「あぁ~やっぱ、脳波測定器かよ?

 おれの考えを読むなよ! ばか……」

「大事な友達は……、

 数人しか居ないの?

 僕を入れても? 僕らって友達だったんだ。

 かわいそーだ。そんなのないよね。

 あぁー、なんだか……。

 もっと君を見守ってあげよっか?」

 杖を、おれに何か、使うつもりかな。

「もおぉーっ、ほんま、やめ、やめろ!」

「……」

 ジョンフラムは遊びで、おれの上に乗ってきて、

 おれたちは、なんか抱き合う。おれはふざけた。

「い、いつまでも見守るぅ?

 恋人居ないんだ。お前にするかな~。

 襲ってみるか~! 男か女か見てやる」

「えっ。や、やめてほしいな……」

 ジョンフラムは赤くなって、目を背けた。

 青い目がうっすら潤んでいる。おれは、

 かかえて回転すると、こいつの体、軽い。

「お、おい……マジ?」

 信じられないくらい。

「あ、遊んでるだけでしょ?  嫌だけど……。

 でも、かわいそーだもん。確かめてみたい?」


 えーっ。


 能々(よくよく)吟味すべし……?

 見ると思い、見ぬと思い、うろめくなり。

 いづれにても、渡(と)を越すという事これなり。

 あるべからざるものなり……。といひて、

 この童形(どうぎょう)、ゆきあたる心にてはなし……?

 近くまぶるる……。


※訳※

よく念入りに調べてみろって……?

 見ようか、見ないでおくか、どうしていいかわからない。

 どっちにしても、危険なタイミングって、ここ、だな。

 こんなことってないのに……。といっても、

 この子、行き当たりばったりじゃなく……?

 手、からまってる……。


 おれ、

 侍になったのかなぁと一瞬思ったよ。

 で、どうしよう。


 おわり

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