若き勇者の冒険 船を借りて

 快晴、

 ここは港。


 勇者の一行は魔王を倒す旅の途中だ。

 海の向こうに行くことになり、

 船を借りる必要が出ていた。

 一行、パーティの仲間、隠者の少女、

 イフロムは、風を受けるスカートを押さえて、

「たまになら潮風もいいですね」と笑う。

 エルフの王から、チトゥマ(chìtùmǎ)、

 という伝説の赤馬を借りなければ行けない場所があり、

 まずはエルフの里へ行かなければいけない。

 しかし定期船はずっと止まっていた。

 仲間の一人、黒髪の鬼娘、

 古法真夜(こほうまよ)は、しとやかに歩く。

 肌の色には神の力と魔法の力、

 うっすらと青色かかって煌めいている。

 黒髪も不思議なことに風に関係なく緩くたゆたって、

 星のように光りが瞬いている。

「船なんか借りなくても、私が運んであげるのに」

 話しかけられた鎧姿の勇者、ザ・ブレイブは、

 旅の途中で稼いだお金で船を借りようとしている。

 船乗りに会う前に、座り込んで、

 大きめの布袋を置いて金貨を数えながら、

「魔法の力を使ってですか」

「そう」

「特別な儀式は体力を使うようですな……」

「だからなに?」

 真夜は勇者のパーティにふさわしい力の持ち主だ。

 神霊セシハカのエネルギーを身に宿していて、

 魔法、超能力、槍術をよく使う。

 しかし、あとの点は少女並みである。

 勇者は首を振って、

「私は船を借りたい」

 4人のパーティー。導師ジョンフラムは勇者が決めるなら何でもいい。

「……」

 ので、黙っている。

「よし、これで足りるでしょう」

 若き勇者は立ち上がって、お金の入った袋を持った。

 4人で、ちょうど良さそな船の船長に会うと、

「俺が、あの船の船長だ。

 あんたら、なんの一行か知らないが、

 いくら強くても海の上は違うんだ。死にに行くようなもんだよ」

「ハハハ。ぜんぜん船が出ていないようですな」

「あぁ。変な色の、黒と黄の混じったクラーケンが出る。

 魔王っていうのは魔物を強くしたり増やしたりできるのかね。

 陸の上も魔物だらけだ……。

 人間さまも、もう終わりかもな。勇者なんかいないんだ」

「……」

「あぁ、それから、途中の小さな島にグレムリンが増えて棲みついてる。

 クラーケンのせいで退治できん。あんたらが、してくれたらいいがな」

「はい。そのつもりです。

 船を貸してください」

「本気か……。死ぬと思うけどねぇ。

 貸すだけなら、そんなにいらねぇな。

 船を思い通りに操るのは……、できるのかい」

 ザ・ブレイブは振り向いて聞く、

「問題ないでしょう」

 イフロムは一度、ジョンフラムは微笑んでうなづいた。

 船長は半分は知ったことではないというふうで、

「出来る? ふうん、へぇえ? 嵐が来そうだから気を付けろよ」

「よく晴れていますが……」

「まあ、分からんならいいんだ。関係ねえしな。

 じゃ、金を預からせてもらっていいかい。

 み月までに帰ってきたら返すよ」

「ハイ。わかりました」

「来なかったら、新しい船でも買わせてもらわあ。

 先に言っとくが、そうなったらもう返せねぇからな」

「では、み月までに船を返しても、

 み月を過ぎたら借りた船をもらっても構いませんか」

「ああ、いいよ」

 金貨の袋を渡して、船を借りることができた。

 話は船長の家でしていて、椅子も二つしかなく立ち話。

 出されて飲み終わった紅茶のカップを、

 4人おのおの、コンコン、コン、コン、と机の上に置いた。


 船の上、イフロムとジョンフラムは、

 魔法の紐(ひも)を舵(かじ)に取り付けている。

「横にオールがあるわ、これはオールでも舵取りするんですか?」

「さあ? テキトーに繋いじゃおう。動力源は……」

「私のを。線が、動くところに挟まらないようにしないと」

 イフロムはマントから紫の星型の多面体を取り出した。

 それらをうまくつなげば、操縦するのに人がいらなくなる。

 勇者のパーティーは4人だけとはいえ、

 特別な力の持ち主が集まっている。

「よさそうですか、イフロム、ジョン様」

 船にまだ乗っていないザ・ブレイブが下から。

「だいじょうぶ!」


 そして30分後、

 立派な自動運航船の完成だ。

 晴れた海上を進む、横帆の船。

 風を受けて自動で舵取りされる。

 もし風がなくても魔法の力で、

 多少ゆっくりだが進んでいくことができる。

 船内には、調理場と広い寝室と小さな倉庫がある。

 2日目まで海が荒れることもなくスムーズに進んで、

 体の大きく重い勇者は、

 場所によっては踏み抜きそうな場所がある、と先に探ってみたり、

 真夜とジョンフラムは広々した海の風景について話したり、

 イフロムは今後必要になる薬の錬金をし、のどかなものだった。

 次の日におかしなことが起こった。

 小さな島の近くで船が動かなくなった。

 どこも故障はないのに。

 風も止まって、まるっきり動かない。

 船の上、真夜が言う、

「ここはグレムリンがいるっていう島?」

 ジョンフラムは首をかしげる。

「それと船が止まったのに関係あるのかな」

「そうね……。この小さな島に、

 船を止めるような魔法があるの? 見てこようか」

 イフロムが答える。

「私が見てきます」

「私もいく」

 真夜も行って、2人とも船から降りる。

「クラーケンが出るといけない。

 我々は船を守っています」

 と勇者。

 大した魔物の気配もない。

 しかし、しばらくすると、

 服がボロボロになって、

 スカートも無い、

 イフロムが一人で戻ってきた。

「……どいてください」

 と勇者に言って、船内に入っていく。

 驚くブレイブ、

「そんなに強い魔物の気配はしなかった。

 彼女を見てあげてください」

 とジョンフラムに伝え、島に。

 しだいに天気が変わり、雨が降る。

 降りてズンズンと歩いていくと、

 途中から羽の生えたゴブリンの様な死体が累々、20匹は倒れ、

 これがグレムリンだろう。島を進んでいく。

 それほど時間が経たずに嵐が来はじめ、木々を揺らし始める。 

「真夜、マヨチン!」

 マヨチン、真夜の愛称。

 呼びながら、ずしん、ずしん、歩いていく、

「おお」

 向こうから真夜がしずしずと歩いてくる。

 古びた灯台まで行って話す2人、

 真夜は古びた椅子に座って、

「ブレイブ。この島のモンスターは、

 イフロムの使う力を弱める能力があるみたい」

「そんなことが……。

 それで船が止まったのか。すると導師様も危ない……?」

「でも、やっつけたわ。先に帰ってもらって」

「ああ、帰ってきました。ひとまずは大丈夫か」

 だが念のため、合流したほうがいいだろうか。

 少し迷う勇者だったが、

 キュオー、と遠くから音、

 キュオーン、キュオーン……。

 鳴き声のようだ。

 嵐ではあるが、外に出る2人。

「なんの声か……」

「クラーケンかしら」

「きっとそうに違いない」

 ただ、幸い船と反対の方向から聞こえる。

「船上ではなく、島で倒せれば一番だ」

 自分のこぶしを叩き合わせるザ・ブレイブ。

 2人で林を抜けて小さな島のてっぺんから見ると、

 鳴き声を頼りにするまでもなく反対の岸に、

 黒と黄の混じった巨大なクラーケンがのたくっている。

「おお。あれだ!」

 全体が明らかになれば島より少し大きいほどだろう。

「……」

 真夜が手を水平に振ると、

 その手には天下の名槍『蜻蛉切り』が現れた。それを握る真夜。

 てっぺんから降りていくと、

 ぱたぱたと翼の音、翼の音、魔物の声、

 島の反対にもまだ、グレムリンがいたようだ。

 いや、島の反対にこそ、大勢いたようだ。

 巣のようになっているのかもしれない。

「『蜻蛉切り』!」 

「『グラム』ッ!」

 真夜は槍を放り投げ、ブレイブは手刀を振る。

 槍は真夜の超能力で回転しながらグレムリンの群れに突っ込んで、

 そのあと真夜の手に戻るだろう。ブレイブの手刀からはミスリルが散布され、

 目に見えない刃となってグレムリンを減らしていく。

 2人そろえば、このくらいの成果に時間はかからない。

 真夜はファイヤーアーグ、

 基本的な炎の魔法を唱えて、ブレイブも激しく腕を振り続ける。

 クラーケンは曲がりくねった巨大な触手を振り上げて、

 それを見た勇者は、鎧の力、その一つを使う。

「『テールヴィング』!」

 鎧に鋳込まれた魔剣の力で、勇者のマントは翼のようにぐーっと伸びた。

 実際それはザ・ブレイブの巨体を浮かび上がらせて、その両腕が真夜を抱いて、

 2人は空に浮かび上がる。魔剣テールヴィングは、

 持つ者の攻撃を必ず命中させる。

 そして今は、高位の巫女でもある真夜が、

 儀式をもって聖剣として扱ったことで浄化されていき、

 ミスリルを消費すれば持ち主は空を舞うこともできるようになっていた。

 クラーケンは、近くで聞くと鼓膜が揺れるような、

 ギュオオオオン、と叫びのような鳴き声を発し、

 あまりに大きなその触手、腕をたたき下ろす、恐ろしい巨大さだ、

 島の半分ほどまでが一気に触手に叩き付けられ、埋め尽くされていく。

「ブレイブ、途中で放して。サンダーライン!」

 真夜は雷の魔法を放つ、大きな雷球がばらばらとクラーケンに降り注ぐ。

 大岩も砕く触手の一本が勇者たちに、ぶち当たる、

「ぐうあっ!」

 真夜を抱いたまま吹き飛ばされ痛みに呻くブレイブ、

 オリハルコンの発するシールドが、

 勇者たちを吹き飛ばす程度の威力に抑えた。

 別の触手がまた当たる。今度は予見していて、軽減できたが、

「何度も食らうと、オリハルコンが切れて直に食らってしまう」

 ブレイブは空中で触手を避け、

 真夜は『蜻蛉切り』を再び取り出して、

「あいつの上で放して」

 星空の黒髪がきらめく。

「わかった、真夜。その槍にミスリルを入れます」

 片手で『蜻蛉切り』にパワーを送る勇者の言葉にうなづき、

 真夜は『蜻蛉切り』を横にふるう、

 クラーケンの大きな触手は一本が容易に吹き飛ばされた。

 巨大な触手が落ちた衝撃が、ずーんと島を壊していく。

 休んでいた灯台も、それがもろに当たって崩れてしまった。

 しかしどうせ、人は誰も住んでいない。

 ブレイブはもう一度、高く浮かび上がり、

 真夜はトンと勇者の鎧を足場にしてそこから離れ、

 クラーケンのほうへ落ちていく。

 まっすぐ構えて、突く動き、強く突く、突く、

 ブレイブはうまく触手を避けて、

 急降下して真夜を再び抱く、

 そして着地する。

 ミスリルのこもった槍の攻撃は、時間差で、

 海底まで届き、クラーケンはその脳までも粉砕される。

 真夜が槍を持っていない方の手を振ると、

 槍は消えるように異空間にしまわれた。

 ザ・ブレイブはトドメとばかりに、両掌を斜めに組み、

「『エクスカリバー』ッ!」

 勇者から円の形に放たれる金色のオリハルコン、

 それがクラーケンに降り注ぎ再生を防ぐ。

 クラーケンの体はぼごぼごと爆発しながら消滅していく。

 耳をつんざく轟音に、真夜は両耳をふさいだ。

 島が崩れるということはないだろうが、

 それから衝撃が収まるまで、勇者は警戒しながら、

「島の上で戦うことになってよかった。ありがとう」

「うん」

 静かになり、安堵する2人。


 そこからはまた天候が穏やかになった。


 海の上、晴れ空。

 気を抜いて船首部へ行ってしまい、

 ばりばりばり、自分の重さで船を壊したザ・ブレイブ。

「うわっ、これはいかん」

 体を傾けながら、

「踏み抜いてしまう、マヨチン助けてください」

「船なんか借りなくても、私がエルフの里まで運べたのに」

 真夜が小さなこぶしで空をつかみ、

 振る、それは魔法と念力。

 勇者の足は船からすっと抜かれ、

 それ以上は、船を傷つけずに済んだ。

 勇者は「助かった」と言ってから、

「運ぶなど、まだ言っている、真夜。私の体は重いのだ」

「でも、運べるもの」

 2人は言い合いし始めた。

「運べやしません。一人だけで無理されたら結局困るのはみんなだ」

「一人だけで背負えば一人で済むのよ」

「いいや。お互いの力が最後まで必要です。仲間というのは、

 みんなで戦うものです。今後は油断しないようにしなければ……」

「意見をしないでよ。私に助けてもらってるのに」

 船の穴を指さす真夜に、ブレイブはすこし困り、

「こ……、これはそうですが」

「じゃあ、どうするの」

 着替えて身なりを整えたイフロムは、船外に出ており口を出す。

「ねえ、ブレイブ。そこの穴は、どうするんですか」

「ああ失敗しました。水が入ってこないで助かった。

 まあ、ゆっくりやればいいでしょうな……。

 大丈夫ですか」

「心配しないで」

「勇者様。テールヴィングを使ったの? 無理しちゃだめだよ。

 空でミスリルが切れたら墜落するから……」

 ジョンフラムはミスリル鉱石を勇者に渡す。

 鎧は輝いて鉱石を吸収した。

 うなづくザ・ブレイブ。

「分かっています。導師様」

 船はまた動き出した。

 そしてエルフの里に着き、パーティは、

 エルフ王に会うことが叶った。

 知人であるというイフロムが頼むと、

 簡単に伝説の馬を借りることができた。

 勇者たちの戦いはまだまだ続くが、

 きっと勝利するだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る