第14話 王と宰相の世間話 その1

 ここはシモン王国、王都シモンズにある王宮内の王の執務室。ニールたちがクラーケン退治に成功し、リュパンより旅立ってしばらくたった後。


「ふぅぅぅぅぅ……」


 最近ため息が多くなったジェイク国王は、宰相ブラッドリーからの報告を聞いていた。


「……で? マリアンネ姫は無事だったのか?」

「あぁ。影によれば、無事にベランジールへと到着したみたいだ」

「そうか……うちから帰る途中にクラーケンに襲われて海の藻屑、なんてことになりゃあ国際問題になっちまうからなぁ。ホント、護衛のエルフのねーちゃんには感謝しかねえ」


 シモン王国内で何かあっては大変だということで、こっそりと護衛をつけていたジェイク国王。万が一があってはそれこそ大変なことになってしまう。面と向かって護衛をつけると言わないのは、そちらの護衛を信頼していますよ、というポーズである。ただ、多勢に無勢ということも可能性としてはないわけではないということで、影から護衛ということにしていたのだ。


 謁見の間でマリアンネと対峙した時とは全然口調が違うが、素のジェイクはこういうべらんめえ口調の話し方であった。それも長い付き合いであるブラッドリーのみ知ることである。

 ブラッドリーの方も砕けた話し方を隠そうともしない。もともと王都の学院で同期の上、妙にウマの合う2人は政治の上でもパートナーという極めてまれな関係であった。よそ……たとえばフォイエルバッハ帝国というシモン王国の西側、ベランジール王国の北側に存在する国では、皇帝派と宰相派の権力争いが盛んであり、たびたび政治を妨げる要因となっている。またシモンの南側、ベランジールの東側にあるガンドルフィ聖国では教皇が圧倒的な権力を持ち、それにぶら下がるように総大司教や枢機卿といった上位カーストが支配する権力構造であり、上が下を従えるというよりも上の言うことに下が逆らえないといった、強者が弱者を虐げるといった形の政治形態である。腐敗が著しいのがガンドルフィの内憂と言えよう。ちなみにベランジールは、政治的にとても安定しており、王族も極めて良心的。平民に寄り添った政治を行えている。ゆえにマリアンネのような純粋でポンコツなのが、王族としてやっていけているのである。

 そんな中、学院の立場をそのまま持ち込めるジェイクとブラッドリーは極めて幸運と言えた。意見を対立させつつも妥協点を見いだせるという点で。


「いや……それがな、その場にたまたまニール殿が居合わせたようなのだ」

「ニール? とは誰だ? 俺の知っている人物か?」

「何を言ってる。ドラゴンスレイヤーの称号を与えただろうが。他ならぬお・ま・え・が!」

「お、おぉ……そうか……」


 ジェイクは思い出そうとするが、どうにも頭に浮かんでこない。頭を右にひねり左にひねりと端から見れば明らかに思いだせていない仕草を見せるジェイクに、ブラッドリーはため息とともに答えを教えることにした。


「……こないだ、リットン侯爵が引き取った娘がいただろう?」

「リットン……? あぁ、あの豚か」


 平民から見ても豚だったが、王族から見ても豚だったようだ。


「アイツ絶対いろいろ余罪あんだろ。とっとと処しちまおうぜ」

「バカなことを言うな。あれでも侯爵位だぞ。切るなら最高のタイミングに決まっているだろうが」


 処されることは間違いないらしい。


「で、だ。アイツが引き取った娘が、ニール殿の義娘なんだ」

「……なんでそんなことになってんだ? アイツが手籠めにした女が親だってのか?」


 不愉快そうに言うジェイク。だとすると、ニールが親になるってのが意味が分からないなとジェイクが思っていると、ブラッドリーが答えた。


「違う違う。ティファ殿はニール殿が昔付き合っていた女性が産んだ子供だ」

「? リットンがいったい何の関係があるんだ?」

「何の関係もない」

「はぁ?」


 実際は付き合っていないのだが、なにせ十何年前の話だ。細かいところがあやふやになるのも仕方がない。

 全く流れが理解できないジェイク。答え合わせはすぐにブラッドリーがしてくれた。


「単に『剣聖の親』というレアリティが欲しかっただけだろう。ちょっと前に、ニール殿とティファ殿が決闘をして、ティファ殿が勝ったという噂がたった」

「それなら俺も知ってるぞ……それがどうリットンと絡んでくる?」

「お前も知ってると思うが、後宮に引き籠って盛ってる発情猿のパーティは、利権でガチガチになってるのは知ってるだろう?」

「おぉ、バカどもが名誉欲しさにええっと……魔導師と聖女? だっけか。なんかいろいろ紐が付いてるのが選ばれてんな。実力はあるのかもしれんが」


 勇者ラウルの従者は剣聖、魔導師、聖女というパーティメンバーに食事や睡眠のバックアップスタッフでけっこうな人数になっている。全てが見目麗しい女性だ。戦えない者は裏で支えるという理屈であり、パーティメンバー並びにバックアップスタッフは勇者の下半身のバックアップもするというわけである。もちろん、子種が発芽すれば後々発言力が高まるという未来を夢見ているというわけだ。


「リットンはそれに食い込もうと考え、ニール殿からティファ殿の人生そのものを買った」

「……ニール殿はそれを了承したのか?」

「呆然としていたそうだぞ。しかもだ。決闘に勝ったってのも眉唾でな……調べてみると、噂の出所が子供だけなんだ。しかも、その決闘を見ていた」

「……大人は?」

「誰も信じてない。そりゃあそうだろう。インフェルノフォレストのモンスターを単騎で狩れるんだぞ。ドラゴンスレイヤーの称号は伊達じゃない」

「するってーとなにか? リットンはその子供発信の噂を真に受けて、ティファ殿を見受けしたってのか?」

「……誠に不本意ながら」

「大丈夫なのか? うちの国は」


 不安になるジェイクに、ブラッドリーは苦虫をかみつぶしたような顔で、


「極端な話、勇者が聖剣を魔王に突き立てることが出来るんなら、周りがボンクラでも全くかまわんわけなんだが……」

「……いったい猿はいつ後宮から出てくるんだ」

「今のところ、出てくる様子はないな。機嫌損ねてもなんだから、放置したままだが」


 勇者の機嫌を損ねれば、魔王退治をゴネられる可能性がある。シモンも他と同じく辺境から汚染が始まっている。澱んだ風が辺境を浸し始めており、呼吸がままならない土地が徐々に広がり始めていた。このまま放っておくことなどできないが、どうにかできそうなのは聖剣に選ばれた勇者だけなので、ラウルのやりたいようにやらせているのだが、未だその兆しは見えない。


「やれやれ……そう言えば、だ」

「ん?」

「それがニール殿と何の関係があるんだ?」


 盛大に話がずれて、何の話をしていたか分からなくなっていたジェイク。うっかりしていた! という顔をするブラッドリー。


「……いかんな、歳をとると。ようはマリアンネ様を守ったのは、たまたまその場にいたニール殿だって話なんだ」

「たまたま……?」

「そう。たまたま」


 王と宰相の世間話はまだ続く……


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 ニールは王国からマークされています。なぜ? ドラゴンを倒せる個人なんかヤバいに決まってるからです。

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