第13話 VSクラーケン

 遡ること数時間。

 デニスの港で三等船室の乗船券を手に入れたニールは、さっそくリュパン行きの船に乗り込む。航行予定は船で一泊して到着なので、しばらくどころかかなりヒマである。荷物をクロークに預け、ニールはひと眠りすることにした。

 三等客室は大部屋であり、眠るときは雑魚寝だ。部屋に入ると何人かが思い思いに過ごしていたが、まるで気にしないニールは人のいないポジションを確保する。


「ふぁぁぁぁ……ねみぃ」

『昼寝でもすりゃいいじゃろ』

「もとより」


 ニールはそう言い残すと、コロンと横になって眠ってしまった。






 どれだけ眠ったか分からないが、船が軽く揺れたことでニールは目を覚ます。


「……? なんだ?」


 一定のリズムの波とは少し違う揺れを感じたニールは、一気に目を覚ます。


「……襲撃か?」

『かもしれんの』


 内海には上陸できない島のほかにもいくつか無人の島があり、中には海賊が住み着いている島がある。海の上の国境を正確に区切ることは不可能であり、一般的には陸の延長上を境としているが、海にいる状態でどこにいるかなど把握できるわけはない。4か国合同の海賊討伐が行われたりするが、実際問題として国の面積に匹敵する内海を完全に掃除することなどできるわけもなく、魔王による汚染がないこともあり、いたちごっこはいまだ続いている。

 ニールが寝起きに思ったのは、そういった連中の襲撃である。船室で迎え撃つなど愚の骨頂であるため、船での白兵戦は甲板で行うのが常識であった。ニールはそのことを知らなかったが、ただ単に部屋で剣を振るのは窮屈だという理屈で迎撃のため甲板へと上がる。






 甲板に上がったニールを迎えたのは、客船の大きさを大幅に上回るサイズのイカの化け物。


「そりゃあ、あんだけでかけりゃ船も揺れるわな」

『ニル坊や。あすこのチビッ子が襲われとるぞ』

「んん? あぁ、ほん……あれ? あの後姿……」


 チビッ子の後ろに綺麗な銀の長髪をなびかせた女性がいた。真後ろからだが、どうにも見たことがあるような無いようなと思っていると、横顔がちらりと見えた。


「させるかぁ! 風よ! 我が意に従い、敵を断て! サウザンドエッジ!」


 銀髪の女性の周りに突如空気が揺らめき、風の刃がチビッ子に襲い掛かるイカの足を切断していく。


「おぉ~……ありゃあ、ノエラじゃないか」


 かつて死に場所を求め、空虚に世界をさまよっていたニールに、付いて回って来ていたエルフの精霊魔法剣士。


「相変わらずすげ~魔法使うな、アイツ」


 挨拶もなく別れて10年たつが、ニールについてこられる実力は今も健在らしい。むしろ発動スピードは高まっており、術者としてはレベルが上がっているようだ。

 ……などと分析していると「GYAAAOOOOOOO!!!!」とイカが吠え、切り落とせなかった足で、チビッ子に襲い掛かる。ノエラはと見てみれば、バランスを崩し、「姫様ぁぁぁぁぁ!!!」とか叫んでいる。かばえる体勢ではない。


「おっと、こりゃあいかんな」


 ティファの子育てをしていたせいか、子供がひどい目に合うのは気にくわないニールは、チビッ子救出のため少しだけ実力を発揮した。


 足の裏に魔力をため込み、爆発させた勢いでクラーケンとチビッ子の間に体を滑り込ませる。


 ―――縮地


 ハイレベルな攻防に欠かせない基礎技術。応用で様々な歩法が可能となる。魔法が使えないニールは、魔力コントロールとその応用技術、そして身体コントロールで高みに昇った。


 縮地と共に鞘に収めたままガリ婆へと魔力を流し込み、強度・切れ味を増強。体を割り込ませた後抜剣し、手首を柔らかく使いチビッ子へと向かってきていた足を斬り刻んだ。


「まったく……何の騒ぎかと出て来てみたら……クラーケンかよ」


 やれやれとばかりに頭をポリポリかいていると、後ろから声を掛けられる。


「お、お前……ニールか?」

「よう、久しぶりじゃねえの、ノエラ。相変わらず別嬪さんだな」


 10年たっても変わらない美貌。相変わらず異性関係がうっとおしそうである。呆然とするノエラがニールの手元に視線をやった。


「聖剣……?」

「ん……? おぉ……まぁ、なんだ。似たようなもんだ」

「はわわわわ……」

「んん? お嬢ちゃん、大丈夫か?」


 腰が抜けたのか、床にへたり込むマリアンネにかがんで視線を合わせ、気を使うニール。


「はうっ」


 作ったわけでもない自然な笑顔に、ハートを打ち抜かれたマリアンネ。王族のネームバリューが欲しくて、パーティーで近寄ってくる有象無象と違った対応に、そしてピンチを救ってくれた、まるで物語の英雄のようなその対応に頬が熱くなるマリアンネ。


 そんな歳の差ラブコメをぶち壊そうとするクラーケンは、いったん距離を取って、頬(?)を膨らませる。


「まずいっ! 痺れ墨だ! 何とかしろ! ニール!」

「なんとかって……」


 クラーケンのほうを見れば、もはや発射寸前に見える。痺れ墨を食らえば、全身真っ黒に染め上げられる上においしくいただかれてしまう。

 そんなちょっとした思考中に、ぽーっとしているマリアンネを回収したノエラは痺れ墨の射線から外れる。射線内にいる一般人に向かって「逃げろーっ」と叫んでいる。わらわら、おろおろと逃げ出す一般人。そして、クラーケンの正面にはニールただ1人。


「おいおい……ひどくねぇ?」

『どうも護衛のようじゃし、正しい行動じゃないかの?』

「しゃあねえな。いけそうか? ガリ婆」

『あたしゃをなんだと思ってんだい? 魔王に対抗できる聖剣じゃよ? たかがイカごとき斬れんわけないじゃろ』

「頼もしいねえ」

『あとはニル坊次第じゃよ。見せてもらおうかの。ドラゴンスレイヤーの実力を』

「……別になりたくてなったわけじゃねえんだがな」


 発射寸前かと思いきや今だ出てこないところを見ると、どうも痺れ墨を発射するためにはタメがいるようだ。


 軽口を叩きながら縮地の応用を使い、甲板を飛び出す。


 ―――エアリィステップ


 空中で縮地を行うことにより、空を走るという人外の技術。普通の冒険者にマネなどできない技術である。


 瞬時にクラーケンの頭上に位置どったニールは、重力に任せそのまま落下。わずか二本しか足が残っていないうえ、目の前にすべての人間がいなくなったクラーケンは判断に戸惑った。その一瞬が命取りとなる。


「あーらよっ」


 軽口のまま、ただ振り下ろしたエクスガリバーは、何の抵抗もなくスパァン! といったが、あまりの斬れ味に何も見た目が変わらない。ただ、動きが止まった。


「「「???」」」


 何が起こったか分からない乗客は、逃げ足が止まった。

 一瞬の時を挟み『ずるり』と中心がズレ、頭が徐々に開かれていく。


「「「えええええええええっ!!!??」」」


 巨大なイカが目の前で真っ二つにされたオーディエンスも驚きで叫ぶしかない。そのまま墨を海に撒き散らし、内臓をばらまきクラーケンは沈黙した。


「ぷはっ!」


 斬った勢いで、海に沈んだニールが海面に顔を出す。ニールはエクスガリバーをしげしげと見つめる。


『なんじゃい? あんまり見つめるでない。恥ずかしいじゃろ』

「……なんちゅう切れ味だよ」

『何せ聖剣じゃからな』

「全部それでいく気かよ」


 そんな傍から見ればただの独白をしているニールに、甲板から歓声が届けられた。


「……なかなかいいもんだな」


 かつては感じなかったその感情をとても心地よく感じるニールだった。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 この物語はコメディ要素もあります。

 姫はチョロいのが基本。

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