第12話 相変わらず別嬪さんだな

 内海―――山脈内の4か国すべてに面する、巨大な海である。全ての国へと航路が存在し、人や物がこの航路を使い運ばれている。面積は4か国に匹敵するほどのものであり、中央にはなぜか上陸できない島が存在していた。今だ学者たちがあーだこーだと学会で持論を飛ばしあっており、そして未だ結論は出ていない。


 そんな内海をある船舶が高貴な貴婦人を乗せ、ベランジール王国の港『リュパン』へと向かっていた。


「あ~……失敗しちゃったわ」

「ですねぇ。……外交官としては全く話にならないかと思われます」

「……言ってくれるわね」

「事実ですから」


 わりと軽快なトーンでぶつかり合う2人は、勇者の派遣を断られたマリアンネとその従者ノエラである。彼女たちは全く成果を上げられないままベランジールへの帰途についていた。今は甲板で風に吹かれながらのトークである。


「だいたいあれです、姫様。ぶちぎれて交渉を強制終了とかどういうつもりですか?」

「しょうがないじゃないっ! 頭に来たんだからっ!」


 地団太を踏むマリアンネ。歳は15と成人したばかりであり、ゆるふわ金髪に、ちょこんとのったサークレットが微妙にアホっぽい。背丈は同年代の平均より当人曰く「少しだけ低いのよ!」というらしい。周りから見ればはっきり「チビ」と呼んで差支えない。そのくせ胸周りは異常に発達しており、スケベな貴族が「いろいろ挟めそう」とありもしない不敬な妄想に浸るくらいにヤバいブツを標準装備している。

 初めての外交に鼻息荒く挑むも、あっさりとかわされたあげく、こちらから交渉をぶった切った。大陸の食糧の行方はマリアンネにかかっていたにも拘らずである。そんな大事な交渉をなんでこんな小娘がと周りが見れば疑問に思うだろう。実際シモンサイドもそのように考えていた。勇者のアレ具合を何とかしてごまかさなくてはならないと、プレッシャーでジェイク国王の胃がヤバかったが、拍子抜けするくらいあっさりとかわすことに成功した。……事態は全くいい方向には進んでいなかったのだが。

 ちなみに、凄腕外交官が同行しなかった理由は、マリアンネの根拠のない自信だった。


「私に任せておきなさい!」


 ドバーン! とばかりに腰に手を当てプルンとどこかが主張するスタイルで自信満々に国王陛下に進言。親バカがうっかり出てしまった『ギュスターヴ・ピエロ・ブランジール』は、


「よいよい。ならばお主に任せる」


 と判断ミスを起こした。顔は完全に好々爺であったとのちに宰相は語る。この顔の国王に進言すると「処す? 処す?」とすぐに言いだすので、周りは沈黙。このような経緯があり、初外交はマリアンネの双肩にかかったのだが……

 どこの国も大変なようである。


「だいたいなんです? アレ。姫様は何としても勇者の派遣を取りつけなくてはならなかったというのに……癇癪起こすの早すぎません?」


 マッハで終了した交渉。粘り強く交渉するつもりがまさかの1泊2日である。そりゃあ、姫専属護衛のノエラもため息をつくしかない。

 ノエラはエルフ族の精霊魔法剣士である。ベランジールには深い森が存在し、その中心には『世界樹』と呼ばれる、樹齢ウン千年の巨大な樹木が存在する。その森には澄んだマナが空気に混在しており、亜精霊と呼ばれるエルフを代表とする種族が住み着いていた。ノエラはそこにあるいくつかある集落の代表の1つの娘であり、そこからはベランジール王族の従者たる者たちが代々仕えていた。

 容姿に対しては言うまでもなくため息が出るほどで、昔は亜精霊狩りと称し人間に狙われていたが、時のベランジール国王が保護を申し出たことにより和解。その時から選ばれたエルフが、代々ベランジール王家に頭を垂れ忠誠を誓うようになった。ノエラは当代の守り人というわけである。

 病的にならないギリギリのラインでの肌の白さ、腰まで垂れる銀髪は光を通すと輝くほどの繊細さを持つ。顔の造作は言うまでもなく整っており、エルフには珍しくメリハリの利いたプロポーション。ノエラは周りと違うことを気にしていたが、周りは女性らしさで全く歯が立たず、怨嗟にまみれていた。


「……どうしよう」


 しょんぼりつぶやくマリアンネ。見ている分には可愛いが、事が重大すぎた。

 かける言葉が見つからないノエラは、ふと足元が揺れていることに気付いた。揺れは徐々に大きくなり甲板に出ていたものたちは立っていられなくなる。


「わわっ、なに? コレ?」

「! 姫様! 後ろ後ろ!」

「後ろ、って……」


 マリアンネが振り向いた先には、粘着感たっぷりの白い10本足。先端はとがり傘の部分には何やら球体がくっついている頭(?)。ぎょろぎょろした三つ目のイカの化け物。


『クラーケン』


「きゃあああああああああ!!!」


 腰が抜けて立てないマリアンネに向かって、触手のような気味の悪い足が捕獲しようと襲い掛かる。


「させるかぁ! 風よ! 我が意に従い、敵を断て! サウザンドエッジ!」


 詠唱を終えたノエラの周りに無数の風の刃が顕現。マリアンネに襲い掛かるクラーケンの足に向かって風は飛び出す。


「GYAAAOOOOOOO!!!!」


 何本かの足は切断できたが、まだ何本か残っている。精霊魔法を連発できないノエラは、次に襲い掛かってきた残りの足に対応できない。


「姫様ぁぁぁぁぁ!!!」


 船が揺られ姿勢が崩されている、ノエラはマリアンネをかばうこともできない。


(もうだめかっ)


 かばうことすらできない現状に、歯噛みするノエラ。余程悔しいのか、口の端から血が流れている。


「まったく……何の騒ぎかと出て来てみたら……クラーケンかよ」


 目に見えぬ斬線にて、マリアンネに向かってきた足はバラバラになった。何が起こったのかと呆然と見てみれば、中肉中背に赤髪の軽装の男がマリアンネの前に立っている。しかし、ノエラには見覚えがあった。かつてドラゴン討伐を勝手に目論見、自分が只見ているしかなかったその後ろ姿。


「お、お前……ニールか?」

「よう、久しぶりじゃねえの、ノエラ。相変わらず別嬪さんだな」


 かつて、ノエラが付いて回ったドラゴンスレイヤー、ニールの後姿がそこにあった。ニヒルに笑う男がその手に携えるのは……


「聖剣……?」


 決して一般人が持つことなどできないオンリーワンの剣がしっかりと握られていた。

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