第11話 王都を去る

 その後、世間話をいくつかして、ニールは執務室を出て行った。


「ふぅ~……」

「お疲れ様です。ギルドマスター」


 ことりとダミアンの前に入れたばかりのお茶が置かれた。一口すすると、喉が次々と吸収してゆく。だいぶ緊張していたらしい。


「ありがとう、リズ」

「仕事ですので」


 すまし顔で答えるリズに「可愛くないなぁ……」と思ったが、そんなことを言ったら余計な精神的ダメージを受けそうなので心にしまっておくことにした。


「あの方が本当にドラゴンスレイヤー・ニールさんなのですか? 娘に決闘を挑んで負けたという……」

「バカ言え。こないだ勇者と一緒に来た娘ごときにニールが負けるわけねえだろうが。何かあったんじゃねえのか?」


 噂を聞いたときは、ニールも歳をとったものだと感じたが、実際に面と向かうとそんな衰えは微塵も感じなかった。なので噂はガセだとはっきり断言できる。


「何かとは?」

「そんなこと知るか。少なくとも感じる覇気は10年前と全く変わってねえ。変わったと言えば……」

「言えば?」

「昔の虚ろさがなくなったことか。前見たときは、何もかもがどうでもいいというような雰囲気をまとってた。えらい別嬪さんを3人も連れておきながら、男女の仲も全く感じなかったしな」

「……」


 ぶっちゃけうらやましいと思ったくらいだ。いまだ独り身のダミアンはすきま風が身に染みるのである。

 クールすぎるリズの氷の視線に気づかないまま、ダミアンは続ける。


「聖剣を持っている以上、俺たちはニールに協力するほうがいいだろう。何やら秘密裡に動きたいようだからな」

「……それをする意味はあるのでしょうか?」


 リズは疑問だった。どうして秘密裡に行動する必要があるのか。


「……わからん。王宮には王宮の考えがあるんだろう。そういった政治の部分に俺たちが噛みこむとろくなことはない。剣聖がそう言ってるんだ。俺らは「分かった」と言ってアイツの邪魔をしないようにすればいいんだよ」


 王宮の考えとしてはそのまま見た通りなのだが、予備聖剣という存在を知らないことが、状況を混乱させてゆく。それでもニールの思い通りに動くというのは、なんとも皮肉なことか。


剣聖なのでは? 今剣聖と呼ばれているのはニールさんの娘さんだと思うのですが」

「あまり俺をなめるなよ、リズ。確かに一線は引いたが、引退したつもりはねえぞ。俺の目から見ても、ニールとティファ? だったか。格の違いなど比べるまでもない」


 何やら不穏な気配がダミアンから立ちのぼる。リズはうっかり忘れがちだが、彼も一線級の冒険者だったのだ。本来こんな言動許されていいわけがない。


「! ……すみません。たまに的外れなことを仰るものだから、つい……」

「ちょ、ひどくね!?」


 コケにされる理由はあったようである。






 もう夜も深くなってきて、酒場の冒険者たちもすっかりべろべろだ。明日が早い者や次の予定がある者などはすでに帰っており、デレクたちも見当たらなかった。不届きなことを考える者たちも。

 執務室を出たニールは、雑務カウンターでギルドカードを受け取り定宿へ帰ろうと思ったが……


「しまった……宿がない」


 シモンズへたどり着いたのが、夕刻だったうえにデレクたちが親切に案内してくれたものだから、宿をとることを忘れていたのだ。ギルドカードを作ってもらっている間に探せばよかったと今になれば思えるが、そう言うことに気付かないことは多々ある。それが人間というものであるとニールは悟っていた。


「どうすっかな……」

「ん? どうしたニール? もう帰ったんじゃなかったのか?」


 バックヤードから出てきたダミアンが声を掛けてきた。後ろには姿勢を崩さないリズがピタリと張りついている。


「いや……宿を取るの忘れててな。どうしようかと……」

「はっはっは! 冒険者のカンが鈍ってんじゃねえのか?」

「だろうよ……なんせ10年ぶりだし」


 剣墓まで日帰りで行ったわけでもなし、宿を取るなど旅人の常識なのだが、カンが鈍ったことにしようとしれっと嘘をつくニール。案外いい性格をしている。


「なんだったらギルドの仮眠室使えや。他の冒険者には内緒にしててくれたらそれでいいからよ」

「いいのか? そんな特別扱い」

「かまわねえよ。復帰祝いってことで」


 気風のいいセリフにちょっと感動したニールはお言葉に甘えることにした。


「んじゃ、俺は仕事上がるからよ。ゆっくりしてけや」

「失礼します」


 後ろ手にひらひらと手を振ると、ダミアンとリズはそのままギルドを出て行った。ふっとニヒルに笑うとニールはあることに気付いた。


「……仮眠室ってどこだよ」


 雑務カウンターで、やり取りを見ていた職員に聞いて、ニールはようやく眠りにつくことが出来た。






「……おせえな、アイツ」

「さっきギルドマスターとサブマスターが出てきたよな?」

「あれ? じゃあアイツもうギルドから出て行ったのか?」

「俺らも随分飲んでたからなぁ……ひょっとして見逃したんじゃね?」


 不埒な襲撃者たちは、ギルドから少し離れた路地から交代で夜通し、入り口を見張っていたが、結局ニールが出てくることはなかった。

 襲撃者たちは風邪をひいて、しばらくクエストに出られなかったらしい。

 それにしても彼らは運が良かった。もしもニールの前に立ち塞がっていたならば、腕と足が斬り飛ばされる未来しかなかったのだから。





 そんなやり取りがあった2日後、王都の大通りでパレードが行われた。ニールは適当な家の屋根の上から大通りを見物する。


『本当に義娘のパレード見ていくとはのぅ……』

「いいだろ、別に。こないだも言ったけど、情は移ってんだよ。ほどほどにはな」

『やれやれじゃの……』


 本気であきれるガリ婆をよそにパレードはスタートした。






 顔だけはいい勇者ラウルと外面だけはいい従者たち。まあなんというかパレードは盛況だ。


『どうじゃ? ニル坊。義娘の晴れ姿は?』

「いや……金かかってそうだな、ぐらいだな」


 ティファ以外興味がなかったニールは、ティファの恰好に注目した。

 白銀に輝くハーフプレート、なぜかミニスカートに腿までガードするグリーヴ。ひらひらした赤いマントをたなびかせ、まるで斬れるようには見えない装飾過多な儀礼剣を腰に差している。どうにも金はかかってそうだが、実用的ではない武具である。


「……なんだ、ありゃあ?」

『豪華絢爛という奴じゃの。金かかってそうじゃし』


 高い物が良い物という貴族の考えもろだしの典型であった。しかも、教えた剣術にまるで合わないのだ。あんな鎧を身に付けて、ニールの教えた剣術を扱えるわけがないと、ニールはガッカリした。


「……行こうか、ガリ婆」

『ん? まだ途中じゃぞ? よいのか?』

「かまわんさ。もう俺の義娘だったティファはいないみたいだ。アイツはただのそっくりさんだよ」


 もちろん、後ろにいる連中の思惑もあるだろうが、昔の素直なティファはもういないのだなと、寂しく思うニール。


「ハァ……子育てって難しいな」

『そういうもんかの』


 ガリ婆に子育てのことなどわかるわけもない。適当に相槌を打ったガリ婆は次の行先を尋ねた。


『まあ、ええじゃろ。で? まずはどこから行くんじゃ?』

「シモンは、勇者パーティがいるから別にいいだろ。まずは、一番遠いところだ。『ベランジール王国』って言ってな。内海を船で対角に向かった先がベランジールだ。たしか、『ウルカスキンナ』とかいう魔王がいるはずだ」

『何で遠いところからなんじゃ?』

「この国から一番遠いから」

『答えになっとらんのぅ……』


 要はただここから一番遠いところに行きたいという、感情に物を言わせたものらしいことはガリ婆もなんとなく察したので、突っ込むのは止めた。


「とりあえずいこうぜ。ここはいるだけで気分が悪くなる」


 そういうとニールは踵を返し、門へと向かう。行く先はシモンの中でただ一つの港町。


 ―――『デニス』

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