第10話 ギルドマスター ダミアン
「ちょっといいかい?」
ニールたちは声のほうを振り向いた。
「「え゛!?」」
「……ギルドマスター、だったっけ?」
ニールは気さくに答えるが、信じられないものを見る目で見るデレクとアンジェラ。
「おぉ! 覚えていてくれたか!」
「「え゛!?」」
ニールの答えにこれまた気さくに返すギルドマスター。
ごわごわのくすんだ金の長髪を首のあたりで適当にまとめ、頬と鼻に突いた大きな切り傷痕。体はそれほど大きくはないが、それでも女性の太ももくらいはあるムキムキの腕は未だ現役感を感じる。そんないかつい男が親しみを込めてニールに話しかけている。デレクとアンジェラ、そして皮算用をしていた不届き者たちも固まってしまっている。
―――王都ギルドマスター
大陸で4人、各国に1人しかいない大物である。実力のみならず話術に人格といった総合的なものがないと決して辿りつけない領域の存在である。そして平民の身分でたどり着ける立身出世の最高峰の1つだ。
「ええっと……俺に何か?」
「おぉ、そうだった。ちょっと執務室まで来てくれねえか? 聞きたいことがあってよ」
「ん。了解した。ちょっと待て」
そう言うとニールは食うことに集中してあっという間に残りを平らげた。そしてデレクとアンジェラに断りを入れる。
「すまんな。何やら用事が出来たようだ」
「お、おぉ……ギルドマスターの用件なんざ突っぱねられんだろ。俺らのことは気にすんな」
「……そうね。そうそう」
同席した者もどうしていいやらわからんらしいと判断したニールは、「良かったらこれで好きに飲み食いしてくれ」と言い、金貨1枚を置いてギルドマスターの後に付いていった。ニールがそのときある方向を一瞬だけ見たことに誰も気付かなかった。
残された2人は置かれた金貨を見つめて、
「……何もんなんだろうな。あの人」
「分からないけど……ひょっとしてすごい人なのかしら……」
「だな。……だいたい金貨1枚でどんだけ飲み食いできると思ってんだ?」
詫び料のつもりで置いていった金貨が思いのほか2人に衝撃を与えていた。おごられていない酒場の皆もほとんどの者がこう思った。
「何もんだ?」、と。
しかし酒に酔っていたこともあるが、欲にかられた者たちにまともな思考などあるはずもなし。ちょっと考えればわかるはずなのだ。登録したばかりの新人に、ギルドマスターがにこやかに声を掛けることなどあるはずがないということに。
「まぁ、座ってくれ」
「あぁ」
ギルドマスターの執務室まで連れて来られ、ソファを勧められたニールは大人しくそれに従った。ガリ婆は手の届く距離に立てかける。直後、温かいお茶がソファの前のテーブルにコトリと置かれる。そちらを向けばえらくクールな美人が、貼り付けたような笑みを浮かべて「どうぞ」と口にした。
「ありがとうございます」
ぺこりと優雅に頭を下げると、ギルドマスターの後ろへと目をつぶり、きれいな姿勢で立つ。……ピクリともしない。
「えーと……一応確認しておきたいんだが、ドラゴンスレイヤーのニールで間違いないだろうか?」
「……そう、だな」
「誰だっけ?」と名前が思い出せないニールは、ちょっと返答に詰まった。
返事におかしなものを感じたのか、ギルドマスターはさらに詰めよってきた。
「俺の名前、憶えているか?」
一番聞かれたくない質問にニールは動揺した。ニールの表情から名前を覚えてもらえていないことに何気にショックを受けるギルドマスター。
「……はぁ。ショックだわ。ドラスレかました剣聖に名前覚えてもらってないなんて」
「……すまん」
ギルドマスターの名は、『ダミアン』と言った。
「それで? 何もかもを投げ出したあなたがどうしてまた冒険者を?」
言葉遣いはあまりよくないが、ニールに対しては微妙に敬意が払われている。
「ちょっと旅がしたくてな。いろいろ回ろうと思ってるから、一番手軽に手に入るカードが欲しかったんだ」
「旅、ねぇ……」
ちらりとガリ婆を見るギルドマスター。ギルドマスターだけに戦いには精通している。異常な剣圧を放つニールの剣を見て、ある想像が思い浮かぶ。
(あのデザインにあの剣圧。まぎれもなくエクスカリバーじゃねえかよ)
勇者ラウルのパレードが近々行われることはもちろんダミアンも知っている。ラウルと面会したこともあるし、会話したこともある。魔王討伐に伴い、各地のギルドで便宜を図ってほしいと王宮から通達があったからだ。左右にいい女を侍らせ、肩に手を回し、おまけに乳を揉みながらダミアンと話をするラウルに、独り身をこじらせた彼はたいそう悶えた。
そんなクソなラウルが持っていた聖剣と感じる剣圧が変わらないのだ。それをなぜニールが持っているのかダミアンが疑問を持つのも不思議ではない。なのでダミアンは探りを入れた。
「こんなご時世に旅? やめたほうがよくねえか?」
「ダメだ……今じゃなきゃならない」
「……なぜ?」
核心に踏み込むダミアン。どこまで話すか迷ったニールだが、結局正直に話すことにした。よくよく考えれば、別に誰も困らないことに気付いたからだ。
「魔王がいるから」
すわった目で、しっかりと答えたニール。ダミアンは発言の意味を瞬時に読み解きにかかる。
(魔王がいるから、旅をする……だと? 持っているのは聖剣……! まさか……!?)
ひらめいたダミアンは、恐る恐る確認した。
「魔王に挑むのか……?」
ダミアンにはそうとしか考えられなかった。王宮はフェイクの勇者を大々的にアピールし、その裏でドラゴンスレイヤーで剣聖でそのうえ真の勇者であるニールを動かし、魔王の目を欺こうというのだ。つまり―――
―――勇者ラウルは表向きの勇者であるということ
「あぁ、そういうことだ」
ダミアンから見れば、おおっぴらにはできないが決意を秘めた瞳に見えるが、実際には言い逃れができなくて正直に話しているだけである。
壮絶なまでの行き違いだった。そもそも乳を揉まれて何も言わない従者が、なぜラウルといるのかとかおかしなところはあるのだが、ダミアンは正解を手繰り寄せたと確信してやまない。
「……わかった。目立たないようにランクを『F』にしておこう」
「感謝する……あ、そうだ」
ニールは先ほどの酒場での目線のことを思い出した。
「もし冒険者に街中で襲われたら……殺っちまってもいいんだろうか?」
「え?」
思いのほか物騒な発言がニールの口から飛び出したことに、思わず素に戻るダミアン。
「いや、だから……もし冒険者に襲われたら殺っちまってもいいのかって聞いてるんだ」
「……かまわんよ。どのみちランクが低いからって、そんなことするやつに未来はない。後始末が面倒だから、腕やら足を斬り落とすだけで勘弁してもらいたいもんだ。そのくらい楽勝だろ?」
「なるほど……生き地獄を見せるというわけだな」
「え?」
さらに物騒な言葉が出てきて、また素に戻るダミアン。
「それはそうだろう。冒険者しかやれない連中が腕やら足を失くすんだ。そんな連中が冒険者をやれるわけもなし。なかなかえぐいペナルティだ」
「あ、あぁ……まあそうだな……」
「いつの間にかシビアになったもんだな。冒険者というのも」
「おぉ……そうなんだよ」
10年は長いもんだなとのんきに思うニール。ギルドマスターのお墨付きが出たので、容赦なく斬りおとそうと思っている。
ちょっとまずいことになっちまったかもしれないなと思うダミアンだった。
首都のギルドマスターと言っても、強さがものをいう業界である。ほどほどの知恵を持っていれば及第点と言われるほど、大してウエイトは置かれていない部分であった。
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