第9話 冒険者登録、再び

 そんなこんなで、王都の冒険者ギルドにやってきたニールたち。特に路地裏に連れ込まれるとかもなく、まっすぐ記憶にある通りの道順でここまでやって来た。……というか門に近い大通りに普通に建てられているため、別に何がどうなるでもない。知らないという言葉を真に受けて裏に連れ込まれた時点で、デレクたちはアウトということになるだけである。


「んじゃあ、俺らはクエスト達成の報告があるからよ。ギルドに何の用で来たか知らないが、もう案内は大丈夫だろ?」

「ん? ……おぉ、助かった。ありがとう」

「なぁに。今度俺たちが困ってたら助けてくれよな」


「じゃあな」と手を上げて、カウンターへと歩いていく2人。とても仲がよさそうである。


(なんだか薄汚れた気がするな)

『初対面の人間を警戒するのはそんなにおかしな話ではないんじゃがのう……』


 どうも本当に親切で声を掛けて来てくれたみたいで、変な警戒をしたニールのほうが恥ずかしかった。この世に生を受け30年とちょっと、いろいろありながらやってきて、すっかりと汚れてしまったなと、ちょっとへこむニール。人を色眼鏡で見ていることを素直に反省し、もう少し人を信用しようと思った。


 ひとしきり反省を終えたところで、依頼の受理・報告を行うクエストカウンターの横にある雑事ブースへと移動する。雑事ブースで行うことは冒険者登録や仕事の依頼の受付、お金を預けたり引き出したりと多岐にわたる。

 登録によって配布されるギルドカードの効能は、街の出入りが無料になる、そしてギルドに預けてある預金を各地のギルドで引き落とすことが出来る。主にこの2つである。カードには名前、ランク、登録支部が書きこまれるが、そちらに大した意味はない。せいぜい冒険者がどこ出身ということが分かるだけだ。ニールのように故郷の国を出てシモン王国で登録すれば、シモン王国出身ということになるのであまり意味はない。


「冒険者登録をしたいんだけど」

「はいっ。念のために確認しておきたいのですが、あなた様は冒険者という職業の危険性を十分理解していらっしゃるでしょうか?」

「もちろんだ」


 すでに夕刻を過ぎた頃なので、登録や依頼受付などはほとんど来ない。雑事ブースで暇そうにしていた受付嬢に声を掛けると、急にピシッとして受け答えを始めた。プロフェッショナルである。見た目はアホそうだが、なかなかかわいい外見をしている。ニールには全く意味がなかったが。


「ではこちらにサインをっ。それで登録は完了ですっ」


 出された紙に渡されたペンでサラサラっと名前を書いたニールは、紙とペンを返す。


「ん~……はいっ、OKですっ。ギルドカードが出来上がるまで少しかかりますのでギルド内でお待ちくださいっ。あちらに軽食からガッツリ飯まで、ソフトドリンクからアルコールまでなんでもござれの酒場がありますので、よろしければそちらをごりようくださいっ♡ わたし、ティファニアといいますっ。酒場でわたしのお名前出していただけるとサービスしていただけますよっ」


「あざとい」。ニールはそう思った。しかも義娘と名前がニアミスである。この娘は自分の外見を理解し、効果的に利用している。なかなかのしたたかさだ。しかもギルドの売り上げにも貢献している。田舎から出てきたばかりの世間知らずの男がこれをやられれば、何か勘違いをしても仕方ないだろう。しかし、ニールにそんな小賢しい色仕掛けなど通じるわけはない。ムスコは未だ不活性状態。そもそも義娘と同じくらいの歳の子に手を出そうなどと思うわけもなし。

 ニールは知っているのだ。勧めてもらった受付嬢の名前で何かを注文してもらえるとバックマージンが発生することを。ただ受付嬢と揉めてもいいことなどないので素直に従うことにしたニール。


「あぁ、ではせっかくだから利用させてもらおう」


 クールに返した。


「は、はいっ」


 ティファニアの魅惑が通じないニールに、彼女は若干焦りを見せる。ニールはどこ吹く風である。


「あとコイツを預けておきたい」


 背負ったバックパックをカウンターに置いた。「どさりっ」「ぎしりっ」前者はカバンを置いた音、後者はカウンターがきしむ音である。カバンを開けるとじゃらりっとどえらい数の金貨が出てきた。道場を含む土地を売った代金である。二束三文でも構わないと言ったのだが、ちゃんと人付き合いをしていたので、適正価格で買い取ってくれたのだ。普段の行いはとても大事である。ちなみに金貨438枚。剣墓から王都までモンスターに遭遇しなかったのは不幸中の幸いである。


「は、はいっ。確認させていただきますねっ」


 ティファニアは「ひのふの……」と数えはじめるが、どう考えても今日中に終わるスピードではない。


「あの……できれば、カードに振り込んでおいてほしいんだけど……どれくらいかかる?」

「ひえっ!? す、すみませんっ、お手伝い呼んできますっ」


 パタパタとバックヤードへと駆け込んでいくティファニア。あざとさはすっかりと鳴りを潜めていた。目の前には放り出された山のような金貨。


「……ちゃんとしてほしいもんだな」

『お金って大事なんじゃろ?』


 お金など全く必要としないガリ婆でさえわかっていることを、あのアホそうなティファニアはわかっていないのかもしれない。仕方なしにギルド職員が帰ってくるまで待つことにした。後ろに誰もいないのだし問題ないだろうということで。






 もう日も落ちて、酒場は繁盛していた。今日のリザルトを精算し、端金や大金を手にした冒険者たちは、わーわーと騒ぐ。そんな奴らを端目にエールと今日のおすすめ料理を食べているカード作成を待っていたニールに、何やら近づいてくるものがいた。


「よぉ、ニール。用事は終わったんか?」

「ここ、いいかしら?」

「おぉ、どうぞどうぞ。今日は世話になったな」

「なに、いいってことよ」


 相変わらず人好きのする笑顔で返してくるデレク。当然一緒にいるのはアンジェラである。

 2人はニールと同じものを注文すると、ニールに聞いてきた。


「そういや、今日は何しにギルドに来たんだ?」

「ん? あぁ、冒険者登録だよ。家の商売を畳んだんでな。仕事しなきゃあならんし」


 別にウソは言っていない。門下生が1人もいない道場を開いていただけだ。


「あら……なんだか申し訳ないわね。余計なことをコイツが聞いちゃって」

「アンジーだって気にしてたろ?」

「……あとでお仕置きね」

「えぇ!?」


 本当にいいコンビだなと思う反面、デレクも大変だなとアルコールで若干浸された頭で、ぼんやり眺めるニール。


 ニールのようなおっさんが冒険者になるのは、だいたいそんな感じの理由が多い。あまりにおっさんだったり、不健康そうなら登録の際待ったが入るのだが、ニールが20代前半に見える風貌をしているためか、先ほども今もありがたい忠告をもらうことはなかった。


 しかし自分に自信がありすぎて、たかが『F』ランクと侮るものも割と多くいる。遠くから不埒な目でニールのエクスガリバーと、カウンターで出した大量の金貨の分け前を今から皮算用しているようなバカ者が。


 ガリ婆はきっちり仕事をしていたのだ。


 ―――虫寄せ、という仕事を。

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