第8話 親切な冒険者
時はパレードの頃まで遡る。エクスガリバーを鞘に収め(鞘は勝手にニールの腰にいつの間にか収まっていた)たニールは、ある目的のため王都シモンズまで来ていた。
やって来たのはいいのだが、街に入るための検問待ちの人が妙に長い。
「なんだ……? やけに人が多いな」
『なんじゃろうかのう? 祭りか?』
首を傾げるニールだが、前に並んでいた冒険者らしき男女2人が、その疑問に答えてくれた。2人とも20には届いていないであろう歳だと推測したニール。かつての自分を思い出し、少しだけナイーヴな雰囲気を醸し出している。
「アンタ、王都は初めてか?」
「いや……そんなことはないが、だいぶご無沙汰はしてるな」
ランクSになった時点で、強者を求め、この大陸を一通り回っている。王都シモンズにも顔を出したことがあった。ただ冒険者ギルドのギルドマスターと話をしただけなので、あんまり記憶に残ってはいなかったが。
全力を出し切って死にたいだけなので、普段の物腰はいたって普通のニール。もう1人の女性冒険者が会話に混ざってくる。
「近いうちに勇者様のお披露目があるのよ。あ、アタシはアンジェラって言うの。こっちのは、デレクね。よろしくお兄さん」
笑顔で、握手を求めてくるアンジェラ。ニールはそれに軽く応じた。
「俺はニールだ。よろしくな、アンジェラ。デレクも」
「おうよ」
ニカっと笑うデレク。何とも心地よい2人だなと思った。
「にしても……勇者のお披露目、ね……」
ニールはあの態度の悪いクソ忌々しいラウルの顔を思い出していた。もう関わりもなくなってしまったが、ニールなりにかわいがっていたティファを連れて行かれたあの日のことは未だに忘れられない。
不機嫌さが顔に出ていたのか、デレクもアンジェラも口を開くのをためらう。それに気づいたニールは即座に表情を作る。
「ニール……ひょっとして機嫌悪い? 勇者様のこと気にくわないの?」
「あぁ……ちょっと、な。ところでお披露目って何するんだ?」
かなり強引に話題を変更したが、幸いデレクもアンジェラも会ったばかりの人と揉めたくないらしく、その話に乗っかる。
「おぉ、そうそう。門から王城までは大通りになっていてな。そこを勇者パーティを乗っけて屋根なし馬車で、門まで行って帰るってだけのパレードをやるんだよ」
防衛的に王城まで一直線というのはどうだろうと思うニールだが、自分が心配するいわれもないので疑問は棚上げする。
「ほぉ……パレードねぇ」
『なんじゃい。興味があるのかい?』
(まあな。向こうは絶縁迫ってきたが、こっちからしたら可愛い義娘だ。晴れ姿は目に焼き付けておきたいな)
『物好きじゃのう……』
ニールはかわいく素直だったころのティファを覚えている。貴族を連れて絶縁を迫られた時は呆然とし、しばらくたつと激怒し、やがてどうでも良くなった。だがガリ婆に話しているうちに思い出したのだ。かわいい時期もあった、と。なので以前ほど無関心でもなく、かといって偏愛でもないというちょうどいい位置に、ニールの心は置かれている。
聖剣の持ち主に選ばれた場合、剣霊と口に出さなくても会話ができるというのは、剣墓で教えられた。いい歳をしたおっさんが独り言をつぶやくというのも、見られてしまうととても痛々しい。なのでしっかりと練習をしてからシモンズまでニールはやって来たのだ。練習の成果は今のところ順調だ。
「このペースで、検問終わっても見る時間あるのかな?」
「大丈夫じゃないかしら。いついつというのは発表されてはいないけど、発表されていたらもっと怒号が飛び交うわよ」
「だよな。だから大丈夫だよ、ニール。たぶん見物できるさ」
2人にはすでにパレード見物をすると思われているようだが、まあ特に間違いでもないし、ついでに見物していこうと思うニール。アレコレ世間話をしているうちに、デレクたちの番が来て冒険者の証明であるギルドカードを見せてさっさと通過した。ニールも入街税銀貨1枚を払い、街へと入る。
「ようこそ、王都シモンズへ。楽しんでいってください」
門兵の何気ない一言が、ニールにはとてもうれしかった。
左右どこまでも続く壁にくりぬかれた小さな門を抜ければ、そこは王城へと続く大通り。遠くの方に王城がそれなりに大きく見える。この距離でそれなりだと、かなりの大きさだろう。
今回ニールが用事があったのは冒険者ギルドである。世界を股にかけるこの組織は、それこそどこにでも影響力が及んでおり、何より一番のメリットは街へ入るための税免除と、越境が簡単になるというものだ。この大陸、といっても国自体は全部で4つあり、北と東の国境は外海、西と南の国境は壮大な山脈と向こう側に何があるのかはまだ判明していない。厳密に言えば外海はともかく、山脈の向こう側にも大陸は続いているかもしれないのだ。だが一般的に大陸とは山脈の内側までをそう呼んでいる。つまり冒険者ギルドの影響が及ぶのは山脈のこちら側だけであり、また外海より内側のみである。それでも一般的な移動は馬車という現実である以上、山脈や外海の向こう側など知る必要のないことである。
各地に散った魔王に相対するため、そのメリットを欲したニールは、投げ捨てた冒険者ギルドのギルドカードを再び手に入れるために、剣墓から一番近かった王都シモンズへとやって来たのだ。別にランクなどにこだわる必要はない。一番最低の『F』で充分なのだ。むしろ『S』の称号など邪魔なだけなので、こっそり登録しようとニールは思っていた。
記憶に残る冒険者ギルドに向かおうとすると、すぐ近くから声を掛けられた。
「よぉ、ニール。これからどこ行くんだ?」
声のほうを向くとさっき話をしていたデレクとアンジェラのコンビである。ニールは不思議に思って聞いてみた。
「いや……もし案内がいるんなら何かの縁だしどうかと思ってな」
「そうそう。これからどうするつもりなの?」
えらく親切な冒険者だなと思わなくもなかったが、逆にニールは不信感を持った。冒険者という生き物は、商人ほどではないが利益を求める者である。それも、最小限の努力で最大限のものを、だ。自分の命を常に張り続けるため、できるだけ良い物を手に入れておきたいという、商人とは別ベクトルの欲深な生き物なのである。ニールは自分の手持ちの中で何が他人の欲を刺激するかを考えたが、彼らの目線がチラチラ腰のものに注がれている。
(ははぁ……こいつらガリ婆が欲しいみたいだぞ)
さっき親切な振りして声を掛けてきたのはそれでかと思い至り、なんだかがっかりしたニール。
『こやつらにあたしゃが扱えるわけなかろうが』
(使えなきゃ売りさばこうとするんじゃねえか?)
ニールは自分のカッコを改めて思い浮かべた。白の長袖シャツに黒のベスト。心臓のみ守るための革の胸当て。深い緑のズボンに革ブーツ。そんなカッコのやつが腰に佩いたキラキラした聖剣。……間違いなく虫寄せになっていると確信したニール。
なので、2人にこう言ったのだ。
「これから冒険者ギルドに登録に行きたいんだけど、良かったら案内してくれないか?」
「お、じゃあこれから俺たちも行くからよ。一緒に行こうぜ」
「あぁ。よろしく頼む」
「いいってことよ。困ったときはお互い様だ」
「お前らいいやつだな」
苦笑いと共につぶやいたニールに、苦笑いを返してくる2人。
「良く言われるわ」
そう言って前を先行し始めた2人に付いていくように、ニールは後を追った。
(さてさて、鬼が出るか蛇が出るか)
トラブルすら楽しむ図太いニールを他人が見れば、自殺志願者などと誰も思わないだろう。
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