腐土の魔王「ウルカスキンナ」と豊饒なる大地の聖剣『エッケザックス』篇

第7話 パレード

2019・1・3 改稿


 ―――かつてこの大地には魔王によって腐臭が漂っていた。毒の沼地がそこかしこに存在し、植物からはみずみずしさは失われて久しく。魔王が行ったものはそれだけだったが、生存圏を脅かされた人は少しずつ、理性を奪われる。徐々に限られてゆく食料をあさましくも奪い合う人々。住める場所は徐々に削られていき、やがて暴力をためらわない者たちが台頭してゆく。ためらいを持つ人間らしき人は、食い物にされ慰み者にされる。


 ―――そんな地獄を生み出した者の名は、腐土の魔王『ウルカスキンナ』。人型の魔王であり、外見的には普通であったという。ただ肌の色が灰色であったこと。そして肘や膝、頭部に鋭い角が生えていただけで。


 魔法の実力自体は大したことはなかったが、それでも魔王を名乗るだけあり魔力は莫大。何より圧倒的だったのはその膂力。


 ―――拳を大地に突き刺せば、底が見えないほどに裂け

 ―――蹴りを放てば、空気を引き裂くほどの鋭さ


 只人の身で敵うことはないだろうと誰しもが絶望した時、腰に剣を佩いた1人の少年がウルカスキンナの前に立ちはだかった。


 その腰に佩く剣の銘は後にこう呼ばれる。


 ―――豊饒なる大地の聖剣『エッケザックス』と。






「ありがとう! きっと僕たちは魔王を倒し、世界に平和を取り戻してみせる!」


 わぁぁぁ! と沸く観衆。シモン王国王都シモンズでは、勇者たちのお披露目パレードが行われていた。勿論、国内外に対するアピールのためだ。シモン王国では、勇者の活動のため、ある税が国民に追加で課せられるようになっていた。

『魔王討伐税』というものであり、要は勇者が魔王討伐に金銭を気にせず集中できるように、税を徴収し始めたのだ。当然反発はあったが、実際問題シモン王国の辺境では空気が汚染され始めていた。そのため、辺境にある開拓村は放棄せざるを得なかったのだ。しかも、その範囲が徐々に狭まり始めていることも確認されている。今すぐにどうこうなるということではないのだが、近い将来どうなるかなど誰の目にも明らかだった。


 そんなところへ現れた、聖剣エクスカリバーに選定された勇者ラウルは、彼らの不安払拭に一役も二役も買うことになる。勇者の人柄など知らない民衆は、結果として税を払うことに対する不満は取り払われた。税の取り方は、普段の買い物に銅貨1枚を追加するというものだが、これをちょろまかす者はほとんどいなかった。施行された初期の頃は、徴収した商会が懐にこっそり入れたりしていたのだが、内容が内容の税なので目を光らせていた官僚にあっさりとバレ、一族郎党首つりという見せしめが行われた。いくらなんでも無茶な話なのだが、目的が勇者支援であるため『自業自得』の雰囲気が国民に蔓延し、勇者に協力することは当然という空気が流れ始めた。


 というわけで、パレードの目的は成功。パーティメンバーの見目麗しさも手伝って、国に対する不満は取り払われた。


 ―――ただ、それは国内だけの話だ。






「どうしてなのですかっ!?」

「そうは言われてもな、マリアンネ殿。我が国としても、まずは足場を固めねば……」

「ならば、我が国はどうなっても良いというのですかっ!」

「……すまぬな。勇者には極秘任務を与えておるのだ」

「何を秘しているのですかっ!?」

「それを言うわけにはいかぬのだ……」


 激昂しているのは、『ベランジール王国』の第3王女『マリアンネ』であった。ベランジールは現在、大地が腐敗するという現象が発生している。シモンと同じく辺境からではあるが、シモンと違うところは食料や薬の材料、武具の素材などが汚染地域では手に入らないということだ。一番の食糧庫である『ガンドルフィ聖国』との国境は侵されてはいないが、シモンと同じくいつかはどうにかなってしまう。

 状況を打開するために、まずベランジールの魔王討伐のための勇者の派遣を、お願いしに上がったのだ。

 ベランジールは食糧を各国に輸出している関係上、シモンも無関係ではいられないのだが、どうにもジェイク国王の歯切れが悪い。

 だいたい、極秘任務とはなんなのだろうかと。勇者は堂々と正道を行く者だとマリアンネは思っていたのだが……


 埒が明かないと考えたマリアンネは使者としては最悪の決断を下す。


「もう結構ですっ! 行くわよ! ノエラ!」

「……はっ」


 そう言い残すと、怒りを隠そうともせず、『プンプン!』という感情を背中で表現しながら、謁見の間を後にした。


「……ワシは判断を間違ったのかのう」

「現状、そう言わざるを得ないのではないでしょうか」

「じゃよなぁ……」


「ハァァァ……」と辛気臭いため息をつくジェイクを不憫に思う、宰相『ブラッドリー・ジ・オリスト』は、現状を憂う。


 平たく言えば、「俺たちは絆を深める!」とか言って、後宮へと仲間たちとともに引き籠ったのだ。籠って何をしているのかと言えば、まあ言うまでもないだろう。


 ―――ナニをしているのである。


 興奮を高める香を焚き、いつでも発情状態。子でも仕込むのかと思えば、種や卵を不活性にする通称『避妊ポーション』を使用し、快楽にふけるのみ。なんの生産性もない堕落しきった生活を送っているのである。今では、パーティメンバーのみならず、世話役の侍女にまで手を出す始末。絆を深めるのではなかったのかと思う王宮勤めの皆さんだったが、避妊ポーションの効果により子供ができる心配がなくなっているので、全く歯止めがきかない。そんな怪物がシモン王国の後宮に入り込んでいるのである。本来後宮は王のものであるはずなのに、だ。機嫌を損ねるわけにはいかないジェイク陛下はほとほと困り果てていた。ちなみにこのことについては箝口令が敷かれている。破ればすぐさま、本人は何もされないが家族が首チョンパといううれしくないご褒美が待っている。


「どうしたらいいのかのう……」


 縋るように見つめられたブラッドリーは、こう言うしかなかった。


「……とりあえず様子を見ましょう」


 先送りにするしかなかった。ラウルの首をぶった斬ったところで、再び選定をしなければならないうえに、勇者が殺されたと国民に不安をバラまくことになる。そもそもすぐに見つかるかどうかは、神のみぞ知るというところであり、現状魔王は降臨し、大地は侵され続けている。もはや猶予などないのだが、ラウルにそのひっぱく感は全く伝わらない。言うことを聞かせられればいいのだが、何より聖剣に選ばれたという事実がどうしようもなく重い。王の権威などまるで紙である。


(世界はどうなってしまうのだろうか……)


 このままだと、終わってしまうなとまるで他人事のように思う、ブラッドリーだった。

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