第5話 剣に向かってここに来た理由を話す ~魔王出現の報まで~

 ニールはここよりはマシだろうということで、いつも素材を卸す街『フレースヴェイク』へと住居を移すことにした。ヘイデンからの手紙の内容を丸呑みしたわけではないのだが、実際ティファは単身こんなところまで来ているわけであり、さすがに追い返すという選択肢は、いかに世を儚く思っているニールとて取れるはずもなかった。

 ここは森に近い辺境ではあるが、警戒しているのは他国ではなくインフェルノフォレストであり、敵国兵士ではなく森から出てくるモンスターであった。だが街の機能は一通り揃っており、ティファを育てるには都会すぎず田舎すぎずちょうどいいのではないかとニールは考えた。


 だがしかし、ニールは悩んだ。無職の義父とはどのように見られるのかと。子育て資金には不安はなかった。ドラゴンスレイヤーと呼ばれるまでいくつも依頼をこなしてきたのだ。特に散財する趣味などなく、そもそも勃たないので女性に入れ込むこともない。なのであまりお金を使わなかったのが幸いした。とはいえ無職の親父は世間体が悪いということで、こりもせず再び剣術道場を開くことにしたのだ。ここは辺境であり、モンスターとの最前線。これより森に近い村は実質防衛ラインとはいえず、実際はフレースヴェイクがそれを担うことになる。なので需要はあると思っていたのだ。






 街に住むとはいえ、貴族たちの子息子女が通うような学院に通えるわけではない。街に住む平民でかつ家を継ぐ予定がない者は、街の私塾で読み書きと簡単な計算を習うか、コネがある者は商会で商人の修行を積んだり、工房でものづくりの修行を積んだりする。そもそもコネがなかったニールは、必然ティファを私塾へと通わせることとなる。ティファはここへ来たころはあまり表情が豊かではなかったが、徐々に友達もでき夕食の頃には塾であんなことがあった、こんなことがあったと楽しそうに話すまでになった。

 

 一方でニールの道場は閑古鳥が鳴いていた。理由は簡単だった。


 ―――指導されても意味が分からない


 例の擬音指導法がまたしても足を引っ張った。商店街では数々の森の素材を卸すために腕の良い狩人と認識されていたのだが、『教え下手の天才』としての噂も広まっていたのだ。その噂を広めたのは村で成果が出せなかった者たちであり、中央のようにあれやこれやと話題に事欠かない場所ではなく、話題に乏しい辺境であることも災いした。そしてそれは……やがて子供の環境を犯してゆくことになる。






 ニールはティファに自分の剣術を教えていた。幼いころのメイにそっくりなので、間違いなく異性関係のトラブルに巻き込まれるだろうと思っていたからだ。

 塾が休みの日は森まで行って、ニール指導の下モンスターと戦わせた。塾がある日は道場で稽古をつけた。噂が蔓延する前はティファも素直だったため、しっかりと言うことを聞き、砂が水を吸うように、それこそメイと同じように剣技を吸収してゆく。


 いつしかニールは確かに親となっていた。子を慈しみ、子供のために自分を犠牲にしてゆく。もともとが何もなかったのでニール自身そんなに変わったとは思っていなかったが、商店街の皆さんはそんなニールの変化を好ましく思っていたのだ。ニールは確かに「愛」というものを無自覚に与えていた。そして与えてもらっていた。何を置いてもまずティファのことを考えるようになり、強さと同時にもう一つ教えておかなくてはならないことがあると考え、「お金」に関する感覚を身につけさせようと思ったのだ。どんな職に就くにせよ、金銭感覚は大事である。なので、当然湯水のように使うのではなくやりくり上手になることに越したことはない。当たり前の感覚を身につけさせようという考えはそんなにおかしな話ではなかった。


 ―――だが、それがニールの悪い噂と絡むと妙な感じに反応してしまった。






 私塾とはいえ、通う子供の家庭環境に貧富の差は確かに存在した。ろくに小遣いももらえない子から、ほぼフリーハンドの裕福な子まで。ティファに与えられた小遣いは中ぐらいだったが、そこへ不愉快な言葉がティファに届く。


「ドラゴンスレイヤーなんて嘘っぱちなんだろ?」


 大人たちには常識でも、それを実感できない子供の目線から見れば、はやらない道場の師範を名乗っているだけの不甲斐ない大人である。ただ面と向かって本人に言うわけにもいかないので、その矛先は義娘のティファへと向くことになる。またニールはティファが妙な誤解をするといけないと考え、自分など大したことはないと明言してしまっていた。そして人に剣を向けてはいけないとも教えていた。しかし子供に我慢しろと言ったところでできないものはできない。結果としてニールを嘘つき扱いしたその少年はティファが持った棒切れで滅多打ちにされ、ぼろきれのようになってしまう。


 その一件以降、ティファを取り巻く子供が現れ始めた。ただ親が裕福なだけのバカな子を打ちのめしたヒーローとして。そしてニールが知らないうちに、ティファは傲慢になっていく。家ではいい子で、外では悪ガキとして……






 やがてガキ大将として頭角を現してしまったティファは、ある子分の一言でニールに挑むこととなった。なんやかやで14歳の頃である。


「今ならティファさんのほうが、親父さんより強いんじゃないすか?」


 高くなりすぎた鼻とプライドは、やがてニールをバカにするようになっていった。相変わらず増えない、というかいない門下生。ご近所さんとはうまくやっているようだが、食事のおかずも貧相でおすそ分けをしてもらって凌いでいるとティファは思っていた。

 実際のところは、ティファを塾へと送り出した後森まで行って素材を入手、ティファが帰ってくるまでに何事もなかったかのように家にいるという生活を送っていた。帰ってきて誰もいないのはさみしいだろうというニールの親心だった。なので物乞いなどもってのほか。なんだったら街に貢献しまくりなのだが、子供は普段親が何をしているかなど知らないのだ。勿論おかずが貧相なのは、贅沢を子供の内から覚えるのは良くないというニールの親心だ。だがそんなニールに対するティファの印象は、いつも家でゴロゴロしている剣が妙にうまいおっさんというものであり、尊敬する対象ではなかった。なので子分たちに持ち上げられたティファは、ニールに決闘を申し込んだ。


 困惑するニールだったが、子供たちの手前、ティファに恥をかかせるわけにもいかないと考え、決闘を受けることにした。そして……


 ―――ニールは負けた


 勿論、子供たちの前でティファに恥をかかせるまいという接待決闘だったのだが、勘違いもここに極まれりとばかりに沸きに沸く道場。そしてそれは子供たちの口を伝い街へと、そして国の中枢へと広がっていくことになる。本当かどうかは別として。






 魔王出現の報と時を同じくして、駆け巡った『ドラゴンスレイヤー、破るる』の噂は瞬く間に広がった。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 次でたぶん終わるんやぁ……

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