第3話 剣に向かってここに来た理由を話す ~義娘がやってくるまで~

『……で? その後どうしたんだい』


 わりと優しいエクスガリバーはニールに続きを促す。ニールは渋々と言う態度を取りながらも嬉々と話し始めた―――






 ニールは気が付けばクロックフォードの隣の街『レーンクヴィスト』にやって来ていた。街を離れるときは必ずギルドに連絡を入れなければならないのだが、連絡したかどうかも覚えていなかった。

 とりあえずの宿を決め、冒険者ギルドへと向かうと金にならないがそこそこ難易度の高い依頼がいくつか残っていた。ニールはそのうちの1つを取る。


 ―――跳ねウサギ(角付き)の討伐


 討伐対象となるのは主に人を襲うもの、あるいは食料を荒らすものが主にあげられた。跳ねウサギは食糧を荒らすものに分類されるのだが、たまに亜種として角が付いている個体が存在する。かなり好戦的で動くものに対し角をつきだし刺し殺すモンスターとして、稀に依頼が出されていた。この亜種はどちらにも類するモンスターであるため、早急な対処が必要とされるのだが個体が少数であることと所詮は跳ねウサギでもあるためランクもそれほどでもなかった。それに加え依頼が僻地の廃村寸前の場所であるため、街から遠く不便で達成しても足が出ることなどから放置されてきた依頼であり、そろそろギルドとしても何らかの対処をしなくてはならないところにニールが受付で手続きをしたのだ。


 受理できる依頼は、自分のランクに対しプラスマイナス1ランクとなっており最低は『G』となっている。ニールは『E』ランクであり『D』までの依頼は受けることが出来るのだ。跳ねウサギの討伐は『D』であり、ぎりぎりニールが受けられる範囲の依頼だった。


 メイに対し劣等感を感じていたニールだったが、べつにEランクとしての実力は普通にあった。だがニールの場合、臆病な性格がランクに見合った実力を出せなくさせていた。しかし今のニールにはある変化が生じていた。


 ―――もうどうでもいい。


 投げやりな気持ちが臆病さを打ち消した。メイを残し死ねないからと必要以上に慎重になっていたニールだが、先日の一件でそれは解消された。それどころか、もう生きていても仕方がないと、死に場所を求めるようになったのだ。

 防具もつけず、剣をゆらりゆらりと揺らしながら、目撃証言のあった村の畑や近場の森をうろつく。襲ってくる手軽なモンスターは紙一重でだるそうにかわしていく。ついでとばかりにモンスターの動きに合わせ、刃を立てる。勢いのままニールの側を過ぎたモンスターがすっぱりと斬れていく。これがニールの我流剣術の始まりとなる。

 気持ちが投げやりであるが故、傷ついても構わないとばかりに動きは必要最小限に。覇気も何もあったものではないので、攻撃すら最小限になっていく。だがその一筋は必殺。その動きが洗練された後、他人が見たその動きにはいつのまにか名が付けられるようになった。


『フェアリィダンス』


 まるで、夢うつつのごとく現実的ではないその動きに、妙な名が付けられるのもある意味当然と言えば当然だった。

 跳ねウサギの行く末など言うまでもなかった。





 そのように暮らしているうち、本当にいつの間にかいつも一緒にいる冒険者がいることにニールは気付く。


 ―――やんごとなき血筋をひく13歳の盾騎士パラディンは、ニールの強さに憧れて。


 ―――エルフの血を引く精霊魔法剣士は、ともに戦い背中を預けられる仲間として。


 ―――失われた剣製術を蘇らせたいドワーフの鍛冶師は、いつか自分が作った剣を振って欲しくて。


 ―――教会から追放された7歳の元聖女は、奴隷落ち寸前のところを助けられて。


 妙に儚いニールの生き方に母性が刺激され、何とかしてやりたいとあの手この手で迫るものの、彼の独特な剣術のようにのらりくらりと躱され続ける。


 いずれも誰はばかることのない美少女達。『ニールハーレム』などと陰口を叩かれるほどの目立ちっぷりだった。だが、彼女たちがニールのお手付きになることはなかった。7歳の元聖女はさすがにどうかと思うが。






 ニールはかつて見た幼なじみの乱れっぷりに、精神的にやられたのかある現象が発生していた。


 ―――勃たないのである。


 いつの間にか戦いの中、全力を出し切ってなお勝てない相手に殺されたいと思っていたニールだが、せめて「いい人生だった」と言って死んでいきたいとは思っていたのだ。明らかにかなわない相手に向かって行かなかったところは、死にたいとは思っていても犬死だけは本能的に嫌がったのかもしれなかった。

 さすがに童貞は恥ずかしいと、娼館へ幾度となく通ったニールだったがどれだけ売れっ子さんの美人であろうが、息子はピクリともしない。なんなら縮こまって皮をかぶるくらいである。当然娼婦は激怒し、プライドをいたく傷つけられたと店に出入りは禁止される。ニール的には理不尽な扱いだと思ったが、すでに下された沙汰に異論など出せるはずもなく、あえなく出禁を受け入れたという過去がある。

 そのようなニールであったため、いつもの連中と常に一緒にいたところで色気のある展開などあるはずもなかった。ただ息子が勃ちあがるのは、いつだってヘイデンとメイのことを思い浮かべたときという何とも業の深い話であり、メイが特別だったという何よりの証左となってニールにのしかかることとなる。






 その後も着々と討伐を成し遂げていくニール。そしていつか死にたいと願うと同時に、強者と戦いたいという戦闘中毒者バトルジャンキーと化し、ついに龍殺しを仲間(?)の前で成し遂げた。仲間たちは戦闘には参加していない。実力が足りないこともそうだが、単純にニールが怒るからである。目の前の出来事が信じられない仲間たちをよそに、ニールの心には1つの風が吹き込んでいた。


 ―――俺を殺してくれるような存在はいったいどこにいるというんだ?


 ドラゴンとタイマン出来る人外に挑もうという人種はいない。だがドラゴンほど皆に知られており、なおかつ最強と歌われるモンスターもまた存在しない。伝承にあるような古代龍や不死鳥などどこにいるかもそもそも生存しているかどうかも分からない。

 ニールの強者を探す旅は暗礁に乗り上げることとなった。





 最強モンスターの一角を討伐してしまったことにより、ニールにはランク『S』の冒険者等級と『ドラゴンスレイヤー』の二つ名が与えられ、仲間(?)たちにも『A』の等級が与えられる。だが、ニールはすぐにその称号を返し、冒険者を辞める旨をギルドに伝えた。


 ―――こんな称号に何の意味もない、と


 Sまでたどり着いたことにより、いつか何者かがという希望を見失ったニール。当然ギルドや国は思いとどまるようにと説得にかかるが、なしのつぶてで暖簾に腕押し。手ごたえも何もなく途方に暮れている所へ1つの報が告げられた。


 ランクS冒険者にしてドラゴンスレイヤーニール、所在不明。


 ニールは面倒臭くなって、とっととバックレたのだ。ニールの強さに助けられ、憧れ、惹かれた者たちを置き去りにして。


 行先は『インフェルノフォレスト』。文字通り地獄のような森であり、人類の生存圏などありはしない果ての果て。世間に興味のなかったニールの耳に入ってきた、噂をあてにそこへと向かったのである。


 森はいくつかの国境をまたいでおり、国ごとに1つづつ辺境の村がぽつんと存在していた。防衛のためではない。異変を察知し、すぐさま国の中枢に報告するためだけの村。こんないつ滅ぶか分からないところに住む者などほとんどおらず、貧乏くじを引かされた国の兵士がいるだけの場所である。


 そんな村の片隅で、ニールは稽古がてら剣を振り始める。愚直に、型どおりに。メイと組んでいた時からの日課はいまだ続いていた。メイたちを思い出すことはあまりなかったが、それでもこの時だけはあの日々を思い出すこともあった。今だ女々しいと思いながらもそれを直そうともせず剣を振る日々を送ることとなる。食糧調達のため森に入る変人として徐々に村の兵士たちの関心を寄せ始めた。そんなこと、ここに駐屯している兵士にはできないことだからである。


 当然その報告は国の中枢に行くことになるのだが、ある意味防波堤の役割をするだろうと国は黙認した。ニールも食事を彩るための野菜や調味料などを入手するため、森で手に入れた素材を一番近い街に卸すようになる。

 冒険者ギルドの庇護下にはないためギルドとのパイプはないが、こちらも国と同じくモンスターによる災害を、未然にしかも無料で防いでくれているとの認識をしていたのでこちらも黙認。ギルドで対処できない何かがあれば頼ろうぐらいの感じでいた。そんな距離感でニールの周りは彼を見守ることとした。利用したと言ってもいい。


 いつしかニールは村で兵士に稽古をつけてほしいと言われ教えてみることにしたのだが、致命的な欠陥があることが判明した。教え方が下手なのである。


「ガッとしてシャッとなってドピュッだ」

「シュッとなってザッと決めてニュルッだ」


 擬音で表現する指導者は別にニールだけではない。そんな師範がいる道場は速攻つぶれてはいたが。何人かは理解できる者は居た。だが最後のフィニッシュの部分になぜか入ってくる生っぽい音がどうしても理解できない。剣の稽古でなぜあんな擬音がでてくるのか。ただカッコだけマネしてもニールのように結果が出ないので、ある程度強くなったら見て学ぼうと、できる者たちはそんな教え下手のニールを師匠と慕った。だが自分で強くなろうとしなかった者たちのほうが圧倒的に多く、やがてそれは僻地に飛ばされた鬱屈した感情と混じりあい、ニールへの誹謗中傷となってゆく。ただ面と向かって行う勇気はないので陰口としてではあった。


 そんなある意味有名になってきたニールの元へ、一人の少女が手紙を携えやって来た。


 ―――かつての幼なじみ、メイに瓜二つの少女が。


 この頃のニールは23歳。油は乗っているが枯れた感じであり、陰口を叩かれるが同時に尊敬を集めるというまあ普通の男であった。






「―――てことになったわけだ」

『……お主、ドラゴンスレイヤーじゃったのか』

「あんなトカゲ、たいしたことねーよ。ブレスと噛みつき、尻尾に爪に気を付けてればどうってことねー」

『いやいや! それが人間にはふつうできんのじゃよ!』

「……? できるけど」


 何をバカなという顔をする33歳のおじさんとなったニール。だが、見た目は20代前半レベルの若さを保っている。


『……はぁ。で? 魔王は? まだかい?』

「もう少しで出てくる。続きを話してもいいか?」

『……どうぞ』


 エクスガリバーは律儀に続きを促した。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 過去編と修行篇は嫌いなのでサクッといきます。


 というよりこっちが『置き去り』にふさわしいんじゃないかな……

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