談話9:たじろぐ

◆クラノの相談


 クラノは、宿の窓から外を眺めている。ように見えた。


「師匠。師匠?」


 娘が顔の前で手を振って、クラノはようやく正気を取り戻したようだ。

 すっかり呆けてしまっている。

 叔父と姪であるから付き合いは長いが、こんな状態のクラノは初めて見る。


「なあ、愛弟子。いや、クレナイ」


 クラノは娘の名を呼ぶ。


「昨日のあれ、弟子としてじゃなく姪としてはどう思う?」

「姪として、ならば」


 娘は軽く息を吸って、


「結婚しちゃえば? お姫様は叔父さんに惚れてるし、叔父さんもまんざらじゃないでしょ? それに、この国なら強者と戦い放題だと思うけれど。王族が治世のために剣持って暴れるのも珍しくないようだし。あ、でも生まれてくるお世継ぎが委縮するかもしれないから、ほどほどにね」

「お世継ぎってお前、まだ決まったわけじゃ」

「そう、まだ何も決まってないわね。ラニが女を見せたんだから、叔父さんもしっかり返事をしないと。はい、姪からの意見はおしまい」


 ぱちんと、娘は手を打った。そしていつもの穏やかな笑みを浮かべ、


「参考になりましたか?」

「女ってこえぇな」


 クラノは苦笑いを浮かべたのだった。




◆ヒスイの恐怖


 どしんと、治癒術士ヨハンの腰に衝撃があった。

 薬棚から薬草を選んでいる最中に、背の低い誰かが後ろから抱きついてきたのだ。

 考えられるのは義弟妹かアーベンだが、どちらも背丈が合わない。

 ならば誰だと首を巡らせば、翡翠色のふわふわの髪が目に入った。


「ヒスイ様?」


 紅き竜の巫女の息子、ヒスイ。

 まったくの予想外である。

 そして、ヒスイはかすかに震えていた。


「いったいどうしたんですか?」


 薬草を棚に置き、ヨハンはなるべく優しく声をかける。


「……ヨハンさん。命をとられずに、でも男として死ぬというのは、どういうことだと思いますか……?」

「えっ」


 存外重い質問が投げかけられた。

 突然の問いかけにヨハンが答えあぐねていると、


「お母さまたちが話しているのを、ぐうぜん聞いてしまったんです。以前、ボクも旅をしていたときにいっしょにいた人が、その」


 ヒスイは腕の力を強めて、


「まるくてかたい実をわるように……、もっとせいかくには、根こそぎ『かりとる』ように……」

「ヒッ」


 みなまで聞かずともわかった。ヨハンは思わず股間を押さえる。


「今日まで知らなかったんです。ボクも男だから、きっとお母さまたちも気を使ってくれていたと……!」

「もういい、いいんですヒスイ様! 考えたらいけません!」


 ヨハンはヒスイに向き直って、まだ小さな体を抱きしめた。自身の恐怖も押しつぶすように。

 ヨハンとヒスイはしばし、震えながら抱き合っていた。

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