長い長い、後日談の章:娘たちはかく語りき
1.ややこしいようで、ごく単純なこと
山の
娘は巫女として、ルリとヒスイと共に麓の村へ下りていた。
「アカネ。アーベンの相手をしたいが、かまわないか」
「ああ、助かるよルリ様」
「好きでやっているだけだ。母さま」
「行ってらっしゃい。私も久しぶりにお話したいので」
「わかった。行ってくる」
ルリはどことなく弾む足取りで、アカネの
ヒスイもすでに加わっていて、草や枝を使った即席のおもちゃの遊び方を教わっている。
「村の子供たちも大きくなりましたね」
「三年経ったからな。赤ん坊だったアーベンをさ、巫女様にも見せたかったよ」
ちらりと、巫女はアカネの視線を感じた。
鱗で覆われた左腕は魔法布を巻きつけているが、顎に増えた小さな紅い鱗はそのままだ。
「色々ありましてね。思ったよりも時間がかかってしまいました。母はいまだに怒っているんですよ、少しだけ」
「ヒスイ様が来た日のあれか。山が爆発したのかと思ったよ、アタシは」
ははっと、アカネは口元を引きつらせて笑った。
「ヒスイ様と言えばさ……」
アカネの見ている先では、ヒスイがアーベンにまとわりつかれている。ルリがアーベンの気を引こうと、草笛を鳴らしてもいた。
ヒスイは、三歳になるアーベンよりも年格好が大きく見える。
「ヒスイは私のふたりめの子ですよ。旅の間に生まれましたが、ルリと同じく人間ではありません。当然、成長の早さは人間と違いますね」
「そ、そうか……」
そういうものなのか? という風に、アカネは子供たちの集団を見た。
そして巫女に顔を向ける。その目には若干の好奇心が浮かんでいた。
「一度聞いてみたかったんだけどさ、ルリ様たちの父親って……」
「ああ、そのことですか。ルリたちに父親はいませんよ」
「へ?」
アカネの口から、なんとも間抜けな音が漏れる。
そして、複雑な繊細さで表情を変えて、
「悪ぃ、変なこと聞いちまったな」
気まずそうに目を反らした。
「ああ、違います。そういう意味ではないのですよ」
竜たちとの暮らしが長くなったせいか、いくらか人間の常識から考え方が離れてしまったことを認識して、巫女は苦笑した。
「私が母親であることは間違いありませんが、父親は本当にいないのです。そもそも、生まれが普通の生き物と違いますから」
ルリもヒスイも魔法生物だ。巫女の体内に蓄積した魔力が、竜族から自然放出された強い魔力の影響を受けて結晶化したものが元になっている。
もはや人間とは言いがたい変化を遂げた巫女を含め、その性質は、竜という種族の眷族に近い。
仮に父親が誰かと考えるなら。影響元がカナリヤであるヒスイはともかく、ルリは「紅き竜と巫女の子」という、とんでもなくややこしいことになってしまう。
竜族も魔法生物のひとつではあるが、「血族」であるかどうかは重要だ。
「私とルリ、ヒスイの場合は『血族』とは違います。たとえば、そうですね……。受粉して実をつけるようなものが、『血族』にあるもの。私という葉に付いた朝露が、ルリとヒスイでしょうか」
「ふうん……?」
「この場合、父親と呼べるものを探すとしたらば」
「空気中の水、か。たしかに、それなら父親はいないって言ってもいいのか……」
「そうです。問題ありません」
巫女はにこりと笑う。
カナリヤとの間には、「気軽に抱っこ」の他にも、うまく言葉にできないものがあるかもしれないが。
生き物としての「血のつながり」はないのだからと、怒りの咆哮と炎を吐き出す母に、カナリヤと一緒に苦労して説明したものだ。
旅の中で、娘は魔力の影響を絶つ
「ところで、術士さんはどちらに? 姿が見えませんが」
「ヨハン? ああ。十日くらい前から、隣の村に手伝いに行ってるよ。あっちのこどもらの間で風邪が
「それって……」
巫女はある可能性に思い当たる。
「完全に治まるまでは、二次感染を防ぐためにもこちらに戻れないのでは?」
「まあ、そうなんだよな」
アカネは半眼で答える。
巫女は改めて、子供たちの集団に目をやった。その中には、自分の子と遊びに加わる、アカネの姉と義兄たちの姿もある。アカネとヨハンの子であるアーベンも、ふたりによく懐いているように見えた。
「父はなくとも……」
「巫女様、それ以上はダメだ。あとヨハンには絶対に言わないでくれ。多分泣くどころじゃ済まない」
巫女は無言で頷き、アカネと固い握手を交わした。
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