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 雷男は、ド下手と言ったけれど、文化祭で俺らが披露した演奏は、高校生のお遊びとしては十分すぎるほどの出来だった。

 もともと俺はダチが多い方だったし、池田が言ったように、一方的に好意をよせてくる女子も少なくなかったから、発表場所の教室は苦も無く満員になった。

 その中には、野々宮園子もいた。俺の友達が最前列を陣取って、演奏前から騒いでいるので、後方の入り口付近でつつましやかに立っていて、人波に呑まれそうなその小さな体を、隣で彼氏が守っていた。

 いつもは心揺さぶるはずの光景なのに、ギターを持った俺は、なぜか平静に見ることができた。それは、武器だった。俺はいまこの場で最高なんだと、保証してくれる、世界でたった一つの。

 お前が言っていたのはこういうことかと思って、弦の調整をしながら、教室の壁に寄りかかって腕組みをしている雷男に目配せすると、言葉を交わしてもいないのに、あいつはそうだと笑って見せた。

 一曲目から、観客はヒートアップ。その盛り上がり方は、俺たちの予想を軽く超えていたし、そもそも俺たちは本番、観客を目の前にして演奏するという快感にものの見事に酔って、その威力の強さに、恐れおののく勢いだった。

 演奏中、何度か目をやった野々宮の目は、もちろんステージにくぎ付け。

 ああ、これは、たしかにイキそうになるかも。

 俺は、我慢できなかった。最後のトドメの一曲目に入る前、俺は叫んだ。

 雷男! 来いよ!

 いきなり呼ばれた聞きなれない他校生の名前に、みんなは戸惑って誰かとさがして視線をさまよわせる。

 雷男は、むしろそれを待っていたとばかりに壁から離れる。あいつが歩くと、俺が呼んだ相手を知った観客たちは、なんの申し合わせもないままに、雷男のために道をつくった。

 俺たちの手がつながり、雷男がステージに引っ張り上げられる。

 それから始まった、あくまでも純粋に愛を乞う、Ed Sheeranの「Give me love」。

 最初の俺の一声からもう、拍手がでる。雷男は微笑み、打ち合わせなんてこれっぽっちもしていないのに、アドリブでうまくハモってくれる。

 俺は、これまでの演奏のなかで、いまがいちばんだという自覚があった。この場にいる全員が、俺を見ているって、肌がびりびりするほど感じた。

 その感覚に浸っていると、ふと雷男がマイクの前から離れて俺の背後にまわると、弦に手を添えてきた。

 半分振り向くと、雷男のにやりとした笑みと出会い、それだけで十分だった。ギターの音は、雷男の最上のものへと取ってかわり、俺は甘くあまく情熱的に恋を乞う歌に集中できた。この中にいる、たった一人のために。永遠に手は届かないけれど、今だけはその視線は俺のものだから。

 曲がクライマックスに向かうにつれて、俺の首筋にあたる雷男の吐息が熱くなる。ふと、

耳をくわえられるんじゃないかって近さで囁きが聞こえた。

 今のおまえ、最高にイイぜ。

 観客の向こう側の野々宮に目を向ける。いまの彼女は、隣の彼氏の存在なんか忘れて、俺の歌に全身を委ねているのがありありとわかった。


My, my, my, my, oh give me love

  My, my, my, my, oh give me love


 ああ、野々宮が俺を見てる。この瞬間は、俺だけを……。

 ふだんは絶対にできないのに、このときばかりは微笑みかけることができた。野々宮が頬を赤らめたのが遠目でもわかる。それで俺は、ウィンクまでかましてしまった。そしたら野々宮ったら、両手で口元を押さえてしまった。かなり、効いたらしい。

 背後の雷男は天を仰いで笑い声をあげ、それからわざと股間を俺の尻にあててきた。お互い、歌いながら、弾きながら、自然と身体が揺れるものだから、気分はまるでセックスだった。はたから見ている奴らには、そんなことわかりゃしなかっただろうけど。

 完全にあいつは勃っていて、俺は、このまま射精されたら、二人ともズボンが大変なことになるな、と正気を失った頭で、そんなことを考えていた。

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