第6話 もっと激しく
廃城の一室。
玉座の間からは離れた薄汚れた部屋に、いくつものロウソクを並べた中央で、ロニーが儀式を行っていた。
「憎め憎め憎め、憎い憎い憎い」
誰に向けてか、唱え続ける。
風もないのに炎が揺れた。
「ニクメニクメニクメ、ニクイニクイニクイ」
声が虚空へ吸い込まれていく。
炎の色が、紫に変わった。
セルジュとウルファングは、さすがにスライムには懲りて、スライムの縄張りから引き上げて別の道で魔物を探し歩いていた。
「やっぱりゴブリン程度じゃ効果なかったね」
「リザードマンを探すんなら、川の近くの湿度が高い辺りだな」
「ドラゴンでも出てくれば一発なのにね」
「それはさすがに一発で死ぬぞ」
「ちょうどいい強さの魔物っていないかなぁ」
「そうだなあ」
その時、セルジュの足が何かを踏んづけた。
ザザザザザッ!
周囲の落ち葉や枯れ枝を巻き上げて身を起こす。
「ドラゴン!?」
セルジュが思わず叫んだが、そこまで大きいわけではなかった。
「……ベビードラゴン?」
それにしては顔が厳ついので成体と思われる。
頭はドラゴンそっくりだが、体は蛇のようであり、異国の龍族のような小さな手足もついてはいない。
「蛇ドラゴン?」
「かもな」
「新種?」
「かもしれないな」
ヘビドラは理想通りの動きをしてくれて、小柄で柔らかくておいしそうなセルジュにまっすぐに襲いかかってきた。
蛇という生き物は、顎の関節を外せばかなり大きな相手でも丸呑みにできるという。
ヘビドラの胴は人間の子供ほどの太さであり、確かにセルジュがじっとしていさえすれば格好の獲物だったのだろうが、セルジュはすっかり慣れきった身のこなしでウルファングを盾にした。
ヘビドラの牙が、うまい感じにウルファングの鎧の胸にヒットする。
いい音が響いた。
肩当てに噛みつく。
これもいい感じ。
ウルファングが喜んでいると、ヘビドラはウルファングのフェイスガードの隙間に牙を突き立てようとしてきた。
「それはダメ!」
セルジュが素早く剣を抜いて、ヘビドラの首を切り落とした。
血の海に沈んだヘビドラの姿に、妙な沈黙が落ちる。
ウルファングが頭を掻こうとして兜をがちゃがちゃさせた。
「悪りぃ。油断した」
「…………」
「ちょうどいい魔物なのにもったいなかったな」
「…………」
セルジュがヘビドラの死骸に手を合わせた。
考えてみればこの魔物、名称が知られていないというのはつまり、人間と頻繁に接触しない、人間を狙って人里近くに自ら出向くような種類ではないからで、人間本意の善悪で見ても“悪いやつ”と分類される対象ではなかったのだ。
「お前やっぱ育ちのいい子なのな」
ウルファングはわざとおどけた声を出し、ヘビドラの生首をひょいと持ち上げた。
「このニオイなら食えなくはなさそうだな」
「食べるつもりなの!?」
「俺の一族はな、魔物だろうと何だろうと、食べる以外の目的で殺すのはご法度なんだ。だから俺は集落を追われちまった」
「………………」
「おい、そんな顔すんなって」
「……毒があっても解毒の魔法があれば食べられるはずなんだ。解毒の魔法、使えたような気がするんだけど、思い出せない」
とかやっていると、茂みの向こうから二匹目のヘビドラが現れた。
仲間の仇を意識するだけの知能があるのか、セルジュを狙って、鋭く飛びかかってくる。
「ラッキー!」
ウルファングはセルジュを抱きかかえ、肩当てでヘビドラの牙を受け止めた。
そのままくるくると回って、セルジュを餌にヘビドラの攻撃を誘導し、ウルファングが受ける。
リズム良く、くるくると。
二人の息がピッタリ合って、まるでダンスをしているよう。
実際はそんなノンキなものではなくて、ヘビドラは本気で二人を殺しにかかっているし、そうでなければ解呪の効果は得られないのだが――
「新手が来たよ!」
「おう!」
二匹のヘビドラの猛攻を華麗にさばき、ダンスが激しさを増していく。
ウルファングの鎧にひびが入った。
(あ……)
セルジュの胸を、不意に寂しさが襲った。
(鎧が脱げたら、ダンスは終わっちゃうんだ……)
そのあとはそれぞれの道へ行く。
ウルファングはどこへ行くのだろう。
(僕の記憶が戻ったら、僕はどこへ行くんだろう……)
ついにウルファングの兜が壊れた。
姫騎士の顔が顕になって、セルジュは相手が男だとわかっていても赤面してしまった。
そんなセルジュも、帯刀こそしているものの、カツラとドレスの姫姿。
二人して自分の姿は忘れて、相手に見惚れながらダンスを続ける。
呪いは解け始めている。
ヘビドラの仲間がどんどん増えてくる。
ちょっと多くなりすぎた。
こちらの都合だけどやはり自分の身は守りたい。
「……悪いね」
口ではそう言いつつもセルジュは、数匹のヘビドラをまとめて斬り殺すことに、もはや罪悪など感じていなかった。
この美しい姫騎士が、わずかでも傷つく可能性があるのなら。
足もとでヘビドラの血が跳ねる。
無数の首と胴体が横たわる。
首の切れた胴体が……不意に一斉に起き上がった。
「!?」
「!!」
ヘビドラの、蛇のように長く伸びる胴体。
その尾の先がどこに続いているのかに、今まで注目していなかった。
それは尾ではなかった。
長い首の根本。
無数のヘビドラの全てが、一つの本体に繋がっていた。
木々の向こうから現れた全貌は、巨大なヒュドラのものだった。
ただでさえ危険な魔物の代名詞であるドラゴンの、その中でもとりわけ狂暴な、無数の頭を持つ変種。
こいつはダンスの小道具に使っていいような相手ではない。
いくつもの小さな村がこの種族の魔物に、おやつ代わりに食い尽くされている。
ヒュドラの首を、セルジュが剣で薙ぎ払う。
ウルファングはセルジュのガードに徹する。
呪いを解くためだけでなく、もともとスピード型のウルファングは、重い甲冑が邪魔でうまく戦えなくなっているのだ。
「くっ!」
肘当てが壊れるのと同時に血しぶきが飛ぶ。
鎧にはすでにかなりのダメージが蓄積されている。
「待って! ココロが痛む!」
叫ぶセルジュを背中に回し、ウルファングの肩がヒュドラの牙を受け止める。
砕けた肩当ての破片が、ウルファングの頬に怪我をさせた。
「やだやだやだやだ! 僕が守る側がいい〜!」
「……言ってる場合じゃねえ。……このままだとマジで二人とも死ぬ」
ヒュドラの動きを見極める。
狙われているのはあくまでセルジュだ。
ウルファングは食べてもセルジュほどおいしそうではない。
「……命あってのモノダネだ」
ウルファングのつぶやきがセルジュの耳をかすめた直後、セルジュの隣からぬくもりが消えた。
次の瞬間、セルジュはたった一人でヒュドラと向かい合っていた。
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