第5話 スライムと

 帰りは隠し通路など使うまでもなく、城の裏口からすんなりと出られた。

「しっかし、わざと敵の攻撃を受けるなんてのは、今までやったことねえな」

「僕もだよ。わざと襲われるなんて。怪我したらヤだなぁ」

「まずは弱い魔物から探すか。たしか前にあっちでスライムが出たな」


 その付近を探してみるとすぐに、水色のゼリー状の生物が見つかった。

 伸びたり縮んだりしながら移動して、縦に伸びたときでもセルジュの膝ぐらいの高さにしかならない。

 スライムは、いきなり現れた人間たちに驚いて逃げ出そうとした。


「待て!」

 セルジュが素早く回り込んで追い詰めて、スライムを蹴り飛ばす。

 そこにウルファングが迎えにいって、飛んでくるスライムを鎧の胸当てにぶつけて弾き、落ちゆくスライムに膝当てを合わせて跳ね上げる。

 スライムが宙に舞ったところに兜を滑り込ませてヒット。

 兜でのリフティングを何度かくり返し、最後に鉄靴の部分で力いっぱいの回し蹴りを決めて、スライムをはるか彼方へ吹き飛ばした。


「どんな感じ?」

「そうだな……」

 鎧の状態を調べる。

 スライムを一回当てただけの胸部、何度か当てた兜、渾身の力を込めた靴。

 いずれにも傷の一つも見られなかった。


「スライムじゃ柔らかすぎたか」

「そもそも僕、身をていして守られていないよ」

「もっと強い魔物じゃないとダメだな」




 獣道を進むと、今度は緑色のスライムが向こうから飛び出してきた。

 ぽよんぽよんと威嚇するように飛び跳ねている。


「おっ。積極的だな」

「ここはこのコの縄張りなのかもね」


 セルジュが指をくいくいさせてスライムを挑発し、スライムがぽよよんと飛びかかってきたところで、退いてウルファングと入れ替わる。

 緑のスライムはそのままウルファングに体当たりして、鎧の胸部で跳ね返され、地面に叩きつけられた。


 けれどすぐに体勢を立て直して、再びウルファングに飛びかかろうとする。

 セルジュが小石を投げつけてスライムを引きつける。

 スライムの狙いがセルジュに移ったところで、サッと入れ替わってウルファングが攻撃を受ける。


「よーし! もう一回!」

 セルジュが小石を投げる。

 スライムは、今度は動かなかった。

 警戒しているようだ。

 セルジュがもう一度、小石を投げると、緑スライムは身をひるがえして逃げ去ってしまった。


「あーあ」

「最初の水色のよりかはちょっとは強かったんだけどな」

 鎧を調べても壊れてくれそうな気配はなかった。

 仕方ない。

 仮に呪われていなかったとしても、鋼鉄の全身甲冑はこの程度の攻撃ではビクともしないだろう。




 獣道をさらに進むと、お次は黄色いスライムが出てきた。

「いろんな色のがいるんだね」

「待てよ、こいつはもしかしたら、酸を使う種類かもしれない。だとしたら鎧に大ダメージを与えられるぞ!」

「っ! 気をつけてよ、おじさん! もしも酸が顔にかかったら、せっかくの美しい顔が……」

「だからこれは俺の顔じゃねえ!」


 縄張りに深く踏み入られたためか、黄色スライムは今までのものよりさらに攻撃的で、セルジュの顔面を狙って飛びかかってきた。

 姫騎士の呪いなんかなくても美しい顔を。

「危ない!」

 ウルファングがセルジュを突き飛ばす。

 スライムがウルファングの胸当てでビチャリと広がった。

 黄色スライムは、緑や水色のスライムに比べて、驚くほどに水っぽかった。


「おじさんっ? 今、ガチで身をていしたのっ?」

「お、おうっ……」


 ウルファングは胸当てに張りついたスライムをガントレットの指先でつついてみた。

「どう? 溶けそう?」

「いや、これは酸を出すのとは違う種類みたいだな」

 ならいらない、と引き剥がそうとすると、スライムはブチリとちぎれてしまった。


 散らばった破片がそれぞれに動き出す。

 黄色は分裂するタイプのスライムだったのだ。

「やべッ!」

 ウルファングが慌てて投げ捨てたが間に合わず、小さくなった何匹かが、鎧の隙間から内側に入り込んできた。


「ひいイッ!?」

「おじさんっ!?」

「ひんやりする! ぬめぬめする! こら!! 動くな!! プルプルするなあ!!」

「おじさあああんっ!!」

 セルジュはウルファングの脇の下から鎧の中に手を突っ込んで、必死になってスライムを掻き出した。





 どうにかこうにかスライムを追い払って、荒い息をつく。

 セルジュは適当な倒木に腰を下ろして、じっと手を見つめた。

 白く細く小さい手の、その割に長い指に、スライムの黄色い破片とともに大量の毛が絡みついていた。


「おじさん……姫になっているのは顔だけだったんだね」

「おう。それがどうした」

「ふっさふさだね」

「まぁな」


 セルジュの端正な顔には、深い絶望が刻まれていた。


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