第3話 奥へ
木々の向こうに城壁を見つけ、近づくと手前に堀があった。
水はない。
降りてみる。
城のほうへ登れる場所を探すうち、二人はまたしてもエキドナ・プランティアに襲われた。
「お嬢さん! お助けします!」
「だーかーら! 三度目だろうが!」
「わかってるって!」
セルジュが魔物の懐に飛び込む。
魔物はセルジュの腰の剣ばかりに注意していたので、至近距離から光魔法を避けられなかった。
エキドナ・プランティアの顔が吹き飛び、髪の毛部分、雄しべの束がそう見える部分が、塊になって宙に舞う。
ウルファングは短く口笛を鳴らした。
セルジュは性格は頼りないが、魔法の腕前だけは確かだ。
きっと記憶をなくす前には、お上品な魔法教室みたいなところで、せんせーに可愛がられていたのだろう。
蔓の攻撃は――止まっていない!
この魔物の本体は、頭部ではないのだ!
セルジュは素早く剣を抜いたが、先ほどの雄しべの束がセルジュの頭に落ちてきて、覆い被さって目隠しになってしまった。
ウルファングが助けようと走り出し、蔓に足首を絡め取られてうつ伏せに倒れる。
顔面を打ちつけた先は、池と呼ぶべきか水溜りと呼ぶべきか、堀の底に水が残っている場所だった。
洗面器ほどの深さしかないが、ただでさえ重い兜を蔓が上から押さえつければ、溺れさせるにはじゅうぶんだ。
ウルファングの背中に何かがぶち当たった。
セルジュだ。
蔓に投げ飛ばされたのだ。
硬い鎧にぶつけられて咳き込んでいる。
そこに闇が訪れた。
誰かが闇の攻撃魔法を放ったのだ。
毒ガスのように闇が広がり、エキドナ・プランティアを包み込んだ。
闇が晴れると、魔物はすっかり干からびて動かなくなっていた。
「おじさん、僕たち……助かった……の……?」
「みたいだ……な……」
いつの間にどこから現れたのか、僧兵風の老人が、セルジュとウルファングを睨めつけていた。
「騎士よ、身をていして姫を守りしか」
「は?」
「ほへ?」
セルジュがキョトンとした顔で、頭の雄しべの束を掻き上げた。
その様子は、ロングのブロンドのカツラを掻き上げているようでもあった。
「僕がおじさんに覆いかぶさって、魔物の攻撃からおじさんを守ったってこと?」
「違うだろ。俺がお前の下敷きになって守ったんだよ」
「地面より硬くて余計に痛かったよ」
「はいはい。かわいそーに」
「それよりさ、あのおじいさん……あの人も魔物の擬態?」
「ありえなくはないがソレよりも、俺達が探している呪術師のご登場って可能性のほうが高いと思うぞ」
ウルファングはそろそろコツを覚えてきたようで、セルジュの手を多少は借りつつも、今までよりずいぶん楽に起き上がった。
老人は冷ややかな目で二人を見つめている。
やがて、ひげの奥の唇が動いた。
「騎士よ、鎧を脱ぎて姫との抱擁を交わしたくば、その身をていして姫を守り抜くが良い」
老人の指が示した先では、堀の壁面に人がちょうど通れるぐらいの穴が口を開けていた。
セルジュとウルファングが中を覗き込む。
暗くて、湿っぽい。
おそらくは非常時に王族が脱出するための秘密の通路なのだろうが、この入り口は正式なものではなく、年月によって壁が壊れた跡のようだ。
光の魔法で中を照らす。
「うげえ!?」
飛びかかってきたコウモリをウルファングが素手ではたき落とすと、パキッと乾いた音が鳴った。
そのコウモリは骸骨のお化けで、被膜もないのに飛んでいた。
「もしかしてあなたは、このお城に住み着いてるっていう呪術師……?」
セルジュが振り返ったが、老人は居なくなっていた。
隠し通路に入っていきなり、床に古い血の跡があった。
「魔物自体は強くはねえ。しかしこの空間には、ヤバい力が満ちてる感じだ」
踏む込むウルファングの脚に、骨だけのネズミが食いつこうとして、レッグガードで自ら歯を折った。
が、それでもウルファングは悲鳴を上げて飛び退った。
どうやらホラー的なものが苦手なのらしい。
通路を奥へと進めば進むほどに、出てくる魔物は強くなっていった。
骨だけのヤモリ、骨だけの番犬、骨だけの、もしかするとライオンだったのかもしれないもの。
ウルファングは大きな図体でセルジュの小さな背中に隠れてビクビクしている。
けれど進むこと自体は楽勝だった。
セルジュの光の魔法は、
骨だけの鶏に骨だけの豚に骨だけの羊を蹴散らして。
通路を抜けての城の内部は、あちこち壊れて迷路のようになっていた。
ボスが居るなら玉座の間だろうと、探し回ってたどり着くと、そこだけはまったく荒れておらず、今にもファンファーレが響いて王が出てきそうなほどにきれいだった。
結界が張られて、魔物が近づけなくされているのだ。
無人の玉座のかたわらに、先ほどの老人がひかえていた。
「出ていけ! ここは神聖な場所じゃ!」
「アンタが招き入れたんだろうが」
ウルファングが顔をしかめる。
「とんだ見込み違いじゃったわい! 連れの乙女はどこへやった!? まさか途中でやられたのか!? 騎士の鎧をまとっておきながら、姫を守らなかったのか!? 魔物の住処を抜けてきながら、その鎧に傷一つ増えておらぬとは何事じゃ!? 姫を守らぬ騎士など……」
「姫じゃないよ」
と、セルジュが口をはさむ。
「王族であろうとなかろうと、騎士として守るべき女は全て姫じゃ!!」
「そもそも女の人なんて居ないよ」
「ああ。こいつが女装していただけだ」
「女装じゃない〜! カツラが引っかかってただけ〜!」
老人はポカンと口を開け、拳の置き場をなくして目玉を白黒させた。
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