第2話 初めての夜

「ンでまあ、この呪いを解く方法を求めてこの森に来たわけだ」

 ウルファングがセルジュのたんこぶを撫でてやる。

 どこまでも果てしなく子供扱いである。


「呪い、解かなくていいのに」

「この顔だと酒場にちょっと入っただけでエロオヤジが馴れ馴れしくしてくるんだよ。おかげで情報集めもマトモにできやしない」

「僕が守るからそのままでいてほしい」

「俺は盛りのついたオスガキをだまくらかして掘ってやるような趣味はねえ」

「んー?」


 セルジュはウルファングの周りをぐるっと回って鎧を観察した。

 どこからどう見ても騎士にしか見えない重厚な全身甲冑。

 肩当てに、龍の紋章が入っている。


「なんて名前だっけ?」

「何が?」

「この辺りにあった王国」

「ああ。えーと……忘れた」

「この紋章って、その国の?」

「そうらしい」


 今は一面の森となっているこの一帯には、かつて、小さな王国があった。

 その国は隣国との争いによって滅ぼされ、隣国も時の波に飲まれて消えて、今はどちらの跡地も荒れるに任されているのだが……


「近くの町の人が、廃墟のお城に呪術師が住み着いてるって」

「お前もそいつが目当てか。そいつを見つけたら、どうする?」

「倒す」

「力を借りる」

 二人の声が重なり、セルジュがバッと飛び下がった。

 剣の柄に手をかけ、抜いてはいないが隙のない構えを取る。


「ほう」ウルファングが感嘆を漏らした。「やたらノホホンとした奴だと思っていたが、そうでもないようだな。お前、何者だ?」

「………………」


 ウルファングは手ぶらのまま余裕の表情だ。

 重鎧に守られているからか、あるいは鎧のせいで物理攻撃者のように見えるだけで、本当は魔法の使い手なのかもしれない。


「おい、そうピリピリすんなって。俺はただ、鎧の呪いの解き方を教えてもらいにいくだけだよ。別に誰かを呪ってくれって頼みにいくわけじゃあねえよ」

「町の人たちが、その呪術師に苦しめられてる」

「そーか。だからって俺が話をする前に呪術師をぶっ倒されるのは困るな」

「その鎧の呪いも呪術師の仕業なんじゃないの? だったら呪術師を倒せば呪いは解けるよ」

「それはないな。呪術師が現れたのは最近だが、鎧があった洞窟の様子だと、あそこに呪いの鎧が置かれたのはもっとずっと前だ。

 あとな、呪術師を倒したからって呪いが解けるとは限らねえ。死ぬ間際に呪いを強化させてくるケースもある」

「えー???」

「なぁお前、いくらで雇われたんだ?」

「なに?」

「町の奴らに提示された報酬だよ。どうせしょっぱい額なんだろ」

「お金なんか取らない! 困ってる人を助けるのは当然だ!」

「俺は雇ってやるって言われたぞ。金額があまりにナメてたんで断ったが」

「え……?」


 またしても、セルジュの目が点になって、遠くで鳥が鳴いた。


「で、でも町の人が苦しんでいるのなら」

「あのなあ、俺が言ってるのはただの金の話だぞ? 助けてやる代償に宗教を押しつけるわけでも、権力者の娘と結婚させろと言ってるわけでもない。

 金がないと飯が食えなくて腹が減って苦しいだろ? その金すら払わずに利用しようとしてるってのはつまり、そいつらはお前が苦しんでも平気ってことだ。そんな奴らが苦しんでるからって、助けてやる必要なんかない」

 ポイントを見つけてウルファングが畳みかける。

「だけど……っ!」

 争う声を聞きつけたのか、茂みがガササと音を立てた。


 男二人が身構える。

 飛び出してきたのは美しい少女で、蔓の魔物に追いかけられていた。

「こっちへ! もう大丈夫だ!」

 セルジュは少女を背後にかばった。

「え…………!?」

 セルジュの首筋に何かが巻きついた。


 少女の腕でないことは感触でわかる。

 肩にかかる重みは人間のものにしては軽すぎ、それでいて力だけはある。

 次の瞬間、それらが消えて、セルジュが振り返ると少女の胴体は上下真っ二つに分かれて緑の汁を滴らせていた。


「さっきと同じ魔物じゃねえか! 二度も引っかかってんじゃねえ! チョロすぎだぞ!」

 ウルファングは、エキドナ・プランティアの上半身を抱えてひっくり返っていた。

 どうやら力ずくで引きちぎったようだ。

 とんでもない怪力だ。

 追っ手のフリをしていた蔓の部分は、胴体が倒れるのと同時に動きを止めていた。


 仰向けに倒れたウルファングに、セルジュが自分のポケットを探りながらノソノソと近づいてくる。

「何をしている?」

「助けてもらったからお金を……ごめん、ないや」

「いらねえ。それより起こしてくれ」




 ウルファングが「呪術師だからって悪者とは限らない、会って話してみたら案外いいやつかもしれない」と言うとセルジュがあっさり納得したので、ウルファングはセルジュのことがますます心配になってしまった。

 呪術師でなくても会った途端に相手を力ずくで押さえつけにくるような悪者なんてのはザラにいるし、ましてや呪術師なら、話しているうちに知らず知らずに呪いをかけられて操られてあれやこれや良からぬことをさせられてしまうケースだってあるのだから。

 一方のセルジュもセルジュで、倒れたら立ち上がれないウルファングを危なっかしく思ったようで、お人好しを全開にして「呪いが解けるまで一緒に居てあげる」などと言ってきた。


 野営の準備でウルファングが薪を拾っている間に、セルジュが光魔法で魔物除けの結界を張る。

「便利なもんだな」

「おじさん、一人でどうやって野宿するつもりだったの?」

「この鎧なら首までがっちりガードされてるから寝込みを襲われても大丈夫だ」

「寝にくそう」

「だから早く脱ぎたい」

 


 焚き火を囲んで。

「良ければ聴いてくれたまえ、ウルファング君。実は私も呪いにかけられているのだよ」

「は?」

 突然切り出したセルジュに、その内容と急に変わった口ぶりのどちらに先に突っ込めばいいかわからず、姫騎士姿のおっさんはマヌケな声を出すしかなかった。


「ええと……それじゃあ……お前も性別が変わってて本当は女の子なのか?」

「違う。と思われるぞよ」

「何だよ、そのしゃべり方」

「わかり申せぬ」

「だーかーらー」

「わからなくなる呪いなのでござる」

「うん。俺もわからない。お前がなんとなく大人ぶりたいんだろうなーというのが、わかりそうでわからない」

「我輩にかけられているのは、過去の記憶がなくなって、自分で自分がわからなくなる呪いなのであーる」

「……記憶喪失……なのか……?」

「いかにも。拙者、セルジュという名前以外は何も覚えておらぬ。どこで生まれ育ったのかも、なにゆえ光の魔法が使えるのかも、どのような人格の持ち主だったのかでさえも、とんと思い出せぬ」

「つまりキャラを見失ってるってのか? そりゃなかなか恐ろしい呪いだな」

「うむ。しかし呪いを解く方法はわかっちょるばい。呪術師を倒せば記憶が戻ると、町の人に言われたとよ」


 騙されてる、と、ウルファングはすぐに考えた。

 町の連中はもともと呪術師を毛嫌いしている。

 セルジュを騙してタダ働きをさせようという魂胆なのだ。

 が、森の呪術師がセルジュの呪いと無関係とする根拠もない。


「なあ。町の奴らが呪いで苦しんでるって話だが、具体的にどんなことになってるんだ?」

「えーとね……ヤギが逃げたとか、畑をヤギに荒らされたとか、飼っていたヤギがオオカミに食べられたとか」

「……ソレは本当に呪いのせいか?」

「町の人はそう言ってただべさ」



 一夜明けてウルファングが目を覚ますと、セルジュは朝の爽やかさに似合わぬ死者のような目をして遠くを見ていた。

「何もかもが虚しい」

「今度は何のキャラだ!?」

 驚くウルファングをよそに、「ふぅ」と、わざとらしくため息をつく。

「ふぅってナンだ!? ふぅって!?」

「今日はヤレヤレ系のキャラでいこうかと思って」

「や! め! ろ!」

「えー?」

「どーせなら忠実な下っぱキャラでいけ! 俺のことをオヤビンって呼んで慕ってくるような!」

「そういうのが好きなの?」

「……おぅ」

「ヤだ」

 セルジュは、にへへ、と笑って舌を出した。


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