ノロイのヨロイを脱がせてあげる

ヤミヲミルメ

第1話 二人の出会い

 鬱蒼と茂る森の奥。

 悲鳴を聞きつけ、少年は走った。


 決して上等ではない革の鎧に、それなりにしっかりしたブーツ。

 金の髪が木漏れ日を返した。


 視界が開ける。

 それは戦いの痕跡。

 魔物によって周囲の木々が薙ぎ倒された跡だった。


(蛇の大群?)


 違う。

 大蛇の群れにも見えるそれらは、うごめつる植物の魔物。

 波打つそれらの真ん中に、きらびやかな全身甲冑をまとった騎士がうつ伏せに倒れ、その向こうでは可憐な少女が怯えた顔で立ち尽くしていた。


「今、助ける!」

 変声期を過ぎたばかりの声を響かせ、少年が剣を抜く。


 これもまた決して高級とは言えない銅の剣。

 だが、少年の指先が刀身をひとですると、刃に光の魔力が走った。


「でやあああっ!」

 一閃、二閃、三閃。

 舞のような軽やかな動きで、蔓の魔物を切り伏せ、少女に駆け寄る。

 見つめ合い、少年の頬が紅色に染まった。


「怪我はないかい? 僕はセルジュ! 君は?」

 自慢の白い歯をキラリンッと光らせる。

 自分がイケていることを自覚している表情だ。


 少女が微笑んだ。

 少年は迷った。

 彼女の何から褒めようか。

 ブルーベリーのような瞳。

 形の良い唇。

 いやいや、いきなりそんなところから切り出したらば怪しまれるか。


 服のセンスもいい。

 花びらのように広がったスカートは、いかにもお嬢様といった感じだ。

 裕福な令嬢なのだろうか。

 そのスカートが……蠢いた。


「!?」


 スカートの中から飛び出した緑色の鞭がセルジュに襲いかかった。

 いや、鞭ではない。

 蔓の魔物だ。

 セルジュの足もとに横たわる、セルジュによって、あるいは先に倒された騎士によって切り捨てられたのと同じ魔物。

 それがセルジュの手足に絡みついた。


「君はッ!?」


 セルジュの叫びに、少女は声もなく笑った。

 リンゴのように赤い唇から覗いた歯は、色も形も薔薇の棘にそっくりだた。


 少女が牙を剥く。

 セルジュの背筋を冷たい汗が伝う。

 少女の姿をしたこの魔物は、間違いなくセルジュを食料として認識していた。


「くっ!」


 セルジュは剣を振るい、蔓を切って飛び下がったが、さらなる蔓が迫ってくる。

 剣を振りながら後退りするうち、ブーツのかかとが何か硬いものに乗り上げてしまった。


「うあっ!」


 転び、思わずそれに手をつく。

 それは騎士の遺体の、兜の部分だった。


(この人もこの魔物の罠の犠牲に……ッ?)


 蔓がセルジュの胴体にがっちりと絡みつき、そのままセルジュを吊り上げた。


「うわあああっ!!」


 無数の蔦のうちの一本がセルジュの手首を締め上げ、別の一本が先端の細い部分でセルジュの指をこじ開けて剣をむしり取る。

 少女がケラケラと笑い、少年をさらに高くへ吊り上げようとする。

 その時、倒れていた騎士が、セルジュの足首をガシリと掴んだ。


「!?」


 一瞬、騎士がゾンビとなって蘇ったのかと思ったが、違う。

 フェイスガードの奥の騎士の瞳は、生気に満ちて爛々と輝いている。

 兜の裾から長い銀髪が流れた。

 騎士はセルジュとともに蔓に引っ張り上げられる形で身を起こすと、どこかが痛むといった様子もないまま両の脚でしっかりと地面に立ち、そのまま魔物の本体、少女の姿をした部分へと突進を始めた。


 少女のスカートが振動する。

 セルジュの剣を奪った蔓が、その剣を騎士へ目がけて振り下ろす。

 騎士は左のアームガードで剣の攻撃を難なく受け止め、右手で蔓を捕まえて、ガッと口を開けて蔓に思い切り噛みつき、噛みちぎり、剣を奪って少女に突き立てた。


「キアアアアアアアアッ!!」


 少女のような魔物は、悲鳴を上げて、地面に崩れた。




「そのコは……」

 セルジュがヨロヨロと近づいてくる。

 魔物が倒れる際に蔓から投げ出され、ぶつけるかひねるかしたのだろうか、手を押さえている。


「エキドナ・プランティアだ」

 騎士は、だみ声で答えた。

「油断したな、小僧。この辺りではさして珍しくもない魔物だが、よその土地から来たばかりの冒険者はこいつらの主食にされている」

 兜でこもった、だみ声には、セルジュをお子ちゃまの駆け出し冒険者と見なしたあざけりが混じっていた。


 セルジュが騎士を突き飛ばした。

 次の瞬間、魔物の腹の傷口から撃ち出された茶色い物体が、騎士が居た空間を貫き、一拍置いて鎧が倒れる金属音が響いた。


 物体は、エキドナ・プランティアの種子だった。

 地に落ちた種子に、セルジュは光の魔法を打ち込んで焼き潰した。

 先ほどからセルジュが手を押さえていたのは、魔法の準備をしていたからだった。


「油断しちゃダメですよ、白百合のような姫騎士さん!」

 騎士は、倒れた弾みで兜がすっぽ抜けて、素顔が顕になっていた。


 そこに居たのは、きらめく銀髪をツインテールに結い上げた女だった。

 少女ではなく女。

 いい年してツインテール。

 ただしかなりの美女なので許せる。

 切れ長の目に、品の良い鼻筋。

 まさに何をしても許されるほどの美女だった。


 騎士はセルジュに突き飛ばされたまま、起き上がれなくなってジタバタともがいていた。

「あの、姫騎士さん……もしかして、さっき倒れていたのって、鎧が重くて立てなくなっていたとかですか? 怪我もしてないみたいだし…」

「そうだよ! 悪かったな! 起こしてくれ! 頼む!」

 美女騎士は、おっさんのような、だみ声で叫んだ。


 セルジュは美女騎士の前に膝をつき、うやうやしく手を取って立たせようとした。

 が、美女騎士は成人女性としてもかなりの大柄な部類の上に、自力で立てないほどに重たい鎧をまとっており、ずっと年下のセルジュの腕力ではどうにもならなかった。


「失礼! お体に触ります!」

 セルジュは美女騎士の鎧越しに背中に手を入れた。

「ふんぬぬぬっ!」

 どうにかこうにか立たせると、二人の身長差はゆうに頭三つ分はあった。


 セルジュのほうがチビである。

 年も十は下に見える。

 それでもセルジュはうっとりした目で美女騎士を見つめた。


「にしてもチビガキ、お前、白百合のような姫騎士とか、良くそんな言葉がポンッと出たな」

「はい。僕もびっくりしました。でもしょうがないですよ。全ては姫騎士さんがあまりにも美しいからです」

「悪いんだがな、チビ助」

「セルジュって呼んで! 愛しのセルジュと!」

「本っ当に気の毒なんだがセルジュ、俺は男だ」


 セルジュの目が点になった。

 遠くで鳥が鳴いた。


「女顔は生まれつきならばやむを得ない。だけど男のツインテールは万死に値する」

「この髪は俺のせいじゃねえよ。あと、顔も生まれつきじゃねえ。呪いのせいだ。もとの顔は、声に見合ったおっさんだ。

 ちなみに名前はウルファング。お前もそうなんだろうけど冒険者だ。ただの冒険者。姫じゃないのはもちろんだが、そもそも騎士なんて立派なもんでもねえ。

 洞窟の奥で鎧を見つけて、サイズが合ってたんで試しに着てみたら呪われてこんな姿に変身しちまったんだ。それだけだ」

「呪い?」

「そう。呪い。鎧の呪いのせいで女化した。鎧を脱ごうとしても……」


 それ以上の説明をする必要はなかった。

 地面に落ちた兜がひとりでに浮き上がり、スゥっと飛んで、ウルファングの頭に戻ったのだ。

 その途中、兜は通り道を塞いでいたセルジュの後頭部にゴンッと当たった。

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