第49話.俺が全ての責任を取らなくてはならないのですか……?
――神無月茜は窓から姿を消した――
突如神無月の体が消失し何が起こっているのか混乱している水無月は窓の外、もっといえば空中を見つめている。うわの空、茫然自失というべきか、まさに我を忘れているかのようで数秒間ビクともしなかった。
ここで数秒間に留まったのは俺が声を掛けたためだ。
「お、おい…………神無月はどうしたんだ?」
手を離し神無月を落下させてしまった水無月はぶるぶると体を揺さぶりながら答えた。
「…………下に……いやそんなはずは……私は悪くはないわ!だってこうなる前に抑えていたのは私よ!!あなたがもっと早く手を貸してくれればこうなるはずはなかったのに……」
「俺だけが悪いのか?俺の行動が遅いから…………」
水無月は体とともに唇も震えているので声が途切れてしまっている。
「そ、そうよ。だって、私だって全力であの子を助けようと、したのよっ!!あなたの……あなたのせいで救えなかったと言っても、過言ではないわ!!」
「だからって俺だけに罪を擦り付けるのかよ!どうして俺だけに、いやあんたは自分の罪ではないように通そうとするんだ!」
怒号を互いに浴びせる中、放課後が終わり完全下校時刻を迎えるチャイムが鳴り響く。
「すべてはあなたが悪いのよ。そうなるよう私から報告させてもらうわ」
「だったら猶更だ!俺は絶対に全てを認めない、もちろん一部は認めるがそれはあんたも認めてからだ。決して俺だけの罪ではないからな」
どちらも攻め合うままに話が進まない俺と水無月。
俺は事件が起こった現場(神無月が落下した場所)、すなわち水無月が手を離してしまった窓から下を伺い状況確認をしようとする。
どんなに凄惨なことになっても俺はそれを目に焼き付けなくてはならない、自分が犯した罪なのだ。見過ごして、俺の責任ではないと言い張れば、それこそ罪を増やすことにしかならない。
両目を瞑りながら足音を立てないほどの速度で窓の外に顔を出す。四階のこの場所からでは冷たいそよ風が頬を打つようで、少しばかり皮膚に緊張が走る。
いや、これは気温の問題ではなく、恐らく俺の俺自身から生まれる緊張なのだろう。その証明として指先が震えている。
俺は片目ずつ、そっと開けると、
「やっぱり面白いね!!」
「やはり面白いわね」
一人は落下したであろう人物が窓枠の出っ張りから、もう一人は俺の横で堂々と立っている女が。
なんとも陽気な声で俺の行動、言動そのものを笑い飛ばしたようだ。
これはおかしい。おかしくないはずがない。俺がこのシチュエーションに陥るとは、やはり神無月は神無月、水無月は水無月だ。
いかに読者、作者に成り替わっていても本柄というか素性は何一つ変化しないということか。
それは生まれ持った性格が、誰かによって捻じ曲げられるような針金のように柔らかい物体ではない。そこにあるべきもの、つまり決められた要素は変わらないような永久的なものと同じだ。
硬くそこらへんに落ちているものが「石」であるとするなら、「石」は永遠不変に硬くそこらへんに落ちているものとされる。簡単に言えば規定された事実は規定されたことにしかならないということ。
「このやろう…………」
俺はそんな彼女らにとって当たり前のことに気付けなかったのだ。ハプニングなんて大衆的に表現した俺が馬鹿に思える。
なるほど、目下で「えへへ……」と感傷に浸る生徒と、隣で「ふっ」と不敵な笑みを作る生徒の目論見に落とされたいうことだ。
騙されたことに対して恨みが生まれたわけではないが、俺はほんの少しばかり興味というか好奇心が湧いた。視線を窓の外、つまりは校舎の壁に張り付いている神無月に移す。
「じゃあここは閉めてしまおうか。もう下校だしなあ~~」
流れるように俺は窓の取っ手を掴み、閉める動作をすると、
「それはダメ!!やったら出られなく、というかここから降りることもできなくなっちゃうから!」
慌てるように窓へと手を伸ばすが届かない。どうやって下に降りたのか、まったく面倒なことをさせる奴らだ。
俺は窓から手を差し出し、
「そんなことしねーーよ。ほらっ手を貸せ」
俺は必死に伸ばす神無月の腕の両手首を掴み、そして室内に体を引っ張り入れることに成功した。そこで俺はふと気づいた。
「結局助けるのは俺だけなんだな……」
「力仕事は男が任されるってよく言う話じゃない」
水無月は悠然と立ち尽くし疲れ果てる俺を眺めてばかり。一方神無月は、
「でも助かって何よりだよ!!いいじゃんいいじゃんっ」
呑気にこの部屋に入ってきたときと同じようなピースサインを俺に見せつけてくる。やけに他人事なので念のために、もう止めて欲しいという願いも込めて、
「いや救われた当事者はお前だろうが…………」
「あ、すみません……ありがとうございました」
そこまで小さく屈めてしまわれるとまるでか弱い人をいじめているかのように捉えてしまわれる。俺はあまり出くわさない場景に少し後ずさりしながら言った。
そもそも異性が目の前で「すみませんでした」と言わせていること自体、俺にとって今まで経験したことのない事例。
「い、いやそこまで気を落とさなくてもいい……逆に俺がどうすればいいか、気を使う方が面倒だ」
ポカンと小さな口を開きながら俺を見つめてくる神無月。ふと微笑んだような表情をしたのは気のせいだったか、一瞬だったのであまり確信できない。
それよりも
「はい、これにて一件落着。下校時刻も過ぎてしまったし早く帰りましょ」
平然と帰宅準備を整い始めるこの鬼編集者ならぬ鬼生徒だ。こんなにも神無月は反省しているのに水無月は淡々としている。
俺はこの陽気で何にも手を出しそうなアクティブ少女と首尾一貫冷徹、羽目を外さず何にも厳格そうな少女にしてやられ、まんまと罠にはまりこみ二人の餌食となったわけだ。
「じゃ、帰ろっか!」
互いに性格が真逆であると分かったとき、その二人は犬猿の仲になることがよくある。だが、馬が合うこともあるのだと、その逆で良かったと心の底から思った。
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