第13話.その表情は止めて欲しいのですが……?

 小学、中学と何事もなく過ぎていく時間にただぼーーっと眺めていた俺は、貴重な青春というものを池に投げ捨てたかと言えばそうかもしれないが、それを知ったうえで人生の大半を損しているなどと言われる筋合いはないときっぱり断言できる。



 純情に純粋に生きてきたお前たちにとっては常識と呼べるものでも、それはマイノリティを斡旋するために生み出された固定観念である。



 まあ、そんな気難しい言葉を並べても意味が伝わりづらいので簡単に言えば、俺が捨てている場所はドブのような汚染された池ではなく、清らかに浄化された銭洗弁財天の水で満たされた池ということだ。


 自身の青春を洗い流し新しい出会いを求める、なんてことは一欠けらも思っちゃいないが(中学のあの苦い思い出を俺の胸底に突き付けてくるのだ)。


 とにかくで過ごしていたのは確かだ。




 ドラマや小説、アニメで見るような風光明媚な少女(ヒロイン?)が現れては学校で問題を解決。


 とかいった一種のラブコメ展開やハーレム展開はこのリアルすぎる現実に存在しないという当たり前な事実に勘づき始めた俺は、より具体的な想像で駄々をこねることにしたのだ。



 火災で学校が壊されるとか異常気象によって校舎が浸水するとか、全て挙げていては切りがないほど。


 俺は独りでいることではなく(これは断じて言えることだ)、過ぎていく日々に諦めではないが飽きるという感情を抱いたのだろう。つまり「つまらなかった」のだ。



 だからといって、無理もしてまで人生を謳歌しようなどと雑食になったつもりではないのだが、俺が高校生活初日に抱いていた微細なスパイスがブーメランのように戻ってきたのか。



「ではではーこれから部活会始めるよーー」



 なんと生温いというか緩い声掛けによって会議が始まったのである。



「文芸部さんは次回、遅刻しないようにねーー」



 注意喚起とは到底呼べないほどの柔らかさを持たせた口調で俺は少しばかり猫背になりながら挨拶をする。



 部活会ーー司会兼監察部担当、掛依真珠。すなわち俺の担任である。



「まずは教師かん……これは何かなあ」



 いやいや漢字読めなきゃまずいですよ先生。というかどうやって教師になったんでしょうかね。


 掛依の後方から囁きが聞こえた後に「ああっ」という何とも腑抜けた声を発しながら「管轄」と言い直した。


 だがそうあるべきはずの空気に戻す様に、厳粛な部屋に成り果てた。彼女の鶴の一声のような自己紹介で。



「私が本校理事長、水無月雅美だ」



 あとで訊いた話になるが理事長と担任のこの関係は切っても切れないようなものらしい。物腰柔らかで何でも受け入れるような態勢をとる者と法と理念に基づいて冷ややかに物事を執り行う者。


 相反する人同士というのにこの部活会という会議において何年も同じ担当のようだ。



「それ以上において私の自己紹介は蛇足になるので、早速本題に取り掛かる」



 いやいや掛依先生要りますか?すでに役割司会剥奪されているんですけど。


 当の本人は空中に浮いている埃を眺めているようだ、虚空をポカンと見つめている。



「まずは予算報告……と言いたいところなのだがどうやら一年生も混ざりこんでいるようだ。今回は保留としよう」



 冷や汗が体から一気に噴き出したような感覚だった。遅刻した挙句、仕事も未達成など生意気にもほどがある。



「なら今回は今後の会議内容と計画を伝えるとしよう」



 年齢は40後半だろうか、少なくとも担任よりも若くないのは分かるのだがそれでもスレンダーな体型としっかりした物腰だ。THE 理事長である。



「会議は主に各部の進捗状況を報告してもらうことにある。予算やらの硬い数値の報告は要らないが何をしたかだけは教えてくれ。この報告は文化祭が始まるまで行ってもらう、その後は要検討だ」



 単調に他人事のような声音だったのは察していたこの女の性格からそう驚くことはなかった。



「では、本日は早いがここで解散とする」



 本当に事が進むのが早くて隣に座る人と比べてしまうのは不可抗力です、すみません。



 それはさておき、部長というカテゴリに紛れるかのように俺は会議室の出入口付近に佇んでいたのでようやく固定されたグループから解放されるという喜びで舞い上がった。


 おそらく、それこそが俺の今日一の失敗だったのだろう。自分の行ないを振り返るということの素晴らしさ、大切さを棘を刺すように思い知らされた。



「文芸部と新聞部は残りなさい」



 俺はムンクの叫びを模倣した顔のまま、帰ろうとする他の部を恨めしく思うほかなかった。




 長い憂鬱な時間が終わったと雲の隙間から懐かしの日差しを味わうような心情に至っていたのは不思議ではないのだろう。


 独りでいることこそが俺が掲げるモットーであるはずなのにそれすら裏切って大群に群れた俺はきっと間違っていないとそう宣言し叫びたいほどだ。


 だってそうではないか、嫌々来てやって「もう君はク・ビ」なんて上司に言われたら俺は何をしていたのだろうかと再考するのと同じだ。



 だからそう、これは阿吽の呼吸というやつだと信じたい。



「は?」



 俺は初めて面会して硬そうな人物、その人に無礼極まりない不躾な返事を繰り出した。



「すいません、突然のことであまり理解が進んでいないので詳細を……」


 

 というわけで付け足すように俺は社会が欲するものの模倣をした。しかし、



「いきなりで分からないのは仕方のないことだ」



 当たり前でしょーが。



「まず、これには条件がある。つまりは廃部になるかならないのかはその条件クリア次第だってこと」



 その条件とは。



「何でしょうか?」



 俺はすでにこの女の思惑に乗せられていたのだろう、半強制的に恣意的に操作するようにして俺は誘導されたのだ。



「その隣の新聞部員と共同で記事を作成することだ。記事の内容は……過去の掲載を確認すればいい。物事をまとめ自分で本質となる文を生み出すという力を身に着けるいい機会になると思うのだ」



 さらりと冒頭でマストな要件を伝えるだけ伝え、あとは実行者本人が得られるように見えるメリットでそれを補う。勿論それはそう見えるだけであって実際にそれが身につくとは誰も保証しないのである。



「どうして記事を作らなければならないのでしょうか?」



 デスクに肘を乗せ頬杖をつきながら俺に説き伏せるように、これを聞けば承諾するだろうというある意味予知夢を見たような面持ちで言い放った。



「嫌ならやめてもいい」



 それって脅迫と取って良いのでしょうか、などとくだらない冗談を吐きたいのは山々なのだが、



「どうする?」



 そんな目で見つめられては思春期真っ盛りの男子高校生には反論すら出来やしませんよ。上目づかいで俺を説得してきた神無月に再び目線を合わせてから、



「分かりましたよ。出来る限りの範囲でやってみます」



 整っていない髪の毛をさらにぐしゃっと潰すように手を触れるのは、俺のペースを乱された証拠である。

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