第12話.どうして俺なのですか……?

ーーこれは恐らく俺自身の黒歴史として残り続けるだろう、それほどのことだったーー



 知識欲で無く所有欲に駆られた幼き俺は、いつだったか、誰だったか、それはこの世の神様しか知り得ないだろうが(無論、俺自身にも分からん)、「告る」という動作をしたような気がする。


 言わずもがなかもしれないが、その後の俺は恐悦至極の愉悦に入り浸った。「受け入れてくれた」からである。



 知り合いでない、血が繋がってもいないが、何処で何か赤い糸でも繋っていたかのようなドラマ的展開に心を躍らせていたのは恐らく中学という幼い面もあったからなのだろう。

 


 裏切られた、というかそもそもの話信じてなどいなかったのだ。



 俺がその「受け入れた」女子と落ち合う場所に訪れた時、そこには俺ではない男が至極当然かのように堂々と居座っていた。


 俺が座るべきはずの場所がまるで椅子取りゲーム、フルーツバスケットで勝利したように漫然と座っていたのは俺の脳裏に焼き付けられた。


 機嫌やその場のムードを壊したくないという自分の思いとは別の感情が満たされた俺は、不倫現場をスクープするのではなくふらりとそこを離れていった。


 人付き合いは面倒だと感じ始めたのはそれからなのだろう。




 とまあ、大方話がずれすぎてしまったので戻す。



 ――要は感情に身を任せると、ろくなことが起こらないということだ――



「知りたいなら知ればいい、聞きたいなら聞けばいい。自分のしたいことを意欲的に出来ない人の方が楽に生きれないと思うのだけど」


「あーそうかもな。納得出来ずに死んでいくなんて俺だって真っ平ごめんだ」


「なら聞くよ、どうして部に入らないんだ?」



 俺はこの女を信用する相手に、心を許す相手にしたわけじゃない。思考した挙げ句の果て、論理的に事を並べた結果だ。



「入れないのよ」


「それは部活動に加入できないってことか?だとしたらなぜだ?」



 少しでも気を許したのだと頭の隅で誤認していたようだ、人の敷地内にずかずかと踏み込んでしまった。これじゃさっきと同じだ。



「あなたには関係のないことよ」



 そんな風にさらりと流すように、嘘が当たり前の話であるかのように、俺の目線を逸らそうとすれば嫌でも気にしてしまうのは俺だけだろうか。


 否、それはないだろう。他人なんて自分と関係ないのだから何も行動を起こさず、傍観もしないという態度を取る俺でさえ気にかけたのだ。どういうわけか言い訳のように聞こえるけれども。



「いや俺にだって関係はあるはずだ。もしこのまま新入生部員数一人が続いたらそれこそ俺の絶望的状況だ」



 俺は机の上に乗せられた何重にも重ねられて厚くなった資料に指を差す。ゆえに、これこそが今の俺の行動要因、駄々をこねるように諦めが悪い理由だ。



「それは傲慢というものね、あなたの仕事に任せられたものに手を出さなくてはならないというのはどうしてかしら」



 だが、そんな俺の感情的に吐露した言葉は耳に入れてもくれず、当たり前の事実を淡白に、どちらかと言うと冷淡に宣告された。 



「……俺が楽をしたいから」



 初め無言だったのは目の前に存在する貴重な部員、人材を保持するにはどうすればいいか、言い訳のような文言を試行錯誤しつつも生み出そうとしたためである。


 だが、なんとまあ知っていたがやはり全て徒労に終わった。「君と共に仕事をしたいんだ」なんて口にしたら俺の高校生活も中学の頃の二の舞に終わる。


 それは避けなくてはならないのだ。ゆえに、理由という言い訳を創り出せ、想像できる返し文句はこれしかなかったのだ。まさに怠惰の象徴、イミテーション模倣である。



「その意味で捉えていたのね……」



 初めて遊園地に来て「あれがジェットコースター!?」なんて奇想天外な物語に巻き込まれたような少年を眺めているような目。


 違うな、社会科見学でテレビという間接的媒体でしか見れなかった国会議事堂を憧憬しているような少年か。


 なんにせよ、どちらでも構わないが結論からすればこの冷徹な女はその名前のとおり雪女のように相手を凍えさせるような眼差しで俺を蔑んでいた。


 対する俺はこれしかなかったのだ。すなわち笑って誤魔化し、すかさず突っ込みを入れる。 



「いやさっきのは理解していたがっ」 


「つまるところ私には関係のないことでしょ、だから部に入るか入らないかも私には関係のない話」



 凍り付いた教室が再び解凍され始めたように真面目な話に戻りつつ、俺は再度反論しようとする。「部活に入れ」と。



「いや、だから」



--部活会のお呼び出しをします。文芸部--



「曲谷君っ、君が行ってくれないか!」



 突如、俺と如月のちょうど真横に構えていた唯一の部室出入り口から焦燥に駆られた部長ーー長月衣ながつきころもが飛び出てきた。


 ぼさっとした髪の毛がアホ毛を運よく生み出し、どうやら急ぎの用事であるのが読み取れる。


 なるほど、しかし物珍しい光景は何をとっても滑稽なものだとしみじみと感傷に浸れるものだが、この人は俺がこんな状況に至った張本人だ。忘れてはならない。


 店側が対応が面倒な顧客をリストにまとめ上げるようないわゆるブラックリストを作成するのと同じだ。俺にデメリットを加える恐れのある危険人物を忘れてしまえば、それこそ愚か者だ。



 とは言うものの、やはり先輩後輩という上下関係から逃走することは叶わず俺は渋々「はい……」と溜息混じりに答える他なかったのである。




 嗚呼、ブラック企業は日本社会の敵であり温床なのではなかろうか。一国というこれまた巨大なスケールからすれば俺は未熟者なのだと思いつつ、俺にも拒否権を行使させて欲しいと痛切に願うのだった。

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