第10話.どうしてここにいるのですか……?
さて、どうしたものか。
どうしたものかと考えても、いとも容易く何か解決策が浮かぶとは限らないのが現実。
さらに言うと頭が固い社会様はアイデアさえも生み出させてはくれない。目前に待ち構えるこの巨大すぎる壁を乗り越えるにはそのアイデアこそが唯一壁を通過できる鍵のはずなのに、それさえも渡してはくれない。
何を、いつ、どこでとWhat,When,Whereの懐かしい構文が頭に流れてくるのに結局のところ文章が何を語っているのか分からないという致命的アレだ。
なんというかこの世の不憫さをそこまで叩きつけられても、ハテナボックスでもない俺からは何も出ませんよと言いたいほどだ。
と、自分語りはこの辺にして本題に至りたいのだが、
「独り言は止めてくれる?目障りな蠅が耳元で羽音を出しながら飛んでいるようで鬱陶しいわ」
この現状を理解していない、いや理解なんてめっぴらごめんよと蔑むような顔をされて思考を強制終了された。
この女、俺が謙遜し敬わなくてはならないこの忌まわしい人物こそが俺と同時期に入部した如月桜だ。名前のように優雅にひらひらと舞い降りる花びらのように、なんてのは夢のまた夢の話だ。
触れたら相当危ないトリカブトの方が似つかわしい。しかも生息地は確か……湿気が多い環境だったな。
「私のことを侮辱しているのなら止めておいた方がいいわよ。それなりの罪状がこの国にあるのはご存知?」
他人の心情をこうも容易く掴み取るとは、これこそ占い師の才能あるんじゃないか。
「名誉棄損罪な。ってそれはお前こそ言える話じゃねーの、俺がお前を侮辱してるって話、俺からしてもあまりにも一方的過ぎて納得しないぞ」
「あら、まあそうね。それも考慮の内にしとくわ」
さらっと自分の非を認めて話を片付けようとするところ、俺は嫌いじゃない。
ここで念のため言っておくが、人生一生涯において
しかーし、そこにはいたのはなんと。昨日と同じメンバーで授業を無断欠席した面白みの欠片もない俺の担当編集者だったというわけだ。なるほどつまらん。
「今日は何やってんだ?昨日もそうだがパソコンに目線ばかりでそんな忙しいのかよ?」
「あなたのように私は暇人ではないのよ。そういえばその調子なら先日送った件、もう終わったのよね?」
にこやかに俺を見返すパソコン越しの笑顔の表情はまるで悪魔だ。なんで笑顔が悪魔かって?
「あ、いや終わってないです……今やっと半分なんですけど」
先輩でも後輩でもない人に対して言葉遣いを正してしまうのは、拘束力があるこの女の目力のせいだろう。
目の前の女は俺の役目が終わっていないことを知った途端、人を石にさせるんじゃないかというメデューサのような眼光を放っているのだ。
「あ、そうなの」
だからとはいえ、なんでやってこないのかと何度も拷問のように問いただされることもなく、当たり前のようにゴミをゴミ箱に入れるような口ぶりで俺に返答するのだ。
「ほんと、すみませんっす。明日には終わらせますんで、ホントマジで」
そこで俺が取るべき行動は頭を下げることだ。一応、俺の上司で仕事を続けているベテランなのだし、一応ね。
「少し時間貰ってもいいか?ちょっとした相談なんだけどよ」
からの職業での立ち位置から切り替えるのは些か気を使うが、何事もないようにただのクラスメイトに話しかけるようにする。
「これ、どうする?」
俺は机の片隅に必要性が失われた物のように乱雑に置かれた書類を指をさす。
それは、俺が社畜になるように仕向けられた小道具。すなわち文芸部の活動内容である。
「どうするも何もそれはあなたの仕事でしょう、私にせがんでも意味がないわよ」
断固拒否。俺に目線すら与えずに自分の仕事に没頭しているようだ。
「俺だけに荷物持たせるのやめてくれません?ここに何度も、何時でも籠っておられる部員様は今俺の目の前にいるんですが」
パチンッとエンターキーを叩く音が部屋に鳴り響く。俺の細やかな弁論がそれは見事に粉々に刻まれる予感が冷たく背中に伝わる。
そもそも俺以外の新入生部員がいるのかいないのか、知らなかったのだがこの場に留まって悠々自適と生活しているこの女を見れば部員は俺のみではないということは一目瞭然だ。
つまり、そう、とどのつまりだ。この女ーー授業さえもろくに出ずに自由奔放に高校生活を送る如月桜は文芸部員である他ないという確証なのだ。
「それは私のことかしら?」
削った挙句、光が出来得る限り反射するような磨きを施したダイヤのような眼光が俺に向けられた。
うん、恐怖。
「私のことだったらあきらめることよ。私は今の今までこの部屋にいるだけ、分かる?いるだけなのよ。部員というグループに初めから入ってないのよ」
呆れた、とか驚いたとかそんな一言で言える感情ではないような気がする、かと言ってそんな感情も無かったと言えば虚言を吐くようなことになってしまうのだが。
まあ頭の中で俺の一部分が「信じられねー」とか「じゃあなんでここにいるんだとか」、一方から交錯するように議論しあっていると言えば妥当なのか。
独りで考えに耽るのは別に苦難を要するようなものでもなかったし、これまた簡単なことでもなさそうだったので俺はこう返した。
「ならなんでここにいるんだ?」
無粋でも一応はまともな返しだとも感じたが、平安時代にこんな返歌をしたら心底つまらなそうにする人々の顔がよく目に浮かぶ。
つーか、俺だってあんたらの考えていることが意味わからんし、相手の思惑を理解して返す詩にもそれを取り入れろだ?なぜ鸚鵡返しのようなやりとりをしなくてはならんのだと、それに重要性はあるのかと豪語すると、これまた愛想がなく小さい男と呼ばれたこともあるのだが俺は気にしない。
その要らぬ副産物が世界のどこかで溜まって溢れたように、如月は俺に言葉を当て付けてきた。
「私がどうしてここにいるのかって?」
俺よりも辛気臭い鸚鵡返しだと、そう信じたい。
「そうだ。部員でもないお前がここにいたって必要ないんじゃないのか?」
「行く場所が無いからよ」
自分の居場所が無いというのは別に嫌なことでもない。それは俺の人生の中での教訓がそう語っている。
独りでも生きていけるし死ぬこともない。相談する人がいないのが原因で自殺するとかしょっちゅうニュースで報道されるがそれは違う、他人のせいにしているだけだ。
「行く場所なんて何処だってあるだろ、例えば図書館とかよ。どうせ編集とかその関連の作業仕事してんだろ?なら絶好な場所じゃないか」
「出来たらそうしたいのだけどその場合、図書室の管理人に私の居場所を知られたら担任に耳打ちされて何もかも終わりだわ」
俺が提案することに幾度となく反対する。微細な抜け漏れを厳しく指摘するのはやはり仕事上の性なのかと納得するほどだ。
「なら自習スペースはどうだ?」
「SHR前の朝自習、放課後しか開いてないわ」
「な、なら食堂はどうだ?」
「同じよ、そこで勤務する人と教師は繋がっているもの」
「だったら、使用されにくい教室はどうだ?」
「そんなリスク負うのならここにいた方が安全だわ」
さりげなく如月にそう口に出させるための誘導尋問をしていることに俺は気付いていなかった。
それはさりげなくというべきなのか、いや自分から口に出してそうさせているのだから「さりげなく」ではないのかもしれないが、と自問自答していると言葉に鋭敏な如月桜は必然的に気付いていた、気付かされていた。
「それともあなたは私にここを出て行けと、そう願っているのかしら」
恐らくこの女は気付いていないのだろう。「この場を離れなくてもいい」と言わせていることを。男は女が自分を否定することに否定する二重否定規則という世界の不憫性だ。
だから俺は敢えてそれに乗ることにした、世の中で語られる男と女の草芝居が一体どんなものなのか、人間のやりとりに関して興味があったわけではなかったが、興味がなかったわけでもなかったのだ。
「それは違う、俺はお前にここを出て欲しいなんてことは思ってもいねえし。ただなんで部に入らないのかと興味があるから聞いただけだ。だってそうだろ?仕事でも文学に携わっているというのに入ろうとしないなんて、その理由を知りたくなるのは知識欲である人間の性なんだよ」
「……回りくどい言い方。単純にどうして部に入らないのか?と言えば良いのに」
「そんな楽な生き方で生きれれば人生困ったことないかもな」
そう、これはいつの日かもう忘れた頃の話だ。
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