64.異国のパイロット

 空母は調査のため、暫くは現場になった海域で停泊することに。

 騒然とした明け方から落ち着き、その日の夕。

 再度、海東司令から衛星電話が届く。


「総司令のご子息?」

 艦長室のデスクで、御園准将は海東司令をパソコンモニターを通じて会話をしている。


 お互いにヘッドセットをした姿で話しているが、そこで御園准将が司令からの報告を聞くと言葉を止めた。


『そう、ミセスと同じあちら大陸国海軍の三世隊員だそうだ』

「お祖父様もお父様も……ということでございますか」

『そうだ。二十機もの大量出撃で牽制なんて、そんなおおがかりな作戦なら、おそらくそのパイロットの父親である総司令の指揮下にあったのだろう。緊急事態も迅速に報告されただろうから、総司令の一存でこちらにコンタクトを取ってきたのではと予測されている』


「左様でございましたか……。これで、すぐに迎撃阻止の緊急通信がわたくし共の総司令へと届いたこと合点が行きました」

『そういうことだ。まあ、ここで親心だすなんて、少し安心したよ。あちらでは英雄死が最高の名誉と見られることもある。父親の泊をつけるため、息子を犠牲にすることもあちらでは平然とできただろうにね』

「子息が相手国の空母に墜落したという不名誉のリスクの方を取られたのかもしれません」


『現実的に考えれば、そうだな。相手国空母に損害を大々的に与えた司令官である方が不名誉だとは思う。ただ心より息子を助けたのか、他になにか意図があって助けたのかは計りかねるお国柄だから、表面だけで判断できかねる。不名誉な墜落でも、英雄死だと強引に扇動し担ぎ上げることも簡単だろうし?』


 海東司令が皮肉った笑みを見せても、ミセス准将はにこりとも微笑まない。


『まあ、そういう人物なので念のため、警護の強化も頼む。そのような事情であるため、明後日とはいわず、早急に調査官が行く。明日の朝にはなんとかなるだろう』

「かしこまりました。滞りなく保護いたします」

 そこで電話が終わる。


 またにこりとも笑わず、表情も見せなかったミセス准将が、そこでは溜め息をついた。


「はあ、三世隊員ね……」

 御園准将と同じく、軍人一家のお坊ちゃんがこちらに来てしまったらしい。


「総司令のご子息でなかった場合は、やはり撃墜していたのですか」

「まさか。撃墜はなるべく避けるが、海東司令の密かな意志よ。こちらから手を出す時は、最悪最低最終の手段と思っていらっしゃる。ただ今回は偶然、空母に向かって墜落してきたので迎撃を試みただけ――。大抵は、侵犯しても措置をすれば、国に帰っていくからね」

「そうですよね。そんなことになったら国際的ニュースになってしまいますよね」

「大騒ぎよ。それを阻止する回避するのが、撃墜よりも重要な任務であるのよ」


 准将がまた溜め息をつく。いまの電話を聞いてから、なにやら眉間に皺を寄せて面倒くさそうなお顔。自分と同じ育ちのパイロットを拾ってしまったからなのだろうか。


 そして心優も、騒ぎが落ち着いてから、少しイライラしている。艦長と雅臣に二重に護られていたこと。


 役立たずの護衛官だった。気の利かない護衛官だった……。


 ただ艦長の気休めのためにそばに置かれているだけ。横須賀でたまに言われる『マスコットみたいな存在』という言葉が、あの時は意地悪で言われていると思っていたのに、今日の心優は自分でその言葉を突きつけている。そしてそれが痛い……。


「彼の意識、まだ戻らないのかしらね」

「医療セクションに確認いたします」

 自分からサッと動いた。もう、こんな思いは嫌だ。わたしは、艦長の娘のような存在ではない。


 あまりにも側にいて、毎日一緒で、そして……、普段はお茶目でお優しい一面をいっぱい見せてくれたミセスだからすっかり甘えてしまっていた。

 ラングラー中佐が、仕事中はミセス以上に冷たい顔をしていて、時たま、ミセスに嫌味をいう程クールなのはどうしてなのか、いま痛感している。


 秘書官は護衛官は、そうであるべきだったのだ。ミセス准将が空母の危機にこそ、ロボットのような冷たい人になるように。秘書官というロボットにならなければならなかったのだ――と。


「お疲れ様です。艦長室の園田です」

 ドクターからの返答は、処置後の投薬でまだ眠っているとのことだった。

 脱出限界高度がギリギリだったこともあり、無事にパラシュートは開いたが、落下速度が早かったらしく、首を酷く痛め足を骨折していた。


 それを知った雅臣が、また青ざめていたのが心優は気になっている。自分に重ねたに違いない。パイロットの彼が前線に行くことを任命されるほどのパイロットが、この負傷を機にコックピットに戻れなくなるとしたら、雅臣と同じ境遇になる。


「艦長、まだ眠っているそうです」

「そう。まあ、命に別状はないようで良かったけれどね。目が覚めたら、またどうなることやら」

 御園艦長もさらに溜め息をついて焦れている。明日、司令部に身柄を引き渡してしまう前に、彼の『生の声』を聞いておきたい、上層部に管理されてしまう前に事情を彼の言葉で聞いておきたいとのことだった。


 相反する国家思想を持つ間柄。向こうの国より強くあれと衝突されることもままあることだった。


 そんな彼等が幼少の頃より『敵国』と教えられてきた国の海兵隊に助けられる。しかも自分から助けを請うた。彼はまだ知らないが、総司令官である父親までもが息子のために職権を使った。


「一番怖いのは、自害よ」

 心優は震え上がる。そんなこと、この時代にあり得る?

 だが御園准将は真剣だった。

「コックピットではパニックを起こしていたからこそ、心からの助けを叫べたのかもしれない。でも冷静になって、いまの状況を把握したら、彼は自分が国の恥だと思って帰国して駄目なパイロット、余計な問題を起こしたパイロット、総司令の父親に迷惑をかけたパイロットとして逆に『この作戦を失敗させた戦犯』みたいに国で扱われることを予測し、それなら『英雄死を選ぶ』となにを考えるか解らない。だから、目が覚めた瞬間が危ないのよ」


 艦長がそういうと、きっとそうなると心優は思ってしまう。この人の神懸かり的な対処を目の当たりにしたばかり。様々な窮地を乗り越えてきたこの人も本物のネイビーに違いなかった。


「ですが、その為に『保護室』にて警備をしていらっしゃるのですよね」

「両手は医療的対処としてゆるく拘束している。目が覚めた時に暴れられたら困るからよ。それでも本当の拘束束縛ではないので、力任せにほどかれる可能性もある。刃物に紐類はそばに置くなと言っているけれど医療用品は避けられないから完全防止は出来ない、室内は監視カメラで観察し目覚めを逃すな、近づく時は警備隊員を中に入れて診察するようにと告げてあるけれどね」

 それでも不安だ――と、あの艦長が落ち着きない。

 そこに危機の予感を感じずにいられないのだそうだ。


 大陸国の彼は、通常の隊員が傷病の際に使う病室ではない特別の病室に入れられている。優遇されての特別ではない。酷くいえば『拘束部屋』だった。

 外鍵のドアで中からは開けられず、艦長の許可がないと誰もドアを開けられない。任命された警備隊員一名だけが合い鍵を持ち、それも容態急変などの余程の緊急以外は艦長に一報入れてから開ける規則になっている。


 彼はいま、保護されているといっても、違う国に勝手に入ってきてしまった異国人。万が一があってはという対処はあたりまえで、彼はいまその一室に閉じこめられている。


 それでも他の病室と違わぬ室内で、綺麗なシーツのベッドにトイレがつけられている。

 扉の前には、艦長から直々に使命を受けた警備隊員が仁王立ちで警備をしていた。おそらく彼等も、あと三十分もすれば、先ほどの海東司令からの新情報を警備隊長から伝えられ、大陸国パイロットが総司令の子息だと知ってさらに警備に気を引き締めることになるだろう。


 彼等の腰には心優と同じく三段ロッドの警棒がある。そして心優は知っている。彼等は警備隊長からの信頼が厚いエリート兵。黒い戦闘服、ジャケットの下には既にホルスターを装着し、拳銃を隠し持っている。


 なにかあれば、彼等がそばにいるから大丈夫だろう。だから心優は安心はしている。


「はあ、面倒くさいな。どうしてこっちに来ちゃったのかしら」

 今更だったが、今になって艦長は侵犯したパイロットを拾ってしまったことで頭が痛いようだった。


 


 ―◆・◆・◆・◆・◆―


 


「え! あのパイロットが向こうの総司令の息子!?」

 艦長室に呼ばれ、さっそく報告を受けた橘大佐と雅臣も面食らっていた。


「そうなのよ、だから引き渡すまでがちょっと面倒だと思うのよ。今夜は交代で寝ずの待機になると思うから心得ておいて」

「ラジャー、艦長……てか、葉月ちゃん絶対に眠らないよな。こうなると……」

「ですが、艦長と橘大佐と自分とでひとまずのシフトを決めておきましょう」

「そうね。私はともかく、貴方達は少しでも仮眠が出来るようにしましょう。いざという時、眠れなくて憔悴しているかもしれない私もどうなるかわからないから」


 その時は任せてくれ――と、大佐二名が頼もしく答えてくれている。


 だが橘大佐も途端に面倒くさそうな溜め息をついた。

「道理で、横須賀の中央にすぐさま迎撃をするなの申し入れがあったのもこれで頷けた」

「父心ですかね……」

「んな、甘いもんだったらマシだけどな。どうかな、そこまで上りつめた男の面子ってヤツが重要なんだろ。俺的には表向きは息子を助ける父親の顔で動いた方が胡散臭く感じるね」

「自分は、彼が国に帰還した後、どう扱われるか心配です」


 海東司令は割と現実的な判断だったと言い、橘大佐は胡散臭いと言い、雅臣は艦長と同じくパイロットがこれからどう感じるかを見据えている。人それぞれだなと心優は思う。


 そんな中、またアイスドールのミセス艦長は面倒くさいと思いながらも、どうされるのか。心優は気になる。


「艦長。お願いがあります」

 雅臣が気後れした様子で、御園艦長に申し出る。

「なに、雅臣」

「彼が目覚めたら、俺も同行させてください。少しだけですが、秘書官時代に大陸国語を学んでいます。それに……、」

 足を骨折したパイロットの心配をしているようだった。それは御園艦長も察している様子。


「いいわよ。では私と彼の会話の記録と録音をお願いするわね。ただし、警戒は怠らないように。相手はお客さんではないので。心を許しても駄目。甘い顔は見せないのよ、わかったわね」

「はい、了解……しました」

 同情を見抜かれていた。それでも雅臣はついていきたいようだった。


「では、その時のブリッジは橘大佐に一任します。お願いしますね」

「イエス、マム。そっちも気をつけろよ」

 そして橘大佐が初めて、怖い顔で心優を見た。

「園田少尉、艦長に何事もないよう頼んだからな」

 今までミユちゃん――だった大佐が、初めて園田少尉と言ってくれた。そして、護衛官として託してくれた言葉。


「もちろんです。何事もないよう務めます」

 嬉しかった。護衛官ではないような気がしていた時に、もうひとりの大佐殿から託された事が。心優は敬礼をして気を引き締める。

 そうだ。ここで気を張らなくてどうする。艦長は大陸国の彼が目覚めたら対面しなくてはならい。相手は怪我人であっても、国外の人間。そして牽制しあってきた国同士。


 これは危険な対面なのだ。艦長の後ろをついていくだけでは駄目だ。いままでハワード大尉に教わってきたこと、護衛部で身につけてきたこと、そして、エリート海兵隊員のシドに仕込んでもらったこと、全てを発揮する時。神経を張りめぐらせ、艦長と他国籍の男との対面を無事に終えなくてはならない!


 


 ―◆・◆・◆・◆・◆―


 


 夜の十時になって、その連絡が来た。

 内線は心優が取った。ドクターからパイロットの彼が目覚めたとのことだった。


「心優、雅臣。行くわよ」

「はい、艦長」

 艦長室に一緒に待機していた雅臣も『イエス、マム』と艦長の後をついていく。そして心優も、ロッドを一度握りしめてから深呼吸をして向かう。


 自害もダメ、彼からの襲撃もダメ。どちらも必ず阻止する。もう上官にこの子は護ってやらなくちゃと思われるような隊員ではいたくない。

 そう、わたしは『経験浅い女の子』かもしれないが、それ以前に『実力ある元空手家、現護衛官』のはずなのだ。心優は言い聞かせる。これまでの経歴をここで活かせ――と!


 胸ポケットにずっと忍ばせてきた母が送ってくれた『シャーマナイトの石』を握りしめる。準決勝、決勝と大事な勝負所で必ずこれを握りしめ、冷たい石の感触と澄んだ光沢、これらに心のざわめきを鎮めてもらってきた。


「心優、アドルフも呼んできて」

「はい」

 心優一人で心許なく思われているのだろうか。でも、護衛的には上官一人に付き、一人の護衛官が望ましい。解っているから心優も指令室へとハワード大尉を呼びに行く。


 艦長と指揮官大佐と護衛官二名。御園艦長を先頭に、医療セクションに辿り着くと、ドクタールームで待っていた医師が迎えてくれる。


「意識ははっきりしているの」

「はい。とても落ち着いております。自分が侵犯したことも、バーティゴに陥ったことも、艦長と通信して話した内容も順序よく、静かに説明してくれました。それで、あの……、彼から艦長に会いたいと言っております」

「そう、わかった。今から会いに行くわ」

 ドクターの前では、クルーが畏れ多く近寄りがたいと口々に言うアイスドールの顔になる艦長。ドクターも恐る恐るといった口調になっている。


 あれだけの危機を瞬時に回避し、空母を護り、相手国の侵犯機を避けた上に、パイロットまで救助してしまった艦長となると、彼女が女性だろうが男性だろうが、きっとまたクルー達は艦長のことを余計に畏れ多く思っていると心優には見えた。


 そしてパイロットの彼も、目が覚めても落ち着いているようで心優もホッとする。

 だがそこで心優は首を振る。いけない。油断は禁物。絶対に気を抜かない。

 司令の息子ということは、何か任命を受けているのかもしれない。そう、御園准将が『大佐』に昇進した時の任務も、司令総監の娘であるが故に『密命』を受けて、秘密隊員と共にテロ現場に侵入する任命をされたように……。


 艦長室でも司令の息子と判った途端に、艦長と大佐二名が『本当にバーティゴだったのか。うまい演技で、背面飛びも脱出も墜落もすべて計算のうち。この艦内に入るためのよく出来たシナリオがある作戦なのでは』という予測もされた。だから父親が撃つなと申し出てきたのでは……とも。


 良く判らないものになっていた。ややこしいものになっている。

 でも御園艦長はいつもの落ち着きでその部屋の前についに立つ。


「お疲れ様でございます」

 警備隊員の二人が艦長に敬礼をする。

 中年中堅の諸星少佐がその部屋のドア鍵を開ける。

 カチャン――という音と共に、艦長がドアノブを握ってドアを開けた。


 頭に包帯を巻いている黒髪の男が気がついて、少しだけ起きあがる。でも足はぐるぐるに包帯を巻かれている痛々しい姿。

 バーティゴを起こし侵犯をした、大陸国の戦闘機パイロット。その姿を心優は見た。

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