58.アクロバット展示、広報撮影

 空母が進行するその向こうに島影――。

 日本海佐渡島近辺に到着。

 本日は、晴天。ついに撮影本番当日を迎えた。


 いよいよ本番。心優も自分のことのようにドキドキしている。

 ここ数日は、鈴木少佐と橘大佐二機揃っての調整が続いていた。まだ完全に仕上がっていない部分があるとのことだったが、それでもだいぶスワロー師弟の息が合ってきている。


 バレット担当の雅臣の指揮も白熱し、いまの彼はパイロットの顔で集中している。心優と会話を交わしても、もう甘い雰囲気も言葉も皆無になった。

 でも、心優はそんな雅臣をそっと見守っているだけで幸せで、そして雅臣も時々、心優を見てあの愛嬌ある笑顔を見せてくれ、心優のことも気にしてくれている。

 ―― がんばって、臣さん!

 今日の撮影が、雅臣が企画した撮影が、上手く仕上がりますように。成功しますように。事故が起きませんように。心優はずっと祈っている。




 艦長室そばのミーティング室に、広報部の撮影スタッフと、指令部幹部や甲板クルーにパイロット。関係者が一斉に集合した。

「いよいよ撮影本番です。兼ねてから伝達してきたとおり、各部署、的確に行動を願います」

 ――イエス、マム。

 白い飛行服姿の御園艦長を筆頭に、配下の男達が声を揃えた。


 艦長の隣には、浅葱色のマリンスワロー飛行服を着込んだ橘大佐。さらに真っ白な飛行服姿の雅臣と鈴木少佐が揃って並んでいる。


 このミーティング室に入った誰もが、雅臣と橘大佐の姿を見て表情を止めた。

『すごい。スワローのエンブレム男と雷神ソニックが復活だ』

 空を飛んできたパイロットの中でもその名を馳せてきた男二人の復活は、空の男達を興奮させた。


「それでは、駒沢少佐。詳細の確認をお願いいたします」

「了解しました。艦長」

 広報の駒沢少佐が最後の確認をする。各セクションがすべき事の最終確認――。

 それが終わると、広報少佐は、本日の主演であるスワローの男と雷神エース、二人のパイロットを見つめた。


「最後に、パイロットのお二人にお願いです」

 この撮影を一番喜んでいた駒沢少佐だったが、今日は彼も緊張しているのか表情が堅い。そして不安そうにも見える。


「広報の人間として、民間の方々があっと驚くものを求めているのは本当のところです。ですが、今回の企画は途中から変更されたため準備期間も短く、さらに艦長から報告を受けたところ『仕上がりは不完全』とお聞きしております」


 その通りで、数日前のリハーサルを駒沢少佐も目で確かめ、溜め息をついていた。『確かに最高の演技になるだろうけれど、超難易度だ』と。駒沢少佐が、最後の確認にきて、パイロットの二人に告げる。


「完全な仕上がりで成功すれば最高の広報です。だからとて、難易度が高い技に挑んだ故の事故はあってはいけないと考えています。最終的に完全な仕上がりに適わずとも、ホーネットとネイビーホワイトが並んでいるだけで華がありますから、それだけで成功とさせて頂きます。さらにその場合は、最高の仕上がりまで撮り直す――ということはやらない方針です。よろしいでしょうか」


 パイロットの二人も、そこは艦長から諭されて同意している。意にそぐわなくても、無理は禁物。『華』さえあればそれで成功とする。そこを飲み込んだ上で、本番に臨む。


「御園艦長も、この方針でよろしいですよね」

「よろしいわよ。駒沢少佐。パイロット両名も同意済みです」


 御園准将の言葉に、橘大佐も鈴木少佐も従うようにうなずいている。


「それでは本日午前十時より撮影開始です。各セクション、準備を整えておくように」

 ――イエス、マム!

 男達が一斉に敬礼をした。


「英太、行くぞ」

「イエッサー」

 主役の二人も表情が堅い。だが橘大佐が小さく言い放った言葉を心優は聞いてしまう。


 二人は指令室へと消えていく。本番を迎えるその時ギリギリまで、二人でイメトレにて調整をするようだった。


 真っ白な飛行服姿の雅臣と御園艦長も二人の意気込みに気がついて、そっと顔を見合わせている。

「雅臣。ちょっと……」

「はい」

 こちらの指揮にあたる二人も顔をつきあわせ、ひそひそとちょっとした相談をしている。

「いよいよね。英太のことを頼んだわよ」

「了解です。艦長」

 ミーティング室の丸窓の前に、朝日に輝く真っ白な飛行服姿の二人。こちらのミセス准将と大佐殿も『師弟』。


 やっと取り戻した時間の中、二人の腕には『白昼の稲妻』を描いた雷神のワッペンが揃っている。心優は向きあう二人に気付かれないよう、この輝かしい『始まり』をそっとデジカメで撮影しておいた。


 午前十時。

 その時がやってきた。心優も御園准将の側について、撮影本番を見守る。

 管制室には広報撮影チームのカメラマンがカメラを構えてうろうろしている。

 艦長と城戸大佐のそばに、今回はカメラワークをチェックする駒沢少佐のモニターも準備される。そこから、甲板、海上船上を担当している撮影チームからの録画映像が送られてくる。


「では、御園艦長。開始をお願いいたします。指揮側と官制員のカットもいくつか頂きたいと思っています。ですが指揮の最中、集中が出来ないと感じられたら退室命令を遠慮なく出してください。お顔は映らないカットにしますのでご安心ください」


 駒沢少佐の言葉に、御園艦長と雅臣が共にうなずく。


「管制、各セクションの確認をはじめてちょうだい。全てのセクションからOKが届いたら、私に報告を」

 ――『ラジャー』

 官制員の返答を合図に、インカムヘッドホンをした管制員達が一斉に各セクションへの確認をはじめ、管制室は英語のさざめきに包まれる。


「キャプテン、エアボスからOKです」

「キャプテン、甲板撮影クルー、海上艇撮影クルーからもOKです」

「キャプテン、バレット機発艦準備開始です」

「キャプテン、エンブレム機発艦準備開始です」


 次々と各セクションからの準備進捗の確認報告が届く。

 その声が届く中、心優と雅臣の真ん中にいる御園准将がそっと呟いた。


「エンブレムというより、今日はきっと『サイクロン』ね」

 何のことだろう――と心優は思ったが、雅臣はわかった顔で微笑んでいる。

「橘大佐の、スワロー隊長就任前のタックネームですね。一緒に空母に乗っていた艦長にとっては、若くて雄々しいサイクロンの方が記憶に残っていそうですよね」


 『サイクロン』。橘大佐の若き頃のタックネームだった。


「弾丸とサイクロン。どのような化学反応を最後に起こしてくれるかしらね」

 ミセス准将が乗り越えられないことに臨む時にこそ見せる、不敵な笑みを湛えた。

 雅臣もそれに応えるように、シャーマナイトの目を海原へと向け輝かせている。

「きっと前代未聞の化学反応が起きますよ」

 最後のセクション報告が届き、ミセス准将が真っ白な飛行服姿でカウンターに両手をつく。そこにある艦内一斉放送のマイクを手にした。


「では、広報撮影本番をはじめます」


 ミセス准将のその声で、周りにいるカメラが動き始める。駒沢少佐のモニターに、白い飛行服姿を揃えたミセス准将と大佐殿の後ろ姿のカットが映し出され、他のモニターにはコックピットにいる浅葱燕の橘大佐と、白昼の稲妻エースの鈴木少佐が映し出された。


 展示飛行で『いまここで一斉に動きを揃える』という際に発せられる合図をミセス艦長が告げる。

『Go Now』

 アイスドールのクールな声が艦内に響いた。


 


 ―◆・◆・◆・◆・◆―


 


 甲板に揺らめくスチームカタパルトの白い蒸気。戦闘機を走らせるレールには、固定するための白いカタパルトシャトル。それが白い戦闘機へと向かって動いている。


 グリーンジャージの射出・着艦装置の甲板要員が、鈴木少佐が搭乗したネイビーホワイト7号機の足下に集結している。


 その映像も駒沢少佐のモニターに映し出されている。そして、他のモニターにはコックピットに固定されている小型カメラ映像。

 弾丸のペイントがされているヘルメットと黒いヘッドマントディスプレイを目元に装着済みの鈴木少佐が映っている。


 もう一つのモニターには、燕のペイントがされている青いヘルメットをかぶり、こちらもヘッドマントディスプレイを装着している橘大佐の姿も映されている。


 空母のカタパルトは数本あるが、二機は隣り合わせのカタパルトレールにそれぞれセッティングをされている。


 グリーンジャージの装着員が群がり、やがて車軸から離れ、黄ジャージの『航空機誘導士官』と装着完了の合図を確認しあうコマンドのジェスチャーを送りあう。

 管制と甲板の確認通信が始まる。やがて、パイロットと管制の最終確認通信も。


「そろそろ離艦、発射だ。逃さないように」

 今日は撮影クルーと無線で通信をするため、駒沢少佐もインカムヘッドホンをつけ広報総指揮にあたっている。


「カメラ回ります」

 カタパルト発射前に慌ただしく作業をする甲板要員の姿がモニターに映っている。

 御園艦長も無言でうなずくだけ。彼女もかなり集中している。心優には彼女がずっとその向こうを既に見据えていて、もうそこに行って待っているような気がした。彼女のそばにいる秘書官としての勘。『葉月さんは何かを狙っている』?


「キャプテン。バレット機行けます」

「キャプテン。エンブレム機、行けます」


 官制員の報告に、御園艦長は駒沢少佐を見た。


「エンブレムを離艦させてから、バレットを発進させます。カメラワークはよろしい?」

「こちらも準備OKです。発進をお願いします」

 駒沢少佐の返答に、御園准将が官制員に指示をする。

「発射して」

 ――ラジャー。

 官制員の返事と、英語の通信。ブリッジから見える燕と朝日が尾翼にペイントされているホーネット。横須賀から急遽届いたスワローアクロバット機だった。アフターバナーが真っ赤に燃え上がるのが見える。


 駒沢少佐の甲板アングルのモニターには、黄ジャージの航空機誘導士官が、海へ『行ってこい!』の発射合図をしたところ。


 コックピットアングルでは、浅葱色の飛行服姿の橘大佐が甲板要員に向け、グッジョブサインを示し敬礼をした姿が映し出される。


『ティンク、行ってくるぜ!』

 コックピットにいる橘大佐の声が届く。

 コックピットの画面ががくんと揺れたかと思うと、スワロー機のキャノピーにはもう真っ青な空が映し出されていた。


「ティンクはやめてよ、もう……」

 御園准将が少しふて腐れた顔。雅臣は笑っていた。そして心優も今度はすぐにわかった。

「もしかして……。艦長が現役だった頃のタックネームですか」

「うん。その時の監督だったおじ様に、ちょろちょろ飛ぶティンカーベルのようだ――と言われたのがキッカケで、彼女の愛称である『ティンク』が定着しちゃってね」

 でも合っている、可愛い――と心優は思ったけれど、艦長は『キッカケがよろしくない』とあまりいい気分のネームではないようだった。


 雅臣もくすりと笑っている。

「今日のお二人は、あの頃に戻って……なんですね」

「そうね。サイクロンとティンク……ね」

 何か思うところがあるのか、御園准将がそこで黙り込んで橘大佐のコックピットから送られてくるデータを見つめるだけになった。


「バレット機も、行きます」

 官制員の声の後、今度は黄金の稲妻がペイントされている白い戦闘機が発射され、鈴木少佐も空へと向かっていった。

「ソニック。いいわね」

「ラジャー、キャプテン」

 元パイロットの指揮官同士。ここでも二人はパイロット同然の呼び方をして、二人の精神も空へと向かっていくのを心優は見る。


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