56.マリンスワロー品質

 艦内事務局にお遣いの書類を渡し終えた心優は、そのままコンビニへと向かう。


 この物資補給があったがために、今朝は面白いことがあった。

 心優はコンビニに向かう通路を歩きながら、つい一人で思い出し笑いが浮かんでしまうほどのこと。


 今朝、久しぶりにご主人の御園大佐からメールが届いたと、密かに嬉しそうに読みはじめた葉月さん。


《そろそろ物資補給の頃だね。ウサギの食糧不足も解消したことでしょう。大好きなチョコレートを送れないのが残念。せめてと思って、甘いものを入荷してもらうようお願いしておきました。だから機嫌良くして、皆さんを困らせないように。また暴れすぎて、皆さんを困らせないように》


『なんて、これしか書いてないのよ! 心優、どう思う!?』

 本当にそんな意地悪な文章しかなかった。

 それだけだったので心優もみせてもらったのだが、ミセス准将はまた旦那さんの意地悪にぷんぷんしていた。

 最初は嬉しそうな奥様の顔だったのに、徐々にいつもの【兄貴と、勝てないお嬢さん】みたいな顔になっていく彼女を見て、心優は『ほんと、あの旦那様は准将を感情的にするのがお上手……』と感心してしまう。しかもあの御園大佐が奥さんのことを無意識に『うちのウサギ』と何度言ったことか。心優も研修中に何度も耳にして、何度聞き返そうかと思ったけれど、どうも本当に無意識に呟いているようだったので、聞かずじまいにしている。でも聞かなくてもわかる。そうして奥さんが可愛くてしかたがないんだって――。


 そんなご夫妻のやりとりを知った朝を思い出して、心優はついひとりでクスクスとしてしまう。



 指令管制があるブリッジセクションから、コンビニがある区画に到着。

 物資が届いた後だからなのか、妙に人が多い気がする。

 どんな物が新入荷したのか、それもまた長い航海で任務にあたる隊員達の楽しみでもあることを、心優は目の当たりにする。


 アメリカ人に日本人がほとんどの今回の展開航行。様々な肌の色髪の色、女性男性入り交じって行き交っている。

「心優。こっちな」

 体格の良いアメリカ人男性もいる中、彼等となんら違和感のない大佐殿がにこやかに手を振っている。


 この艦でナンバー3になる艦長補佐官、飛行隊指揮官の大佐殿。誰もが知っているせいか、雅臣が手を振ったほうへと皆が振り返った。

 それだけで、心優は恥ずかしくなって顔が赤くなってしまう。もう頬も耳も熱い。


「やっぱ、物資投入後の新入荷発売だから、みんなが来ちゃったなあ……」

「こんなに混むんですね」

 いつのまにか、コンビニの外まで列ができていた。

 雅臣が溜め息をつく。

「あとだな。これは」

 そう言ったかと思うと、人だかりの中、雅臣がぎゅっと心優の手を握ってきた。


「よし。少し散歩に行こう」

「え、えっ?」

 体格の良いアメリカンの人だかりから、雅臣が力強く心優の手をひっぱり輪の外に出て行こうとする。


 人にぶつかりそうになると、雅臣が盾になってくれて、でもぶつかりそうになった隊員にお猿さんの愛嬌で『ソーリー』と笑顔を見せ、『大佐お疲れ様』と微笑みを返して貰っている。


 そんな中でも、雅臣は絶対に心優の手をしっかりと離さずにリードしてくれている。

 手も熱い……。臣さんの手、熱くて大きくて、力強くて。もう絶対に離さないって……伝わってくる。


 人混みの中、心優は雅臣に引っ張られながら、胸が狂おしくなって、もうここが職場だと忘れそうになる。


 他の隊員達がからかっても、雅臣はなんのその。『艦長のおつかい』と言ったり、『いいだろう』と平気な顔をして女の子を連れていることを自慢したり。でも、そんなあっけらかんとしている大佐殿の雰囲気のおかげで、艦長の許可の元、おなじ指令室にいる大佐殿と護衛官が息抜きをしているだけと見てもらえているようだった。

 

「はあ、汗かいちゃった」

「俺も。久しぶりの物資補給後の行列にでくわした」

 ふたりはコンビニやカフェテリアのフロアを抜けて外の空母通路に出る。


「すこし風にあたりながら、歩こうか」

「はい」

 甲板より階下ではあるけれど、そこはフェリーの外に出たようにまだ海のずっと上にある通路。波と潮風の音。上空では空域を警備パトロールに向かうホーネットが飛んでいく轟音。


「やっぱり外の空気はいいな。甲板に出なくては空は広くないけれど」

 そんなことを呟きながら前を歩いていく雅臣に、心優はついていく。

 うっすらと彼の汗の匂いが潮の匂いに混じって……。それだけで心優は雅臣と寄り添っているような気持ちになってくる。


 雅臣は、なにもかも知っているような足取りでカフェテリアフロアから離れていく。

 それどころか階段を下りて下りて、もっと海面に近い階下へと向かっていく。

 吹き抜けの鉄階段。壁はなく剥き出しになっているので、下りれば下りるほど海面の波が大きく見えてきて心優はちょっと怖くなる。


「もうちょっと下な」

 振り返ってくれた雅臣の笑顔に、心優も微笑み返す。

 三階ほど階下におりると人気もなく、とても静か……。

 落下防止の手すりに雅臣が手をついて空を仰ぐ。


「そろそろ陸が恋しくなるころだなあ」

 この空母が出航してそろそろ三週間。

「だからあんなにお店に人が集まるのかもしれないですね」

「そうだな。感覚がさ、陸にいる気持ちになりたくなるんだよな。最初は久しぶりの海や空母の懐かしい雰囲気に『またここにきた。やるぞ』となるんだけれど、またここの生活になれてくると陸の、緑とかが恋しくなるんだよな。潮の匂いがしない風とかさ」

「緑……。そういえばないですね」

「でも。今回の俺は、違う意味で陸が恋しいけどな」

 違う意味で、陸が恋しい? きょとんとした顔で心優は雅臣をみあげてしまう。彼がそんな心優を見下ろして、くすっと笑った。


「ほら。そういう、わたしなにもわからないって顔……」

 そういうと彼が心優の腰に手を回すと、そっと静かに抱き寄せてくれる。

「その顔が好きだよ、俺は」

 いつか心優が惚れ惚れしてしまったシャーマナイトの眼差しが注がれている。


「わからないって……、いま臣さんはどうして陸が恋しいの? 前に空母に乗っていた時とは違うの?」

 まだわからなくて聞いたのに、雅臣はさらにそんな心優を見下ろして愛おしそうな眼差し。


「心優――」

 彼の長い指先が心優の顎をあげたかと思うと、すかさず唇を重ねられていた。

「お、臣さん……?」

 話の途中……。答え、教えて……。

 熱く愛されるくちづけ。その合間に心優は小さく呟く。

「はやく……、心優と一緒に……、眠りたい」

 それが陸に早く帰りたい理由――。  今度は強く抱きしめてくれる。心優の黒髪の匂いを吸い込みながら、雅臣がその頭を愛おしそうにゆっくり撫でてくれる。


「わたしも……」

 また臣さんの熱い肌のそばで眠りたい。抱き合って、朝まで。一緒にいたい。

 心優も雅臣の身体を両手いっぱいに抱きしめる。


 この艦にいる間は、あくまで大佐殿と艦長付きの護衛官。そこに集中しなくてはならない任務中。なのにそこに抑え込まなくてならない熱情がある。

 だからいま、ここで抱き合う。愛おしいとお互いのカラダを感じて、愛しているとキスを繰り返す。


 ひとしきりお互いの匂いと体温と熱愛を分け合ったせいか、雅臣からすうっと離れていく。


 落下防止の手すりに手をついて、雅臣はもうすぐ夕を迎える淡い青色に変化した日本海を遠く見つめはじめる。

 心優も熱くなった肌を冷ますようにして、おなじように彼と一緒に海と潮風に向かった。


「葉月さんがいまピリピリしているだろう」

「はい」

「警備隊の強化をしておけといっていただろう」

「はい」

「気を抜くと、ほんとうに危ない区域なんだ。忍び込まれる」

 心優はびっくりして雅臣を見上げた。


「そんな出来事はなかったことになっているが、それも報告次第。表沙汰になるかならないか。秘密裏に処理されることだってよくあることだ。葉月さんはそこを案じているのだと思う。実際に、空母ではないが護衛艦には侵入された事実が確認されている。これは社会に表沙汰になっていないが、軍上層部では確認されていることなんだ。日本海に入ったら警備を強化する。これは艦長になったら気を引き締めなくてはならないところでもあるんだ」


 やはり、社会の裏側では知られていないことが沢山あると心優は知ってしまう。そしていま、自分がその『知られざる事実を生み出す前線にいる』ということも再認識する。


「艦長日誌を隈無く読み返しているのは、もしかすると報告はなくとも、それらしいことが隠されていないか。『変化』を探しているような気がする」

「そ、そうなのですか!? わたしにはなにも教えてくれません」


「変に不安を煽らないのも艦長の判断のひとつなんだと俺は思っている。葉月さんは、俺にも橘大佐にもなにも言わない。でも指示されることでなんとなく、俺と橘大佐は感じている。彼女の危機感を――。ここのところ毎日のように『警備隊の配置』を気にしている。あと天候もとても気にしている。艦長日誌を読み返して、小さな事でもいいから、ちょっとした気がかりがなかったか、或いは、上空が不安定なこの季節に変わった自然現象はなかったか気にしているんだと思う」


 そんな上官の様子を嗅ぎ取れるのは、やっぱり補佐の大佐殿だと感嘆する。なのに、お側にいる心優はなにも感じ取れなくて……。


「そんな顔しない。艦を護る仕事は艦長と俺と橘大佐の使命だ。心優の使命は、艦長の日々を助けること。いいな」


 兵隊と護衛官は違う――。ある時のミセス准将の言葉を思い出し、またそれに気が付かせてくれた雅臣にもハッとする。


「ありがとう、臣さん。わたしがすべきことをやっていきますね。わたしは常に艦長の側にいて、気になる様子があれば報告します」

「うん。そうしてくれると助かる。……初めて、あの人と艦に乗ったけれど……。ここまで根を詰めて艦長室にいる姿がどこか痛々しい」


 憧れの女性上官のこれまでにない姿。彼女が本気で任務に向かう姿は、心優だけではない雅臣すらも圧倒させる。


「忘れない。俺もいつか艦を護る時がくるだろう。彼女の姿を思い出して全うしたいと思う」


 彼が海に向かって、望んでいた場所に戻ることができ、そして覚悟を決める姿を心優は見る。


 そんな彼のそばに、心優はそっと寄り添った。雅臣が心優を見下ろし、静かに微笑みながら彼からも心優を再び抱き寄せてくれる。


 しばらく、ふたり一緒に潮騒の中、静かに寄り添い海だけをみつめる。

 この人のこの姿を見守って、そして、そばにいる時は少しでも気が休まるようにしてあげたい。


「帰ったら、臣さんの男カレー食べたいな」

「俺も。心優が作ってくれた沼津のお母さん直伝の鯵のタタキ、食べたいな」


 やっぱり食べる話になった――と、最後はふたりで笑ってしまった。

 最後にもう一度、雅臣とキスをする。

 またなかなか終わらない濃密なキス。いつまでも雅臣が心優のあちこちにキスをして終わってくれない。


 だからこそ、心優にも襲ってくる危機感――。


 これから緊張絶えぬ区域を航行する。ちょっとした甘いひとときは、これまで。陸に帰るまで、ふたりは大佐殿と護衛官としての使命を優先する。


 雅臣が誘ってくれたのは、お互いの気持ちを揃えて任務に本格的に向かう為、ふたりで一緒に帰ろうという約束をしたかったからなのかもしれない――と心優も感じずにいられなかった。


 


 ―◆・◆・◆・◆・◆―


 


 翌日。佐渡島の撮影ポイントに到着するまで、雅臣指導の鈴木少佐へのアクロバット調整が始まった。


 意外にもそれは室内でだった。

 御園艦長直々に『テッドとふたりで話し合うことがあるので、心優は雅臣の手伝いをして』と指示されたので、心優は艦長室そばにあるミーティング室にプロジェクターやパソコンなどの準備をして整える。


「よし、英太。ここに座れ」

 ひとつのパイプ椅子に鈴木少佐が座った。どこか不機嫌な顔。『どうしてエースの俺が調整されるのだ』と、まだ納得していないようだった。


 しかもパイプ椅子は机とは背中合わせにさせられ、鈴木少佐は丸窓が見える方へと向かされている。


「なにするんすか。先輩」

「感覚で覚えてもらう。英太ならできるだろう」

 大佐という指揮官に対して、鈴木少佐はいつも通りの後輩の顔。それでも雅臣も諫めなかった。在りし日の先輩と後輩というスタンスでやっていくつもりらしい。


 鈴木少佐と背中合わせになった長机の上に置いたノートパソコンから、雅臣が展示飛行の映像を呼び出している。


「いまから。俺がスワローにいた時に展示飛行でやった『ローアングルキューバンテイクオフ』の映像を再生する。英太はその隣を飛ぶような気持ちで、そこで操縦桿の操作をするように」


 彼が『え』と振り返った。手元はなにもない、映像も見えない。音だけが聞こえる架空のコックピットとして操縦桿を動かせと指示され、すかすかの手元に戸惑っている。


「エンジン、飛行音、秒数と速度の感覚でわかるだろう。慣れきってデータや景色を目印にして頼り、体感覚を忘れていなかったか? いまから耳と秒数だけを頼りに動かす。いいな」

「イ、イエッサー……」

 雅臣の真顔が効いたのか、鈴木少佐はおとなしくノートパソコンと背中合わせになる。


 鈴木少佐が目をつむる。


「テイクオフから行く。滑走路からだが、上昇位置から操作をはじめるように」

「ラジャー」

 拗ねたり、不機嫌になったり面倒くさそうな顔をしていたくせに。さすが、エース。目をつむった途端に、すべてを受け入れたように静かになり集中している。


「テイクオフ」

 雅臣がマウスをクリックする。

 でも、心優は雅臣の後ろにいてまたドキドキしている。


 臣さんが飛んでいる映像を見られるだなんて――!


 横須賀のカフェテリアの広報映像とはまた違う。あの大きなループを描いて降下時は回転をするアクロバット。雅臣が演技したものがいま目の前で再生されている。


 尾翼に燕と朝日のペイントがあるホーネットが滑走路すれすれに飛んでいく、やがて上昇をはじめようと機首が上がる。そこで鈴木少佐の手元が動く――。

「うん。そうだ。いいぞ」

 パソコンのモニターでは、雅臣が操縦しているホーネットが上昇をはじめている。徐々に徐々に大空に美しいループを描きはじめる。


 あのコックピットにエースだった臣さんがいる。そして目の前の指揮官になった臣さん……。

「うん、そうだ、そう……、うん……」

 パソコンのモニターと、鈴木少佐の手の動きを交互に確認している横顔。


 ほんとに、こんな時の臣さんはパイロットと一緒。いまの横顔はコックピットにいるシャーマナイトの目をしたパイロット。心優はうっとりしてしまう。


 それにモニターに映る『美しい燕』は、ソニックと呼ばれたエース機。

 だけれど、雅臣の横顔が険しくなり、無言になった。心優もモニターの飛行と鈴木少佐の手の動きを見て気が付いてしまう。

 ――降下しているタイミングと、横回転をする時のタイミングが違う。

 パイロットの操作などわからない心優でもわかってしまった。


「もう、いい」

 ループを描き終えないうちに、雅臣のストップがかかった。

 鈴木少佐が気後れした様子で振り返った。

「やっぱダメですか」

「いや。英太の癖がわかった。それだけだ。園田、この動画をプロジェクターで映し出してくれ」

「はい、大佐」

 心優は指示通りにしてホワイトボードをスクリーン代わりにして、プロジェクターで映し出す。


「いまから、俺のローアングルキューバンテイクオフの映像とその時のヘッドマウントディスプレイに反映されているデータを並べて映す」

「わかりました」

 鈴木少佐も神妙になり、ホワイトボードに映された先輩のアクロバット演技に釘付けになる。


 先ほどとおなじ飛行映像、その隣にコックピットにいる雅臣が目にしていたヘッドマウントディスプレイに映し出された各計器データ。

 パイロットならその計器の表記をみただけで、どのような状態かわかるのだろう。


 一通りの再生が終わる。


「園田。いまのファイルの隣にある動画ファイルを再生してくれ」

「かしこまりました」

 指示通りに心優は隣にあるアイコンをクリックして、再生させる。

 今度も燕と朝日のペイントがされているホーネット。でも、映像が古い。


「今度は橘大佐のローアングルキューバンテイクオフ。同じく、当時のもので俺が使っていた機器とは性能が異なるが、それでも最低限のデータが映し出されているヘッドマウントディスプレイの映像だ」


 鈴木少佐が静かに頷く。

 橘大佐最盛期のアクロバット。つまり最高の演技をしていたものを雅臣は選んできたのだろう。心優はそう思っていた。


 横須賀基地の祭典の展示飛行だったのか、燕が現れた時の観客の歓声も混じっている。

 機体が上昇をはじめる。鈴木少佐はデータを睨んでいる。

 やがて、彼が目を見開いて瞬きを忘れたかのようにハッとした顔をした。


「どうだ。これが『横須賀マリンスワロー』だ。俺と橘隊長、ほぼ大差はなかっただろう。英太、おまえはまだこれを手に入れていないってことなんだよ」

 心優には雅臣が言いたいことがわからない。でも鈴木少佐はもう気が付いている。

「……トレースするのは、俺だった……て、ことですか」

「スワローの最高品質は、橘隊長のアクロバットだ。英太の飛行軌道をトレースすると橘大佐は言っていたが、つまりは『シンクロするためなら仕方がない。品質落としてやってみるか』と言っていたに等しいんだぞ。どう思う」


 鈴木少佐が唇を噛み、顔を歪める。

 あの時の橘大佐の言葉は挑発なんかではない。すでに、技術レベルが低いパイロットとして見られていたことに気が付いたようだった。鈴木少佐の落胆はさらに続く。


「先輩も、隊長の飛行と寸分違わぬ軌道だった……」

「そりゃな。俺も橘隊長にしごかれまくって、あの人の品質に近づけたんだから。橘大佐などスワローの指揮官がなにを基準として『エース』を選ぶかは明確にされていないが、俺は品質だと思っている。橘大佐が最高品質として、それがスワローの『品質指針』というわけだ。それをこなしつづける者をエースとする」


 そこで心優もやっとハッとする。『最盛期のアクロバットを選んだわけではなかった』のだと気が付く。


 スワローの男達は飛行職人。最高品質の基準を知っていて、最高品質に辿り着けた男達は、そっくりそのままの飛行をする。橘大佐がその品質を作り上げ、そして後に続くスワローの後輩達がそっくりに受け継いでいく――。鈴木少佐はそれができていない。だから、先日の予行飛行でスワローでエースだった大佐ふたりは一発でダメ出しをしたのだ。


「橘大佐に体力の衰えはあるが、今でもその技術を間違いなく保持しているってことだ」

 鈴木少佐が口惜しそうにしてうつむいている。いつもあんなに自信満々のエース殿なのに……。


「だから、俺はスワローでは落ちこぼれで、スワローではエリミネートだったってわけなんですね」

 雷神に引き抜かれるまでは、頭角を現すこともなくスワロー部隊に馴染めず浮いていたという鈴木少佐。雅臣もその事情を知っているためか、しょんぼりしている後輩を黙ってみつめているだけ……。彼にかける言葉を考えあぐねているようにも見える。


 その雅臣がやっと言葉を見つけたのか、彼に一言。


「才能はあった。雷神でエースになったのがその証拠だ。橘大佐も相原大佐もその素質は見抜いてこそ、スワローに入隊させたんだと思う。ただ、最後まで英太に、伝わらなかった、気が付いてもらえなかった、そうさせてやれなかった。橘隊長と通じることができていなかったんだ。だからこそ、英太は他の部隊ならと次の為にスワローを辞めさせたんだと思う」

「それ……。初めて葉月さんに会った時も言われた……」

 鈴木少佐が雅臣をびっくりした顔で見る。そして雅臣も『葉月さんも同じ事を言った?』と驚いている。


「橘隊長が俺を上手く使えなかったのも、俺が使えるような隊員でいられなかったのも、お互いが通じていなかったからだと言われた……。『どのようなパイロットでも使えなかった責任は上官にある』、葉月さんはそう言ってくれた。この時、葉月さんが上官だけを責めたことで、初めて『隊長は悪くなかった』、それまで自分が馬鹿な意地を張っていたせいで、余計に使いにくいパイロットになっていたんだと自覚できた」


「そうだったのか。……でも橘隊長も才能を見抜いておきながら使い切れなかった口惜しさは、相当なものだったと俺は思う。スワローは英太の肌には合わなかった。雷神は英太にとっては最適のフライトチームだった。だから英太はいまはエースになれた。エリミネートではない」

「いえ。やはりスワローに関しては、エリミネートだったと思っています」

 悪ガキの顔つきが急に凛々しくなる。雅臣もそれに気が付いたのか、言葉を止めてしまう。


「御園准将も言っておりました。ここで、スワローの師匠に『隊長の目に狂いはなかった。その男はエースになった』ことを見せてやれと。それは雷神のエースではなく、スワローの男として今度こそ橘隊長から卒業しろということなんだと思います。それには城戸大佐がいう『スワローのエースに匹敵する品質』を確保しなくてはならない。しかも、隊長が引退をするなら、これが最後のチャンス」


 大人の顔になった鈴木少佐が、雅臣を見据える。


「城戸大佐。もう一度、橘大佐の展示飛行映像を見せてください。スワローの技巧を叩き込んで、きっちりトレースします」

 雅臣が勝ち誇った笑みを見せる。

「よく言った。よし、もう一度見てみよう」

 園田、再生――。指示通りに心優もアシストをする。


 それから三時間も、先輩と後輩は映像を見てはデスクの上で操縦桿のイメージトレーニングを繰り返していた。


「いいぞ、そう。そこ我慢する。そこで思い切るとループの軌道が狂って、膨らみ気味になる」

「イエッサー」

 もうコックピットを降りて数年。でも、今の大佐殿はエースの先輩として、彼にその技を伝授している。


 空を飛べなくてもパイロット――。

 その姿を確かめ、彼等が集中している間、心優はアシストに徹して邪魔にならないよう息を潜めて見守っていた。


 

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