40.艦隊大ボス、航空団司令殿 

 すぐそこに『大佐』の肩章に変わった雅臣がいる。

 彼は椅子に座るとそれきり前を見たまま、心優のことは一度も見ようとしなかった。


 でもそれも、これから大事な会議。心優も真っ直ぐ前を見ていなくてはならない。


「司令、入ります」

 会議の進行を務めている塚田中佐の声が、マイクから響いた。

 ドアが開く。静まった会議室に、その人が入ってきた。


 彼が部屋へと一歩踏み入れただけで、全員が一斉に席から立ち上がり、一斉に敬礼をして出迎える。ミセス准将も長沼准将も、雅臣も。心優も同様に、側近、護衛も一同に敬礼を揃える。その光景は圧巻だった。


 その人は『少将』の肩章をつけていて、ミセス准将よりも煌びやかなバッジを胸に幾つも付けている。ミセス准将より若いと聞いている。なのに『灰色の髪』、黒髪と白髪が交じっている。若白髪というものらしい。それでも切れ長の目から垣間見る眼光は鋭い『生粋の黒曜石』、誰よりも黒く深く光っている。


 彼こそ、この度の任務の総大将『空母航空団司令(CAG)』、海東直己(かいとうなおき)少将。ミセスよりも少し若く四十歳。雅臣より少し先輩にあたる。こちらも当然『元パイロット』。


 誰もが知っている彼の経歴の特徴は、彼は大佐になってから後の五年間は、ほぼ空母艦に乗っていたということ。御園准将でも空母艦航行は、他の艦長達と交代で一年に2~3回だが、彼の場合は一回休んでまた乗るというように、五年という日々のほとんどを海の上で生きていた男――という経歴だった。


 自ら望んだ激務を経て、彼は若くして司令へと上りつめた。その時、大佐嬢と呼ばれていたミセスを追い越して出世したことになる。

 彼こそ『海と空の男』だった。そして彼はいま、御園准将という艦長が所属する空母航空団のボスである。


 そんな強者である司令を目の前に、心優は緊張をしてしまい、心臓の鼓動が大きく動き止まらない。


「諸君、お待たせ致しました」

 おそらく、この会議室にいる上官の中で、彼がいちばん偉くて、いちばん若い。

 その彼が敬礼を返す。そこでようやっと会議室にいるすべての軍人が敬礼を解いた。


「塚田君、始めてくれ」

 海東司令が座る椅子を、付き添ってきた秘書官側近が引いて彼を座らせる。

 若白髪の男はさっそく、手元にある書類を一気にめくって確かめている。


 そしてすぐに、右側角合わせの目の前にいるミセス准将を見た。その目が怖い。感情を持っていないようで、その冷たさはミセス准将以上だった。まるで心優が睨まれたかのような錯覚に陥るほど、その痛さがここまで届いてくる。


「お疲れ様、御園准将」

「お疲れ様です、海東司令」

 そこで彼が僅かに口元を緩めた微笑を見せた。それが心優には意外だった。

 塚田中佐の議題への進行が始まっていたが、海東司令はミセス准将ばかり見ている。


「間に合ったようだね。ソニックは」

「はい。我が侭をお聞きくださりまして、有り難うございました」

「本当だ。いつも驚かせてくれる。まあ、いいですよ。貴女がすることには慣れましたから」

「恐れ入ります」

 眼光が冷たかったので怖い人かと恐れていた心優だったが、喋ると優しい語り口で驚かされた。


 彼が後輩で、ミセスが先輩。でもミセス准将は、そうであっても海東司令を敬ってあくまでも『上官』として部下の姿勢で接している。


 『司令、会議中ですよ』

 さっそくのお喋りを司令自らしているので、ついに彼の側近が注意をしてしまった。


 しかし、司令が議題をそっちのけなのもわかる気がする。今日は出航前の最終確認というだけで、もう変更も利かない段階。誰もがほぼ了承済みであることばかりだから。


 ただ。『城戸大佐』がこの場に現れたことは、これから論議されるだろうと心優は予想していて、その胸騒ぎがとまらない。


 塚田中佐の進行も滞りなく、進んでいた。ミセス准将が取り決めた『航路』についても、押し気味のラインを提示していても誰も異議を唱えない。それももうこの段階では司令が全てを目に通して許可をしていることを誰もが知っているからなのだろう。


 だいたいの確認が一時間ほどで終わる。

 そこで退屈そうだった司令が、書類を一通り眺める時間が少し。その静けさの中、上官達は彼がなにをこれから言うのかをじっと待ちかまえている焦れったい空気が流れていた。


「まあ、恒例ということでいいだろうね」

 そこで若白髪の司令が、従えている一同の様子を確かめる。ぐるっと一周眺めて、自分より目上であっただろうおじ様上官達の様子をうかがっている。


「異議に質問があれば」

 その一声に、すぐに手を挙げた男性がひとり。師団長だった。

 今日はここにいないが、ミセス准将を目の敵にしているのは『副師団長』。出世欲の塊と噂されている。だが実際には出世するのには長けているが、彼ほど防衛力のない上官は他にはいないとも揶揄されているところがある。


 師団長はどこの派閥とははっきりはしていないが、師団長になるだけあってそこは見る目は公平な上官。だから彼の『異議』には重みが加わる。


「師団長、どうぞ」

 司令の許可で、師団長が立ち上がる。彼がすぐさま目を向けたのは、やはり『雅臣』だった。


「本日のこの最終確認の要項を見させていただきました。数日前に頂いたものとは異なる部分として、御園艦長の補佐として、新たに『飛行部隊指揮官』として城戸大佐と明記してありますが、これは直前の変更と言うことでしょうか」


 そこで司令が、口の端に妙な笑みを滲ませながら、席を立った。


「おっしゃるとおり。数日前に、城戸大佐を空母飛行部隊の指揮官として搭乗する登録をした」


 一気に会議室がざわめいた。

 心優も絶句する。秘書官だった彼が、いつのまにか『飛行部隊指揮官』になっている。それは『ソニックの甲板復帰』を意味している。


 臣さんが、海に、甲板に戻ってきている! いつ、どうして? どうなっているの? しかも『今度の航海任務は、臣さんと一緒の空母に乗船!?』。心優の疑問は次から次へと湧いてきて、なにがあったかを冷静に整理できない。


「城戸君が長沼空部隊大隊長の秘書室から、岩国に転属したことは存じておりました。その話を聞いて、雷神のパイロットだったほどの彼が、ついに空部隊の現場に復帰するものだと思っておりました。ですが、それは半年ほど前の話です。彼には現場に対しては、数年のブランクがあります。しかも……」

 師団長はそこで言い淀む。なにか言いにくそうだった。

「しかし、彼はパイロットを辞めざる得なかった事故に遭ってからは、現場を避けていたように思えます。だからこそ秘書官として邁進し、地上から空と海を補佐することを決意していたとばかり思っておりました。彼が復帰を望んだとしても、まだ早すぎるのでは――」


 半年――? 師団長の話を聞いていて、心優は雅臣が自分が横須賀から小笠原に転属した頃と同じくして、彼も岩国へ転属していたと知る。


 それは偶然? それとも……。

 司令が立ち上がる。


「目的は、御園准将から以後の艦長の育成。城戸大佐は秘書官を経験したことで組織管理についても力があり、なおかつ、パイロットとしても優秀だった。長沼准将の補佐をしているため、地上から空母が航行することについての対応もよくわかっている。数年のブランクがある。それは私も不安には思ったため――」


 そこで司令は、ひとつの書類束を握り、配下の上官達に突き出した。


「どれほどの指揮力があるか、彼の力を計ったものがこれである」

 それは御園准将がここに来る途中、機内で橘大佐と眺めていた『対領空侵犯措置、模擬訓練』の記録だった。


「御園准将の補佐として、いま行けるのか、それともある程度の経験を積んでからが良いのかを、私の指示で試したものです」


 それを聞いて、また心優は驚きで固まる。

 ――『この訓練、いいプログラムだったわよね』。

 ――『岩国の大佐殿』。

 機内でミセスと橘大佐が話していた『いい訓練をしてくれた指揮官』も『岩国の大佐殿』も、雅臣のことだったんだ!


 心優もその日の訓練はミセス准将の側について空母のブリッジ管制室から見ていた。緊迫感ある訓練は、スクランブル発進も『対領空侵犯措置』の対応も本番さながらだった。その時、御園准将が冷めた横顔ながら『やるわね。生意気』とちょっと嬉しそうに微笑んでいたことも覚えている。あれも全部、雅臣が小笠原の飛行部隊をひっかきまわしていた?


「岩国の空部大隊長である高須賀准将の監督の下、城戸君本人に、今回の任務で空母に搭乗する飛行部隊の最終訓練である『対領空侵犯措置の模擬訓練』の『プログラム』を組む、そして、岩国飛行部隊に『侵犯飛行部隊』の役割を指揮することをしてもらった。私自身もパイロットで、スクランブル、アラート発進にて『対領空侵犯措置』は経験があるし、どのようなことが苦労のしどころか知っている。それはコックピットを降りるまで横須賀のエースと言われた城戸大佐も同じ事。むしろ、彼は『コックピットを忘れていない。再現が出来る』と、この訓練を指揮してもらい知ることが出来た」


 司令の説明に、師団長も訓練記録を目で追い頷いている。

「彼は、見事に私の期待に応えてくれました」

「では。城戸大佐は指揮官の素質もあり、艦長候補としても充分という司令のご判断なのですね」

「そうです。また次回の航行任務で復帰、よりかは、これだけのことが出来れば、もう直ぐにでも経験を積んだ方がよろしいと思いますが、いかがでしょう」


 若白髪の司令が、こんな時に黒曜石の目を黒々と光らせる。


「異議は」

 上官にありがちな尊大な口調ではなく、若いからこそ丁寧な語り口。だが、ここでは彼の重くて低い声が皆を制する。


 もう誰も反対はしなかった。

 そこで会議は無事に終わった。あとはもう空母に乗り込むだけ――。


 それでも心優はまだ飲み込めない。雅臣が心優の転属と同時期に、横須賀を出て、秘書官を辞めて、ついに甲板へと向かったのは何故なのか。彼の心になにが起きたのか。そしてそれはどうして実現したのか。


 


 ―◆・◆・◆・◆・◆―


 


 会議が終わり、席を立った司令はすぐに御園准将へと足を向けてくれる。

「ご苦労様。御園准将」

 若白髪であまり表情がない男が、会議が終わるとにこやかにミセスに微笑みかけた。


「お疲れ様でした、海東司令」

「頼みましたよ。貴女のことだから、間違いはないと信じてはいるが、ここ数年の西方は気が抜けないのでね」

「承知しております」


 そしてミセスは再度、司令に頭を下げた。


「城戸の『異動』と『昇進』と『辞令』、全て一手に引き受けてくださりまして、有り難うございました」

 異動、昇進、辞令。それにも心優は絶句する。この半年のこのミセス准将はそこまで手を打っていたのだと――。心優が少尉になるために必死になっている間、雅臣も岩国で大佐に昇進して、甲板復帰をしていただなんて――。


「よかったですね。ソニックが貴女のところに帰ってきて。……長かったね」

 なにもかも知っているようで、若白髪の司令も感慨深そうだった。

「城戸大佐、こちらへ」

 准将が後ろに控えていた雅臣を呼ぶ。やってきた彼を、司令の前へと押した。

「おかえり、ソニック。これからは甲板から空を護ってくれたまえ」

「お力添えを有り難うございました、海東司令。今後とも精進致します」

 雅臣も敬礼をし、深々とお辞儀をする。

「心配はしていない。ミセスの側にいれば、まあ、変わった苦労もあるかとは思うけれど……」

 そこで雅臣が少しだけ笑いをこぼした。

「期待している。彼女には後継者が必要だ。ソニック、君がそれになるんだ。いいな」

 最後の『いいな』がまた重く低く念を押す声。そこは冷たかった。そして雅臣もその重みは重々承知なのか、神妙な面持ちで『はい』とまた頭を下げた。


「彼女が、長沼准将のところからもらったという園田少尉だね」

 そんな司令殿と、ついに心優は目が合ってしまった。それだけで、ドッと背中に汗が滲み出て、すでに頬が熱い高揚感。


 ミセス准将が答える。

「はい。この度の任務から空母に搭乗させます」

「空手の全日本選手団にいたらしいね。どのような腕前か見てみたいね」

「フランク中尉を怒らせました。初手合わせの際、鳩尾に一発、当てたそうです」

 そこで彼が驚いた顔を見せ、心優をまじまじと凝視している。

 え、なに。司令もシドのことを知っているみたい? それでシドを怒らせるのは凄いことのように見られている。


「そうなんだ。見てみたいな。うちの護衛とやってみせたいよ」

「ですが、護衛としてはまだ新人です。そちらの慣れているベテランの方にはまだ敵わないことも多いでしょう」

「敵うこともあるといいたそうだね」

 司令がそこでひとしきり笑う。こんな人当たりの良い人なんだと、心優の緊張もちょっと解けてきた。


「広報誌を見たよ。貴女が笑っているだなんて質が悪い。しかも夫妻揃って笑っているだなんて、ご主人と化かし合いでもしているような顔をしていたね」

 心優は思わず笑い出しそうになって、必死で堪えた。何故なら『正解』であったから。

 誰もが『ミセスが笑っているだなんて』とそこだけを驚いて、良いものを観させてもらったと喜んでいるのに、司令だけが『質が悪い、夫妻でこんなに笑顔だなんて胡散臭い。どうせ夫妻でいつもの化かし合いみたいなことしたのだ』と見抜いていたから。


「ご冗談を。せっかく笑顔をみせましたのに、司令にそのように言われるだなんて残念です」

 またミセス准将が、如何にもという沈んだ顔をしたので、心優はもう『この方達は常に化かし合いなんだから』と呆れてしまった。


「園田少尉、初めまして。女性として女性の上官を護る。どのようなものか楽しみですね」

 司令があまりにも品が良くて丁寧なので、心優はやっぱり頬を染め、硬直する。でもすぐに挨拶を返す。

「司令にお会いできて光栄です。まだ未熟なばかりですが精進してまいりますので、今後も宜しくお願い致します」

「うむ、期待してるよ」

 『司令、お時間です』。側にいる秘書官に言われ、海東司令はもう一度ミセス准将を見つめた。


「では、陸で見守っている。無事に還ってきてくださいよ」

「勿論です」

「帰還の暁には、いつもと同様に。貴女好みを準備して待っているから忘れずに」

「いつもお気遣い、有り難うございます」

 還ってきたら。貴女好みを準備して待っている。意味深な言葉を残して、若白髪の司令は、にっこりと微笑んで背を向けた。それに対して、ミセス准将はいつものアイスドールのお顔。楚々と頭を下げ、彼が遠く離れるまでそのままだった。


「はあ、緊張した」

 栗色の前髪をかき上げ、御園准将がはあとひと息つくと、そこにいる長沼准将と橘大佐が呆れた顔を見合わせる。

「どこが緊張しているのかな。司令を思い通りに動かせるのは、君ぐらいだよ。今回も『三日前に押しに押して押しまくって司令を動かした』みたいだしな。ハラハラするじゃないか」

 と長沼准将。

「ったく。女の色気、こういうときに使うんだもんな。なんだよ。帰還した暁にはいつもの~、準備しているから、忘れずに~て。やらしいなあ」

 橘大佐もやいやいとミセスを冷やかした。

 やっぱりおじ様達も、意味深な司令の様子を見逃していなかった。

「やらしいのはどっちよ。変な想像はやめていただけませんか。色気なんて使っていませんし、司令は色気で左右されません。司令の方がよっぽど紳士ですけどね」

 長沼准将と橘大佐が『なんだと』といきりたった。


 なのに橘大佐と長沼准将はもうそんなことは終わりとばかりに、雅臣を揃って見た。

「やったな、雅臣。お帰り」

 元ボスの長沼准将が肩を叩いて、元部下の帰還を激励する。

「また一緒に空母だな。ソニック」

 元飛行隊長であった橘大佐にも激励され、雅臣は少し照れていたが嬉しそうにしていて、そんな彼を見ただけで心優は涙が出そうになってしまう。


「お帰りなさい、雅臣。待っていたわよ……、ほんとうに……」

 そこにいる男達がハッとした顔になる。あのミセス准将が人前で涙を浮かべていたから……。心優は彼女が倒れた時に、一人の女性として嘆いた時の熱い涙を知っているので驚きはしなかったのに。

 でもアイスドールが、制服姿で会議室で泣くというのが珍しいのかもしれない。そんな涙。


 雅臣は受けいれられるのだろうか。ミセス准将が泣くと言うことは、もうそれは冷徹さを持っていて欲しい『俺の尊敬する上官ではなくなった』という意味を持ち、部下ではなくなったと宣言されたのも同じだったと言って彼も泣いていた。その彼女がソニックが戻ってきた途端に泣いたりして……。心優はハラハラとして、雅臣とミセスが向き合うその奇妙な空気を固唾を呑んで見守っている。


「また泣かれたら困ります、怒りますよ、俺」

 あんなに身構えて素っ気なく避けていた元上官に、雅臣がにっこり微笑んだのを心優は見る。


 本当に本当に、臣さんは来るべきところに戻ってきたんだ――。来られたんだ。良かった、と心優は感激で震えている。涙を堪えるのに精一杯。


「さあて、じゃあ――。長沼んところで、休んでから小笠原に帰るかー」

 しんみりした空気を、いつもの明るさで打破するのは、常に橘大佐。

「あーあ、今日も俺の隊長室が小笠原に占領されるのか」

 長沼准将もそうして茶化していつもの空気に戻そうとした。

「でも、最後に。長沼さんとは打ち合わせしておきたいから、お邪魔致しますね」

「どうぞどうぞ」

 それでは――と、パイロット上官組が三人並んで、懐かしい隊長室へ向かおうとしていた。


 塚田中佐は、会議の後かたづけがあるのか、まだ忙しそうにしている。

 上官三人が歩く後を、ラングラー中佐とハワード大尉が付いていく。そして心優も……。そこで、雅臣と初めて並んだ。


「おみ……」

 いけない。ここでは大佐――。心優が言い直そうと、久しぶりに彼を見上げたのに。

「雅臣も、早く来いよ」

 橘大佐に呼ばれ、雅臣は心優と向き合うこともなく、目を合わせることもなく、そのまま上官三人の中へと行ってしまった。


 雅臣をそれぞれ育ててくれた上官三人囲まれ、彼はとても嬉しそうに笑っている。それにもう、彼は秘書官でもない。あの上官達と同じ立場の『指揮官』になってしまったのだ。


 ――わたしを、ひと目も見てくれなかった。

 目の前にいたのに。たったひとこと『久しぶり』も言ってくれない。言わせてくれない。


 あの上官達の中へ行く前に、それを言えるだけの一瞬はもてたはず――。

 だけれど、心優も仕方がないかなと思っている。

 そう。わたしは、大佐殿を傷つけたのだから。

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