言い伝え

『何だ? イチャイチャの話か?』


 全員で間抜けな反応を見せていると、恋に関係する話題だからかフェニックスが突然喋り出した。それを見て、今度はルーカスと長老が間抜けな声をあげる。


「うわっ!」

「何じゃ、鳥が喋りおったわ!」

「混乱するからフェニックスは黙っててくれ!」

『いいぞ……』


 俺が頼むと本当に黙った。無駄に物分かりのいいやつだ。

 そこで何かに気付いたような表情をしたルーカスは、フェニックスを目を凝らして観察してから言う。


「長老、この鳥ですよ。さっき僕が話した……」

「おお、そうじゃったそうじゃった! その話じゃ!」


 手のひらを拳でぽん、と叩く長老。


「お客人方、大事な話を忘れておったわい」


 長老のこれまでにない真面目な面持ちに思わず息を呑んでしまって、俺たちは椅子に座り直した。そして静寂を味わうかのような間が続き、漂う空気が止まったように思えた頃に長老がゆっくりと口を開く。


「皆さんにはイチャイチャする相手はおるか?」

「よし、帰るか」

「えっ? あっ、そうだね!」

「だねえ」

「でっ、ですわね……」


 話題に乗りたかったのか、ラッドとは違ってどこか残念そうなティナとロザリアも一緒に椅子から立ち上がる。

 すると長老が慌てた様子で俺たちに声をかけた。


「待った待った! 言い方がわるかったわい。お主らには大切な人というのはおるかの?」

「…………」


 どうやらふざけた話ではないらしいので目線を送り合い、もう一度みんなで椅子に腰かける。

 そんな俺たちを見て、安堵の息をついてから長老が続けた。


「大切な人というのは、もちろん親兄弟などの血の繋がった者や親友、はたまたペットでも構わん。じゃが、理想はやはり恋人じゃな。さっきのはそういう意味で聞いたんじゃ」


 ちらっとティナを見ると目が合ってしまった。とっさにラッドやロザリアの方に視線をそらすと、こっちもこっちでお互いに顔を見合わせて恥ずかしそうに微笑んでいる。

 ティナがいる方向から『イチャイチャか……?』とか聞こえてきたけどこれは無視しておく。

 するとルーカスが全員に聞こえる音量で長老に話しかけた。


「長老、何か無理矢理砂糖の塊を口の中に詰め込まれた感じで気分悪くなってきたんで帰ってもいいですか?」

「そういえばお主、恋人が出来たことないんじゃったか」

「その話は今はいいでしょう」


 ルーカスも俺と同じく恋人がいたことがないらしい。ちょっとだけ親近感を覚えるものの、今の俺にはティ、ティナが……ばかやろぉ!

 長老は、ルーカス曰く砂糖の塊になってしまった俺たちを眺めながら、納得したようにうなずいた。


「ふむ、詳しくは聞かんが皆さんにはそれぞれに大切な人がおるようじゃな。それならよい」

「あの、それがどうかしたんですか?」


 ティナが尋ねると、その質問を待っていたのか長老が少しだけ嬉しそうな表情になってから答える。


「なんでもわしらのご先祖様からの言い伝えではの、朱色の毛を持つ鳥を連れた者がこの村を訪れた時、その者に『どんな時でも大切な人のことを忘れるな』と助言をしろと伝わっておるのでな」


 なるほど、こいつらが簡単に俺たちを受け入れた理由はこれか。と言っても今はまだ何のことかよくわかんねえけど。

 というかこれまでの、具体的にどこに行けばいいとか誰が何を持っているからそれを手に入れろだのと言った助言や言い伝えに比べればかなり抽象的だ。そもそも大切な人のことなんて言われなくても早々忘れるもんじゃないし。

 

 ふと横を見ればティナも小さく口を開けてぽかんとしているし、どうしたものかわからずに困っていると、ラッドが長老に聞いた。


「それは具体的にどうしたらいいということなのでしょうか? そのような助言を受けずとも、僕はロザリアのことを忘れることなんてないのですが」

「ラッド様……! 私も、いつでもラッド様のことだけを想っておりますわ」


 瞳を輝かせ、胸の前で手を組みながらうっとりとするロザリア。長老はそれを無視し、首を横に振ってからラッドの問いに答えた。


「そこまではわしにはわからん。あくまでそういう言い伝えがあるというだけで、わしらはそれを伝えたにすぎん」


 そこで会話が終わって何とも言えない空気が場を流れる。

 魔王城近くの村で受ける助言なんだし、シナリオ的に考えても何かしら意味がありそうだけど、今はあまり深く考えないでおこう。俺は椅子から立ち上がり、長老に対する礼を口にする。


「しっかり心に留めておくよ。ありがとな」

「もう行ってしまわれるのか?」


 村長の問いに、俺はみんなを見渡しながら答えた。


「ああ。魔王城に行くっつって出てきたから、あんまり遅くなると帰りを待ってくれてるやつが心配すんだよ」


 ティナがこっちを見て微笑んだ。きっと俺たちは今、全員が揃って同じやつの顔を頭の中に思い浮かべているはずだ。同じようにみんなが立ち上がるのを見て、村長はひどく残念そうな顔になって言った。


「むむ、そうか。恋の話なんぞ聞きたかったのじゃが。仕方あるまいの」

「言い伝えの影響もあってか、村の人たちはみんな恋の話が好きなんです」


 ルーカスがそう補足を入れてくれた。


「別に二度と会えないわけじゃないんだからよ。いつかまた来るからその時に……いや待て、それでも恋愛の話は恥ずかしいな」

「次にまた会えるかどうかわかりませんしね」

「縁起でもないことを言うな」


 俺がそう言うとルーカスは子供のように笑った。それから立ち上がり、眼鏡を押し上げながら口を開く。


「もう魔王ってモンスターの城に行くんだったら送りますよ」

「じゃあそうしてもらうか」


 こんなところでフェニックスに乗ると強風とかで迷惑かけちまうし、一旦森の外まで出た方がいいと思う。

 村長に別れを告げてから家を出る。そしてまたも好奇の視線に晒されながら村の入り口へと移動している時だった。


「こらっ、待ちなさい!」


 声がした方を見ると母親らしい女性の制止を振り切って、一人の小さな女の子がこちらに走り寄って来ているところだった。

 その女の子がティナの足下で立ち止まったので、ティナもふんわりと笑いながら膝を屈んで目線を合わせ、首を傾げながら尋ねる。


「どうしたの? お姉ちゃんに何か用事かな?」


 女の子は本当にただ素朴な疑問を投げかけるといった表情で、俺とティナに視線を行ったり来たりさせながら質問を口にした。


「おにーちゃんとおねーちゃんは恋人同士なの? どこまでいってるの?」

「ええっ!?」


 ティナは途端に立ち上がって身を引き、顔を赤くした。横ではロザリアが口を手で隠しながら嬉しそうに「あらあら」と言っている。

 俺はそのやり取りを見て、誰にともなくつぶやいた。


「なんてませてやがるんだ……」

「だから言ったでしょう。この村の人たちはみんなこういう話が好きなんですよ」


 横からぬっと出て来たルーカス。


「まあ僕に任せてください」


 そう言ってルーカスは女の子に歩み寄り、片膝をつく形で座った。


「そんなこと別に聞かなくてもわかるだろ。このお兄ちゃんとお姉ちゃんはね、二人きりの時にはいつもチュッチュチュッチュして」

「やめろばか!」


 ティナは顔をトマトみたいに赤くしたまま走って森の中に消えた。ラッドとロザリアがそれを追いかける。俺も顔が熱い。

 そこでルーカスは立ち上がって俺の方を向くと、無表情なのか怒ってるのかよくわからない顔と雰囲気で眼鏡を押し上げながら言う。


「え、逆にしてないんですか? 長老の家ではあれだけ甘い雰囲気を出してたじゃないですか。だとしたら僕、砂糖の食わされ損ですよ」

「別に甘い雰囲気なんて出してないだろうが!」

「いいえ、絶対に出してました」


 無駄に強固な意志を見せるルーカス。このまま言い合っていてもキリがなさそうなので、話を切り上げることにした。

 俺はルーカスに背を向けて村の入り口に向けて歩き出す。


「送るから待ってくださいって。……またね、ばいばい」


 背後からそう声をかけられたかと思うと、ルーカスが俺の横に早足で並んでから歩き出す。かと思うとため息をついて忌々しそうに語り出した。


「しかしね、僕もあの恋愛話好きの文化には嫌気が差してるんです」

「…………」


 何だか疲れて返事をする気にはなれない。でも、ルーカスはそんな俺には構わず淡々と話を続けていった。


「僕には妹がいるんです。で、その妹は小さい頃から隣の家に住む幼馴染で僕の親友でもある男と付き合っていたんですね。でも数か月後に親友が村の他の女の子と浮気をしていたことが判明しました。かと思えば妹も妹で、僕すらも知らないところで村の端の方に住む年上の男と浮気をしてたんですよ。それでその男に話を聞きに言ったらそいつは僕のお母さんと浮気を」

「待て待てやめろ! もうそれ以上聞きたくねえ!」


 あまりの悲惨さに大声で話を中断させると、ルーカスはまた感情の読めない瞳をこちらに向けた。


「ね、そうなるでしょ? これを小さい頃から実体験させられた僕の身にもなってくださいよ」

「いや、そりゃ大変だったと思うけどさ」

「だから僕は彼女とか作らないんですよ」

「…………」


 それは言い訳だろ、と言おうとしてやめる。とりあえずこいつの珍妙な人柄がこの村の文化によって生み出されたことだけは理解できた。

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