セブンスの住人たち

 ルーカスの名乗りを受けてこちらも一通り自己紹介をした後、その場で色々と話をすることになった。

 俺たちを見渡しながらルーカスが質問を口にする。


「みなさんはどうして、というかどうやってここに?」

「この子に乗ってきたんです」


 ティナが肩の上に乗ったフェニックスを撫でながら答える。対してルーカスは、フェニックスを真剣な眼差しで見据えながら尋ねた。


「それは何ですか? 鳥、ではあるようですけど」

「不死鳥っていう変わった生き物で、ぴーちゃんって言います」


 「ぴーちゃん……」とつぶやきながら眼鏡をかけなおすルーカス。何かを考えているみたいだけど、恐らくわからないことだらけなのはお互い様なので、とりあえず村に案内してもらうとしよう。

 何やら難しい顔をしてるルーカスにお願いしてみた。


「でさ、ルーカス。この奥に村があるって言ってたけど、良かったら案内してくれないか?」

「一応死んだりしますけど大丈夫ですか?」

「ああ、全然いいぜ」

「わかりました、それでしたら」


 ルーカスは一つうなずくと踵を返して村の方へと足を向ける。

 こうして俺たちは村まで案内してもらうことになり、ルーカスに先導してもらって歩き出した。じゃねえよ。


「いやいやちょっと待て。死ぬって何事だよ」


 しかもそれを「うち布団ないけど大丈夫ですか?」みたいな感じで聞かれたので危うく無視してしまうところだった。

 背中に呼び掛けると、ルーカスは無表情のままこちらを振り向く。


「ああ。うちの村人、よそ者嫌いなんですよ。僕みたいなのは少数派で、基本は出会い頭に全力で攻撃してきますから」

「お前もそうだったよな?」

「全力ではなかったですね」

「そういう問題じゃねえから」

「まあまあいいじゃないか。死んでも全然いいんだろう?」


 ラッドが半笑いで横から会話に割り込んできた。こいつ、俺をなだめようとしてるのか神経を逆撫でようとしてるのかよくわかんねえな。


「今のは半分くらい冗談ですし、先に村の人たちに話をつけますから多分大丈夫ですよ、多分」

「だったら多分を二回言うな」


 俺の横ではティナが苦笑している。それから気を取り直して歩き出すと、村にはすぐに着いた。

 ルーカスは村に入る少し手前の森の中でこちらを振り返る。


「村の人たちに話を通すためにまず長老に話をつけてきます。ここで少し待ってていただけますか?」

「おう。頼んだぜ」


 俺の返事を聞くなり、ルーカスは村の中へと消えていく。その背中を見送りながらロザリアが柔らかな微笑みを浮かべて口を開いた。


「失礼かもしれませんが、普通に意思疎通は出来ますし特に諍いも起きそうになくてよかったですわ」

「うん、いい人そうだったよね」


 ティナも嬉しそうにうなずく。

 たしかにこのままうまく村に入れてもらえそうではあるけど、俺は少しだけ疑問に思うところもあった。それは、ルーカスが外部の人間を安易に迎え入れているところだ。

 あいつは外部の人間が来るのは珍しいと言っていた。なら普通はもっと俺たちを警戒するんじゃないだろうか。もちろん、ただ単にこの村の住人たちが気さくすぎるとかいう可能性もなくはないけど。

 モンスターの中には人間みたいな外見をしたやつだっているし、人間に化けるやつもいる。どうにも警戒心が薄いような……。


 あれこれと考え込んでいると、近くの茂みから起きる葉擦れ音で意識を引き戻された。音のした方からルーカスが戻ってきて、村の方を手で示しながら言う。


「お待たせしました。長老がすぐにお会いになるそうですのでご案内します、どうぞこちらへ」

「悪いな」


 ルーカスに連れられて村に入り、長老とやらの家を目指して歩いていく。

 道は整備された様子がなく、人が通るような場所以外は草が生えるがままになっている。やはり珍しいのか、外にいる村人は例外なくこちらを不思議そうに見つめてきていた。

 村の面積がそこまで広くないことも手伝って、その視線の数は歩を進める度にどんどん増えていく。でも、こちらを攻撃して来そうな気配はない。

 あと、何だか視線がティナ、というよりはフェニックスに集中しているような気がしなくもない。まあ、あんな鳥他にいないだろうし当たり前か。


 やがて村の中で一番の大きさと思われる家屋の前に到着した。

 ルーカスがこちらを振り返り、それを手で示しながら紹介してくれる。


「ここが長老の家です」


 丸太を積み重ねて壁にしていて、その上に三角の形をした屋根がのっている感じの木造の外観からは、温かみのある建物という印象を受ける。

 こういっちゃなんだけど、意外としっかりした造りをしてんな。辺境の地に住む人間たちに建築に関する知識なんてないだろうと思っていたから、正直ちょっとだけ感心してしまった。


 中に入ると早速居間の中央にあるテーブルの椅子に、禿頭で白いあご髭をたくわえた小柄のじいさんが腰かけている。

 ルーカスがテーブルまで歩いていってそのじいさんに声をかけた。


「長老、お客様をお連れしました」

「おお、ご苦労じゃったの」


 じいさんはこちらを向いて朗らかな笑みを浮かべながらそう労う。そのまま自分の周りにある椅子たちを手で示しながら続けた。


「どうぞどうぞ、おかけくだされ」

「失礼します」

「お前が先に座るのかよ」


 ルーカスが率先して長老の隣に座る。いや、別にいいんだけどさ。

 こっちで暮らしてみていくらか礼儀みたいなものは身に付いてきたけど、俺も天界にいた頃はこいつみたいな感じだったのかな、と思いながら席に着く。

 席順は左奥から時計回りにルーカス、長老、ティナ、俺、ラッド、ロザリアだ。全員が落ち着いた頃合いを見計らって、長老がゆっくりと口を開く。


「ようこそセブンスへおいでくださいました、外の方」


 俺たちが静かに一礼をしたのを見てから長老は続けた。


「それで、ここにはどういったご用件で?」

「私たち魔王を倒しにきたんですけど、その途中でこの村を見つけて立ち寄ってみたんです」

「ほうほう、そうですかそうですか……」


 ティナの返答に、長老は何度もうなずく。だけどそのまま長老もルーカスも口を閉じてしまい、どこか気まずい空気が流れ始めた。

 長老からの話がある的な感じじゃなかったのか。他の三人も空気に耐え切れずそわそわしているので、俺から話を切り出してみる。


「えっと、それで俺たちに何か話があるんじゃないんですか?」

「え? いや特には……」


 きょとんとした顔で長老はそう言った。そしてあご髭を撫でつつ何かを思案するように視線を宙に躍らせながら続ける。


「あれ? 何じゃったかの。そう言われれば何か他に聞きたいことがあったような気もするんじゃが……まあいいか。あ、そうそう。なら一つ聞かせて欲しいのじゃが、その魔王というのは何ですかな?」

「え、魔王を知らないんですか?」


 ティナが驚いた様子で返答をした。


「うむ。倒すっちゅうんじゃからモンスターの類じゃろうってのはわかるんじゃが……ルーカス、お主は何か知っとるのか?」

「いえ、長老が知らないのに僕が知る訳ないでしょう」


 どういうことかと俺たちは顔を見合わせる。生まれてからこれまでこの大陸から外に出たことがないなら、そういうこともあるんだろうか。 それか魔王のことを知ってはいても、この辺りでは「魔王」という名前で呼ばれていない、とか。

 あれこれと考えているとロザリアが眉根を寄せ、言いにくいことを言うような表情で口を開く。


「本当にご存じないのですか? その、この辺りに魔王が住んでいるお城なんかもあるのですが」

「城。はて、城というとあれかの、ゴーストが住んでいると言われておる」

「ゴースト?」


 俺が間抜けな声を出すと、ルーカスが説明してくれた。


「はい。たしかにここから少し離れたところにとても大きくて不気味な城はあります。ですが、ゴーストが住んでいると言われていて怖くて誰も近づかないんです」

「まあ遠目から見た感じだと不気味ではあったな」


 そう答えると、ルーカスはうんうんと何度かうなずく。


「そうだったんですね。あそこに魔王が……で、魔王って誰なんですか?」

「モンスターたちの王様です」


 間髪入れずに飛んで来たティナの返答を受けて、ルーカスは今日一番に驚愕した顔を見せた。


「えっ、そうなんですか!? じゃあみなさんが魔王とかいうのを倒したらもうモンスターとは戦わなくて済むと?」

「そうなると思います」

「はあ~……そうなんですね~……正直に言って割とどうでもいいですけど」

「まあ、そうじゃな」


 長老もルーカスに同意してうなずく。多少感心はしてくれた様子だけど、二人共基本的には魔王に興味がなさそうだ。

 ルーカスは眼鏡を掛けなおしながら俺たちに向けて言った。


「何ていうかその、頑張ってください」

「お、おう」


 またも話が終わってしまう。じゃあそろそろ行くか、とみんなで顔を見合わせて席を立とうとしたところで長老が口を開いた。


「ところで。お主らは誰と誰が付き合っておるんじゃ?」

「「「「えっ!?」」」」

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