羨望の拳

 森の中に入り、ティナたちを追って歩いていく。かなり先まで行ったらしく、ちょっと進んだくらいではその背中は見えてこない。

 横にいるルーカスが歩きながら話しかけてきた。


「ジンさんたちって、魔王とかいうのを倒しに行くんですよね?」

「ああ」

「何でですか?」

「え?」


 予想だにしなかった質問に、思わず顔を向けた。


「何で魔王を倒すんですか?」


 問われて思わず立ち止まる。ルーカスもまた一歩先に行って足を止め、こちらを振り返った。いつもの特に表情のない顔で俺の返答を待っている。

 シナリオだからとか、本当のことは言えないので人間の一般的な考えに則った意見を口にすることにした。


「何でって……世界の平和のためだろ」

「世界の平和、ですか。そういえば魔王はモンスターの王様だから、それを倒せば今後モンスターと戦わなくて済むんでしたよね」

「まあ、そういうことだな」


 ルーカスは首を傾げて何やら考えごとを始めた。


「それがよくわからないんですよね。たしかにモンスターは危険ですけど、僕たちは今でも平和に暮らせてますし」

「そういえばお前らって戦闘はどうしてるんだ?」

「どうしてるんだ、とは?」

「いや、ここら辺にいるモンスターってかなり強いんじゃないのか?」


 テイマーズとしての仕事でも来たことがないからわからないけど、魔王城近辺にいるモンスターが弱いということはないはずだ。

 畑とかも村の中にはあまりないようだったし、結界があっても村から全く出ないとなると生活に支障が出ると思う。その辺りはどうしてるんだろうか。


「強いんですか? よくわかりませんけど、村に近付いたり襲ってきたやつは普通に倒してます。それ以外は特に……」

「普通に倒してるってなんだよ」

「言葉の通りですけど」


 思わず話の途中で聞いてしまった。ってことは、ルーカスは俺ら並みかそれ以上に強い? いや弱いとは思ってなかったけど、まさかそこまで……とか考えていると、突然俺たちの後ろの茂みが音を立てる。

 二人で一斉に後ろを振り返ったけど、先に一歩前に出たのはルーカスだった。


「敵です! ジンさん、下がっててください!」

「いや、ここは俺が」


 と言いながら背中の大剣に手をかけたその時、茂みから勢いよくサルのような見た目をした生物が飛び出してきた。「スキャン」を発動。ナイトメアマントヒヒノイドというモンスターで、レベルは思っていた通りに高い。

 これを相手にするのはさすがにきついだろうと思って加勢する為に近寄ると、ルーカスは何故か駆け足でモンスターの方に向かっていった。そして標的との距離がゼロになろうかという瞬間、拳を作って腕を引き、一気に振りぬく。


「恋人いるやつら死ねっ!」


 殴打を腹で受けたナイトメアマントヒヒノイドは勢いよく吹っ飛び、地面に不時着してもなお転げ回った後に光の粒子となって消えていった。

 その様子を唖然として見守っていると、やがてどこかすっきりしたような表情のルーカスがこちらに戻ってくる。


「お待たせしました。では行きましょうか」


 そう言うなり俺の前を素通りして出口方向に歩いていくルーカス。


「ルーカス」


 でもその背中を呼び止めると肩を跳ねさせながら立ち止まり、こちらを振り向かずに応答した。


「……何ですか?」

「お前、本当は彼女欲しいのか?」


 背中越しにこちらを振り返ったルーカスは、眼鏡のブリッジを人差し指で持ち上げて怪しく光らせながら返答した。


「どうしてそうなるんですか。さっきも言ったでしょう、僕はそういう話は嫌いなんですよ」

「じゃあさっきの『恋人いるやつら死ね!』ってなんだよ」

「いえ……あれは長老の家での皆さんのイチャイチャっぷりに募らせていた苛立ちが爆発したのであって、断じて嫉妬が表に出たものではないです」


 その言葉を受けた俺は背中の大剣に手をかけながら問いかけた。


「どうしてもシラを切るつもりなんだな?」

「だとしたらどうするつもりですか?」


 ルーカスもまた挑発的に言い、静かに杖を取り出して構える。


「こうするんだよっ!」


 大剣を構えた俺は地を蹴って駆け出す。

 ここに俺とルーカスの死闘が幕を開けた――――――――。


 数分後。


「本当は彼女めっちゃ欲しいです」

「おう、わかってたぞ」


 俺は瀕死のルーカスを肩に担ぎつつ森を闊歩していた。ぐったりとしたまま動こうとしないルーカスが口を開く。


「ジンさん、何でそんなに強いんですか……。魔法すら使ってなかったですし」

「そりゃまあ、これまで数々の修羅場をくぐって来たからな」

「そうなんですね。色んな意味で師匠って呼ばせてもらっていいですか」

「やめろ」


 ルーカスはかなり強かったので、割と本気を出してしまった。

 ティナがかなり強くなったおかげで魔法さえ使わなければ誤魔化せるとは思うけど、迂闊だと言わざるを得ない。

 そこで俺は一つ疑問に思ったことがあった。


「なあ、村の人たちもお前くらい強いのか?」

「というか、僕は中堅くらいですよ」

「まじで?」


 なるほどな、村の人たちほぼ全員が強いからここで生活する分にも不便しないんだな。世界のほとんどの人間が出歩けない地域でも、こいつらなら平気だと。

 正直こいつらが魔王を倒しに行けばいいんじゃないだろうか。あ、でもティナじゃないと倒せないんだっけ。


 ぼんやりとティナのことを考えながら歩いていると、その本人を含めた三人と一羽がようやく見えてきた。

 ティナが心を落ち着かせた代償なのかなんなのか、辺りにはドロップアイテムやお金が散乱していて、今しがたまで戦闘をしていたことが窺える。みんながこっちに気付いたので、片手をあげながら挨拶をした。


「よう、待たせたな」

「ジン、何かあったのかい?」


 みんなは俺が肩に担いでいるルーカスに視線を集中させている。目線だけでそちらを見やってから説明した。


「ちょっとそこで人生とか価値観みたいなことについて議論してたら喧嘩してな。倒した」

「君はそんな崇高な議論をするようなやつじゃないだろう」

「うるせえな。する時はするんだよ……っと」


 ラッドに対応しながらルーカスを下ろしてやる。

 地に足を着けたルーカスは直立してから「ありがとうございます」と俺に礼を言うと、みんなを見渡しながら口を開いた。


「お待たせしました。それでは行きましょうか」

「つってももう出口だけどな」


 実を言えばこの森はそこまで広くないので、すでに出口は視界に入っていた。

 俺はともかく、ティナたちからすればついて来てくれた意味はほとんどないと言って差し支えない。


 苦笑しながら全員で歩き出し、すぐに森を出る。そこでフェニックスに巨大化してもらってティナ、ラッド、ロザリアの順で乗り込んでいく。

 俺は最後に一言挨拶をしておこうと、みんなから少し離れたところでルーカスと対峙していた。


「色々ありがとな、助かったぜ」

「どういたしまして。また遊びに来てください、師匠」

「ああ。魔王を倒したらまた来るよ」


 ルーカスは、俺の背後にいる巨大な不死鳥を一瞥してから言う。


「そう言えば、結構近いのにわざわざあれに乗っていくんですか?」

「屋上から侵入するんだよ。正面からいくこともないかと思ってな」


 眼鏡のブリッジを持ち上げて驚くルーカス。


「えっ、それってもし魔王って人がおもてなしの用意とかしてたらどうするんですか? さすがにお客さんが屋上から来るとは思わないでしょ」

「そんなことするようなやつじゃねえと思うけど。ていうか、おもてなしってどんなのだよ」

「お茶とか、おやつとか」


 思わず苦笑しながら手を横に振った。


「ないない。魔王とは友達でも何でもないんだから」

「そうですか。まあそういうことなら僕はもう何も言いません」

「おう。じゃあな」

「はい、また」


 片手をあげてそう挨拶してから踵を返す。それからフェニックスに乗り込むとロザリアが話しかけてきた。


「ルーカス君と随分仲良くなったんですのね」

「ん。まあな」


 言いながらちらりとティナを見た。どことなくさっきから避けられているような気がしたからだ。ティナは露骨にこちらから視線を逸らしているようにも見えるけど……気のせいかな。

 と思っていたらロザリアが俺の側に寄ってきて耳打ちをした。


「ティナちゃん、さっきあんなことがあったから恥ずかしくてジン君の顔をまともに見れないんですって」

「お、おう。そうか」


 チュッチュしてるとかルーカスに嘘を広められた一件のことだろう。ていうかチュッチュって何だよ、たしかに響きは恥ずかしいけど。

 みんなが落ち着いたのを見計らって、フェニックスが声をかけてきた。


『準備はいいか?』

「うん。ぴーちゃん、お願い」


 ティナの言葉でフェニックスが上昇し始めた。こちらを見上げるルーカスがどんどん小さくなってゆく。

 最後にもう一度手を振って来たルーカスにみんなで応えながら、俺たちは魔王城へと向けて飛び立った。

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