エリスの見つめる先には
口をつぐんだままの俺をどう思ったのか、キースが声をかけてくる。
「とにかく、まだ何も結果は出ていないから気にしてもしょうがない。シナリオが終わったらまた様子を見に来るから、その時にまた作戦会議をしようじゃないか」
「……会えるのか?」
「シナリオを終えた後の世界」という状況を経験したことがないから、色々とどうなるのか俺にはわからない。そういう意味での問いだった。
「私の予想だと、ゼウス様は追放処分を解いてくださるし、それにゲートを封鎖……下界と天界を行き来出来なくするということはないと思うぞ」
「そうか」
「うむ。それでは私は一旦天界に戻るのでな、エア君は……シックスに残るよな」
「はい。もうあまり意味がないとはいえ、仕事は継続中ですので」
「じゃあお兄ちゃんはここまでだ。それじゃあ」
キースが片手をあげて挨拶をしようとしたところで、今この状況に全く関係のないあることを突然思い出した。
「ちょっと待った。キース、ソフィア様が今どうしてるか、知ってるか?」
キースは明るい表情を消して返事をした。
「いや、知らないが……そもそもフォークロアーにいらっしゃるのか?」
もう一日は経つと言うのに、ソフィア様から何の音沙汰もないのは変だ。
ソフィア様なら移動には時間がかからないはずだし、ゼウスのところに乗り込む事態になった上で、そこで何かが起きたのかもしれない。
こいつは仮にも精霊部隊の隊長だし、エアも割と真面目な方で、つまりソフィア様よりはゼウスの味方をしたいはずだ。
ソフィア様が今やろうとしていることを話すべきか迷ってしまう。
……そうだな、こういっておくのがいいか。
「詳しくは話せねえんだけど。ソフィア様が今天界にいるかどうかを確認してみて欲しい。それであの女神様が困っていたら、助けてあげてくれ」
「……詳しくは話せないんだな?」
「ああ」
俺が神妙な面持ちでうなずくと、キースは真顔のままで口を開いた。
「よくはわからないが、何だか重い話のようだな。案件によっては報酬をもらわなければならないが……」
「…………」
「…………」
しばしの沈黙の後、嘆息してから意を決してあの言葉を口にする。
「わかったよ。頼んだぜ、お兄ちゃん」
「ふおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!! お兄ちゃん頑張りまーーーーーーーーす!!!!!!!!!!」
そう言ってキースは消えた。恐らくは「ログアウト」だ。
後に残されたエアは静かに踵を返して街を目指し、歩いていく。その後ろ姿が何となく、「俺も詳しくは聞かん」と言っているような気がした。
☆ ☆ ☆
ジンとティナが出ていった後の酒場は二人の話題で持ち切りになっていた。それまでバラバラにパーティーを楽しんでいた面々が、一ヶ所に集まってあれこれと談議を交わしている。
横長のテーブルの中心辺りに、向かい合うようにセイラ&ノエル、ラッド&ロザリアのペアが座っていて、端の方ではエリスがつまならそうに紅茶を飲んでいた。
最初に話を切り出したのはセイラだ。
「ねえねえ、やっぱりあれって告白のために呼び出したのかな!?」
「う~んどうだろうな。あいつが誰にも言われずに自分から動くとは思えねえんだが……」
「僕もそう思うね」
「私もですわ」
ノエルの意見に、ラッドとロザリアも同意した。
「かといってただ二人で仲良くお散歩、という雰囲気でもなかったですわよね」
「ロザリアの言う通りだねぇ。う~む、実際どうなんだろう」
そこで地味に話を聞いていたらしいエリスが、離れた場所から声をあげた。
「あいつ、今日気持ちを伝えるって言ってたわよ」
全員の視線が一ヶ所に集まる。そこでエリスはようやく顔をあげて、四人の座っている方向へと目を向けた。
いつもならこういったことを口外するような無粋な真似はしないエリスだが、ジンから口外禁止令が出ていなかったことと、告白の成功を疑っていないこと。それと、四人に教えてあげたいという気持ちが膨れ上がってしまったことで行動に出てしまったようだ。
セイラがテーブルに身を乗り出しながら言葉を飛ばす。
「エリスちゃん、本当!?」
「ええ、私がティナとはどうするつもりなのか聞いたらそう言ったわ。私もすぐに動くとは思ってなかったから驚いたけど」
そう言って紅茶を口に含むエリスの表情には特に変化が見られない。ティナといる時以外にはあまり歳相応の顔を見せることはないようだ。
ちなみにエリスはラッド以外からは基本的に呼び捨てやちゃん付けで呼ばれている。本人が恥ずかしがりながらもやんわりと希望したがゆえの結果であった。
そこで気にしていつつも声をかけづらかったのか、ラッドが提案をする。
「素晴らしい情報をありがとうございます、エリス様。それと、こちらにいらっしゃってはいかがですか?」
「そうですわ、みんなでお話した方が楽しいですわ」
そう言ってロザリアが椅子を引くと、エリスが「仕方ないわね……」と頬を赤らめてつぶやきながら、座っていた椅子から下りてそちらに歩み寄っていく。
全員の笑顔に見守られながら、ロザリアの隣の席にエリスが落ち着いたのを見計らってラッドが口を開いた。
「それにしても、今日動くとは思わなかったねえ」
「ええ。いつものジン君なら『そんなこと言えるわけねえだろばかやろぉ!』とか言って結局告白を先送りにするのが通例でしたから」
的確なロザリアの所感だがしかし、ジンが精霊である、という情報を持っているセイラとノエルのそれは少し異なるようだ。
二人は真実を言わないようにジンの動きを説明しようとする。
「まあ、あいつにも急がなきゃならねえ事情ってのがあんのかもな」
「そうね。ほら、あいつお父さんを何年か前に亡くしてるから、お母さんを安心させる為に早く家庭を築きたいとかね!」
そう言ったセイラを、ノエルがぎょっとした表情で見つめた。
その視線に気付いたセイラが「あれ? これ言っちゃだめだった?」とでも言っているような硬い笑顔を返すも、すでに後の祭り。
ラッドがあごに手を当てて深刻な表情になってうなずく。
「そうか、そんなことがあったのか……知らなかった。そういった夢のようなものがあるのなら、ジンの行動にも納得がいくねえ」
「ええ。でもそれはジン君、辛かったですわね……」
沈痛な面持ちで目を伏せるロザリア。
父親がすでに死んでいる、という設定をラッドとロザリアにも共有していると思い込んでいたセイラは予想外の事態を招いたことに焦ってしまう。ちなみに、ジンの父親は天界でなおも健在である。
セイラは話題を切り替えるという一手を選択した。
「そっ、それよりさ。どう思う? 告白、うまくいくかな」
「そりゃまあ……な?」
言いつつノエルが送った視線を受けて、ラッドが鷹揚にうなずく。
「僕はうまくいくと思う。正直あの二人はどちらが言うかだけが問題のようなところがあったからね」
「ムコウノ山でもところどころでイチャイチャしてましたわ」
おやつ戦争跡地や頂上での出来事を思い出して微笑むロザリア。
ノエルがこっそりとセイラの顔色を窺うが、自分が呼び寄せた危機の収拾をつけられたことに安堵している様子だった。ジンへの気持ちがもう薄れていることを確認して椅子の背もたれに身体を預け、天井を仰ぎ見る。
気分がのってきたセイラはエリスにも意見を求めた。
「だよね! じゃあエリスちゃんはどう思う?」
「成功するでしょ。ジンが気持ちを伝えるときに変なことを言ったりしなければの話だけど」
「あいつの場合だとそれがあり得るからなぁ」
ノエルの意見に全員がうなずき、ラッドが補足を入れていく。
「好きだ、だと恥ずかしいからと言って遠回しすぎる言い方にしたり……他にも何か余計な、デリカシーのないことを言ったりとかだね」
「もしティナちゃんを傷つけるようなこといったら、私がぶん殴ってやるわ」
そう言ってぐっとセイラが拳を掲げ、食卓に笑いが起きた、その時だった。
入り口の扉が開いて甲高いベルの音が酒場に響き渡ると、五人が一斉にそちらを振り向く。そこに立っていたのは他でもないティナだ。
全員がまず疑問に感じたのは、ティナが一人であるという点だった。
もし告白が成功したのなら、二人でゆっくりと語り合ってから帰ってくる可能性が高い。そう考えれば帰ってきた時間も妙に早かった。
二つ目はティナの表情が強張っていて頬が上気し、息を切らしていること。
ジンから気持ちを伝えられた後に、何らかの会話を交わして走って帰ってきたのではないか。それともまさか、勢い余ったジンに襲われて逃げてきた?
そうすると告白の結果は、まさか……。
全員がそのような思考を巡らせていると、一つ深呼吸をして落ち着いたティナが不自然な明るさで五人の座るテーブルに歩み寄ってくる。
「ただいま~! おやつまだ残ってる? お腹空いちゃった」
「ジンに誘われて出る前も食べてたじゃない」
嘆息しながらのエリスの一言にティナが慌てふためく。
「あっ、そうだったっけ? いや~あはは……」
そう言いながらセイラの隣に腰かけてひょいぱくとおやつを食べるティナを、誰も何も言うことが出来ないままにただ見守っている。
するとそこに再びベルの音が鳴り響き、その場にいた全員の鼓膜を揺らす。ティナの肩が一瞬びくんと跳ねあがった。
酒場に入ってきたのはジンとエアだ。二人はごく自然な装いでテーブル席に歩み寄って座り込む。
出ていった時とは違い、全員が一ヶ所に集まっていることを訝しんだ様子のジンが眉根を寄せて口を開く。
「何だお前ら揃いも揃って。魔王城攻略の話でもしてたのか?」
「ま、まあそんなところかな」
何が起こっているのか理解出来ず、困惑するセイラの言葉はたどたどしい。
その後はいつも通りの談笑が行われたのち、頃合いを見計らって全員が部屋に引き上げていく。
それまでの間、ただ一人エリスだけが冷静にティナの横顔を見つめていた。
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