そして、二人は

 いつもより人数を増してのパーティーは、俺とセイラの喧嘩やラッドとロザリアの茶番、それらを穏やかに見守るティナといういつも通りの、けれど同時には見ることの出来なかったものを繰り広げながら過ぎていく。

 料理を全部平らげてからもしばらくは皆で喋り続けたから、ふと窓から外に目をやると、街並みを照らし出す主役が陽光から街灯へと切り替わっていた。


 そろそろ頃合いだな……。

 勢いよく椅子から立ち上がるとがたんと音がした。その音でこちらを向いたエリスの視線を受けながらティナのところに歩み寄っていく。


 何だかめちゃくちゃ緊張するな。自分が座っていた場所からティナのところに移動するまでのわずかな時間で、心臓がもうどうしようもないくらいに暴れ出してしまっていた。

 手には嫌な汗がじわりとにじみ、言葉が外に出ようとするのを喉が抑えつけようとするような、そんな感覚の中でティナに声をかける。


「ティナ」

「ん?」


 いつも通りの柔和な、たんぽぽとかひまわりみたいな笑み。

 どうやらおやつを食べていたらしく、右手でテーブルの上に小さく広げられたクッキーを摘まんだままでこちらを振り返ってくれている。

 酒場の扉を親指で示しながら、何とか誘いの言葉を口にした。


「ちょっと話があるんだ。二人で散歩でもしないか?」

「う、うん……いいよ」


 俺の緊張がうつってしまったのか、ティナの返事はどこかぎこちない。立ち上がったティナを連れて二人でぎくしゃくいそいそと店を出た。


 たまに振り返ってティナがついてきてくれているかを確認しつつ、俺はずんずんと不自然に勢いよく足を運んで街の外を目指した。ティナも緊張しているのか、特に話しかけてくるようなこともない。

 やばい、何か話しかけた方がいいんだろうか、っていうかこういう時っていつも何話してたっけ……わかんなくなってきた。

 あれこれと悩みながら歩き、結局何もしないまま街を出る。


 外の草原地帯を歩きながらふと夜空を見上げた。

 まるで宝石を砕いて散りばめたような星々が煌めいていて、大きさはばらばらだけど、どれも一生懸命に輝いている感じが何かいい。

 これから気持ちを伝えるための緊張とか、先行きの不安とか。そういった陰りのある気持ちが少し和らいだような気がして、俺はようやくティナの方を振り向く。


 どこか不安げに揺れる瞳は、俺を捉えたと思うとすぐに足下を向いた。

 街中から漏れてくる明かりに照らされたティナの顔は、少しいつもと違うように見える。

 もう一度ティナと視線が合わさるのを待ってから口を開いた。


「あのさ……これからの、ことなんだけど」

「……うん」


 ティナは後ろで手を組んだまま話を聞いてくれている。その表情からは、どんなことを考えているのかがうまく読み取れない。

 ここまで来て俺はまだ躊躇してしまう。けど、一瞬の間を空けてからその台詞を思い切って口にしようとして……ふと気付いた。


「おい、フェニックス」

『何だ?』


 ティナが「あっ」という顔で後ろを振り向く。


「いやその、大事な話をするからちょっと離れてて欲しいんだけど」

『イチャイチャするのなら別に私は構わんぞ?』

「うるせえよ! いいからちょっと離れててくれ!」

『言ってなかったかもしれんがな、私は契約を交わした対象から一定の距離以上は離れられんぞ』

「えっ、そうだったの? ずっと一緒にいてくれて嬉しいな、とは思ってたけど」


 開いた口を手で隠しながら普通に驚くティナ。


「せめてティナには話しとけよ、それは」

『申し訳ない』

「まあいいや、じゃあどれくらいまでなら離れられるんだよ」


 フェニックスはティナのやや後ろから俺たちの横方向へと飛んでいって、地面に着地した。更にその後ろの茂みで何かががさがさ動いた気がするけど気にしないようにしよう。


『これくらいだな』

「う~ん、まあそれが限界なら仕方ねえ。聞こえても内容は誰にも話さないでくれよ?」

『了解だ』


 小声で話せばぎりぎり聞こえないくらいの距離だけど、こんな大事な話をこそこそしたくはない。フェニックスに聞こえるくらいはもう我慢するしかないか。


 俺は気を取り直そうと一つ深呼吸をしてからティナに向き直った。少しの間、互いに期待と不安の入り混じった視線を交錯させる。

 もう一度深呼吸をしてから話を切り出した。


「……で、ティナ。これからのことなんだけど」

「うん」

「俺はさ、ティナに、ずっとそばにいて欲しいって思ってるんだ」

「……!」


 遂に言ってしまった。心臓が痛いと感じるほどに鼓動を速めているのに身体は熱くならず、全身は魔法で石にでもされたみたいに強張って動かない。

 ティナはその瞳を大きく見開いてから俯くと、後ろ手を組んだままゆっくりとフェニックスとは逆の横方向に歩き出す。返事を促すことも出来ずに静かにその様子を見守っていると、やがてティナはゆっくりと口を開いた。


「そっか。ジン君も……だったんだね」

「えっ」


 まさかティナも……? 余計なことは言わず、言葉の続きを待った。

 ティナの横顔は微笑みながらも強張っていて、声も震えてしまっている。


「私もなんだ」


 顔を上げてこちらを振り向いたティナの瞳は儚げで、夜の風に撫でられて綺麗な黒髪がふわりと揺れた。

 そして。


「私も……魔王を本当に倒せるのかなって、みんなで無事に帰ってくることができるのかなって、不安で」


 ん?


「今日はジン君がそばにいてくれたらなって、思ってたから」


 …………あー。

 その時フェニックスの背後の草むらで、葉擦れの音と一緒に何本もの枝が折れる音がした。フェニックスが一瞬だけそちらを振り向くも、それ以上は気にすることもなく俺たちに視線を戻す。


「ジン君も不安だったのはちょっと意外かも。どんな時でも私を引っ張ってくれててそんな風に見えたことなかったし」

「ティナ、あのさ」

「あっ、別にね! 他のみんなが頼りにならないとかそういうわけじゃないよ? みんな強くて楽しくて、いい人たちばかりだし」


 そこでもまだ震える声のままで。けど、ようやくいつもの自然な微笑みを浮かべて、ティナは言ってくれた。


「……でも、やっぱりジン君といるときが一番落ち着く、かな」

「えっと」


 すげー嬉しいけど欲しかった返答とは違うので、何と言っていいかわからない。でもとりあえず何かを言おうと口を動かす。

 けどそれも妙に勢いのあるティナの言葉に遮られてしまう。


「だっ、だからね! この後部屋に来て、眠くなるまでお話とかしてくれると嬉しいなーなんて!」

「お、おう。もちろん」


 ティナの顔は紅潮しているように見える。興奮してるん……だろうか。正直に言って今のティナがどんな気持ちなのか全くわからない。


「それじゃ私、おやつとかまだ食べ足りないから! 先に戻ってるね!」

「あっ、おい」


 引き留める間すらなく、ティナはそう言って走り去ってしまった。フェニックスもこちらを一瞥してからティナを追いかけて飛び去っていく。

 右手を出した体勢でしばらく固まった後、手を引っ込めて一つため息をついた。すると、さっきから騒がしかった草むらからキースとエアが出てくる。


「やっぱりお前らかよ。ばれる位置にはいるなって言っただろ」


 二人を睨みつけながらそう言うと、キースが俺の前まで歩み寄って来てから肩に手を置いた。


「ジン、よくわからない感じになったが元気を出せ。お兄ちゃんはいつでもジンの味方だからな」

「俺の言い方、悪かったかな」


 すると、キースはまるで本当の兄貴みたいな優しい顔になった。


「そんなことはない、ジンは頑張っていたぞ。それにな、あれは気持ちが伝わらなかったわけじゃないんじゃないかとお兄ちゃんは思う」

「どういうことだよ」


 訝し気な視線をキースに向けたものの、その返事をしたのはエアだった。


「お前たちは似た者同士、お似合いカップルということだ」

「まあ言い方はあれだが、そうとも言えるな」


 俺の肩から手を外し、ため息をついてからそう言うキース。こいつらの言っていることがよくわからないので沈黙で続きを促す。


「ただ一つ言えるのは、これ以上はジンからは何もせず、様子を見た方がいいかもしれんということだな」

「そうなのか?」

「うむ。もどかしいし、シナリオの完遂までに決着をつけたかったのはわかるが。こうなった以上、強引に行くのもまずい」

「そうか」


 キースは俺の気持ちを汲んでくれた上で言っているんだから、俺もそれに反論する気は毛頭起きなかった。それに、これ以上強引にいくのはまずいというのは大いに賛成出来る。

 ティナは思っていることが割と顔に出やすい。俺の言葉を受けてのあの一連の反応はどういうものかわかりづらかったけど、少なくとも魔王を倒して無事に帰ってこられるか不安に思っているのは本当だと思う。


 もしかしたら、タイミングを間違えたのかもしれない。自分の都合で無理に今気持ちを伝えようとして失敗したのかもしれない。

 ティナは勇者としての責務を負って、真剣に魔王を倒して人々を救いたいとそう思っているんだろう。それに、小さい頃からの勇者への憧れとかそういうのもあるはずだ。

 だから、今ティナは魔王討伐という任務と正面から向き合っている。なのに、俺は……。

 ぐっと奥歯を噛みしめて拳を強く握りしめた。

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