ティナのあの時、そして未来(これから)
各自が部屋に引き上げた後、ティナは自室のベッドの縁に腰かけて物思いにふけっていた。
口を一文字に結んだまま手を膝の上に置いていて、普段ならばジン辺りが思わず「どうした? 元気ねえな」と声をかけてしまいそうな様子だが、今ティナのそばには不死鳥以外に誰もいない。
ジンとティナのやり取りを見守っていたフェニックスは、何だかよくはわからぬがそっとしておこう……イチャイチャはしておらんかったようだしな……と、長物の上で置物のようになって眠っている。
そこに部屋の扉を叩く音が静かに、しかし明瞭な輪郭を伴って響き渡った。
勢いよく顔をあげて扉の方を見るティナは、相手の言葉を待つことなくぽつりと声を発する。
「はい」
すると扉の向こう側から聞こえてきた声は、予想とは違う人物のものだった。
「私よ」
小さな王女は更なるティナの返事を待たずに扉を開く。勇み足で部屋に入りティナの前に直立すると腕を組んでから口を開いた。
「ジンと何があったの?」
「えっ」
いきなり本題である。突然のことで、ティナは上手く言葉を紡げない。
ティナに気持ちを伝えようと思っている、ということをジンがエリスに話したという事実を、ティナは知らないからだ。
「えっと。何がって、何が?」
ティナは笑顔を作ろうとはしているが、強張る顔はその体を成していない。
エリスはいつもの強気な表情を崩さずになおも問いかける。
「ジンから何か言われたんでしょ?」
「……どうしてそれを?」
笑顔を作ろうとすることをやめたティナの瞳は潤み、その水面は緊張に揺れている。不安が波紋のようにその顔に伝播していくのを見てとったエリスは、疑問を確信に変えて尋ねた。
「……ふったのね?」
「ううん」
首を横に振るティナに、エリスは一瞬怪訝な眼差しを向ける。
「ならどうしてそんな顔してんのよ。触れはしなかったけど、皆心配してるわ」
「…………」
何も言わないティナを黙って見守るエリス。やがてティナは思案するような間を空けてから俯きがちなままで言った。
「正直に言うとね、びっくりしちゃったの」
「うん」
「呼び出された時からそんな予感はあったよ? ジン君がいつにもない感じで緊張してたから」
エリスが微動だにせず簡潔な返事にとどめて先を待っていると、ティナは不安げな表情のまま、強張る頬を少しばかり緩めて語り出す。
「でもね、いざジン君からずっとそばにいて欲しいって言われて……頭の中が真っ白になっちゃった」
「…………」
「もちろん嬉しかったのは嬉しかったけど、でもジン君が私を好きでいてくれて、プロポーズみたいなことまで言ってくれるなんて本当にそんなことあるのかなって……あるわけないって、思っちゃったの」
エリスはため息をつきそうになるのを何とか堪えた。
ミツメで一緒に暮らしている間に、恋愛に関する話をする機会はいくらでもあった。その中でティナは告白をしたこともされたこともなく、そもそもこれまで誰かを恋愛対象として好きになったこと自体がなかったと言っていたのを覚えている。
だが、ここまで聞いただけではよくわからない。ティナの頭の中で何が起きたのかを察しきれないエリスはその先を尋ねることにした。
「そうだったのね……うん。ティナの気持ちは大体わかったつもり。それで結局ジンには何て言ったの?」
「きっと、ジン君も魔王が倒せるか不安何だろうなって思ったから、私もジン君にはずっとそばにいて欲しいと思ってたって。ジン君が一番安心するからって……そう言ったの」
「…………」
それもそれである意味告白なんじゃないの? と、エリスは心の中で本音を漏らした。それから考えをまとめて、ティナ自身にも言い聞かせるかのように確認をとっていく。
「つまりジンの気持ちは嬉しかったけど、そんな幸せなことあるはずないって思っちゃって、これからの戦いに対して不安でそばにいて欲しいって言ったはずだって強引に解釈して、それに返事をしちゃったのね?」
「う、うん……今思えば何やってんだろうって思って。本当にこれで良かったのかなって思っちゃって……」
自分のしたことを省みて恥ずかしくなったのか、ティナは頬を朱に染めている。
最悪の場合はティナがジンをふったことまで想定していたエリスは、そうでなかったことに安堵の息をつきつつティナの隣に腰かけた。そして投げ出した足をぷらぷらとさせながら話し出す。
「まあ私も告白したりされたりって経験ないからわかんないけど、落ち込むことはないんじゃない? あのバカはどうせティナのことしか見てないんだから、そうなったからには魔王を倒してから今日のことをどうするのか、ゆっくり考えるのもいいと思うわ」
「そ、そうかな」
「うん。あいつも今頃はタイミングを間違えたかな。とか、俺……自分のことしか考えてなかった。とか思ってるでしょうから、少なくとも魔王を倒すまでは何も言ってこないと思うわ」
エリスの言葉を受けたティナは、膝の上に力なく置いていた手に力を込め、ぎゅっと握り込んでから口を開いた。
「でも、気持ちを伝えるのってすごく勇気のいることだったと思うの。ジン君、さっきも言ったけど本当に緊張してたし……」
「まあ、そうね。壊れたおもちゃみたいな感じになってたわね」
「うん……い、いやっそんなことないと思うけど。それなのに私、ジン君の勇気を無駄にするようなことしちゃって……嬉しかったのに……」
なるほど、それがこの落ち込みの一番の原因かとエリスはうなずく。
告白の部分よりも、ジンの頑張りを無駄にしてしまったということに自己嫌悪のようなものを感じているらしい。しかしエリスはそんなティナに対して、いつもの勝気な笑みを浮かべながら口を開いた。
「それなら、今度は自分からジンに気持ちを伝えるといいわ。それでおあいこじゃない。あいつ、死ぬほど喜ぶと思うわよ」
ティナは顔をあげてエリスを見てから再び俯き、その瞳に熱を込めて拳を一際強く握り込んだ。
「そうだね、うん、そうする!」
それからエリスの方を見てその手を取り、笑顔で言った。
「ありがとうエリスちゃん。何だか力が湧いてきちゃった!」
「きゅっ、急に何よ。まあ元気になったのなら良かったわ」
突然のいつものティナに対応しきれず、顔を赤らめてしまうエリス。そこで突然部屋の扉が叩かれ、ティナが元気よく返事をする。
「は~い!」
扉が開かれる。入ってきたのは、たった今この部屋で何が起こったかなど知る由もない、極めていつも通りなジンであった。
「おいっす」
「えっ、ジジジン君!? どうしたの!?」
突如頬を赤く染めてベッドの奥側に後ずさるティナに、ジンも驚いてしまう。
「どうしたのって、その……話をしたいって言ってくれたから来たんだけど」
「そ、そうだったっけ!? こっ、こんにちわ!」
「おうこんにちわ。もう夜だけどな……っと、エリスもいんのか」
ジンはそう言いながら部屋に入り、テーブルに据えられた椅子に座った。
「何よ、いちゃ悪いわけ?」
「別にそうは言ってねえだろ。てか、今日はまだ眠くなんないんだな」
「ティナと楽しい話をしてたからね」
エリスが視線を送ると、ティナは熱が一向に引かない顔のままでエリスを後ろから抱きかかえながら言う。
「そ、そうそう。ジン君には内緒の話」
「は? 何だよそれ、逆に気になるじゃねえか」
「お、教えてあげないっ」
『何だ? イチャイチャが始まったのか?』
そこで今まで完全に風景と一体化していたフェニックスが突然顔をあげてそう言うと、長物から巣立ち、テーブルの上へとやってくる。
ジンはいいものを見つけたと言わんばかりの表情で話しかけた。
「おっ、そうだちょうどいい。お前ずっとここにいたんだろ。この二人が何を話してたのか教えてくれよ」
『いいぞ……』
「ちょっとぴーちゃん、そんな簡単にオッケーしないでよ。ていうか言ったら絶交だからねっ」
「そうよ。もしジンにばらしたら焼き鳥にするから」
『いいぞ……』
「いいのかよ」
ぎゃーぎゃーと騒がしく抗議の声をあげるティナとエリス。全てを了承してしまうフェニックスに対して呆れ顔のジン。
しかしフェニックスは、首を傾げて何事か思案してから口を開く。
『ふむ。やはりティナに絶交されるのは困るな。よってジン、さっきの話の内容はお前には口外出来ん』
「焼き鳥はいいんだ……」
ティナが苦笑すると、そこでまたも部屋の扉が叩かれた。三人が顔を見合わせてから、部屋の主であるティナが代表して返事をする。
「はい」
扉を開けて中に入ってきたのはセイラだった。だが、一歩踏み入ったところでジンをその視界に認めて立ち止まり、短く声を発する。
「えっ、ジン?」
「そうだけど、何で驚くんだよ」
「いっ、いや別に……」
ジンとどうなったのかこっそり話を聞きに来てみたらそのジンが部屋にいたのだから、驚くのも無理はない。混乱気味のセイラである。
そしてさらに、まだ扉を閉じていない入り口から別の顔が現れた。
「あらあら、ティナちゃんとお話をしようと思ってきたら……。やっぱりみんな、ティナちゃんが心配ですのね」
そう言って柔和な笑みを浮かべるロザリアの後ろから更にラッド、ノエルが続々と顔を出してくる。
「ふっ、ティナと話をしにロザリアがここに来るだろうと思っていたら、正解だったようだね」
「部屋にジンがいねえからまさかと思って来たら、どうなってんだこりゃ」
何だかんだティナやジンが心配な面々は、顔を見合わせて笑い声をあげる。
その後は狭い一室にしばし歓談の声が響き、それは全員が眠くなって脱落するまで続くのであった。
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