アクセスザワールド

 それからしばらく二人は適当に会話をしながらおやつを食べていく。

 やがてその全てを平らげた頃、ゼウスが突然立ち上がって口を開いた。


「さて、おやつも食べ終わったことじゃし、そろそろあれの様子でも見に行くとするかの」

「わかりました」

「どうじゃ、近くに誰かおるか?」


 ミザリーも立ち上がりながら返事をし、問われてスキルを発動しつつ部屋の外をぐるっと眺めるように顔を動かした。


 ワールドオブザーバーズ隊長専用スキル「アクセスザワールド」。

 ターゲットの名前やスキル構成など戦闘に必要な情報を取得出来るスキルだが、これは視界にさえ入っていれば、例え相手との間に遮蔽物があっても効果を発揮する。


 そういった特性上、このスキルは隊長専用スキルを除いた多くの各精霊部隊専用スキルが機能しない天界において、主に索敵スキルとしても重宝される。

 壁越しにスキルを発動出来る対象がいるかどうかを確認することで、壁の向こうに人やモンスターがいるかどうかを判別出来るのだ。

 もっとも、普通は天界には精霊と神以外は存在しないので敵がいない、つまり索敵をする必要もないはずなのだが。


 スキルを発動して周囲の索敵を終えたミザリーは、一瞬だけ扉の方に視線をやってからゼウスの方を振り向いた。


「……大丈夫です、誰もいません」

「ふむ、それでは」


 ゼウスがそう言って部屋の奥側まで歩いていき、本棚のうちの一つに手のひらを向けると、その本棚が横にずれ始めた。

 石造りの床が本棚との摩擦で激しく鳴動し、雄叫びのような音を立てる。この本棚は早急に買い替えた方がいいだろう。

 すると、今まで本棚があった場所に下に降りていく階段のようなものが現れた。


 本来ならばこういった場面ではゼウスが自分で神聖魔法を使って索敵を行えばいいだけの話なのだが、神聖魔法もただで使えるわけではないし、神ごとに得手とする神聖魔法の種類も異なる。

 早い話が、ゼウスは索敵や透視といった「みる」系統の神聖魔法は苦手としているため、今のように目の前に索敵スキルを使える者がいればそちらを頼りたい、ということだ。

 そしてミザリーはゼウスのお気に入りであり、信頼も寄せられている。

 だから普段なら、ここではそのまま階段へと足を踏み入れていくところだったのだが。


「…………」


 ゼウスは一旦階段のある方へと一歩を踏み出したものの、何を思ったのか背後を振り返り、部屋の入り口の方向をじっと見つめた。

 そしてそちらに手のひらを向けると、


「きゃっ」「うおっ」


 扉の向こうから精霊二人分の声が聞こえてきた。

 それらの声を聞いたミザリーは額に手を当ててため息をつく。


「あちゃー……」

「あちゃー、じゃなかろう。目線をたどらなければ騙されるところじゃったわい。全く、ミザリーちゃんも油断ならんのう」


 ゼウスから半目で睨まれ、ミザリーは誤魔化すように笑いながら弁明する。


「いえ、捕まるのもかわいそうかなと思ったので」

「気持ちはわかるがの、あれを見られたら色々とまずいことになるのじゃぞ? まあ、見られてすぐに何かわかるというものでもないんじゃが」

「それは……」


 その言葉尻を聞くこともせずにゼウスは部屋の入り口へと歩き出した。

 そして扉を開けると、それに寄りかかった体勢のまま魔法によって拘束されてしまったのであろうセイラとノエルが、倒れ込むように部屋に入ってきた。

 ゼウスは一つため息をついてから、ミザリーに尋ねる。


「お主、この子らと知り合いなのかの?」

「つい先ほど知り合ったばかりですけど、可愛い子たちじゃないですか。それにゼウス様もお気に入りなんでしょ? あまり悪く扱わないであげてくださいね」


 セイラとノエルはうつ伏せの状態で、簀巻きの形に固められた空気の縄によって身体を拘束されたまま、観念したように目を伏せている。

 困ったような表情であご髭を撫でながらそんな二人を見つめるゼウス。


「わかっておるわい。うむむ……しかし、本当に困った子たちじゃ。これがジンのやつじゃったら間違いなく即天罰でもくらわせてやるというのに」

「え~、ほんとですかぁ? 何だかんだいって、いっつもジン君を甘やかしている気がしますけど」


 にやにやと笑ってからかってくるミザリーに、ゼウスはわざとらしくせき払いをすることで応じた。

 それから足下に転がったままの二人に視線を戻して口を開く。


「とにかくじゃ、お主らが進んでこんなことをするわけがない。一体誰の差し金……いや、自分で言っててわかったわい、ソフィアか」

「ソフィア様が?」


 ミザリーは不思議そうな表情で尋ねた。

 それに対してゼウスは後ろ手を組み、うなずいてから答える。


「最近あやつはここによく出入りをしておっての。ある程度この世界で起きていることを見聞きしたのじゃ。そこで疑問に思うたのじゃろう、なぜわしがそこまでシナリオの進行に拘るのか、とな」


 納得といった感じでうなずくミザリー。


「そうでしたか、それならまあそこに疑問を抱くのも当然でしょうね」

「うむ。ミザリーちゃんもしばらくは警戒してくれんかの、ソフィアが直接乗り込んで来るかもしれん。それがあやつの仕事でもあるからの」

「『切り札ジョーカー』……でしたか。もし実際にソフィア様がそのつもりで乗り込んで来たら、私が警戒したところでどうにもならない気もしますが」

「ぼちぼちミカエルをここに常駐させるべきかもしれんのう。あやつなら極大魔法も扱えることじゃし、戦力の足しにはなるじゃろう」

「戦力、とはまた物騒ですね」


 ミザリーは苦笑しながらそうつぶやいた。

 そこで会話は一区切りしたらしく、少しの間があった後、ミザリーがセイラとノエルを見下ろしながら言う。


「それで、この子たちはどうするんですか?」

「残念じゃが……あそこに送るしかあるまい」

「あそこ……まさか、そんな! 悪くは扱わないってさっき言ってくださったじゃないですか! どうして!」

「どうして、じゃと? あそこはとてもいいところじゃろうが、なあに、少しの間だけじゃ、せいぜい楽しめばよかろうて……フォッフォッフォ」

「ゼウス様……」


 ミザリーの悲しみを訴える視線を受けながら、ゼウスが高らかに笑う。

 執務室にはそんな老神の笑い声が長く響き渡るのであった。


 ☆ ☆ ☆


 それから数日後、天界のとあるカフェにて。

 情報収集を終えた後のセイラ&ノエルとここで合流する予定だったソフィアが、一人先に到着してテーブル席に腰かけていた。

 何を思ったのか、白のワンピースに麦わら帽子を被った上で眼鏡をかけていて非常に目立っている。何の用もなくソフィアがこんなところにいるのは不自然なので変装でもしてきたつもりなのだろう。


「おい、あれソフィア様じゃね?」「でも何でこんなところに……?」

「ねえねえ、あんた声かけてきてよ」「えっ、嫌よ緊張するじゃない」


 周りの席ではそんな声が飛び交っていた。

 ばればれとはつゆ知らず、ソフィアは店内をのんびりと眺め、見た目相応の少女のように手を組んで目を輝かせている。


(セイラちゃんが選んでくださったお店、すごく素敵ですねえ。まだ二人とも来てないことですし、先にお茶を一杯いただいてしまいましょう!)


 即決したソフィアは側を通りかかった店員を呼び止めて紅茶を注文した。

 ややあって、店員が戻って来て紅茶を配膳すると少し緊張した面持ちで声をかけてくる。


「あ、あのっ……もしかしてソフィア様でいらっしゃいますか?」

「えっ」


 まさかばれるとは思っていなかったのか、ソフィアは間抜けな声を出した。

 人、精霊、モンスター問わず生命の心の機微には聡い女神も、どうしたことか自分がどう思われているかという部分に関しては鈍いようだ。

 その為、たまにこういった鈍くさい行動を取ってしまうこともある。


 ちなみに現在のソフィアは人間姿である。精霊たちからすれば、見た目はほぼソフィアでもそうとは確信出来ないという状況だ。

 ソフィアは正面を向いて俯いたまま、どう対処するべきかを考えている。


 ここで自分が女神であることを明かして女の子と仲良くなるのもいいが、それでは今日天界に来た本来の目的を完全に見失っている。

 少なくとも今は、ソフィアがここにいることがばれるのはまずい。いや、もう半分ばれてはいるが、まだシラを切ることは可能だ。


 少しの間があった後、ゆっくりと顔を上げたかと思うと、正面を向いたまま瞑目して口を開いた。


「俺に触ると怪我するぜ? 可愛い子猫ちゃん」

「こ、子猫ちゃん?」


 ソフィアはくいっとあごで店の奥を示した。


「早く行きな」


 途端に店員は不審者を見るような目をして去っていく。何とかうまくやり過ごしたつもりになって嘆息し、紅茶に口をつけるソフィア。


 その後も注目を浴びながらカフェでのんびり過ごすも、いつまでたっても肝心のセイラとノエルが姿を現さない。しかし、あまりフォークロアーに知り合いもいないソフィアはどうやって探せばいいか見当もつかず、途方にくれていた。


 そしてしばらくあれこれ考え込んだ後、衝撃的な事実を発見した。

 いやこれ、自分で神聖魔法を構築して探せばいいのでは? と……。

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