おっさん女神の選択

 元よりその考えが無かったわけではないが、そもそもソフィアが理由もなくフォークロアーにいること自体が不自然であったため、ここで自分が何か行動を起こすことを控えていたのだ。

 しかし、セイラとノエルが現れない今となってはそんなことも言っていられなくなった。

 知り合いと言えばすぐに思いつくのはジンくらいのものだが、追放処分を受けている彼を頼ることは出来ない。


 そんなわけでソフィアは早速椅子に座ったままで目を瞑り、神聖魔法を構築して発動した。この世界の魔法の仕組みは一度試練の迷宮でシナリオに参加した際に使ったのでわかっている。

 ここではない、創世の神殿フォークロアー支部の風景がまるで実際にそこにいるかのようにソフィアの脳裏に映し出される。


 入り口から入って廊下を一気に進み、大広間へ。

 昼時だからかそこそこに精霊がいる。音声はないがさぞ賑やかに違いなく、点在する長椅子にはいくらかカップルの姿も見られた。

 その内の一組がソフィアの目に留まる。女の子の方が中々に好みと一致していたからだ。


 茶髪にツインテール、釣り目で活発な感じが猫っぽく、おっさん女神は一瞬で心を奪われてしまう。

 けしからん、これは非常にけしからんというやつですね……是非とも私の家にお招きして一対一で天罰を……などと思いながら、しばらくその女の子を観察した。


 その後も次から次へと大広間にいる女の子を研究する内に結構な時間が経過していることに気付いたソフィアは我に返り、意識をゼウスの部屋、執務室方面へと向けることにした。

 すぐに目的地に到着し、扉を透過して部屋の中に入っていく。

 するとそこには老神と赤髪の美少女とそしてもう一人、知り合いではあるが、ソフィアがフォークロアーにいる時にはあまり見かけない褐色肌の女性がいた。


 黒髪をきっちりと整え、後ろで団子状に結い上げている。

 釣り目に眼鏡をかけていて、全体的にきつい印象を与える顔立ちだ。


 ソフィアは真剣な表情で瞑目したままつぶやく。


「ミカエル……ですか」


 神の卵である天使と呼ばれる存在、その内の一人である。

 その最大の特徴は極大魔法という魔法が使えること。

 極大魔法というのは端的に言ってしまえば人間や精霊が使える魔法を強化したもので、完全に上位互換となっている。

 天使は神聖魔法は使えないが極大魔法は使えるという、戦闘力的な意味では正に人間や精霊と、神との間のような存在なのだ。


 三人の姿を認めたソフィアはそこで神聖魔法を進化させて音声も聞こえるようにしようとした。だが、次の瞬間には映像もろとも途切れて脳裏に何も映らなくなってしまう。

 真っ暗な視界の中、ソフィアは心の声で独り言ちた。やられた、と。


 「覗かれている」ことに気がついたのかどうかはわからないが、それを妨害するような神聖魔法を使われたに違いない。ゼウスはそういった系統の魔法が得意だ。

 ソフィアは目を開いて俯き、思考する。


 ソフィアがゼウスに探りを入れていることはもうばれているだろう。ミカエルを急に側に置いていることがその証拠だ。

 今までもこちらの世界にいたことはあるのだろうが、少なくともソフィアが滞在中に見かけるのはかなり珍しい。それがよりにもよってこのタイミングで。

 

 しかしそれは同時に、やはり老神が何かソフィアに知られたらまずいような隠し事をしているという意味でもあった。


 ミカエルを側に置くのは単純に戦力としてだ。

 神聖魔法というのは神同士が一定の範囲内にいると発動出来ないので、神々の戦闘というのは基本的に極大魔法の撃ち合いになる。

 

 だからゼウスはソフィアとそういった事態になれば、ミカエルと二人なら勝てると踏んでいるのだろう。

 もちろん、実際に戦闘になるとそう簡単に事ははこばないが。


 とにかくこれらの事実から鑑みれば、セイラとノエルは何かを知ってしまったが為にどこかに軟禁されている可能性が高い。

 ソフィアとしてはゼウスが何を隠しているのかはとりあえず置いて、セイラとノエルの安否を確認したい。単純に、自分のせいで辛い目にあわせてしまっているのだと責任を感じているからだ。


 だがあの二人が今どこにいるかの情報源にあてがない以上、もう直接ゼウスの元に乗り込むしかないのだろうか、しかし……。ソフィアは大いに頭を悩ませる。

 自身の手で天界や下界を探索するにしても時間がかかり過ぎるし、そもそも天界や下界にセイラとノエルがいるという保証もない。

 次元の狭間に送られたという可能性も……。


 いや、とソフィアは首を横に振る。

 まさかゼウスが、重大な規約違反を犯した神を封印する際に使われる牢獄のような場所に、可愛がっている二人を送るようなことはしないだろう。


 と、そこまで考えて思考が行き詰まってきたと感じたソフィアは、突然椅子から立ち上がった。

 カウンターに向かい、会計を済ませて外に出る。


(この際手段は選んでいられない、ですね)


 少し考えて見た結果、セイラやノエルをどこかに軟禁するなら下界の可能性が高いとソフィアは踏んだ。

 あの二人を隠すにしては天界は狭い。神聖魔法を使いながら総当たりで隈なく探していけば、そう大した時間もかからずに発見出来てしまう。

 

 したがって下界の、しかもジンたちがあまり行くことのないような場所に送り込むはず。

 それでもまだ膨大な数の場所が候補としてあがるが、地道に探していけば必ず見付けられる。そう思い、ソフィアは下界へと向かったのであった。


 ☆ ☆ ☆


 更にそこから翌日、下界。

 ゼウスが書くシナリオの主な舞台となり、ジンたちがこれまで冒険を繰り広げてきたフォークロアー最大の面積を誇るメイン大陸。

 そんなメイン大陸のはるか北側にその島はあった。ギャンブル好きな者たちからは「夢の島」とも呼ばれる、トオクノ島である。


 そして、そんなトオクノ島の中心部にあって世界最大のカジノ街として知られるシックス。

 人間たちの間では稀少となる「ませき」のうち「ほのおのませき」や「かみなりのませき」を利用した街灯によって照らされたその街並みは、昼と夜の区別がつかない程に明るい。


 この世の栄華を絵に描いたようなその風景の中で、一際存在感を放つ巨大な建物があった。

 シックス最大のカジノ、グランドコーストである。


 ポーカー、ブラックジャック、ルーレット、スロット……店内にはお馴染みのものを中心に、様々なゲームが用意されていた。

 煌びやかで豪奢な服に身を包んだ商人や貴族、さらにはお忍びで訪れた王族たちが勝負の結果に一喜一憂して色とりどりの表情を浮かべている。


 しかしそんな華やかなギャンブラーたちの遊び場に、どうにも似つかわしくない者たちが紛れ込んでいた。

 スロットコーナーのとある一角で、銀髪の少女と青髪の少年が隣り合わせにしてスロット台に向かっている。

 二人ともどう見ても平民といった身なりをしていて逆に目立つ、というのがその横を通り過ぎた者たちの感想であっただろう。


 可憐な容貌には似合わない、怒りの形相でセイラが吼える。


「またリーチまでいって揃わなかったんだけど! この台、何か細工でもしてるんじゃないの!?」

「お前、それ何回目だよ……大人しく遊べねえのか」


 ノエルは呆れ顔でそれを受け止ると、ため息をついて独り言のように続ける。


「しっかし、ここで『ていおうのつるぎ』と交換できる程のメダルを稼ぐまでは帰って来ることは許さん、とか……ゼウス様も甘いよな」

「まあ、そうね。本当に一生帰れない可能性もあるけど」

「いや負けてるのはお前だけで俺は地道に勝ち続けてるぞ」


 その言葉に驚いたセイラは、身体をノエルの方に寄せてメダル箱を覗き込んだ。


「ほんとだ……え、ノエルってギャンブルの才能とかあったの?」

「いや知らねえけど。言っとくけどメダルはわけてやらねえぞ」


 不満そうにまゆをひそめるセイラ。


「何で? 勝ってるんだからちょっとくらいいじゃん」

「お前ここに来てから負けっぱなしだろ。いちいちメダル分けてやってたらいつまで経っても天界に帰れねえじゃねえか」


 ノエルの言うことに反論できず、セイラは押し黙ってしまった。

 ところが、少しの間があった後に急に頬を赤らめて、正面のスロット台を見据えたまま途切れ途切れに慣れない台詞を述べ始める。


「じゃ、じゃあ……お礼にデートしてあげるって言ったら、分けてくれる?」


 それに対し、ノエルは真顔で流し目を送った。


「それ自分で言ってて恥ずかしくならねえか?」


 更に顔を赤くしたセイラが、椅子から勢いよく音を立てて立ち上がる。


「もう何なのよ! あんたが最近思わせぶりなこというから、ちょっとそれっぽいこと言ってみたらその反応……もうどうしたらいいのよ!」

「わかったわかった悪かったから落ち着けって」


 降参のポーズを取りながらの謝罪を受けてセイラは再度椅子に座ったものの、依然としてそのガラス細工のような瞳でノエルを睨み続けている。

 ノエルは観念したように、頬をかきながら口を開いた。


「その内ちゃんと言うからよ……何て言うか、俺の」

「いいですね~青春って感じで……私も混ぜていただきましょうか……」

「「!!」」


 突然背後から沸いた声に、セイラとノエルは思わず跳びあがりそうになるほど驚いてしまう。

 二人が振り返ると、そこにはアンデッド系モンスターのような形相をした女神ソフィアが立っていた。

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