vs ヒュドラワーム
ヒュドラワームと呼ばれた三体のモンスターは、上空から見て三角形になるような配置で地中から顔を出している。
巨大なミミズのような頭部に、鋭利な牙を覗かせる大きな口がついていて、尻尾の部分を見せる気配は今のところない。胴体と頭だけを自らが空けた穴から出し、そこを起点にうねうねと動き回る形だ。
また首の長さも互いに届くほどのものだった。これはどこか一ヶ所にいると全てのワームから攻撃を受ける可能性があることを意味している。
この為に全員で一体のワームに攻撃というのは効率が悪いという判断を下したジンは、すぐさま一人で奥の方に駆けていった。
走りつつ、後ろを振り返りながら叫ぶ。
「俺は奥のやつをやる!」
「じゃあ私はこっち!」
「僕とロザリアはこっちだ!」
配置は時計周りにジン、ラッド&ロザリア、ティナである。
ここで懸念すべきなのは、この戦闘がグランドクエストに含まれる場合にジンが手を出し過ぎるのはまずいということだが、これに関して彼は一体を担当するくらいなら大丈夫だろうと考えている。
前回の試練の迷宮ではティナをサポートする為に雑魚をなぎ倒していく分には問題がなかったし、そもそも今回は本来ならば戦闘をする必要すらなかった可能性が高い。
念の為に、出過ぎた真似さえ控えていれば問題はないだろう。
奥のワームに攻撃を仕掛けたジンは、自身に注意が向いたのを確認すると後ろに回り込んでから攻撃を受けた。
こうすることで、敵を含めた自分以外の全てが視界に収まるようになるからだ。
この状態でまずはティナの様子を窺う。
出会った頃から「ティナより少しステータスが高い」という設定になっているジンが、どれくらいまで力を出していいのか見極めるためだ。
例えばティナが苦戦してようやく倒せる強さのモンスターならば、ジンもそこそこに苦戦したフリをしなければならない。
しかし、次の瞬間にジンは目を見開いた。
「しん・ゆうしゃのつるぎ」を両手で持って身の内側に引いたティナは、横なぎにそれを払う。燃え盛る勇気の炎が残像を作り、その軌跡はワームの身体を両断するように描かれていった。
ティナのこうげき。ヒュドラワーム・一をたおした!
なんとティナの「しん・ゆうしゃのつるぎ」は一撃でワームの首を飛ばしてしまったのである。
いくらなんでも弱すぎだ、とはジンの心の声。
たしかに「しん・ゆうしゃのつるぎ」は攻撃力そのものも高い。だがさすがに一撃となると、それは相手の防御力やHPが低いと考えるべきだろう。
色々と考えを巡らせている間にもジンの戦闘は続いている。今、目の前では自身の担当するワームが首を持ち上げてためを作ったところだ。
恐らくは攻撃の予備動作だろう。
充分に避ける余裕はあったが、思うところのあるジンはあえてこれを大剣を盾代わりにして受けとめる。
ヒュドラワーム・二のこうげき。ジンにあまりダメージをあたえられない。
やはり防御力同様に攻撃力も低いらしい。
通常こういった巨大なモンスターというものは攻撃力か防御力、もしくはHPのいずれかが極端に高い場合がほとんどだ。
どういうことだ、とジンが眉をひそめたその時だった。
「えっ!?」
ティナの声に全員が振り向くと、なんと切り落とされたはずのワームの頭部だか胴体だかが再生していた。
内心で焦るティナに容赦のないワームの攻撃が襲いかかる。首を横にもたげ、そののまま鞭のようにしならせて薙ぎ払ってきた。
縦の動きならまだ避けようもあったが、心身ともにワームが再生した驚きで構えが間に合っていないティナはこれをまともに受けてしまう。
ヒュドラワーム・一のこうげき。ティナに少しのダメージ。
「あぐっ!」
ティナの身体が吹き飛ぶ。しかし、ダメージそのものは大したものではなかったため、すぐに起き上がって攻勢に転じた。
剣を上段から袈裟斬りの軌道で振り下ろす。
ティナのこうげき。ヒュドラワーム・一を倒した!
だがやはり、消滅したワームはすぐに復活してしまう。
「なにこれ……」
しばらくの間ティナは、果てのない戦いを続けることになった。
一方でラッドはジンやティナのように一撃とはいかず、ロザリアの支援魔法込みでも倒すのに二回は攻撃を加えなければならなかった。
とはいえ、ラッドは決して弱いというわけではない。
ジンやティナが強すぎて感覚が麻痺してしまうが、ラッドやロザリアもすでにミツメ屈指の冒険者へと成長している。
ただジンは無論のこと、ティナもステータス的にもかなり成長している上に「しん・ゆうしゃのつるぎ」による増加の幅が大きいので、攻撃力がかなり高くなっているのだ。
しかし、そんな規格外の二人とは違うラッドだからこそわかることがある。
攻撃を加える手を突然に止めると、その顔に驚愕の色をにじませながら口を開いた。
「再生しているじゃないか」
今まで夢中で攻撃していて気が付かなかったが、ラッドが切りつけた先からすぐにワームの傷口が再生している。
一回目の攻撃でぎりぎり倒せない程度のダメージなので二回目でなんとか倒せているが、そうでもなければ倒しきれないほどの再生力だ。
それに、ワームから受けるダメージも馬鹿にならない。
傷口の再生を呆然と見守ってしまったラッドはとっさにワームの、身体を奥に弓なりに引いてからの直線的な突進を防御できなかった。
ヒュドラワーム・三のこうげき。ラッドにそこそこのダメージ。
「ラッド様!」
自身の近くまで吹き飛んできたラッドに、ロザリアが回復魔法を放つ。
ロザリアの「ヒーリング」。ラッドのHPが全快した。
一撃で倒せないラッドはティナやジンと比べて攻撃を多く受けることになるが、ロザリアの助力があるおかげで何とかなっている。
とはいえロザリアもまほうのせいすいが続く限りしか魔法を使えない。このままでいくとジリ貧なのは明らかだった。
ティナやラッド&ロザリアの様子を全て見守っていたジンが、ワームの攻撃を適当に受け流しながら、舌打ちを漏らしつつ独りごちる。
「くそっ、埒が明かねえ。でも倒せないなんてことはねえはずだ……」
すると、今まで安全な場所でティナたちから盗んだおやつをばりぼりと食べていたフェニックスが、ジンの周りを飛びながら口を開いた。
『そやつは三体のワーム、というより三本の首を同時に落とさねば消滅せぬぞ。地中にいる本体から三本の首が生えているだけなのでな』
「は? なに、そういうの俺たちに教えてもいいのかよ」
『だから元々必要のない試練だと言っているだろう。おやつも全て食べてしまったし、いよいよすることがなくなってしまった。早く終わらせてくれ』
「全部食ったのかよ……」
そう言いながらジンが視線をやると、つい先ほどまでフェニックスがぐうたらしていた場所にはおやつの食べかすが散乱していて、それをヘルハウンド親子がくんくんぺろぺろとやっている。
色々言いたいことはあるが、とにかくパーティーメンバーと情報を共有しなければならない。ジンはワームの口から吐き出された液体を避けながら叫ぶ。
「みんなー! 何かこいつ、全部同時に三体倒さないとだめらしいー!」
「わかったー!」
「それではっ、せーので……くっ、攻撃しようじゃないか!」
ジンやティナに比べればラッドは幾分か余裕がない。
そしてすでにわかっていた。この作戦が自分のせいで過酷なものになるであろうことが。
みんなの準備が整ったのを見てからジンが叫んだ。
「いくぞー! せーのぉ!」
三人が同時に攻撃を加える。しかし。
「復活したぞ! なんで……」
ジンは言いかけて気づく。
そう。ラッドのところだけ少し遅れて首が消滅したので、わずかな差ではあれど本体を倒すことが出来なかったのだ。
再生した首の相手をしながらラッドに向かって叫んだ。
「一撃で倒せねえんなら、一回目の攻撃を入れた後に二回目を俺たちと揃えてみるか!?」
「いや! っ……だめだ、こいつ、は……すごい、速さで……再生、するんだ!」
「まじかよ!」
ラッドが一撃で倒せないことには気付いていたジンだが、再生能力のことまではわかっていなかったようだ。
しかしジンはより一層喝を入れるように声を張り上げる。
「とにかく何とかしろ! お前が一撃で倒さねえとどうにもなんねえぞ!」
「くっ……わかっている!」
「でしたら私も……」
そう言ってロザリアがラッドに近寄ろうとした瞬間。
まるで死神の鎌のように首をもたげてロザリアの方を向いたワームが、前方向に身体を倒しながら、その口から勢いよく液体を吐き出した。
ヒュドラワーム・三のこうげき。ようかいえき。
「きゃあっ!」
「ロザリア!」
ロザリアはまともにその攻撃を受けてしまう。
「毒」と「防御力低下」の状態異常にかかるが、自力ですぐに「毒」とHPを回復して立ち上がる。
ワームがいるので走り寄ることが出来ず、ちらちらと後ろを振り返っていたラッドに、ロザリアが元気よく声をかける。
「大丈夫ですわラッド様、何ともありません!」
「そうかい、よかった!」
そして戦闘に戻ったラッドの背中を見ながら、己の行動を悔いた。
自分は今何をしようとしたのだろうか。ラッドが一人ではどうにも出来ないから手を貸そうと……?
別にそれ自体はそこまで悪いことではない。助け合いの範疇に入る行動ともいえるだろう。しかし、ロザリアは知っている。
実家に帰る道中で、ラッドがジンやティナについていけないかもしれない、とその胸中を明かしてくれたこと。
それでもジンやティナ、そして何より愛するロザリアに情けないところは見せたくないと、ロザリアにすらばれないように、クエストや戦闘以外にも一人でこっそりと鍛錬を積んでいたこと。結局ばれてしまってはいるが。
今手を貸してしまえば、その努力や気持ちを全て無駄にしてしまう。
だから、ロザリアは手を組んでその背中に向かって叫ぶ。
「ラッド様! 私にとっての英雄は……あなた様しかいませんわ!」
「その通りだ!」
一旦攻撃が止んだのを見て、ラッドは剣を高く掲げて口上を述べる。
「ロザリア! 見ていてくれ! 君の英雄がまた一つ困難を乗り越え、自らの冒険譚に新たな一ページを刻むところを!」
「うるせえ! いいからさっさと次行くぞ!」
「ジンは、相変わらずっ……デリカシーが、足りないね! 『ほのおのけん』!」
「ほのおのけん」を使ったところで一撃にはまだ足りないが、ラッドは気合を入れる意味でこのスキルを発動した。
そして、ジンとティナに向かって叫ぶ。
「必殺技を使いたいから、次の合図は僕にやらせてくれ!」
「なんでもいいぞ!」「うん、わかった~!」
「必殺技の途中で『せーの』と言うから間違えないでおくれよ!」
そしてラッドは、ジンからの「ややこしいわぼけ!」という罵声を聞きながら剣を構えた。そして、必殺技の名前を宣言する。
「いくぞモンスターよ! ファンタスティックウルトラダイナマイトエターナルシャドウクリエイティブ『なげえよばか!』ファンタスティックハイパースーパー……せーの! ブラッディソード!」
ジンのこうげき。ヒュドラワーム・二をたおした!
ティナのこうげき。ヒュドラワーム・一をたおした!
ラッドのただの通常こうげき。偶然運がよかっただけのかいしんのいちげき! ヒュドラワーム・三をたおした!
同時に三本の首を落とされたヒュドラワームは完全に消滅し、ムコウノ山の頂上には歓声が響き渡ったのであった。
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