さよなら、ヘルハウンド
戦闘を終えたジンたちは、疲労からしばらくその場に寝転んで空を仰いでいた。
ラッドの元に歩み寄ったロザリアが座り込み、顔を覗き込んでから口を開く。
「ラッド様、お疲れ様です。とてもかっこよかったですわ」
「ふっ、当然さ。僕は君の英雄なのだからね」
相変わらずの気取った言葉に微笑むロザリア。
ジンとティナはそんな二人の様子を眺めながら「疲れたね~」とか「早く帰って飯食いてえな」とか言っていた。
疲れが回復すると全員で中央に集まる。
フェニックスは、ヘルハウンド親子を含めた勇者パーティーの顔を見渡しながら口を開いた。
『ようやく終わったか。まったく……待ちくたびれたぞ』
「本当すいませんでした」
ジンは責任を感じているらしく、反論をする気配はない。
その謝罪は自分には関係ないと言わんばかりに、フェニックスは素早く話題を切り替えていく。
『で、戦闘前のイチャイチャについてなのだが、あれはどういうことなのだ?』
「いや、その話はもういいだろ」
「そ、そうですよっ」
当事者二人は顔を真っ赤にして反論する。
しかし話題を替えるような真似はさせんとばかりに、ラッドがジンの肩を叩きながら言った。
「僕も詳しく聞きたいところだねえ」
「うるせえよ!」
「ラッド様、あまりからかってはいけませんわ」
微苦笑を浮かべながらロザリアがそう口にすると、会話に勢いよくティナが割り込んでくる。
「それより! 早く契約を済ませちゃいませんか? ミツメに帰ったらさっきの力でお野菜とか育てたいな~なんて!」
『ああ。言い忘れていたが、あの力は契約を交わした後は使えんぞ』
「えっ!?」
あくまで不死鳥の力を家庭栽培に使う気満々のティナに、フェニックスが注釈を入れた。
ティナは心底驚いたような表情で固まっている。
『私が先程お前たちに見せた力は、契約した対象の者やその血をひく者等に対してしか行使出来ない。今はその対象がムコウノ山になっているだけだ』
「じゃあ、私は何のために契約を……?」
『魔王城に連れていってと言っていたではないか。後は私の力を使う為、といったところか』
「そっ、そうでした」
不思議な力に注意を奪われて本来の目的を失念していたらしく、少しばかり俯いて頬を赤らめるティナ。
ジンは納得いったとばかりに手のひらを拳でぽんと叩いた。
「ああ、そう言えば『ふしちょうのつばさ』ってティナを補助するスキルなんだっけか。でも、透明になるなんて効果あったか?」
『その辺りは知らん。私も生まれた頃からこの力が使えるようになっていたのだからな』
「ほ~ん。まあいいか、てかふしちょうって名前に入ってんのに今までお前と関連付け出来てなかったな」
ティナも顎に手を当てて、ソフィアの言葉を頭の中で反芻しながら言う。
「たしかに……ソフィア様もスキルの説明はしてくださったのに、フェニックスさんのことを紹介する時は『魔王城まで運んでくれる』っていう役割しか仰ってなかったかも」
『まあ、そちらが本来の私の役目で、スキルはあくまでおまけらしいからな』
「透明になったり草花を活性化させる力がおまけとか何言ってんだって話だけどな……まあいい、そろそろ契約とやらをやってくれよ」
『うむ。では……すまぬ勇気ある者よ、まだ名前を聞いていなかったな』
フェニックスにそう言われてハッとした表情をすると、ティナは笑顔で元気よく返事をした。
「ティナです!」
フェニックスは一つうなずいてティナの前に移動する。
『ではティナよ、今から契約をする。準備はいいか?』
「はいっ」
返事を聞いたのとほぼ同時にまず地面、というよりは、ムコウノ山の表面を淡く白い光が覆っていく。するとその光は一旦フェニックスの身体に集約されたかと思うと次にティナに移り、その身体を覆っていった。
「わあ……」
ティナが、自分の両手をぼうっと見つめて身体が光っていることを確認しながらつぶやく。
初めて見た光景なのに不思議と危険な感じを覚えなかったジンたちは、慌てることもなく静かに事の成り行きを見守った。やがて輝きは少しずつおさまり、完全に消えたのを確認してからフェニックスが口を開く。
『よし、これで契約は完了だ』
「えっ、もう?」
ティナが驚いたように言うと、フェニックスは真面目くさった口調で返した。
『もうモンスターは呼べんぞ?』
「別にそれは呼ばなくていいですけど……」
そう言って微苦笑をこぼすティナ。
『ああそれと、これからはお主についていくのだから、もっと友達と話す時のような感じで話して欲しいのだが』
「えっ、ついてきてくれるんですか? あっ、くれるの?」
『うむ。魔王城だけではなく、世界のどこへでも連れて行ってやろう』
そこでジンがずいっと会話に割り込んできた。
「そこだよ。ずっと気になってたんだけど、どうやって俺たちを運ぶ気なんだ? お前に直接乗るにしても、ティナ一人すら乗れそうにねえし」
『そういえばまだお前たちにはこの姿を見せていなかったな』
フェニックスがそう言うと、突如その身体が眩い光に包まれる。
その輝きに全員が思わず目を瞑り、またそれを開く時には目の前に巨大化したフェニックスがいた。
小さく口を開けたまま呆然とする一同を見下ろしながら、フェニックスはゆっくりと地に足をつけて背中を見せ、頭を下げる。
『さあ乗るがいい。この姿になったついでだ、近場の街まで連れていってやろう』
その申し出を受けて、ティナの目が期待に輝き出す。
「え~すごい! みんな、乗ってみようよ!」
「こっ、これに? ということは飛ぶんだろう?」
何やら顔が引きつっているラッドを意に介さず、ティナはいそいそとフェニックスの背中に乗り込む。ジンは反対などするわけもなく、当然のようにその後に続いた。
「わ~ふさふさで気持ちいい!」
「乗ってるだけで寝ちまいそうだな」
フェニックスの背中から聞こえるそんな会話を聞きながら、ロザリアは心配そうに眉をひそめてラッドの顔を横から覗き込む。
ヘルハウンド親子もフェニックスを見上げる姿勢のまま固まっていた。
そんな二人と二匹に不死鳥の背中からひょこっと顔を出したジンが呼びかける。
「おい何やってんだお前ら! 早く行こうぜ!」
ラッドは冷や汗を流しながら、震える指で前髪をかきあげた。
「ふっ、すまないね。ちょっと物思いにふけっていたのさ」
「ラッド様……もしよろしければ私と二人で」
気遣いの言葉と共に歩み寄るロザリアをラッドは手で制し、
「いや、いいんだ。その気持ちだけで充分嬉しいよ。いこう」
そう言って震える足でフェニックスの背中に何とか乗り込んでいく。ロザリアもそれに続いた。そして未だ乗り込む気配も見せず、ぽつんと頂上に残るヘルハウンド親子にティナが手を差し伸べながら声をかける。
「どうしたの? 二人とも、早くいこ」
すると繋ぎっぱなしの「テレパシー」で、親ハウンドがジンに語りかけた。
(ジンさん、申し訳ないのですが……)
(ああ、まあ俺はわかってるよ。ティナはうまいこと説得する)
(すいません)
ヘルハウンド親子は本来ここを適正範囲内フィールドとしたモンスターであり、犬ではない。当然、ここから出るわけにはいかないのである。
ジンは幼子にそうするように、ティナを諭した。
「ティナ、こいつらはここが家なんだ。無理に故郷から出したりすれば慣れない生活の中で病気とかにかかるかもしれないだろ? こいつらの為にも、無理やり連れていくわけにもいかないと思うぜ」
「そっか、そうだよね……」
こいつらの為という言葉を使えばうまく説得出来るかもしれないという希望程度の挑戦だったにも関わらず、うまくいってしまった。
ジンはティナの寂しそうな横顔に胸を痛めつつも、取り繕うように慰めの言葉を口にする。
「でもほら、今日からはフェニックスがいるからさ。またすぐに遊びに来てやったらいいだろ。魔王を倒した後にでも……な?」
俯きがちだったティナは、懸命さに応えるかのようにジンの方を振り向き、潤んだ瞳で視線を交錯させて言った。
「その時はジン君も、一緒に来てくれる? その……魔王を倒した後、でも」
「あ、ああ、もちろん!」
顔を赤くしながらも、何とか言葉を紡ぐジン。
ロザリアは微笑みと共にそのやり取りを見守りつつ、震えるラッドの手を握って少しだけ力を込めた。
『もういいか? 問題がないのならいくぞ』
「おう、頼むぜ」
ティナに代わってジンがそう言うと、フェニックス翼をはためかせてゆっくりと浮上していく。
見上げて来るヘルハウンド親子に、今にも泣きだしそうな表情をしたティナが手を振りながら叫んだ。
「ばいば~い! また遊びに来るからね~!」
高く浮かび上がったフェニックスは頂上を旋回してからゴバンのある方角へと飛び去って行く。
残されたヘルハウンド親子は、いつまでもその姿を見送っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます